第30話 -奇病7-


 第30話 -奇病7-


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 僕たちは、内閣府へ向かった――。


 大田区で適当な路地へ入り、秀雄を『ロッジ』に入れた後、【インビジブル】と【マニューバ】を使って移動した。

 そして、内閣府の近くの路地で秀雄を『ロッジ』から出して、入れ替わりでルート・ドライアードを『ロッジ』に入れてから、内閣府の庁舎へと急ぐ。


 入館の手続きを終えた僕たちは、南部課長の部屋へ直行した。


「失礼します」

「……失礼します」

「おう、入ってくれ」

「雄一君! 大丈夫だった? 怪我はない?」

「え、ええ……。大丈夫ですよ。恭子さん」


 前に僕が座っていた椅子に座っていた上田恭子が立ち上がって、僕の側に来た。


「もしかして、あれからずっとここで?」

「嫌ねぇ、ちゃんと仕事をしていたわよ。さっき、南部課長からあなたたちが戻ってくるって連絡があったから、ここで待っていたのよ」

「こんな時間まで大変ですね」

「雄一君が心配だったの……」

「んんっ!? 話は後だ。先に対策を協議しよう」


 南部課長が咳払いをして僕たちの会話に割り込んだ。


「ゾンビの被害は、どの程度広がっているのですか?」


 秀雄が南部課長に質問した。


「ああ、いろいろな箇所に飛び火している」

「封鎖しなかったのですか?」


 僕は疑問に思ったことを聞いてみた。


「勿論、感染者が大田区から出られないように封鎖を行った。しかし、一歩遅かったようで、封鎖する前に移動してしまった感染者が居たようだ」


 自動車などの移動手段を持った人間や、噛まれた直後に交通機関で移動した人が居たのかもしれない。優子たちの衣服を見てもそれほど出血するわけではないようなので、上着などで隠されると見ただけでは噛まれたかどうか判別するのは難しいだろう。


 ――この状況では、感染の被害を食い止めるのは不可能に近いんじゃ……?


 土地が広くて人口密度が低い場所なら、ゾンビが移動する間に殲滅できるだろうけれど、首都圏のように人口密度が高い場所では、感染者が次々と発生して対処しきれなくなる可能性が高い。


「それは、マズいですね。僕たちにもゾンビ化する前の噛まれた人間を補足する手段がありません……」

「ゾンビ化したら補足できるのかい?」

「ええ、【レーダー】という魔術があるのですが、それを使えば、ゾンビは赤い光点で表示されます。普通の人は、緑の光点です。噛まれた人も同じ緑のままです」

「そのレーダーは、どれくらいの距離まで探知できるんだい?」

「通常の【レーダー】では、半径100メートルほどですが、僕が改造した【ワイド・レーダー】という魔術では、半径1キロメートルくらいまで探知することができます」

「ふむ……1キロでは、くまなく探索するのは難しいな。勿論、探知できないよりはずっといいが……」


 一呼吸置いてから、南部課長が話を続けた。


「君が改造したと言ったが、更に改造して探知する範囲を拡大することはできないのかい?」

「できなくはありませんが、探知する範囲の半径を広げると消費する魔力も加速度的に増大しますし、新しい魔術を使用するためには、いろいろと手続きが必要なので……」


【レーダー】の半径約100メートルから【ワイド・レーダー】の半径約1000メートルに範囲を拡大したときには、消費する魔力――MP――が100倍になったので、更に半径を10倍にすると【ワイド・レーダー】の100倍の魔力が必要になるはずだ。つまり、円の面積の差がそうなるためだろう。円の面積は、半径×半径×円周率で求められるので、半径が10倍の円の面積は、10倍半径×10倍半径×円周率と100倍になるためだ。

 今の僕たちなら、【ワイド・レーダー】の100倍の魔力消費でも実用的に使える可能性はあるが、使用している間、常に魔力を消費する自己強化型魔術なので、飛行中に使っていると魔力――MP――が切れてしまう可能性がある。


 僕がそんなことを考えていると南部課長が話題を変えた。


「他にも問題が起きた。大田区の学校で行われていることがインターネット上で暴露された。動画を撮影して流した者が居る。今後は、呼びかけても殺されることが分かっているから、誰も出頭してこないだろう……」


