第33話 -奇病10-


 第33話 -奇病10-


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 僕は、上田恭子と一緒に与えられた内閣府の個室の前に戻って来た。

 秀雄は、まだ南部課長の部屋に残っている。

 おそらく、仕事に関する指示などを受けているのだろう。


 廊下には、小さなミーティングルームの扉が並んでおり、一番端が僕に与えられた個室なのだ。

 上田恭子は、すっかり僕の秘書になるつもりのようだった。

 有能そうな彼女の力を借りるという点では、僕にもメリットはあるが、あまりこの世界の一般人と親密になりすぎるのは問題があると思う。

 南部課長が言っていたPMC――民間軍事会社――のような警備会社を作って、そこの仕事関係以上には関わらないようにしなければいけない。


 ――ガチャ


 僕は扉を開けて中に入る。


「どうぞ、お座り下さい」

「ありがと」


 恭子がテーブルの向かいの席に座る。

 それを確認してから、僕も椅子に座った。


「恭子さん、本気で内調を辞めるつもりなんですか?」


 僕には、安定した公務員を辞めて先の見えない出来たばかりの会社に転職するのはリスクが高いと思われた。


「ええ。そっちの仕事の方が面白そうだし、雄一君と一緒に居られるのも魅力だわ」

「……分かりました。では、僕は何をすればいいのでしょう?」

「そうね。まずは、オフィスを決めないといけないわね」


 そう言って、恭子は書類袋を開けて物件のリストを渡してきた。


「どれが恭子さんのオススメなのですか?」

「神田の貸しビルはどうかしら? 建物はちょっと古いし、間取りも狭いけれど、その分、安いのと立地がいいわ」

「そうですね。秋葉原にも近いし、僕も賛成です」

「なぁに? 秋葉原にはよく行くの?」

「そうですね。失踪する前は、たまにゲームとかを買いに行ってました。こっちに帰ってきてからもフィギュアを買いに行きましたね」

「そういえば、美少女フィギュアをネットで販売してたんだっけ?」

「ええ。始めたばかりの事業だったのですが……」


 オークションに出品していたフィギュアは、事件が起きた後に取引を停止しておいた。

 その件で問い合わせのメールがいくつか届いていたが、返信はしていない。

 もしかすると、二度とフィギュアの販売をすることはないかもしれないのだ。


「じゃあ、神田の物件に決めるわね」

「よろしくお願いします」

「何言ってるの。ボスは貴方よ」

「そう言われてもなぁ……。で? 次は何をすれば?」

「後は……そうねぇ……南部課長に武器を頼まれているらしいわね。それを作っておいてね」

「今のところは、他にすることが無いってわけだ……」

「そうよ。また、ゾンビが出れば別だけどね」

「そのときは、使い魔に指示を出すだけです」

「便利ね……。でも、気をつけて。貴方のその力は、危険視されているわ」

「……でしょうね……。恭子さんは、お目付役?」

「そう思われても仕方がないわね。実際、そういったことを仄めかされているわ」


 やはり彼女は、内調が送り込んでくるスパイのようだ。

 考えてみれば当然のことだろう。

 僕や僕の使い魔たちは、それぞれが単独でこの国を壊滅させることができそうな力を持っているのだから……。

 つまり、僕の動向を詳しく把握していないと枕を高くして寝られない人も居るということだ。


「まぁ、僕たちが危険視されるのは、当然のことでしょうね」

「国防軍でも手に負えないゾンビをいとも簡単に倒しているんですもの……」

「まさか、こっちの世界にゾンビが現れるとはね……。おかげで国から睨まれることになっちゃったわけだ」

「みんな貴方の力を恐れているのよ」


 ――コンコン……


 恭子と雑談していると部屋の扉がノックされた。

