第25話 -奇病2-
第25話 -奇病2-
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緊急会議の時間になったので、僕は南部課長と秀雄、上田恭子と一緒に会議室へ向かった。
その道すがら、南部課長から会議中に発言しないようにと釘を刺された。
僕の正体が他の人間に知られないようにするためだ。
映像を見て本当にゾンビかどうかを判断するのが僕の役目だ。
僕たちが会議室へ着いたときには、まだ会議室の中の人はまばらだった。
南部課長と別れ、僕は秀雄と上田恭子と並んで座った。
僕の右隣に秀雄、左隣に上田恭子が座る。
それから、20分ほどで会議が始まった――。
◇ ◇ ◇
南部課長が会議室の奥にある壇上に立った。
「忙しい中、集まって貰ったのは他でもない。例の感染症に関する重要な手掛かりがアメリカから寄せられたので、急いで情報共有を行う必要があったからだ」
南部課長は、一呼吸置いて会議室を見渡した。
「既に知っている者も居ると思うが、この感染症は感染者が凶暴化し暴動を引き起こすという非常に危険なものだ。我が国に入ってくることは絶対に阻止しなければならない」
南部課長が合図を送ると会議室の照明が一部を除いて消えた。
何も見えないというほどではないが会議室の中が暗くなる。
「今から、アメリカ海軍が撮影したビデオを流す。よく見て、疑問点があれば、後に行う質疑応答で質問してくれ」
南部課長が壇上から降りると、プロジェクターからの映像が正面のスクリーンに映し出された。
映っているのは、軍艦のブリッジのようだ。
監視カメラの映像だろう。音声は入っていない。
専任士官たちの様子が映し出されている。
突然、士官たちが背後を振り返った。
何か異常事態が起きたようだ。
ただ事ではない様子で士官たちは、拳銃などの武器を準備している。
カメラが振動のためか小刻みに揺れて映像が不鮮明になった。
すると奥に映っていたブリッジへ続く金属製の扉がこちら側に向かって凹んだ。
凹みは、どんどん広がり、ついには扉が
「――――っ!?」
会議室のあちらこちらから息を飲む声が聞こえてきた。
映像に目を戻すと、扉の向こうから感染者と
ブリッジに居た士官たちは、銃を構えて警告をしているようだが、感染者たちは全く気にする様子もなく襲いかかっていく。
銃のマズルフラッシュにより、映像が何度もハレーションを起こした。
しかし、感染者たちは、意に介さずブリッジに居た士官たちを捕まえて噛みついている。
女性の感染者にしがみつかれた男性士官も居たが、引きはがすことができないようだ。
通常では、考えられない現象だった。
体格の良い男性が女性を振りほどけないのだ。
――間違いない。ゾンビだ。
ゾンビたちは、噛みつくと何事も無かったかのようにゆっくりと艦橋内を徘徊しだした。
噛まれた士官たちは、ゾンビ化するポーションを体内に注入されたためか、それ以上の危害を加えられることはなくなったようだ。それぞれの持ち場に戻って操船や通信を行っているところが映し出されている。
ここで映像は途切れた――。
照明が点けられ会議室内が明るくなった。
しかし、会議室の雰囲気は暗く沈んだままだ。
南部課長が壇上に上がった。
「では、今の映像を見て、何か気付いたり質問がある者は居るか?」
数人が手を挙げた。僕の隣で上田恭子も手を挙げている。
「じゃあ、鈴木」
「はい。感染者たちは何を使って扉を破ったのでしょうか?」
「それは不明だ」
「しかし、素手であの扉を破れるとは思えませんが?」
「そうだな。しかし、映像にはそれらしき道具は映っていない」
「分かりました」
南部課長は、室内を見渡した。
「では、次……上田」
「はい」
僕の左隣に座る上田恭子が指名された。
上田恭子が立ち上がった。
「ブリッジで噛まれた方たちはどうなったのでしょうか?」
「数時間後には、感染者となったという話だ」
「つまり、この病気は感染者に噛まれた後、数時間後に発症すると考えてもよろしいのですか?」
「その可能性が高い」
「噛まれて発症するまでの間にワクチン等で発症を防ぐことができるのでしょうか?」
「それは分からんが、アメリカは研究しようとしているようだ」
アメリカは、何らかの感染症だと思ってワクチンを作成しようとしているようだ。
「分かりました」
上田恭子が座った。同時に彼女が付けていると思しき香水の香りが辺りに漂った。
「あー、他に質問はないか?」
「…………」
「ちなみにあの
――ざわっ……
会議室にざわめきが起きた。
僕も驚いた。まさか、日本を母港にしている軍艦だったとは……。
「この艦は、辺野古に寄港した後、佐世保に帰る予定だったが、直接アメリカに戻ることになった。空母ロナルド・レーガンと共に西海岸のサンディエゴ海軍基地へ向かったようだ」
