第四章 -民間軍事会社-
第36話 -民間軍事会社1-
第36話 -民間軍事会社1-
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「じゃあ、涼子のアパートに急ごう」
秀雄が食事をかなりのスピードで平らげた後にそう言った。
「そういや、涼子姉ぇって何処に住んでるの?」
「
「狛江って、確か小田急のほうだよね?」
「ああ、ここからだと東京の反対側だから、1時間以上掛かると思うよ」
「結構、遠くから通ってたんだな」
「涼子は、経済観念がしっかりしてたからね」
「わかる……」
水谷は、高校時代からしっかり者だったのだ。
「じゃあ、涼子を連れて行こう」
「近くまで行って『ロッジ』から出したほうが良くない?」
「あ、そうだね」
「じゃあ、二人ともここで待ってて」
「分かったわ、ユーイチ」
「分かったわ、お兄ちゃん」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、ユーイチ」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
――ガチャ
僕と秀雄は、『ロッジ』からアパートの部屋の中に出た。
僕は、コートを羽織り、玄関から外へ出る。
秀雄が出た後、アパートの扉を閉めて施錠した。
そして、僕たちは最寄り駅へと向かった――。
◇ ◇ ◇
僕のアパートから水谷のアパートまでは、1時間半くらい掛かった。
どちらも最寄り駅から歩いて10分くらいの距離にあるからだ。
電車に乗っていたのは1時間くらいだろう。
水谷のアパートは、二階建ての昔ながらのアパートといった印象の外観だった。
立地を考えると家賃は、5万円もしないだろう。
「ここの203号室だよ。あ、涼子を出さないといけないね」
鍵がないので、僕たちだけでは入ることができない。
それに鍵を持っていたとしても他の住人に見られたら問題になる可能性があった。
【レーダー】
僕は、【レーダー】の魔術を起動してから、こちらに来る人が居ないことを確認して近くの路地へ入った。
『ロッジ』
壁際に『ロッジ』の扉を召喚して中に入った。
「涼子姉ぇ、ハンドバッグを持ってこっちへ来て」
「分かったわ、ユーイチ」
水谷が『ロッジ』の隅に置きっぱなしになっていたハンドバッグを持ってこちらへ来た。
一緒に外へ出てから『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』へ帰還させる。
僕は、外で待っていた秀雄に頷いた後、一緒に水谷のアパートへ向かった――。
◇ ◇ ◇
僕たちは、水谷の部屋に入った。
念のため施錠しておく。
部屋の間取りは1Kのようだ。
玄関から入るとキッチンがあり、右の扉がバス・トイレ・洗濯場だった。
奥の扉の向こうに洋間があり、ベッドや机が置いてある。
洋間の大きさは、6畳くらいだろうか。
入り口の隣にある扉は、クローゼットのようだ。
部屋の中は、女性の部屋らしく良い匂いがする。
まさか、こんな形で高校時代に好きだった女の子の部屋に入ることになるとは思わなかった。
秀雄が鞄の中から書類を取りだした。
「ユウちゃん、これを涼子に書いてもらって」
『ロッジ』で言っていた退職届のようだ。
僕は、その書類を受け取って、机の上に置いた。
秀雄が手帳とボールペンを差し出してきたので受け取る。
そして、項目ごとに書き込む文字を秀雄の手帳に書いてから、ゾンビ水谷に指示して退職届の欄に記入させた。
入社年月日や職員番号は、秀雄から聞いたり職員証を見て調べた。
少し手間が掛かったが退職届を書くことができた。
秀雄が水谷の印鑑をハンドバッグの中から探しておいてくれたので、その印鑑で捺印をする。
「ヒデちゃん、これでいい?」
僕は、そう言って退職届を秀雄に渡した。
「確認するね」
退職届を受け取った秀雄は、そう言って書類に目を通す。
「……問題なさそうだね。じゃあ、月曜日に持って行くよ」
「本人が行かなくても大丈夫なの?」
「んー、雇用契約は本人との契約だから代理人では駄目かもね。だから、一緒に連れて行くしかないと思う」
「誤魔化せるかな?」
「オレも涼子の交友関係とかよく知らないからなぁ……」
