第26話 -奇病3-
第26話 -奇病3-
―――――――――――――――――――――――――――――
「優子、どうした!? 何があった?」
「お兄ちゃん。あたしたち、噛まれちゃった……」
「噛まれたって、ゾンビにか!?」
「涼子さんが、そう言ってた……。あたしたちも、あんな風になっちゃうの?」
「今、何処だ?」
「大田区……空港の近く」
「すぐ行く! それから、電話は繋いだままにしておく……」
僕は、優子との通話状態を維持したままスマホを内ポケットに入れた。
「ユウちゃん、優子ちゃんたちがゾンビに噛まれたって!?」
「……そう言ってたけど……。どうして……大田区に……空港……?」
「――――!? そうだよ! 大田区には羽田空港がある!?」
「まさか!? 飛行機で感染者が入ってきた?」
僕は、南部課長の電話の内容を思い出した。
――あれは、旅客機を撃ち落とせって言ってたのか?
日本に核ミサイルが飛んでくるというのは、あまりにも荒唐無稽なので、旅客機を撃ち落とすという話のほうがまだあり得るだろう。感染者が搭乗していることが判明しているなら、民間の旅客機と言えども撃ち落とそうとする可能性がある。
「僕は、大田区に行く!」
「行ってどうするの?」
「ゾンビを殲滅して優子たちを助ける」
「待って! ユウちゃん!? 勝手なことはしないほうがいいよ。課長が言っていたように民間人のユウちゃんが武力行使をしたら、後で問題になるよ!」
「バレないようにやればいいし、それに今、この瞬間にもゾンビに噛まれている人が居るわけだから、放ってはおけないよ」
「涼子と優子ちゃんも噛まれてるんだよね? 助けられるの?」
「……分からない。いくつか試してみたいことはあるけど、上手くいくかどうか……」
――♪チャララ、チャチャララ……
突然、クラシック音楽の電子音が鳴った。
秀雄の携帯電話に電話の着信があったようだ。
「はい。武田です」
「…………」
「……はい。……はい。やはり、そうでしたか……」
僕は、居ても立ってもいられなかった。
早く行かないと優子と水谷がゾンビになってしまうのだ。
しかも、ゾンビ化を防ぐ方法が分からないので、できるだけ早く二人を救助して、様々な方法を試してみたい。
僕は立ち上がった。
「しかし……。伊藤が大田区へ向かうと言っておりまして……。私では止められません……」
「…………」
「……はい。分かりました。失礼します」
秀雄の電話が終わったようだ。
「南部課長からだった。すぐに来てほしいとのことだけど?」
「行かない。僕は、大田区へ行く!」
「……そう言うと思ったよ。やっぱり、羽田空港で墜落事故が起きたみたい。原因は、例の感染症で乗客が暴れて機体が破損したとか……」
「じゃあ、僕は行くよ」
「雄一君……」
恭子が心配そうに僕の名前を呼んだ。
店内に居る他の客たちも僕たちを不審な目で見ていた。
「オレも行くよ」
「ヒデちゃんは危険だよ。噛まれたらどうするのさ?」
「涼子たちも噛まれたんだから、オレだけ安全なところには居られないよ」
ここで議論している時間も惜しい。
秀雄には、護衛を付ければいいだろう。
「分かった。一緒に行こう」
「上田さんは、南部課長に報告して」
「……分かったわ。二人とも気をつけてね」
「はい」
「よろしく」
僕たちは、喫茶店を出た――。
◇ ◇ ◇
東京は人が多いので、完全に死角になった場所が少ないが、【レーダー】を起動して人が少ないところへ移動する。
そして、
『ロッジ』
僕は、『ロッジ』の扉を召喚した。
「入って」
「ああ」
秀雄と『ロッジ』に入ってから扉を『アイテムストレージ』へ戻す。
『ルート・ドライアード召喚』
僕は、『ロッジ』の中にルート・ドライアードを召喚した。
「わぁっ!?」
突然、ルート・ドライアードが現れたので秀雄が驚いたようだ。
「主殿……」
「ドライアード達を召喚して」
「御意!」
『ロッジ』の中に200人以上のドライアード達が召喚される。
部屋の中が使い魔を召喚する白い光で満たされた。
「うわぁ……」
「じゃあ、ドライアード達は、【インビジブル】で姿を隠して僕についてきて」
「「はいっ」」
「【レーダー】上に赤い光点を見つけたら、【マジックアロー】か【マジックミサイル】を使って確実に倒して。間違っても一般人には危害を加えないように。噛まれている人もゾンビ化して赤い光点になってから攻撃するんだ」
「「はいっ」」
『ルート・ドライアードの装備2換装』
「うわっ!」
ルート・ドライアードの装備が全身鎧に変わったので秀雄が驚きの声を上げた。
「ルート・ドライアードは、ここに残って」