――ゾンビを研究用に持ち帰るつもりなのか? 何て馬鹿なことを……。
「では、これで会議を終了する」
緊急会議が終わった――。
◇ ◇ ◇
僕たちは、再び南部課長の部屋へ移動した。
「それで、どうだった? 伊藤君?」
「はい。間違いなくゾンビです」
「じゃあ、あの金属の扉を素手で破ったのか?」
「ええ、僕にも同じことができると思いますよ」
「なにっ!? 君は、日本人だろう?」
どうやら、秀雄は刻印については、何も説明していなかったようだ。
「はい。ですが、異世界で刻印というものを施されて、魔法が使える体になりました。ゾンビも基本的には、刻印を刻んだ者と同じ体です」
「では、君も噛みついて仲間を増やすことが……?」
「いえ。噛みついて仲間を増やすという能力は、元々ヴァンパイアの能力らしいです」
僕は、【商取引】のスキルを起動して書籍『ゾンビの発生』を再度購入する。
そして、『アイテムストレージ』から取り出して、南部課長に渡した。
「『ゾンビの発生』……?」
「僕もヴァンパイアというモンスターは見たことがないのですが、その本にそう書いてありました。何でもヴァンパイアには、人間に噛みついてヴァンパイア・サーバントという従僕に変えてしまう能力があるようです……。そして、ヴァンパイア・サーバントが人間に噛みつくとゾンビになるようです。更に、ゾンビに噛みつかれた人間もゾンビになります」
「ふむ……にわかには信じられない話だな。どうして、噛みついただけでゾンビになるんだ?」
「噛みついたときに犬歯にある穴からゾンビ化するポーションが注射されるようです」
「君はゾンビに噛まれてもゾンビにならないのかね?」
「ええ、僕は既に人間の体ではありませんので……。ゾンビも僕に対して、噛みついて仲間にするのではなく攻撃してきます」
「ゾンビになった人間を元に戻す方法は?」
「おそらく、無理でしょう……。少なくとも人間に戻すことは不可能です。僕も含めて刻印を刻んだ人間が元の普通の人間に戻ることはできません。死ぬと人間だった頃の死体に戻りますが……」
「ゾンビを殺すと死体が残るというわけだな?」
「その通りです。実際に僕は、向こうの世界でゾンビを殺したことがあります。死んだゾンビが人間の死体に戻るところも確認しています」
「日本に入ってきたらどう対処すればいいと思う?」
「僕たちにお任せください」
「それは駄目だ。君は民間人だ。武力行使は認められん」
「しかし、普通の人間では対処できないと思いますよ?」
「銃で撃ち殺せばいいのではないのか?」
「簡単には死なないと思います」
「どうしてだ?」
「僕たちのように刻印を刻んだ体には急所がありません。僕も銃で撃たれたくらいでは何ともないと思います。それに普通の武器では、あまりダメージを受けないんですよ」
「うーん、信じられない話だな……」
それはそうだろう。
僕だって、異世界に転移する前だったら、こんな与太話は信じられなかったと思う。
「噛まれた者を救う方法はないのかね?」
「実は、噛まれてゾンビになる前の人を見たことがないんですよ……」
「そうなのかい?」
「ええ、僕が行った街は、ゾンビが棲息している場所から離れていたので、人がゾンビに噛まれる事件が起きませんでした」
「なるほどなぁ……」
「いくつか、試してみたいことはありますが、治療する自信はないですね」
ゾンビが噛みついたとき人間に注入する液体は、一般人に刻印を刻む効果がある魔法のポーションなのだろう。
だとすれば、既に【大刻印】が刻まれつつある人に『女神の秘薬』や【エルフの刻印】を施しても効果があるか疑わしい。
――プーーッ! プーーッ! プーーッ!……
内線電話が掛かってきたようだ。
「ちょっと、失礼」
南部課長が電話に出る。
「南部だ」
「…………」
「――――!? なんだとっ!?」
何か事件が起きたようだ。
「早く撃ち落とさないと大変なことになるぞっ!?」
何やら物騒な話をしている。
『撃ち落とすって何を? まさか核ミサイルとか? いや、流石にそれは考えすぎだろう……』
刻印を刻んだ体でも核爆発に巻き込まれたら助からないだろう。
いや、一発だけなら蘇生魔術が発動して助かるかもしれない。
そもそも、弾道ミサイルの核弾頭が至近距離で爆発すること自体が天文学的に低い確率だろうけど……。
「総理は、何と?」
「…………」
「日本を滅ぼす気かっ!?」
『これは、マジで核ミサイルかも……?』
「分かった。すぐに行く!」
そう言って南部課長は電話を切った。
「悪いが急用が出来た。武田。オレの用事が終わるまで、伊藤君と近くの喫茶店にでも行ってきてくれ」
「分かりました」
僕たちは、南部課長の部屋から出た。
「じゃ、行きましょ」
上田恭子もついてくるようだ。仕事はいいのだろうか?
