第29話 -奇病6-
第29話 -奇病6-
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僕は、使い魔になった水谷と優子を帰還させてから、水谷のハンドバッグを拾ってテーブルの上に置いた。
こういったものも装備として作成することは可能だが、あまり必要性がないので魔法通貨の無駄遣いをするのは止めておいたのだ。
刻印を刻んだ水谷ならともかく、ゾンビ化してしまった水谷では、上手く使いこなすことができないだろう。
『ロッジ』
僕は、『ロッジ』の扉を召喚した。
【インビジブル】【マニューバ】
『ロッジ』の中で【インビジブル】と【マニューバ】を起動してから、扉を開けて外に出る。
辺りはすっかり暗くなっていた。
【ナイトサイト】
僕は、【ナイトサイト】の魔術を起動した。
そして、『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』へと戻す。
――チャラン♪ ユーガッメール
外に出た途端にスマホにメールが着信した。
スマホを起動すると、電話の着信履歴も数件あった。秀雄からだ。
僕は、【マニューバ】で空中に舞い上がり、秀雄に電話をする。
――トゥルルルルル……、トゥルルルルル……
「もしもし、ユウちゃん?」
「ごめん、今まで掛かっちゃった。そっちは、どうなってるの?」
「噛まれた人たちが次々にゾンビ化して大変なことになってるよ。それで涼子たちは?」
「……ごめん。助けられなかった……」
「そう……。オレのほうこそ……」
秀雄が申し訳なさそうにそう言った。
「今、何処にいるの?」
「あの校舎の屋上だよ」
「じゃあ、すぐに行くね」
僕は、通話を切ってから、秀雄と別れた学校へ向かった――。
◇ ◇ ◇
学校には、すぐに到着した。
校庭に人が集まっているのが見える。
上空には、数人のドライアードが空中で待機していた。
校庭に集まっている人たちを監視しているのだろうか?
駐車場には、パトライトを点灯したパトカーや救急車が数台停まっていた。
また、かなりの数の警察官が校庭を囲うように配置されているようだ。
僕は、校舎の屋上へ向かった。
校舎の屋上には、警察の特殊部隊と思しき隊員が並んでいた。
スナイパーライフルを持った数人の隊員が校舎の屋上から校庭を監視しているようだ。
少し離れた後ろに秀雄が中年の警察官と並んで立っている。
秀雄の斜め後ろの空中には、ハルバードを持った甲冑姿のルート・ドライアードが直立不動のポーズで立っていた。【インビジブル】を使っているので、他の人には見えないのだ。
運動場の隅には、死体袋が並べられている。
ゾンビ化してドライアードたちに殺された人たちの死体が入っているのだろう。
突然、校庭に居る男の人の頭が白く光った。
そして、近くに居る警察官のほうへ走っていく。
校庭に集まっていた人の一人がゾンビ化したのだ――。
屋上のスナイパーたちが発砲した。
【戦闘モード】
僕は、スナイパーたちがライフルを撃った瞬間に【戦闘モード】を起動した。
世界がスローモーションになる。
【テレスコープ】
発射された弾丸を目で追う。
弾丸が回転しながら、ゆっくりとゾンビに向かって飛んでいく。
発射された3発のうち、1発は外れて地面にめり込んだが、2発はゾンビの肩と背中に当たった。
ゾンビの男の上着に穴が空く。
弾丸が当たった反動でゾンビが転倒した。
流石にライフル弾の威力だと当たったときに運動エネルギーの影響を受けるのだろう。
ダメージ自体は、そんなに無いのではないかと思われる。
次の瞬間、上空から光の矢が飛んできて倒れたゾンビに当たった。
上空で待機していたドライアードの一人が【マジックアロー】で攻撃したようだ。
すぐに攻撃しなかったのは、周囲の人間に誤射する可能性が高かったからだろう。
――ターン! ターン! ターン!
遅れて銃声が耳に届いた。
スナイパーライフルの先端には、サプレッサーが付いているようだが、銃声は結構大きかった。
僕は、【戦闘モード】を解除した。
「キャーッ!」
「イヤーッ!」
「オイ! いい加減に家に帰してくれ!」
「まさか、オレたちも殺すつもりなのか!?」
校庭に集められた人たちが次々に文句を言い出した。
彼らは、自主的に集まったのではなく、噛まれたからここに隔離されているのだろう。
【レーダー】
【レーダー】の魔術を起動してみたが、ゾンビに噛まれた人も普通の人と同じ緑色の光点で表示されている。
『【レーダー】で噛まれた人を見分けることはできないな……』
僕は、【レーダー】を解除する。
次の瞬間、眼下でまた一人の頭が白く光った――。
◇ ◇ ◇
その後、次々とゾンビと化した人たちは、ドライアードの攻撃により死体になった。
スナイパーたちもゾンビを撃っていたが、ドライアードが殺したゾンビが死体に戻り、その死体に穴を空けることはあったものの、ライフルで死んだゾンビは居なかった。
校庭には、いくつもの死体が散乱している。
仕方がないとはいえ、胸の悪くなる光景だった。
最後のほうでゾンビ化した人たちは、ゾンビ化するまで泣き叫び、助けてくれと懇願していた。
中には、包囲を突破しようとして、スナイパーに撃ち殺された人も居た。
周囲の警官は、銃を構えて静止しようとしたものの、発砲した警察官は居なかった。
平和ボケした普通の警察官が武器を持っていない市民を撃つのは難しいのだろう。
僕は、屋上の入り口付近に着地した。
【インビジブル】と【マニューバ】を解除する。