 僕が返事をしようとしたら、恭子が立ち上がって入り口へ向かう。


 ――ガチャ


「あら? 何かしら?」

「ユウちゃ……いえ、伊藤は居ますか?」


 秀雄が来たようだ。


「ちょっと待って。雄一君、武田君が来たわ。どうする?」

「中に入ってもらって」

「どうぞ」


 僕は、秀雄と水谷のことを相談する約束をしていたことを思い出す。

 しかし、恭子の前で話すのはマズいかもしれない。


「丁度良かった。ヒデちゃんに相談しようと思ってたんだけど、武器の試作品はどんなものがいいかな?」


 僕は、水谷の件ではなく、別の話題を振ってみた。


「二人ともコーヒーでいい?」


 恭子が僕たちにそう聞いた。


「ええ」

「はい」


 ――ガチャ


 恭子は、部屋を出て行った。


「とりあえず、ここに座って」


 僕は、奥の席に移動して秀雄に席を勧めた。


「ありがとう」


 秀雄が椅子に座った。

 僕もそれを確認してから席に着く。


 僕の席の前には、ノートパソコンが置いてある。

 僕は、ノートパソコンの電源を入れた。


「涼子の件は、どうする?」

「一緒に涼子姉ぇのアパートに行ったほうがいいかもね」

「ああ、これ以上は誤魔化せそうにないよ」

「一度、家に帰りたいと頼んでみるよ」

「そうだね。ユウちゃんで待ち合わせてから一緒に涼子のアパートに行こう」

「了解」


 ――ガチャ


「お待たせ」


 恭子が扉を開けて入ってきた。

 紙コップのコーヒーが3つ載った盆を手に持っている。


「どうぞ」


 そう言って、僕たちの前にコーヒーを置いた。


「ありがとうございます」

「ありがとう。恭子さん」


 僕は、コーヒーを一口啜ってから、ノートパソコンを操作する。

 ウェブブラウザで国防軍や警察の特殊部隊などが使用している銃器を検索した。

 制式採用されている自動小銃や狙撃銃を調べる。


「ユウちゃんは、対ゾンビ用の武器を作るんだよね?」

「まぁね。ただ、魔法通貨がかなりかかるから、大量には用意できないけど」

「どんな武器を作るつもりなの?」

「漠然とだけど、引き金を引いたら攻撃魔法が発射される銃のようなものを考えているけど……」

「なるほど……実在する銃器と使用感覚が似た物を想定しているわけだ」

「ポイントは、武器の形状と発射する攻撃魔法を何にするかなんだよね」

「今回は、試作品なんだから、あまり気にすることはないんじゃない? それよりも早く作って欲しいみたいよ」


 恭子が僕たちの会話に口を挟んだ。


「なるほど。じゃあ、大まかにハンドガンみたいな形状かアサルトライフルみたいな形状か、どっちがいいかな?」

「同じ威力で作れるの?」

「それは問題ないよ」


 指輪にも強力な魔法を封じることができるのだ。

 拳銃サイズでも同様のことは可能だろう。


「ただ、弱い魔法を連射するのか、強力な魔法を単発で撃つのか、どちらがいいかという問題もあるけどね」

「ユウちゃんはどっちがいいと思う?」

「一長一短があるけど、僕はゾンビを一撃で倒せる魔法を一発ずつ撃ったほうがいいと思う」


 連射するタイプだと外れた魔法が周囲に被害を与える可能性があるからだ。


「命中精度を考えるなら、スナイパーライフルがいいんじゃ?」

「といっても、銃じゃないからね。形だけ真似ても命中精度が上がるわけじゃないよ」

「そうなんだ……」

「どういうケースを想定した武器が必要なのかってことが重要なんだと思う」

「その辺りは、何か聞いてないの?」

「詳しくは聞いてないけど、普通に考えると国防軍や警察の特殊部隊が使う武器ってことだと思う」

「魔法は、どんなものを考えているの?」

「放出型の攻撃魔法だと、【マジックアロー】、【フレイムアロー】、【アイスバレット】、【エアカッター】、【ストーンバレット】、【ファイアボール】、【ライトニング】なんかがあるけど……」

