モラめし。
並兵凡太
1口目 きなこ餅を名乗るもの
二月某日、とある片田舎。
まだ高い日に照らされた木造の階段をえっちらおっちら上る。
「……重い」
胸の前に抱えた段ボール。送り主は母だった。
大して段数のない階段を上りきって、開けっ放しの扉をくぐると、自分の部屋だ。
五畳一部屋のところを壁を払って、二つ繋げた簡素な部屋。土だか泥だかわからない黄土色の壁と、日に焼けた黄色い畳。とても今どきの大学生が住む部屋ではない……気がする。
「よっ……とっ……」
転がる上着やペットボトルを蹴り飛ばしてスペースを作る。別に部屋が汚い訳ではない。邪魔だっただけだ。
抱えていた段ボールを下す。送り先の名前は『
「えぇっと、ハサミ……」
ガムテープでしっかりと封がされたこれを開けるため、俺はハサミを探し始めた……が、面倒くさくなってやめた。手で開けてしまえ。
「よっ……ほ!」
べりべりと汚い音を立ててみっともなく破れていく段ボール。人間さまの手にかかればこの通りである。
さてさて何が出るかな、と開けるとまず目に入ったのは手紙だった。A4ぺラ紙に並ぶ母の小言。一応読みはする。
『麦丸へ。』
『二月になりました。寒いですね。そちらは雪が降りましたか?』
……なんと白々しいことだろう、と思った。
全く連絡手段がないならまだしも。
この前『見て! 卵双子だったの!』とLINEを送ってきたばかりじゃないか。何故か写真はナシで。『見て!』って言うなら見せてくれ。
読み進める。
『試験の結果はどうでしたか? また留年することになれば――』
この辺で読み飽きたので俺は手紙を近くにあったテーブルへ投げた。上手く乗らずに落ちたがまぁいい。
留年だろうが落単だろうが知ったことではなかった。それにもうそれ系統の話は色んな大人から聞き飽きた。
クズ? 名字で呼ばれ慣れた語感なのでどうでもいい。
今の俺は温くて濁って少し重いモラトリアム期間をそれなりに満喫すること以外は興味がなかった。
「……さて」
目を段ボールの中に戻す。そこには仕送りの品が詰まっていた。
ほとんどが食料品。送ってきてもらうものは完全に実家側に任せているため、母が俺の食欲を見越したものだと思われる。悪くない。
「……ふぅむ」
がさごそと物色する。
今は二月。大学は春休み期間に入り、大して外に出る用事もない俺にとって食と睡眠だけが日々の娯楽だった。ちなみにその二つが日々の活動内容の全てでもある。
「……お」
その中で、一つの菓子が目に留まる。
「ほん
パッケージに書かれた文字を読み上げる。きなこ餅?
半透明の外装から中を伺う。
「……きなこ餅?」
改めて疑問符が浮かんだ。
外装の中には個包装された『きなこ餅』が並んでいる。よくある大量生産のお菓子だ。しかし外から触った感じは……硬い。本当に餅かこいつは?
ぐるり、と外装を見回していると何かが剥がれ落ちる。拾い上げてみると、付箋だった。
「……稲か」
そこには『稲ちゃんオススメ!』の文字と共に可愛らしい顔が描かれていた。九頭
「……稲のオススメか」
母を始めとした小うるさい大人とは違って、妹の稲に悪くない感情を抱いている俺はこの菓子が急に気になってくる。
俺は軽く外装を開けると、一つ取り出してみた。
和柄をあしらった白い個包装。『ほん和菓 きなこ餅』の名乗りと共に『国産米100%使用』と表記してあった。左様ですか。興味はない。
裏には『石塚製菓株式会社』。
「……知らない名前だ」
ぺりり、と個包装を開ける。きなこらしい、まったりとした香りがする。……やはりきなこ餅の名は伊達じゃないのか。
白っぽい感じの板状。……包装と言い、色形と言い、ハッピーターンに見える。だがアレほどざらつきはなく、むしろ口当たりは良さそうだった。
「いただきます」
一言。そして半分くらいを咥え、かじる。
ぱき、ではない感触。無理矢理表現するなら「ふぁき」。見た目より意外とふんわりとした柔らかい食感だった。
さくさく、よりも柔らかい食感。なるほど、米のお菓子としては意外なほど柔らかい。「ふんわり」という言葉がよく合う。
そしてきなこ。唇に触れたあの粉感と、口内に広がる風味。パウダー的にまぶしてあるものなので、口の水分を奪うということはない。優しい甘みを残してさらり、と溶ける。
「……軽いな」
端的に言えばそういうことだった。
優しさを感じる。それでいて口内に残るふわりとした甘さ。しつこくなく、それでいて次へと手が伸びる。
粉系和菓子特有の「これ飲み物ナシじゃ食えないな」という感じもなかった。もちろん、在った方がベストではあるだろう。
「さすがは稲セレクト……おいしい」
次を手に取るついでに、外装を見直す。そこには大きく『和三盆使用』とあった。小さく和三盆の解説もある。
「……そうか、和三盆か」
それならこの優しい甘さにも納得がいく。しかし少し贅沢にも感じるぞ石塚製菓株式会社……名前を覚えておこう。
妹の確かなセンスに静かに感動しながら次の包装を開ける。個包装というのがなんだか嬉しく感じる。そんな菓子だった。
いつの間にか陽は傾き、西日が俺の額を突く。……今日の夕飯はどうしようか。
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