 最悪の状況だ。

 感染が更に拡大してしまう可能性がある。


「どうするつもりですか!?」

「伊藤君は、どうしたらいいと思う?」

「……テレビやラジオなどの放送を使って事態を説明して、家から出ないように呼びかけては?」

「戒厳令を敷くわけか……家に隠れていれば、ゾンビに襲われる危険は無いのだね?」

「いえ。ゾンビは、物陰に隠れた人間も正確に把握しているようです」


 おそらく、【レーダー】の魔術と同じような原理で周囲の人間を識別しているのだろう。

 野生動物は、襲わないようだが、モンスターには襲いかかるようだ。


「それでは、意味が無いのではないか?」

「少なくとも感染者が拡散することは防げます」

「なるほどなぁ……通報があれば、どこで感染者が出たか分かりやすいか」


 多くの人が集まっている場所にゾンビが現れるよりは、各家庭に人が分散しているほうが、感染の拡大は抑えられるだろう。


「その上で、僕たちがゾンビ化した人たちを虱潰しに狩っていきます」

「本来は、民間人の君に武力行使をさせるわけにはいかないのだが、確かに君たちじゃないとゾンビには対抗できないようだな」

「ええ……」

「銃では、何発撃っても死なないとの報告を受けたよ」


 南部課長の説明によると、十人以上の警察官たちが1体のゾンビに何十発もの銃弾を撃ち込んだそうだがゾンビは死ななかったそうだ。


「普通の武器では、あまりダメージを受けませんからね」

「確認するが、君たちならゾンビを殺せるんだな?」

「実際に大田区では、伊藤の使い魔が何体ものゾンビを殺害したのを見ました」


 秀雄が補足してくれた。


「この後、伊藤君は、具体的にどうしたらいいと思う?」

「現在は、どう対応されているのですか?」

「先ほど国防軍へ災害出動が要請された。通報のあった地域へ部隊が派遣されたが、渋滞などで移動は難航しているようだ」

「通報のあった地域というのは?」

「江東区、品川区、目黒区、世田谷区など、大田区と隣接した地域だ。隣接している川崎市からは、今のところ通報はないようだが、ゾンビは川を渡れないのかい?」

「それは……私にも分かりません……。ゾンビの生態については、よく分かっていないのです。一番近い標的を狙うということは分かっていますが……」

「それは、誰かを追いかけていても、より近いところに人が来れば、そちらに目標を変更するということかね?」

「そうです」

「ふむ。その習性は利用できそうだな……」

「はい。異世界でもその習性を利用して大量のゾンビを誘導・分断したようです」

「異世界でもゾンビとの大規模な戦闘があったのかい?」

「百年くらい前にあったようです。西日本方面から大量のゾンビが襲来したとか……」

「異世界なのに西日本というのは?」


 秀雄は、異世界のことを詳しく話してはいなかったようだ。


「異世界は、地球でした。おそらく、裏の世界の……」

「それを確認したのかね?」

「地図を作りました。そしたら、紛れもなく日本列島でした」

「伊藤の予想では、この世界と重なり合うように異世界が存在するのではないかとのことです」

「ふむ……。その件は、今考えても仕方がないな……」

「ええ」

「それで、伊藤君は大田区で部下にゾンビを駆除させていたようだが、具体的にどういったことをしたのだい?」

「私は、異世界で多くの使い魔を配下としました。その一部を召喚してゾンビ狩りを行わせています」

「その使い魔とやらは、どれくらい居るんだい?」

「現在、ゾンビ狩りをしているのは、255体です」

「――――!? そ、そんなに……?」

「しかし、私たちにも感染者がゾンビ化しないと発見できないので、対応が後手に回ります。索敵できる範囲も限られていますからね」

「我々と情報を共有すれば、カバーできるだろう」

「そうですね……」


『装備2換装』


「おお……」

「わっ……」

「――――っ!?」


 僕が突然『装備2』に換装したので、三人は驚いたようだ。


『マップの指輪』


 僕は、それを無視して右手人差し指に装備されている『マップの指輪』を起動する。

 視界に白地図のようなマップのウインドウが開く。

 縮尺を大きくしていくと、ドライアードたちの位置が表示された。

 ここから、南のほうに分散している。

 あまり動かずに待機しているようだ。


【テレフォン】→『ルート・ドライアード』


「ルート・ドライアード?」


 左手を左耳に当てて【テレフォン】でルート・ドライアードを呼び出した。


「主殿。何か御用ですか?」

「僕が居る場所を中心に飛行してパトロールを行うようにドライアードたちに指示を出して。赤い光点を見つけたら、その光点から最も近い二人が向かい、他の者は、そのままパトロールを続けるように」

「御意!」

「通信終わり」


 僕は、【テレフォン】の魔術をオフにした。


「今のは、どういうことか説明してくれるかな? その服装に着替えたのも」

「装備を変更したのは、使い魔たちが何処に居るのかを見るためにです。この指輪で位置を確認できます。そして、この内閣府の庁舎を中心にパトロールするように命じました」

「ふむ。大田区のゾンビは、駆逐されたのかね?」

「それは分かりませんが、使い魔たちは大田区周辺で動かずに待機しているようだったので、効率が悪いかと思いまして……」

「索敵範囲から逃れたゾンビを見逃している可能性があるというわけだね?」

「はい」


『装備5』


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 首:魔布のネクタイ

 服:綿シャツ

 上着:魔布のジャケット

 脚:魔布のスラックス+10

 足:綿の靴下

 足:竜革の靴

 下着:魔布のトランクス+10

 左手薬指:回復の指輪+10

 右手人差し指:マップの指輪

 装飾品:プラチナのタイピン


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『装備5換装』


 僕は、『マップの指輪』を『装備5』にセットして換装した。

 これで、他の人に見られても大丈夫だろう。


『マップの指輪』


『マップの指輪』を再起動する。

『装備2』に換装したときは、白地図のようだったマップがところどころ東京を空撮したような画像となっている。

 ドライアードたちは、夜間は【ナイトサイト】を使っているようだ。


 ドライアードたちの動きをよく見ると、ここを中心に渦巻き状に外へ向かってパトロールを始めたことが分かる。


「では、僕のほうは準備ができましたので、ゾンビの目撃情報があれば、教えてください」

「分かった。よろしく頼むよ」


 僕は、南部課長の部屋で新しい情報が得られるのを待った――。


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