「ゾンビを倒せるのは?」

「たぶん、誰にでも使えるマジックアイテムから発射するという条件だと、どの魔法でも一撃では倒せないだろうね」

「どうするの?」

「威力を上げる改造をすればいいんだけど、魔力の消費量が上がるから、使える回数……つまり弾数が減ってしまう」

「なるほど……でも、それはしょうがないんじゃ?」

「まぁね。魔法石を追加すればいいんだけど、その分、コストがかかるし」

「魔法石っていくらくらいなの?」


 恭子が質問した。


「一個一万ゴールドだよ。向こうの世界の価値としては、一億円くらいかな。その十分の一の価格で販売することにしたから、魔法石を一つ追加すると一千万円増額されることになるね」

「雄一君は、その武器の試作品はどれくらいの価格になると見ているの?」

「そうだね……刻印石が一つと、魔法石が10個として、1億1千万円くらいになるんじゃないかな」

「魔法石を10個使うと何発くらい撃てるの?」

「ゾンビを一撃で倒せる魔法だと20発くらいじゃないかなぁ……」

「その武器は、使い捨てなの?」

「いや、翌日になれば、また使えるよ」

「それなら安いわね」

「安い……のかなぁ……?」

「ゾンビを20体も倒せるなら安いわよ」

「確かに……」

「それで、雄一君。その武器は、どれくらい作れるのかしら?」

「それを聞いてどうするの?」

「やーねぇ、あたしは、雄一君の味方よ。その武器は、会社の収益になるのだから、気になって当然でしょ」

「作れたとしても大量に売るつもりはないよ」

「そうだね。ユウちゃん自身が狙われるかもしれないし」

「普通の武器で攻撃されてもあまりダメージは受けないけど、ゾンビを一撃で倒せるくらいの攻撃魔法だと結構ダメージ喰らうかもね」

「一発受けたくらいじゃ大丈夫なんでしょ?」

「ゾンビよりは体力あるからね……たぶん」

「分からないの?」

「ゾンビの体力や自分の体力がどれくらいか知ってるわけじゃないからね」

「数値化されてないということね」


 恭子がそう言った。


「でも、それって当たり前だと思う。オレたちも自分の体力を知ってるわけじゃないし……」

「ただ、自分の体力はグラフで表示できるんだよね」

「そのグラフがゼロになると死んじゃうのか……」

「まぁね。でも、普通の人間に比べたら簡単には死なないし……」


 二人は、僕の心配をしてくれているようだが、僕から見れば二人のほうがよほど死にやすいので心配だった。


「確かにそうだね」

「例えば、交通事故に遭ったとしても大したダメージは受けないと思うよ」

「凄いわね……」

「じゃあ、武器の試作品を作ってみるよ」


 そう言って僕は、攻撃魔法を決めることにした。

【ファイアボール】は、着弾時に爆発するが、それが良い場合と悪い場合があるだろう。使う場所によっては、火災を発生させる可能性もある。というわけで却下だ。

【ライトニング】は、直線上に並んだ複数のゾンビを攻撃できるというメリットはあるものの、銃器としては、射程が短すぎる。延長することは可能だろうが、その分、魔力を消費するので、これも却下だ。

【フレイムアロー】も【ファイアボール】と同様に外れたときに火災を発生させる恐れがあるので却下だ。

 何となくゾンビは、火炎攻撃に弱いような気がするのだが、二次災害を発生させるようなものは造りたくない。

 残りは、【マジックアロー】、【アイスバレット】、【エアカッター】、【ストーンバレット】だが、どれを選んでも、効果はそう変わらないだろう。それなら、無属性の【マジックアロー】が良いのではないだろうか?