「記憶喪失で押し通すしかないんじゃ?」
「そうだね……そうするしかないかも……」
秀雄が僕の意見に同意した。
「じゃあ、僕は帰るから、涼子姉ぇを頼むね」
「ユウちゃん、ちょっと待ってよ!?」
「なに?」
「オレにここに泊まれって言ってるの?」
「うん。もしかして、涼子姉ぇが怖い?」
水谷は、ゾンビになってしまったので、普通の人間が噛まれたらゾンビになってしまうし、秀雄よりもずっと強い。
「……正直に言えば……」
「絶対に噛まないように命じてあるから大丈夫だと思うけど……」
「その……ユウちゃんは、涼子を抱きたくないの?」
「――――!?」
僕は、秀雄の質問に驚いた。
「……なんで、そんなことを訊くの?」
「今の涼子は、ユウちゃんの奴隷みたいなものなんでしょ?」
「それはそうだけど、今の意志が無いロボットみたいな涼子姉ぇを抱きたいとは思わないよ……」
「オレが今の涼子を抱いてもいいの?」
秀雄は、今の水谷の所有権が僕にあると考えているようだ。
確かに今の水谷は僕の使い魔なので、ある意味それは正しいと言えるが、僕は生前の水谷の意志を尊重するつもりだった。
「僕に断る必要はないよ。生前の涼子姉ぇがヒデちゃんに任せるって言ってたわけだし」
「……分かった」
「じゃあ、涼子姉ぇは、ヒデちゃんの言うことに従ってね」
「分かったわ、ユーイチ」
ニッコリと微笑んでゾンビ水谷がそう言った――。
◇ ◇ ◇
それから僕は、1時間以上かけて自分のアパートに戻った。
『ロッジ』
アパートの部屋の中に『ロッジ』の扉を召喚してから中に入る。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
ゾンビ優子が出迎えてくれた。
「ただいま」
『フェリス召喚』
僕は、『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』へ戻してから、フェリスを召喚した。
白い光に包まれてメイド服姿のフェリスが召喚される。
「ご主人サマ?」
『密談部屋2』
「フェリス、優子もこの扉に入って」
「分かりましたわ」
「分かったわ、お兄ちゃん」
――ガチャ
僕は、そう言ってから『密談部屋2』の扉を開けて中に入った。
フェリスと優子が『密談部屋2』の中に入ってくる。
僕は、二人が中へ入ったところで『密談部屋2』の扉を閉めてから『アイテムストレージ』へ戻した。
「フェリス、『密談部屋』の裏口の扉を召喚して」
「畏まりましたわ」
入り口の扉があった場所から、丁度、反対側の壁際に『密談部屋2・裏口』の扉が現れた。
「二人ともついてきて」
――ガチャ
僕は、二人にそう命じてから、扉を開けて『密談部屋2』から外へ出る。
【ナイトサイト】
扉の外は暗かったので、【ナイトサイト】の魔術を起動した。
すると、視界に実家の僕の部屋が明るく表示される。
フェリスとゾンビ優子が『密談部屋2』から僕の部屋に入ってきた。
「二人は、ここで待ってて」
「はいですわ」
「分かったわ、お兄ちゃん」
僕は、『密談部屋2・裏口』の扉を閉めてから部屋を出る。
廊下を歩き、階段を降りた。
「そこに誰か居るの?」
警戒するような母の声がリビングのほうから聞こえた。
「僕だよ、母さん」
「えっ!? 雄一なの?」
「うん」
僕は、母に返事をしながらリビングの扉を開けた。
僕の顔を見た母は、驚きと安堵の入り交じったような表情をしている。
「ちょっと、帰ってくるなら、先に連絡を頂戴」
「ごめん。急いでたから」
「二階の窓から入ったの?」
「いや、実は僕の部屋に移動できる扉を設置しておいたんだよね。それを思い出したから急いで来たんだ」
「じゃあ、いつでもこの家に帰って来られるのね?」
「まぁ……でも、時間が空いてないと無理だよ」
「ええ。それで、優子は?」
「僕の部屋に置いてきた」
「何で連れてこないのよ?」
「いや、いきなり記憶喪失の優子に会わせるのはどうかと思って……」
「そんなに酷いの?」
「見た目は全然……」
「じゃあ、お茶を淹れておくから、優子を呼んできて頂戴」
「分かった……あっ、父さんは?」
「今日は夕勤だから、帰って来るのは夜中になるわよ」
父の隆雄は、4交代制の工場に勤めている。
4交代には、