そして、秀雄の近くへ歩いていく。
「な、何だ君は?」
中年の警察官が僕を見て制止した。
「ユウちゃん。遅かったね」
僕が答える前に秀雄が話し掛けてきた。
「お知り合いですか?」
「ええ。彼は、我々の協力者です」
「ちょっと前に着いてたんだけど、騒ぎが収まるまで待っていたんだ……」
「ああ……。仕方がないとはいえ、嫌になるよ……」
「……うん」
「じゃあ、私は戻りますので、後はよろしくお願いします」
「分かりました」
秀雄が警察官にそう言って、屋上の入り口へ向かう。
僕もその後を追った。ルート・ドライアードも僕の側に降りてくる。
「何処か人目につかないところへ行こう」
僕は、秀雄にそう提案する。
「それが、ユウちゃんを連れて内閣府に戻るように南部課長から言われてるんだよ」
「内調に行ってどうするの?」
「今後の対策を協議するつもりだと思う」
僕たちは、階段を降りながら話をする。
「噛まれた人たちは、どうやって集めたの?」
「放送や自治体を通じて呼びかけた」
「でも、殺されることが分かったら、誰も出てこなくなるんじゃ?」
「実際、無視している人も居るみたいで、広い範囲でゾンビ化した人に噛まれる被害が出たよ」
一番手っ取り早いのは、噛まれたことを確認した時点で、その人を殺すことだが、罪もない市民を殺害するのは、倫理的に難しいだろう。
例えば、伝染病が流行したとして、その伝染病に罹ったことが判明した時点で、その人を殺すようなものだ。
しかし、放っておいてゾンビ化するまで待てば、被害が広がってしまう。
ゾンビは、モンスターのようなものなので、簡単に殺すことができないからだ。
僕たちが居なければ、一ヶ月以内に日本はゾンビだらけになって滅亡しただろう。
だが、僕たちが居ても噛まれた人を隔離できなければ、被害を食い止めるのは難しいかもしれない。
自動車などで何百キロも移動されてしまっては、【ワイド・レーダー】で探知することもできないからだ。
「…………」
「そうだ、ゾンビ化するまでの時間が分かったよ」
僕が無言で考え事をしていたら、秀雄が話し掛けてきた。
「約4時間でしょ?」
「知ってたの?」
「水谷と優子がだいたいそれくらいの時間でゾンビ化したからね……」
「……二人を殺したの?」
「いや、彼女たちが望んだから、ユリコのように使い魔にしたよ」
「そっか、ゾンビ化した後なら、使い魔にできるんだ……」
「ゾンビ化した後なら、召喚魔法でテイムすることは可能だからね。ただ、確実にできるとは限らないけど……」
「召喚魔法は、成功率が低いんだっけ? よく成功したね?」
「たぶん、彼女たちがそう望んだからじゃないかな……」
本当の理由は、僕の精液を吸収したからだろう。
ユリコも一発でテイムできたので、意志が希薄なゾンビは、テイムしやすいのかもしれない。
僕は、一呼吸置いて話を続ける。
「それで、水谷とも相談したんだけど、水谷はヒデちゃんが預かってくれない?」
「えっ? でも……涼子は、ユウちゃんの使い魔になりたいと望んだんだよね?」
「そうだけど、ヒデちゃんが望むなら、側に置いて欲しいそうだよ。ヒデちゃんに新しい恋人ができたり、結婚したりするときに邪魔になるようなら、僕に返してって……」
「涼子は、噛まないんだよね?」
「それは、大丈夫。絶対に人を噛んでゾンビ化しないように命じておいたから」
「分かった。涼子のことは考えておくよ。優子ちゃんはどうするのさ?」
「優子のことは、両親と相談するよ。表向きは、この事件に巻き込まれて記憶喪失になったことにしようかと……」
優子は、僕の側に居ることを望んでいたが、両親が生きている間は、親元に置いて親孝行してもらったほうがいいだろう。
僕も優子も刻印を刻まれた魔法生物になってしまったので、子供を作ることができなくなってしまった。
僕の両親は、孫の顔を見ることが永遠に出来なくなってしまったのだ。
僕たちは、校舎を出て、校門のほうへ移動する。
「涼子もそうしたほうがいいかな……?」
「事件に巻き込まれて行方不明でもいいかなと思ったんだけど、ゾンビ化しても死んだら死体は残るからね」
「涼子もあんな風に無感情になっちゃったんだよね……?」
あんな風というのは、ユリコのことを指しているのだろう。
「簡単な受け答えはできるし、演技するように命じることはできると思うけど……」
「でも、いいのかな……? オレは、涼子と付き合って、半年も経っていないんだよな……」
「涼子姉ぇのことは、ヒデちゃんに任せるよ」
「ふっ、その呼び方……ユウちゃんにとって、涼子は姉のような存在なんだね」
「最初は違和感あったけど、ここ一ヶ月くらいの間で定着しちゃったかな。毎週、ウチのアパートに来てたし」
「そんなに行ってたんだ……」
「フィギュアを作らされたりしたよ」
「ははっ。そう言えば、そんな話をしてたね」
突然、秀雄が立ち止まって、僕に深々と頭を下げた。
「ごめん! オレのせいだ。オレがユウちゃんを内調に連れて行かなければ、涼子と優子ちゃんがゾンビに噛まれることも無かったのに……」
「ヒデちゃんのせいじゃないよ。僕が近くにいても防げたかどうか分からないし……」
秀雄は、僕を内調に連れて行って、優子たちと引き離したことを後悔しているようだ。
しかし、僕も女性二人との買い物は退屈だと思って、秀雄の提案に乗ったわけなので、僕にも責任がある。
それから、僕たちは、大田区にある学校から内閣府まで移動した――。
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