「上田さんは、何処の部署で働いてるのですか?」
「あたしのことは、恭子って呼んで。あたしも雄一君って呼ぶから」
「じゃあ、恭子さんで」
「ええ。さっきの質問だけど、あたしの部署は情報集約センターの庶務よ」
「お仕事はいいのですか?」
「ええ。あたしは南部課長の秘書みたいなこともやってるって言ってたでしょ。南部課長のお客様の相手をするのも仕事のうちよ」
そして、僕たちは内閣府の近くにある喫茶店へ移動した――。
◇ ◇ ◇
喫茶店に着いてから、一時間くらい経過していた。
僕の前に置いてあるコーヒーは、2杯目だ。
先程、3杯目を勧められたが断った。
待っている間、恭子に異世界について根掘り葉掘り聞かれた。
当たり障りのないことだけ答えていたが、なかなか南部課長の呼び出しが無いので、かなりの情報を彼女に与えてしまったように思う。
彼女は、水谷ほど好奇心旺盛なタイプではないようだが、装備を変更する実演をしてしまったので、かなり興味を持たれてしまったようだ。
「雄一君は、何処に住んでるの?」
「葛飾区にあるアパートです」
「へーっ、今度遊びに行ってもいい?」
「えっと……なんで?」
「もー、あたしたちの仲でしょ」
その上、僕は恭子にかなり気に入られてしまったようだ。
「あの、恭子さん?」
「なぁに?」
「僕のことは、誰にも言わないで欲しいんだ」
「ええ。勿論よ」
それまでは、恭子とのやり取りを黙って聞いていた秀雄が話し掛けてくる。
「ユウちゃん?」
「なに?」
「これから、どうなると思う?」
「ゾンビ化は、空気感染するわけじゃないから、日本のように海で囲まれた国は比較的安全だと思うけど、鎖国してるわけじゃないから、飛行機や船で感染者が日本に来る可能性はあるだろうね」
「噛まれた人間を隔離しないといけないのよね……」
「どうやって隔離したらいいと思う?」
「隔離も難しいと思うよ。あのビデオ観たでしょ? 鉄の扉でも簡単に破るからね」
「穴を掘ったらどうかな?」
「落とし穴は効果的だと思うけど、足止めにしかならないと思うよ」
「上るの?」
「ジャンプ力は、かなりあるんじゃないかな? たぶん、跳んで上ると思う」
「銃では倒せないのよね?」
「物凄い数の銃弾を浴びせれば倒せると思うけど、あまり現実的じゃないかな」
「火炎放射器は?」
秀雄がそう言った。
ゲームなど一部のフィクションでは、火炎放射器はゾンビに有効な武器とされている。
「どうだろう? それは試してみないと何とも言えないね」
「予想としてはどう思う?」
「うーん。たぶん魔法の火炎攻撃じゃないと大してダメージは与えられないと思うよ」
「ゾンビが日本に入ってきたらどうしたらいいと思う?」
「感染者が増えないうちに倒すしかないよ」
「国防軍が出動して?」
「僕たちが戦ったほうがずっと早いと思うけどね」
「戦車に乗っていれば大丈夫じゃない?」
「どうかな……確かに戦車の装甲を素手で破壊するのは難しいと思うけど……」
想像しただけで手が痛くなってくる。
でも、実際には、僕も鉄製のドアを素手で破れるはずだ。
ゾンビに出来たのだから、僕にも同じことができないとおかしいだろう。
もしかすると、戦車の装甲を素手で破壊することもできるかもしれない。
――ピリリリリリ、ピリリリリリ……
僕のスマホから着信音が鳴った。
内ポケットから取り出して、モニタを見ると優子からだった。
「もしもし、優子?」
「お兄ちゃん!? 助けてーっ!」
スマホから聞こえてきたのは、助けを求める優子の声だった――。
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