第22話 -起業13-


 第22話 -起業13-


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 優子が運転する小さな電気自動車EVに乗って駅に向かう。

 僕が助手席で、後部座席に秀雄と水谷が乗っている。


「ユーイチは、いつ東京に戻るの?」

「まだ、決めてないよ」

「戻ったら連絡ちょうだいね」

「分かった」

「あたしのフィギュアを作る約束を守ってもらうわよ」

「え? 冗談じゃなかったの?」

「そんなわけないでしょ」

「お兄ちゃん、フィギュアって?」

「そうだ、優子ちゃんもフィギュアを作ってもらえば?」

「自分のフィギュアを作って欲しいなんて思うのは涼子姉ぇだけだよ」

「り、涼子姉ぇ?」


 優子が驚いた。

 説明するのも面倒なのでスルーすることにした。


「そういえば、優子はそのうち東京に遊びに来たいって言ってたよな?」

「うん。2月の中旬頃なら暇が取れそうだから、有給使って遊びに行くね」

「2月って、決算とかで忙しいんじゃないのか?」

「3月は忙しいけど、2月は意外と暇なの」

「じゃあ、あたしも有給取るから一緒に遊びましょ」

「やったー!」


 優子が子供のようにはしゃいだ声を上げた――。


 ◇ ◇ ◇


 実家から20分ほどで駅に着いた。


「じゃあ、二人ともまたね」

「ええ、またね」

「ユウちゃん、また東京で会おう」

「涼子さんもヒデちゃんも元気でね」

「優子ちゃんも、またね」

「東京に遊びに来るときには連絡ちょうだいね」

「分かった」


 二人が駅の中に消えるまで優子と二人で見送った。

 そして、再び優子の車に乗る。


「お兄ちゃん、涼子さんのことを涼子姉ぇって呼んでるんだ……」

「何だよ? 文句あるのか?」

「弟でいいの? 涼子さんのこと好きだったんでしょ?」

「昔はな……」

「今は、フェリアさんとか900人以上も女性を侍らせてるものね」

「それが理由ってわけじゃないけどな。確かにフェリアのことは好きだけど、僕はもう人間じゃないから、普通の人間に恋愛感情を抱くことはないだろうな」


 この体になってから刻印を刻んでいない普通の人間の女性を抱いたこともある。

 僕は、娼婦のケイコ、ミチコ、ミスズを思い出した。僕も元は普通の人間だったのだから、刻印を刻んでいない一般人に欲情しないわけではない。

 しかし、結婚して子供を授かるべき女性たちと恋人になったり夫婦になったりしようとは思えなくなった。

 日本は、人権が確立されている国だ。法に触れるため、日本の女性を使い魔にするようなことはできない。

 法的には、水谷と結婚することは可能だが、そういったことに全く興味を持てなくなっている。僕は、水谷たちのような普通の人間とは、違う存在になってしまった。そのため、この世界に戻ってきてからというもの、この世界の人たちとは異なる存在として、疎外感を感じているのだ。


