第三章 -奇病-
第24話 -奇病1-
第24話 -奇病1-
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――西暦2051年2月12日(日)03:44 【チベット・ラサ】
2040年代半ばに始まった、チベット独立戦争によりラサは内戦の中心都市となった。
中国経済の
――西暦2051年2月12日(日)の未明、チベットの中心都市ラサの路地裏で突如、光が膨れあがった。
――ゴォオオオオオーッ!
光の中から突風が吹き出している。
――ドサッ、ドサッ、ドサッ
路地裏にボロボロの服を着た3人の人間が地面に落ちた。
突風と光は数分で消え去った。
静寂を取り戻した路地裏に虚ろな目をした3人が、ゆっくりと起きあがった――。
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「ねぇ? お兄ちゃん。今日、ヒデちゃんは来られないんだよね?」
「ああ、休暇申請を出したら却下されたんだって」
「ひっど~い! あたしだったら、そんな仕事辞めちゃうけどな」
「最近、物騒な事件が多いからな……」
ニュース報道によれば、中国で謎の伝染病が流行しているらしい。
そして、その直後に朝鮮半島で戦争が始まったというニュースが流れた。
ここ数日、どのチャンネルもその話題で持ちきりだ。
「隣の国で戦争やってるんだもんね。情報機関は忙しそうだね」
「涼子姉ぇは、総務だから休めたんだろうな」
――今日は、2月17日(金)だ。
あれから、毎週1体づつ『フィーネのフィギュア(1/4)』をオークションに出品していた。
これまでに5体が売れ、現在も1体がオークション中だ。
最初は、2000円ほどでしか売れなかったが、今では1万円を超える価格で落札されるようになった。
「どうやって作ったのか?」「もっと売ってほしい」「○○――キャラクター名――のフィギュアを作ってほしい」といったメールがいくつか届いたが全て無視した。
とりあえず、美少女フィギュアを販売する事業で何とか生計を立てていくことができそうだ。
商売になりそうなのが分かったので、先日、開業届を税務署に提出してきた。それから、確定申告についてインターネットで調べてみたが、青色申告を行う必要があるようだ。しかし、多額の税金を支払わないといけないほど儲ける必要はないので、こういった行為は、アリバイ工作のようなものだ。
会社員の頃は、年末調整もしたことが無かったので、こういった税金関係の処理はよく分からなかった。
「お兄ちゃん、まだ出なくても大丈夫?」
「まだ早い」
「その恰好で出かけるつもり?」
「他にこっちの世界の装備を作ってないし」
「普通の服を着たら?」
「面倒臭いからスーツでいいよ」
「オシャレしないとフェリアさんたちに嫌われちゃうわよ?」
「彼女たちは、そんなことに関心はないさ」
「あっ、そうだ。お兄ちゃんの服も選んだげるね」
「いいよ。金が勿体ないし」
「貧乏臭いわね。いいわ、あたしが買ってあげる」
「いや。妹に服を買って貰う兄って情けないからいいよ」
優子は、昨日の夜、僕のアパートにやってきた。
仕事が終わってから電車で東京に出てきたのだ。
昨夜は、夕飯を食べた後、優子が望んだのでまたニンフたちの洗礼を受けさせた。
それから眠って、先ほど遅い朝食を摂った。あまり食べると優子が昼食を食べられなくなるので軽いものにした。
今日は、水谷と3人で東京を巡る予定だ。
秀雄が来られないので、女二人にショッピングだのスイーツ巡りだのに連れ回されるかと思うと気が重い。
水谷との待ち合わせは、昼の12時に例の丸の内にある喫茶店だ。
おそらく、水谷たちは、あの喫茶店の常連なのだろう。
僕は、出発時間になるまで『ロッジ』の中で『エスプレッソコーヒー』を飲みながら過ごした――。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ!」
僕と優子は、丸の内の喫茶店に入った。
約束の時間まで、まだ5分ほどある。
「伊藤と言いますが、水谷さんと待ち合わせで……」
「はい。承っております。水谷様は、もう来られています」
店の奥を見ると水谷が小さく手を振っていた。
「あっ、涼子さんだ!」
僕たちは、ウェイトレスに案内されて、水谷が座っているテーブルに移動した。
「ユーイチ、優子ちゃん。こんにちは」
「どうも、涼子姉ぇ」
「こんにちは。涼子さん」
僕たちは、水谷の対面の席に座った。
4人掛けのテーブル席だ。椅子が4つある。
僕が奥側の席に座った。僕は、トイレに行く必要がないためだ。
「まずは、食事にしましょ。秀雄も後から来るわ」
「ああ、昼休みを利用して来るのか」
「そうよ」
「じゃあ、待ってたほうがいいんじゃ?」
「別にいいわよ。注文も聞いてるから」
「でも、料理が冷めちゃうよ?」
「そうね。じゃあ、あと5分待ってから注文しましょう」
そう言って、水谷は話題を変える。
「優子ちゃん、ちょっと眠たそうね。また、ニンフと?」
「なっ!? ちょっと、涼子さん。こんなところで何を言い出すんですか……」
優子が最後のほうは小声になりながら抗議した。
「ふふっ、優子ちゃんもすっかり虜ね」
