―――2

 村の隅にある衛兵の宿舎。宿舎と言うよりは少し小さめのアパートような出で立ちで、全部で8人いる衛兵の自宅ともなっている。

 ユエールに何度か連れてこられたが、一人で来るのはこれが初めてだ。


「タクヤ!今日はギルドに行かないのか?」


 宿舎の前の広場で剣を振っていたユエールが俺に気づいて手を振ってくる。


「後で行く、それよりユエールに相談がある」


「なんだ?」


「あの馬の事だ、本人はどうしても帰りたくないと言っている、俺は50000ゴールドなんて大金は用意できない、衛兵たちで連れて行ってくれないか?」


 ユエールは俺の言葉を聞いてから少し考え込む仕草をして時間を使ってから口を開いた。


「あいつが帰りたがらない理由はわかっているんだ、あいつは馬の中でも・・・変わり者でな」


 うん、知ってる。


「それで仲間の中で※※※られているんだ、きっとそれが原因だろう」


 知らん単語が出たな。

 俺は小さなバッグから小さなノートと木炭を取り出してユエールに差し出した。


 それを見てユエールは少し躊躇したが、しぶしぶ絵を描き始めた。

 いいぞー、美人の騎士が恥じらいの表情を見せるのは・・・。


「こういうことだ」


 その絵は相変わらず可愛らしい絵柄だが、隻眼の狼が他の狼から殴られて追い立てられている。

 そうか・・・イジメか。


「あいつらは元は魔物で、昔は争う相手だった、でも今は人間と※※している、あの隻眼は元々人間に※※な思いを持っているようでな、それが原因で※※とうまくいっていない」


「そうだったのか」


「タクヤが引き取ってくれると言うなら我々は歓迎するが・・・あれは衛兵の個人的な所有物ではなく国の所有物なのだ、私の※※でくれてやるわけにもいかない」


「それで50000ゴールド」


「相場よりは安くしているんだ」


 となると、これ以上安く値切るのもユエールに迷惑をかけてしまう。

 俺が腕を組んでウンウン悩んでいると、ユエールが一枚の紙を俺に差し出して来た。

 ただ、その時のユエールは少し難しい顔をしていた。


「これはギルドに正式に依頼する前の依頼書だ、報酬は48000ゴールドだ」


 ・・・俺にどうしろと?


「村の有力な商人の依頼でな、依頼内容は※※※の※※を解決してほしいそうだ、内容は簡単だろう?」


 俺は黙って木炭とノートを差し出す。

 またかと呆れた表情をしながらそれを受け取ると、少し躊躇してユエールが絵を描き始める。


「相変わらずかわいい絵」


「うるさい!」


 うーん、こうして耳まで赤くなっているユエールを見るだけで満足してしまいそうだ。

 俺は人に羞恥を与えて楽しむ人間だったろうか。何かの目覚めか・・・。


「この羽の生えた小さな生き物が・・・邪魔?をして困っていると」


 ユエールは黙って頷く。


「これはフェアリー、命を脅かすような脅威は無いが、人間嫌いで有名だ」


 絵で見て分かったが漫画で見た妖精そのものだ。

 俺の知っている妖精、いや実物は見た事が無いが、物語に出てくる妖精だとするなら邪悪な生き物では無い。

 しかし危険が少ないなら、なんでこんな高額な報酬が付いているんだ。


 少し無言で考え込んでいると、ユエールが察してくれた。


「この商人はずいぶんと儲けているようでな、解決までの※※が短い分、高額な報酬になっている、ギルドに依頼が並べばすぐにでも請け負う冒険者が来るだろう」


 つまりそれを俺に優先的に流してくれると。


「・・・これは相手を倒すとかそういう依頼では無い?」


 俺がそう言うと、ユエールは少し困った表情を見せた。


「お前がギルドで※※になりそうな仕事を避けているのは聞いている、お前はとても優しいのも知っている、だが、それなりの報酬を手にするなら相応の覚悟も必要だ」


「じゃぁこの可愛いのを殺せと?」


 俺はユエールの書いてくれた可愛いイラストの可愛い生き物を指さす。


「殺せとまでは言わない!ただ・・・この国でフェアリーは魔物扱いで、その※※方法は住処を破壊して追い散らしたり・・・その・・・直接殺す事もある」


 あぁー、なんだろう。蜂の巣を駆除するような、そういう感じか。

 確かに俺は生き物を殺す事を恐れている。なぜここまで恐れているかは、俺自身にも分からない、だが魔物であれ何であれ、生きている物を殺す事は絶対にしてはいけない。そう強く思う。

 ただ、ユエールが言いたいことも分かる。

 真に遺憾だが、あの変態狼を買い取るならチマチマした仕事をやっていては時間が掛かりすぎる。

 それはユエール達、衛兵にとっても問題なのだ。

 だからこそ、ユエールが俺に対して最大限の気を使ってくれているのは分かる。

 俺はとりあえずユエールからその依頼書を受け取ると、中身を見つめる。見つめる。


「え・・・っと」


 言葉が達者になって、文字が読めるようになったと思ったかタクヤ!


「ユエール、すまん」


 クスクスと笑うユエールが依頼書を読み上げてくれる。

 だが俺はそれを遮って、一つだけ確認した


「そこに≪殺せ≫と書いてあるか?」


「いや、殺せとは書いてない、ただ・・・フェアリーの悪戯を止めてほしいと、そう書いてある」


「わかった、ならこの依頼引き受けるよ、ありがとうユエール、とても感謝している」


「いや、こちらこそありがとう、片目の事を頼む」

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