 僕は、【マジックアロー】を改造することにした。


【魔術作成】→『改造』


『改造したい魔法を入力してください』と表示されたので、【マジックアロー】を選択する。

『変更可能項目』には、『弾速』、『ダメージ量』、『射程距離』という項目がある。

【マジックアロー】の弾速と射程距離には特に不満はないので、ダメージ量を30倍にした。

 駆け出しの冒険者では【マジックアロー】30発でゾンビを倒すことはできないと思うが、魔法石による魔力はそれなりの魔術師の魔力に匹敵するという話なので、威力もそれに相当するのではないかと思う。

 おそらく、魔力系レベル3が使える魔術師なら【マジックアロー】30発でゾンビを倒せるのではないだろうか。

『魔力』のステータスが高ければ相手に与えるダメージも高いのだ。そのため、僕たちはゾンビを【マジックアロー】1発で倒せる。


[レシピ作成]


 魔法の名前は、【ハイ・マジックアロー】とする。


【魔術作成】→『改造』


『付与するレシピを選択してください』と表示されたので、【ハイ・マジックアロー】と念じる。

 魔法石を一つ使い「ハイ・マジックアローの刻印石」を作成した。


 次に【工房】のスキルを起動する。


【工房】→『アイテム作成』


 自分で使うなら装備として作成するところだが、作成したい武器は、一般人でも使える汎用タイプのものなので、マジックアイテムに分類されるのだ。


 次に武器の形状をイメージする。

 基本的には、インターネットの写真で見た国防軍が制式採用している自動小銃をベースに不要な部分を取り去り、見た目を未来的なレーザーライフルっぽい外観にすることにした。

 不要な部分というのは、弾倉と銃身の一部だ。この武器は、銃ではないので、弾丸が発射されるわけではない。そのため、弾倉は不要だし、長銃身である必要もない。元々、モジュラー構造のアサルトカービンなので、それほど全長が長いわけではないが、不要な銃身を削除すれば十数センチくらいは短くなるだろう。安全装置のセレクターレバーも複数の選択肢は必要ない。


 照準装置は、こちらで装備しないことにした。

 現在、標準で採用されている照準装置は、CCDカメラを使ったもので兵士のヘルメットに装備されたゴーグルに標的を映し出すシステムとなっている。

 その照準装置をマウントして使ってもらえばいいだろう。


【マジックアロー】の魔法は、弾丸と違い重力に引かれて弾道が落下することはないが、射程距離が決まっていて、その距離を超えると消滅してしまう。

 射程距離を正確に測ったことはないが、数百メートルの距離から敵をロックオンすることができるため、射程もそれくらいだと思われる。

 長距離まで攻撃できると、外れたときに無関係のところに被害を及ぼすため、それくらいの射程で丁度良いだろう。


 イメージの中でレーザーライフルっぽい外観のマジックアイテムに「ハイ・マジックアローの刻印石」と魔法石を10個追加した。

 そして、このマジックアイテムは、『アイテムストレージ』から取り出したら、二度と戻すことができない『汎用アイテム』に設定する。


 目を閉じて細かくチェックする。

 ライフルの全長は、銃床ストックを含め60センチメートルくらいだろうか。白色で、のっぺりとしている。

 フィクションに登場する未来的なレーザーライフルの先端の銃身を切り取ったようなやや不格好なデザインだった。

 実物のアサルトライフルは、銃剣などを取り付けることができるようになっているようだが、構造がよく分からないので、必要なら次のモデルから改良することにしよう。


 アイテムの名前は、『ハイ・マジックアロー・ライフル』とした。

 これは、『アイテムストレージ』内での識別名なので、使う人がちゃんとした名前を付ければいいだろう。

 もし、国防軍に採用されたら、「51式対ゾンビ砲」とかになるのだろうか。


 僕は、目を開けた。


『ハイ・マジックアロー・ライフル』


 そして『アイテムストレージ』から、作成した『ハイ・マジックアロー・ライフル』を取り出してテーブルの上に置いた。


「ユウちゃん、それが?」

「うん。対ゾンビ用武器の試作品」

「もし、人を撃ったらどうなるの?」

「勿論、普通の人間も殺すことができると思うよ」

「その場合、貫通するの?」

「どうだろう? モンスターに対しては、貫通しないんだけど……」

「流石に人を攻撃したことはないか」

「まぁね」


 ――プーーッ! プーーッ! プーーッ!……


 突然、内線電話が掛かってきた――。


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