「御意」
「ヒデちゃんは、向こうに着くまでここで待ってて」
「ああ。分かった」
【インビジブル】【マニューバ】
「消えた!?」
「魔法で姿を消しただけだよ」
『ロッジ』
僕は、『ロッジ』の扉を召喚してから外に出た。
255人のドライアード達が僕に続いて外に出てくる。
狭い路地には入りきらないので、空中へ移動した。
最後のドライアードが『ロッジ』の扉を閉めたのを確認してから、扉を『アイテムストレージ』へ帰還させる。
そして、僕は、空中へ舞い上がり、大田区のある南へ向かって飛行した――。
◇ ◇ ◇
空港近くの街では、パニックが起きていた。
逃げまどう人々が転倒し、後から走ってきた人が倒れた人を踏み越えて行ったり、躓いて転倒したりしている。
そこら中に血まみれで倒れている人が居るのが見えた。
警察官の静止も効いてはいない。
まだ、応援が来ていないのか、バリケードなども構築されていなかった。
しかし、サイレンの音はいくつも聞こえている。
ビルや店舗の中に居る人たちは、その光景を不安げに眺めていたり、スマホなどで動画の撮影をしたりしていた。
まだ、この辺りには、ゾンビが来ていないのか、屋内は安全なようだ。
ゾンビは、一番近いターゲットに向かって走り寄るので、間に何人も人が居れば噛まれる可能性は低いと言える。
問題は、噛まれた人たちがゾンビになったときだろう。何百という人が突然、ゾンビ化して周囲の人を襲い始めるのだ。そして、その後も倍々ゲームのように増えて行く。
放っておいたら首都圏が数日で壊滅するだろうと思われた。
僕が空中からその光景を見ていたら、突如、僕の背後から数十本の光の線が弧を描いて地上に降り注いだ。
ドライアードたちが、【マジックミサイル】でゾンビを攻撃したのだ。
「じゃあ、散開して【レーダー】上の赤い光点を倒して」
「「はいっ」」
ドライアードたちは、散開しながら僕を追い越して行った――。
◇ ◇ ◇
僕は、秀雄を降ろす場所を探した。
――何処か安全な場所は……?
空中から周囲を見渡すと、近くに学校らしき建物を見つけた。
その学校へ近づいてみると、生徒たちが下校した後なのか、静まり返っている。
もしかすると、避難したのかもしれない。
校舎に設置された時計を見ると時刻は、午後の4時過ぎだった。
僕は
『ロッジ』
『ロッジ』の扉を召喚して、扉を開けて中に入った。
「あっ……ユウちゃん?」
僕は、【インビジブル】を起動したまま声を掛ける。
「ヒデちゃん、外に出て」
「分かった」
「ルート・ドライアードは、【インビジブル】を使ってから出て」
「御意!」
外に出た後、秀雄とルート・ドライアードが僕に続いて出てきたのを確認してから扉を閉めた。
そして、『アイテムストレージ』へ戻す。
「ここは……?」
「大田区の学校の屋上だよ」
「どうするの?」
「優子たちを探してくるから、ここで待ってて」
「オレも行くよ」
「それは駄目だよ。ルート・ドライアードを護衛に付けるから、ここから南部課長に連絡して」
「ああ、そうか。あの中じゃ携帯が使えないんだ」
「こちらの状況を知りたいだろうし、噛まれた人たちも数時間後にはゾンビになるよ」
「……何とか助けられないかな?」
「僕には無理だよ……」
「そうだよね……。今は、被害を最小限に食い止める方法を考えないと……」
「今現在、存在するゾンビはドライアードたちが狩ってるから、そのうち居なくなると思う。問題は、噛まれた人たちだね」
「分かった。そっちは、南部課長と相談するよ。涼子を頼んだ!」
「うん。ルート・ドライアード、ヒデちゃんを護衛して」
「御意のままに」
僕は、空中に舞い上がった。
内ポケットからスマホを取り出して優子に電話する。
「優子?」
「お兄ちゃん!?」
「どんな状況だ?」
「今は大丈夫よ。みんな逃げて行ったから、周りに人が居なくなったわ」
僕は、優子とスマホで連絡を取り合いながら移動した――。
◇ ◇ ◇
それから暫くして優子たちを見つけた。
「お兄ちゃん!?」
「ユーイチ!」
僕が近くに降りて、【インビジブル】を解除すると二人は駆け寄って来た。
優子は、ハンドバッグの他に紙袋を持っている。服でも買ったのだろう。
『ロッジ』
近くの建物の壁際に『ロッジ』の扉を召喚する。
「中に入って」
「ええ」
「分かった」
僕は、二人と一緒に『ロッジ』の中に入って、入り口の扉を閉めてから『アイテムストレージ』へ戻した。
いつものテーブルへ移動する。
「こっちへ」
『女神の秘薬』『女神の秘薬』
そう言って、テーブルの上に『女神の秘薬』を2つ置いた。
「まずは、そのポーションを飲んで」