ちなみに早出と遅出という呼び方は俗称で、正式には
「じゃあ、優子を連れてくる」
僕は、そう言ってリビングを後にした――。
◇ ◇ ◇
僕は、ゾンビ優子を呼びに二階の自分の部屋に戻った。
「優子は、僕についてきて。フェリスは、ここで待機」
「分かったわ、お兄ちゃん」
「分かりましたわ」
フェリスは、部屋に残すことにした。帰還させても良かったのだが、『密談部屋2・裏口』の扉をそのまま保持しておきたかったので、念のため扉の前で待機させることにしたのだ。時刻が夜の9時過ぎなので、そう長く待たせることはないだろうということもあった。
「二人とも座って」
ゾンビ優子をリビングに連れてくると母は、僕たちにテーブルの席に座るように言った。
僕は、優子を座らせて、その隣の席に座った。
母が僕たちの前と自分の席にお茶を置いた。
そして、優子を見ながら話し掛ける。
「優子……お母さんのこと分かる?」
ゾンビ優子は、母の言葉を無視した。
「優子、お母さんに答えて」
「お母さん……?」
僕がそう促すとゾンビ優子は首をかしげて不思議そうな顔をした。
「雄一……これは、優子じゃないわね? 優子をどうしたの?」
どうやら、母は優子の状態が普通じゃないことを見抜いたようだ。
本人に似ているとはいえ、刻印体なので細部は違うはずだ。
「…………。誤魔化せないか……」
「雄一、お母さんの質問に答えて」
真剣な表情で母が問いかけてくる。
「実は、優子はゾンビに噛まれて死んじゃったんだ……」
「――――っ!? 何ですって!?」
「ごめん。一緒に買い物に行くべきだった……内調に呼ばれて優子と水谷だけで買い物に行って、事件に巻き込まれてゾンビに噛まれた。僕は、二人がゾンビ化する前に見付けたんだけど、治療する方法が見つからなくて……」
「この優子は何なの?」
「ゾンビ化した優子を使い魔にしたんだよ……優子がそう望んだから……」
「もしかして、涼子ちゃんも?」
「うん……」
「何処に居るの?」
「ヒデちゃんに預けた」
「雄一は、それでいいの?」
「水谷がそう望んだんだよ」
「そう……」
母は、そう言ったきり、水谷の話題を口にしなかった。
「それで、これからどうするの?」
「優子は、僕が作る会社の事務として雇うよ」
「電話でもそんなことを言ってたわね……会社なんてそう簡単に経営できないでしょう?」
「内調の課長からそうするように言われたんだよ」
「大丈夫なの?」
「意義のある仕事だし、大金も手に入るからね」
「危ないことはしないでよ?」
「僕は、安全なところから指示を出すだけだから……」
「分かったわ。お母さん、ユーイチを信じる」
僕は、忘れないうちに必要な用事を済ませておこうと思った。
「母さん、僕の実印を出しておいて」
「何に使うの?」
「会社の設立に必要みたい」
「印鑑登録してないでしょ?」
「それは、向こうの区役所でするよ」
「分かったわ。他に何かすることはある?」
「月曜に優子の退職手続きをしてきて欲しいんだけど……」
「お母さんが優子の会社に付き添えばいいのね?」
「優子は、指示すれば文字も書けるから、退職届を書いて持って行って渡せばいいと思う」
優子の勤める銀行にも退職届の申請用紙があるかもしれないが、便箋などに書いたものでも代用できるはずだ。
要は、本人の意志が会社側に伝わればいいのだ。
「そう……じゃあ、その書類は雄一が優子に書かせて」
「分かった」
「晩ご飯はどうする?」
「僕たちはいいよ。食べてきたから。母さんは?」
「お母さんも食べたわよ」
「じゃあ、今日はもう寝るよ」
「まだ、早いでしょう?」
「この一週間は、働きづめだったから、今日は早めに休みたいんだ」
「分かったわ。ゆっくり休みなさい」
「うん。おやすみ、母さん」
「おやすみなさい」
「ほら、優子も」
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
「お母さんにも挨拶して」
「おやすみなさい、お母さん」
「……おやすみなさい」
母が複雑な顔をして挨拶をした。
僕は、何とも言えない気分になったが、リビングを出て自分の部屋へ向かった――。
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