―――3

 ミーニャの家は完全に取り囲まれ、今にも扉を破られそうだった。

 アエラは扉をテーブルや椅子で固め、必死で押さえている。ミーニャもそれに加わっているがその目には一杯の涙を貯め肩を震わせていた。


「頑張ってミーニャ、もうすぐ助けが来るから」


「大丈夫だよ、私頑張るから」


 ドン、ドンと音を立てる扉。軋む壁の音。二人は必至で押さえていたが、不意に音が止んだ。

 と、扉の外から人の声が聞こえる。


「人を害する醜悪なる※※※達よ!ここから去りなさい!」


 ミーニャは押さえていたテーブルから離れて、近くの窓から外をのぞき込む。

 そこには多くのトカゲ達に囲まれる白髪の美しいエルフが立っていた。


 突然現れたエルフに混乱するトカゲ達は、カエルのような声を上げながら彼女を取り囲んでいく。

 彼女は腰から二本の細身の剣を抜くと身構える。

 トカゲ達は大声を上げ彼女に襲い掛かった。四方から延びる槍を彼女は華麗に避ける。

 体を最小限に動かし、穂先スレスレに体を滑り込ませていく。

 時には剣で穂先を弾き、地面を蹴ってトカゲ達を翻弄する。


「お母さん!助けが来たよ!」


 その姿はフェンリルの上の俺からも見えた。

 リリィだ。たった一人で何十と居る化け物に囲まれ、数えきれない殺意ある攻撃を華麗にかわす。


「突っ込めフェンリル!」


「承知!」


 フェンリルはさらにスピードを上げると、トカゲの集団の中へ突っ込む。

 何匹か体で吹き飛ばし、リリィの傍で反転してその牙でトカゲに噛みついた。


 俺はフェンリルの体からそーっと降りるとリリィの傍に駆け寄った。


「ありがとう!」


「何の事ですの!?」


「この家は俺の恩人の家なんだ、助けてくれてありがとう」


「知っていますわ、あなたの寝床になっていることも知っていましたわ、・・・だから私が悪いんですの」


「・・・どういうことだ?」


 話している最中もトカゲ達が襲い掛かってくる。

 俺は練習でしかやったことが無かった攻撃を受け流す事に集中する。

 多分、俺が剣で切りかかったら相手は死ぬだろう。俺の大事な場所を滅茶苦茶にしたこいつ等に怒りはあった、だが殺す事にはなぜかためらいがあった。

 リーパーの時と同じだ。どんなに憎くても殺す事はためらう・・・。


「タクヤ!」


 俺の後ろから矢が飛んで来ている。リリィは俺をかばうように飛び込み、その矢を剣で切り落とした。

 やっぱりこの子はすごい。囲まれている時も思ったが、その身のこなしとスピードは駆け出しの俺では目で追うのがやっとなぐらいだ。


「よし、俺も」


 手近なトカゲに駆け寄る。トカゲは驚いて槍を突き出すがそれを剣で受け流し、そして俺は左の拳でトカゲの顔を殴った。

 固いうろこの感触が拳に伝わり、相手はあの野盗と同じように数メートルは吹き飛んだ。

 横から入り込んだトカゲの攻撃も体を屈めてかわし、次は顎に向けて左の拳を叩き込む。


「・・・一撃で・・・」


 リリィも攻撃を加えるが、さすが殺さずのリリィ。相手は少し怯むだけでケロっとしている。

 だが、少しでも隙を見せた相手はフェンリルの牙が見逃さない。


「我は人間を愛す獣!人に仇なす敵はこの牙で砕いてくれようぞ」


 そこに、後続の冒険者達が追い付き、集団がトカゲの集団を蹴散らしていく。

 急に俺の肩の力が抜けてその場に座り込んだ。


「は・・・はは・・・何とかなるもんだなぁ」


「タクヤさん!」


 ヘタレた俺を見て心配してくれたのかリリィが俺の傍に駆けつけてくれた。

 と思ったが、その顔は涙で崩れていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「どうしたんだ?」


「リザード達は・・・っく・・・・私が連れてきたような物ですの。毎日、毎日あなたの事を付け回して森とココを行ったり来たりで・・・うっく・・・リザードに目を付けられたのも知らずに皆を危険に巻き込みましたの!」


 とうとう声を上げて泣き始めたリリィ。

 俺は少し戸惑ったが、すぐにリリィの手を取った。


「それはお前のせいじゃない、たまたま、そうなったんだよ、魔物なんて何考えているか分からないだろう?それに、体を張ってミーニャとアエラを守ってくれたじゃないか」


「でもっ、でもっ」


 そうか、きっとこの子は不甲斐ない自分が許せないんだな。

 殺せずなんてレッテル張られて、周りは本気じゃなくても、からかわれて本気で考え込んで、俺じゃなくても良くて。


「リリィ!そんなに自分が許せないなら俺を・・・殺していいぞ」


「何を言ってますの!?」


「俺もそうだからさ、良くわかるよ。他の人の悪意のない言葉で傷ついて、なんも言い返せなくて、でも何もできなくて」


 リリィは綺麗な青い瞳をまっすぐこちらに向けている。

 俺にも覚えがある、言った本人は大した気持ちじゃなくても、自分には大げさなほど痛くて、辛い。


「でも、いつか報われるって信じようよ、今日お前は人に誇れることをしたよ、それでも自信が持てないなら、俺を倒して、自信を持てよ、リリィの役に立てるなら俺はうれしいよ」


「バカじゃないですの!?そんな人・・・見た事が無いですの」


 バカって・・・、本心でそう言ったのに。

 いつしか、俺たちの周りにほかの冒険者達が集まっていた。


「リリィ良くやったな!良く一人で持ちこたえたよ」


「あぁ、こんなほそっこいエルフがあのリザード相手に!なぁみんな!」


 勝鬨のような同意の声がそこかしこで起こる。

 リリィは涙をボロボロこぼしながら、驚いたような、うれしいような、変な顔をした。


「うえぇぇー・・・」


「タクヤ殿・・・あの、家にいる小さい人間は?」


 フェンリルに言われてハッとする。

 俺は家の前に出てきていたアエラとミーニャに駆けて行った。

 それを見たミーニャも俺に駆け寄ってくる。


「おにいちゃーん!!」


「ミーニャー!」


 の間に割り込む毛むくじゃら。ミーニャに体を摺り寄せて俺を弾き飛ばす。


「あーっ!いい!小さい人間の雌いい!」


「おい、そこをどけクソ犬」


「モフモフだ!!」


 俺に抱き着くはずだったミーニャはフェンリルに抱き着き、そのまま顔を埋めている。


「あああああああああ!我が生涯に悔いなし!!」


 それは俺の役だろうが。クソッ。

 とにかく無事でよかった・・・、空を見上げるともうすぐ夜が来ようとしていた。

 緊張と、恐怖と、良い出会いの有った騒がしい一日は終わろうとしている。

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