「そっ、そんなことないですよ……涼子さんこそ、虜になってるんじゃないですか?」
「ええ、あたしはすっかり虜になっちゃってるわ……」
水谷は、僕が東京に戻ってからというもの週一のペースで僕のアパートに泊まりに来ていた。
すっかり、ニンフとのまぐわいにハマってしまったようだ。
「ユーイチ、フィギュアの売れ行きはどう? お姉ちゃんのフィギュアを売ってもいいのよ?」
「それはちょっと……。でも、フィーネのフィギュアは、徐々に高く売れるようになってきたよ」
あれから、僕は水谷にフィギュアを作らされた。
脱がなくてもいいと言ってるのに彼女は全裸でモデルになった。
『あれは、誘惑されたんだろうな……』
しかし、僕は【戦闘モード】を起動して耐え抜いたのだ。
「そろそろ、注文しましょ」
「お兄ちゃん、何にする?」
「この間は、オムライスにしたから、今日はパスタにしようかな」
「オムライスか……美味しかった?」
「おお、あまり期待してなかったんだけど、予想より美味しくてびっくりしたよ。喫茶店の料理だと思って期待してなかったのに」
「へぇ……専門店じゃないのに、そんな美味しかったんだ。じゃあ、あたしはオムライスにしよっと」
「ユーイチは?」
「ヒデちゃんが食べてたパスタにするよ」
「ああ、ボロネーゼね。秀雄は、今日もボロネーゼにするって言ってたわ」
そう言って、水谷はウェイトレスを呼んで4人分の料理を注文した――。
◇ ◇ ◇
「遅れてごめん」
僕たちが注文した料理を食べていたら、秀雄がやってきた。
注文した料理が届いてから、まだ2~3分しか経っていない。
「ヒデちゃん、久しぶり。何だか大変そうだね」
「ああ。ユウちゃん、久しぶり。優子ちゃんも」
「ヒデちゃん、こんにちは」
「さ、話は後にして、先に食べましょ」
「お、おぅ」
秀雄が水谷の隣に座ってボロネーゼを食べ始める。
僕もボロネーゼを食べる作業を再開した。
ボロネーゼは、若干、色が違うだけでミートソースと見た目は似ている。母が作るミートソースと比べると、結構違う味だ。
挽き肉の量が多いのと風味がかなり違う印象だ。
「ユウちゃんもコレにしたんだ」
「うん、こないだのオムライスも美味しかったけど、今日はパスタを食べたい気分だったからね」
「このオムライスも美味しいわね」
「お兄ちゃんが言ったとおり、喫茶店の料理だと思って舐めてたわ」
水谷も今日はオムライスを注文していた。
「ボロネーゼって、初めて食べたけど、ミートソースとは結構違う味だね」
「そうよ、お兄ちゃん。ボロネーゼは、ワインで煮込んであるのよ」
「ああ、これはワインの風味なのか」
「店によっても結構違うわよ。ここのは、比較的ミートソースに近い感じね」
「これは、これで美味しいよ」
「秀雄なんて、毎回ボロネーゼよね」
「たまに食べたくなるんだよな」
僕たちは、そんな話をしながら、昼食を摂った――。
◇ ◇ ◇
「ユウちゃん、これから一緒に来てくれない?」
食後のコーヒーを飲んでいたら、秀雄がそう話し掛けてきた。
「何処に?」
「ウチの課長がユウちゃんに会いたいらしい……」
「え? なんで?」
「秀雄、課長にユーイチのことを話したの?」
詰問するような口調で水谷が秀雄にそう言った。
「ああ……」
「どうして!?」
「ユウちゃんに協力してほしいことがあったからだ」
「それは?」
「ごめん。ここでは話せない……」
「分かった。行くよ」
「ありがとう」
正直、女二人とショッピングよりは、退屈しなくて済みそうだ。
「ええーっ! 折角、来たのに」
「ごめんね。優子ちゃん」
「正直、ショッピングとか退屈だし、丁度良かったよ」
「なによそれー! ふーんだ。お兄ちゃんなんか居なくても涼子さんと一緒に楽しんで来るんだからっ!」
「ユーイチ、いいの?」
水谷が真剣な表情でそう聞いた。
僕の力が政府機関に知られてもいいのかということだろう。
しかし、協力しないと秀雄の顔を潰すことになるし、僕のことを話したと言うことは、よほどの問題が起きたのではないだろうか。
「心配しないで、涼子姉ぇ」
面倒なことになるかもしれないが、その気になれば何処かに身を隠すこともできる。
必要なら、敵対する者たちを消し去ることも簡単だ。事を荒立てるつもりはないが、もし、僕の命を狙ってくるような輩が現れたら、反撃するしかないだろう。殺しに来た奴は殺せだ。
その後、僕と秀雄は内閣府へと向かった――。
◇ ◇ ◇
時間があったので、僕たちは地下鉄には乗らず、歩いて内閣府まで移動する。
日比谷公園を抜け、霞ヶ関方面へ向かった。この辺りは、皇居に近く政府機関の庁舎が多い。
20分くらい歩いたので、内閣府に着いた頃には、午後1時前だった。
受付で名前を書いて、入館許可証を受け取り、背広の胸ポケットに付けた。
エレベーターで6階に移動する。
「あっ、武田君」
「上田さん」
「その子が南部課長に呼ばれた?」
「ええ、私の友人の伊藤です」
上田という女性は、僕たちよりも年上のようだ。秀雄が丁寧語を使っている。
「伊藤雄一です」
「
上田恭子は、セミロングの髪型で知的なお姉さんという印象だ。
目が合うとニッコリと笑いかけられた。
意外と人懐っこい性格なのだろうか?