「分かった」
「ねぇ、ユーイチ? 治療できるの?」
「分からない。向こうの世界では、ゾンビに噛まれた人を見ていないから……。でも、可能性のあることをやってみるよ」
二人が『女神の秘薬』を飲んだ。
「じゃあ、二人とも服を脱いで」
「ちょっと、お兄ちゃん! 何言ってるのよ!?」
「優子ちゃん、ユーイチの言う通りにしましょう」
「でも、涼子さん……分かったわ……」
二人が服を脱ぎ始めた。
「どっちが先に噛まれた?」
「涼子さんよ。あたしを庇って噛まれたの」
「じゃあ、涼子姉ぇは、このテーブルの上で横になって」
「ええ、分かったわ」
裸になった水谷がテーブルに上がる。
『フェリス召喚』
メイド服姿のフェリスが優子の隣に現れた。
「あっ」
「ご主人サマ」
「フェリス、涼子姉ぇに刻印を施して」
「畏まりました」
フェリスが白い光に包まれて裸になってから、テーブルに上がる。
テーブルの上に裸で横たわる水谷の上に裸のフェリスが跨った。
そして、胸の中央に手を置いた。
しかし、何も起こらなかった。
『白い光に包まれて生まれ変わるはずなのに……』
「……駄目です。刻印できませんわ」
「やっぱり……」
「ユーイチ、どういうこと?」
「ゾンビに噛まれるということは、【ゾンビの刻印】とも言うべき【大刻印】が刻まれるということなんだと思う……。でも、ポーションのような液体による刻印だから、遅効性で時間が経たないと完全には刻まれないんだけど、現在進行形で刻印が刻まれつつあるから、他の刻印では上書きできないんじゃないかと……」
「じゃあ、あたしたちは、もう……」
「そんなぁ……」
「まだだ! まだ諦めるのは早い!」
僕は、椅子に座って目を閉じる。
【調剤】→『作成』
『作成したい薬剤をイメージしてください』と表示された。
『ゾンビ化を止めるポーション』
そう念じてみると、『その薬剤は、作成できません』と表示される。
『【冒険者の刻印】を刻むポーション』
次にそう念じてみると、『その薬剤は、作成できません』と表示される。
『【エルフの刻印】を刻むポーション』
更にそう念じてみたが、『その薬剤は、作成できません』と表示される。
『【大刻印】を刻むポーション』
念のため、そう念じてみたが、『その薬剤は、作成できません』と表示される。
【戦闘モード】
僕は、【戦闘モード】を起動して意識を加速させた。
同時に冷静さを取り戻すことができた。
『そもそも、ゾンビ化のおおもとはヴァンパイアなんだ……。もし、ここにヴァンパイアが居たら、噛みつくことでゾンビ化の上書きができるのだろうか? その場合、ヴァンパイア・サーバントというモンスターになってしまうが、ヴァンパイアをテイムできれば、使い魔として存続させることができるかもしれない……』
しかし、今から向こうの世界でヴァンパイアを探してテイムすることなど時間的に不可能だ。
――【調剤】のスキルでは、【大刻印】を刻むポーションを作ることはできないのだろうか……?
ゾンビが犬歯から注射する液は、【ゾンビの刻印】とも言うべき【大刻印】を刻むためのポーションだと推測していたので、【調剤】のスキルでも同様の【大刻印】を刻むためのポーションが作成可能なのではないかと思っていたのだ。
しかし、【調剤】のスキルでいざ作ろうとしてもエラーが出て作れない。
――原理的なものをキチンとイメージして作成する必要があるのかもしれない。
『こうなったら、『女神の秘薬』の効果に期待するしか……』
【戦闘モード】を解除して目を開けた。
「駄目だ……ゾンビ化を止めるポーションを作ろうと思ったけど、作成できない。フェリス、何か良い案はない?」
「無理だと思いますわ。実は、ゾンビの襲撃の際にエルフの間でも同様の問題が起きましたの……」
「そんな……」
「ユリコのようにご主人サマの奴隷にしてあげたらいいではありませんか」
「それは、駄目だよ。ゾンビになってまで生き続けるなんて余計に酷だと思う……」
「ユーイチ。あたしをあなたの使い魔にして!」
「お兄ちゃん。あたしもそれなら怖くない。あたしもお兄ちゃんの使い魔にして!」
「でも……」
「ねぇ? 最後にあたしを抱いてくれない?」
「あたしも!」
「…………。分かった……」
二人の最後の願いくらいは、叶えてあげるべきだろう。
『フェリスの装備6換装』『フェリス帰還』
フェリスの装備をメイド服に換装してから帰還させる。
そして、優子と水谷と一緒に『ハーレム』の大浴場へ向かった――。
―――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます