―――5

 反転して明るくなった景色、服はボロボロだが足の傷は消えている。

 痛みも、記憶にしか残っていない。痛いと思うが、これは記憶が作っているただの幻覚だ。

 歯を喰いしばって、さらに走る。出口の扉までは数メートル、いくら大きめの扉とはいえ、スライムが体を通すには狭すぎる。

 通路も一本道、俺の体を盾にすればタッシェルさんも守れる、スライムも地下室からつられて出てくれば完璧だ。


 再びスライムが腕を伸ばし俺の前に立ちはだかる。

 同じだ、伸ばした腕のような体の一部なら下半身を捨てるつもりで突っ込めば超えられる。


【GAME OVER】


 また走る。傷は無い。


【GAME OVER】


 痛い、痛い、痛い、痛い!

 傷は無いのに、感覚として残っている痛みが蓄積して目の前の景色が擦れてくる。

 何かの本で、人は痛みだけで死ぬときがあると聞いた事があるが、俺はいくらでも復活できる。

 まさか精神的な痛みで死ぬことは無いよな・・・。


 扉は超えた。

 おぼろげながら、デブの怒号は聞こえた。あいつもスライムと一緒に俺を追いかけている。

 付いて来い、お前らが外に出たら、後はルゥルゥが何とかしてくれる。

 地下室から地上階へつながる階段を全力で駆けた。

 予想通り、スライムは狭い通路の中、体を窮屈そうに滑らせている。俺を捕まえようと、体の一部が突起を作り、何本も伸ばす。

 幸いだったのはスライム自体の歩みは遅いこと。タッシェルを抱きかかえながらでも、少しづつ距離を取っている。


 伸びる腕の一部が俺の背中に届く。

 また新しい痛み、俺は叫びながらそれに耐える。


【GAME OVER】


「タクヤ様」


「こう見えて、我慢するのは得意なんだよ」


「しかしこれは、これではタクヤ様が持ちません」


「大丈夫だ、文字通り死んでも逃げ切って見せる」


 タッシェルはそれを聞くと、また目をつぶって、腕を俺の首に掛けてくる。

 言いたいことは同じなんだと分かってくれたんだろう。

 お互いの事は今は良く知らないけど、飛び込んできてくれたタッシェルと、今体を張っている俺と。


「俺のばあちゃんが!男のすること、を静かに、見守る女は、いい女だって、言っていた!」


「素敵な御婆様です!」


 何度か、躓きそうになりながら階段を駆け上がっていく。

 正直、背中も足も、もう限界に近い。

 目の前には月明りが差し込むゴールが見えた。


「もう、少しだ!」


 言われた通りに目をつぶっていたタッシェルも目を開き、同じゴールに顔を向けた。

 俺は激しい呼吸で、最後の力を振り絞るように、そのゴールに飛び込む。

 だが、足がもつれ最後の段差に躓いて、勢いが付いた体が廊下へ投げ出された。

 咄嗟にタッシェルをかばって壁に背を向け、そのまま叩きつけられた。


【GAME OVER】


 これはすぐに引っ込む痛みだ。

 ただ、衝撃で息が整わない。


 地下に続く階段の奥からズルズルと、そして階段の壁を壊す音と共にスライムが這い上がってくる。

 早く屋敷の外に出て、森にでも逃げ込まないと。

 廊下と言っても広い、この空間でスライムに追い付かれたら、もう一度復活ジャンプを繰り返さないと・・・。


 何とか立ち上がろうとするが、記憶に残った痛みと疲労で立ち上がることが出来ない。

 ここまでかぁ・・・、人生で一番頑張ったと思うんだけどなぁ。

 あ、いや、これよりどうしようもない事も何度かあったっけ・・・。


 スライムが這い上がる音がどんどん近づいてくる。

 タッシェルが俺を背にして庇ってくれる、何かしゃべっている声が聞こえるようで聞こえない。

 まずい、目が霞んできた。

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