「可愛いわね。本当に武田君と同い年なの?」
「ええ、同級生です」
「実は、幼馴染みなんです」
「へぇ……。じゃあ、こっちよ」
僕たちは、上田恭子に連れられて、廊下を移動する。
「何? 武田君? 何か言いたいことでも?」
「い、いや……」
上田恭子は、秀雄の態度に不信感を抱いているようだ。
「もしかして、あたしが南部課長とデキてるって噂を信じてるの?」
「い、いや……それは……」
「その噂はでまかせよ。情報機関の人間なら情報の取り扱いには注意してね。あたしがあのオヤジにアゴで使われてるのは、あたしの上司が警視庁時代の後輩らしくて、秘書紛いのことをさせられてるだけなのよ」
「え? そうだったんですか?」
「そうよ。あたしは、オヤジ趣味じゃないわよ。どちらかというと、この伊藤君みたいな可愛い子のほうが好みなんだから」
「はぁ……どうも……」
僕は、面食らって曖昧な返事をした。
「ふふっ……。まぁ、あたしも強く否定して回らなかったのよね。鬱陶しい男どもが言い寄って来ないように……」
上田恭子は、お局様になりそうなタイプかもしれない……。
そんな話をしているうちに南部課長という人の部屋に着いたようだ。
――コンコン……
上田恭子は、扉をノックしてから開けた。
「おう、ご苦労だったな。上田は、下がっていいぞ」
「お断りします。こんなときに民間人を連れ込んで何をするつもりなんですか?」
「まぁ、いいだろ。これは機密指定されている話じゃないからな」
秀雄と一緒に部屋の中に入って、南部課長という人に挨拶をする。
「失礼します」
「失礼します」
何て挨拶したらいいのか分からなかったので、秀雄に倣った。
「ああ、伊藤君……だったかな? 楽にしてくれ。君は民間人なのだから」
「はい」
南部課長は、刑事ドラマに出てくるくたびれた刑事のような風貌の中年男性だった。
上田恭子が入り口へ移動して部屋の扉を閉めた。
「そこに掛けてくれ」
南部課長のデスクの前には、椅子が一つ置いてあった。
僕は、一瞬迷った。
――女性である上田恭子に座って貰った方がいいのではないだろうか?
しかし、僕はお客さんなのだ。この場は、好意に甘えておこう。
僕は椅子に腰掛けた。
「それで、伊藤君。君が失踪中に異世界に行っていたというのは本当なのかい?」
「――――!?」
上田恭子は、その情報を知らなかったようで息を飲んだ。
「ええ……まぁ……」
僕が曖昧に返事をすると、南部課長は話題を変える。
「中国で疫病が流行していることは知っているよね?」
「はい。ニュースで見ました」
「武田から聞いたのだが、異世界にはゾンビというモンスターが居たとか?」
「正確には、モンスターではありませんが……まさか!?」
「そうなんだ。中国で起きた疫病の症状がユウちゃんの言ってたゾンビの感染と酷似してるんだよ」
「でも、どうして……?」
それが本当なら、異世界からこの世界への流入が起きたということになる。
「この感染症は、チベットのラサで始まったという情報がある」
「それが……?」
「ラサは、標高が高く気圧が低いんだ」
「しかし、『ゲート』が開いている時間は短いよ。そんな短時間にゾンビが流入してくるなんて……」
「それを見極めて貰おうと君を呼んだんだよ」
「どういうことですか?」
「実は、米軍から重要な映像情報を入手した。それをこの後に開く緊急会議で流す。君も一緒に見てくれ」
「あの……? 異世界の話を信じているのですか?」
「ああ、武田は嘘を言うようなヤツじゃないからな。でも、何かそれを証明するものを見せてくれると有り難いのだが……」
「分かりました」
僕は、立ち上がった。
『装備2換装』
僕の体が白い光に包まれて魔術師のような姿となった。
「わっ!」
「なっ!」
「ほぅ……」
『装備5換装』
僕は、装備を元に戻した。
「凄い……」
上田恭子がそう小さく呟いた。
それから僕は、南部課長に異世界に転移した経緯を話した――。
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