「お兄ちゃん、寂しいの?」


 優子がそう聞いてきた。

 なかなか鋭い。


「そうかもしれないな。僕は、この世界では異分子だから……」

「そんなことないよ。あたしたちは家族でしょ?」

「ああ。でも、僕の体は人間のものではないから、科学的にはもう血縁関係があるとは言えないんだよな……」

「そんなこと言わないで!」

「おいおい、興奮するなよ。危ないだろ」

「お兄ちゃんが変なこと言うからでしょ!」

「僕は、もう人間じゃないけど、今まで生きてきた思い出は本物だし、家族のことは大切に思ってるよ」

「…………」


 優子との会話が途切れる。


 沈んだ空気のまま、優子の運転する電気自動車EVは実家へ向け走り続けた――。


 ◇ ◇ ◇


 あれから、優子とは会話もなく実家に到着した。

 僕は、実家の鍵を持っていなかったので、優子に開けてもらい家の中に入った。


「ただいまー」


 優子が中に入って帰宅の挨拶をしたので、僕は玄関扉の鍵を掛けた。

 靴を脱いで、家に上がりリビングに入った。


「お帰りなさい」

「ただいま。母さん」

「お母さん、ただいま」

「今、お茶を淹れるから座って待ってて」

「あ、あたし、手伝うね」

「あらあら、どういう風の吹き回しかしら?」

「そんなことないもん」


 僕は、リビングの席に座った。


「さて、いつ東京に帰ろうかな……?」

「んー? お兄ちゃん何か言った?」

「いや、こっちの話」


 お盆に湯呑を3つ載せて優子が台所から戻ってきた。


「なによ? 気になるじゃない?」

「いつ東京へ戻ろうかと考えてた」

「雄一、ゆっくりしていきなさいよ」

「まぁ、一週間くらいは……」

「たったの一週間?」


 一週間も居れば十分だろう。

 何せ実家には、パソコンもゲーム機もないから暇つぶしができないのだ。


「いや、ヒデちゃんたちは4日から仕事らしいよ」

「あたしもそうよ」

「銀行も役所と同じだもんな」

「そうなのよ。何で民間企業なのにお役所に合わせないといけないのって感じ」

「雄一は、仕事が決まるまでゆっくりしていきなさいよ」

「仕事は、もう決めたよ」

「え? どうするの?」

「フィギュアをネット通販で売ることにした」

「お兄ちゃん、何考えてるのよ?」

「いや、熟考した結果そう決めたんだよ」

「どうして?」

「まず、僕は人間じゃないから、健康診断があるような仕事には就けない。だから、毎日変わる日雇いや短期のアルバイトをするしかないだろうと思ってたんだけど、それでも人と関わると僕が人間じゃないことがバレてしまうかもしれないからね」

「何言ってるのよ……あなたは人間よ」

「この体は、もう人間のものじゃないよ。包丁で刺されても何ともないだろうし」

「そんなことを言っては駄目。雄一、あなたは人間よ」

「心配しなくても、僕も元は普通の人間だったわけだから、人間を別の生物として敵視したりはしないよ」

「それで、お兄ちゃん。涼子さんのフィギュアを作って売るつもりなの?」

「いやいや、水谷のフィギュアは、まだ作ってないし売るつもりもないよ。彼女が作ってくれって言ってるだけだから」

「ふーん、じゃあどんなフィギュアを作るつもりなの?」


【工房】→『レシピから作成』


『フィーネのフィギュア(1/4)』


 リビングのテーブルの上に白い光に包まれて『フィーネのフィギュア』が実体化した。


「あっ!?」

「わっ!?」

「まずは、コレを売るつもり」

「…………。凄くよく出来てるわね」

「ホント。本物みたい……エルフでしょ、これ?」

「ああ。使い魔のエルフを見本に作ったんだ」

「ふーん。900人の使い魔の中には、本物のエルフも居るんだ」

「エルフは、300人以上居るな」

「もう! 何よ! 自慢気に言うなんてサイテーよ!?」

「優子。いい加減、お兄ちゃん離れしなさい」

「なっ!? 何言ってるのよ、お母さん! お兄ちゃん離れできてないのは、お母さんのほうじゃない!」

「それで、雄一。この人形は売れるの? 確かにこんな出来映えなら買う人も居そうだけど……」

「キャラクターものじゃないから、最初は安くしないと売れないと思うけどね」

「いくつも作れるの?」

「まぁ、作るだけなら、何個でも作れるけど、発送するのが大変だし、あまり量産するつもりはないよ。量産すると価値が下がるし」


 梱包までを【工房】で作成した時点で出来るようにしたほうがいいかもしれない。

 つまり、梱包したバージョンを【工房】で作成するのだ。


「それで食っていけるの?」

「やってみないと何とも言えないな。月に10万円くらい稼げればいいわけだし、足りない場合にはバイトでもするよ」


 僕たちは、そんな話をして過ごした――。


 ◇ ◇ ◇


 夕方に父が帰宅した。

 父は、書斎で着替えた後、リビングに入ってくる。


「おっ、雄一。帰ったか」

「ただいま、父さん」


 少し顔が赤い。酒が入っているようだ。


「んっ? この本は?」


 テーブルの上に置いたままだったゾンビに関する3冊の書籍を見て父が尋ねた。


「異世界の本だよ」

「ほぅ……」


 そう言って、一冊を取り上げた。

 父は、僕よりも読書家だった。

 そのため、興味を引かれたのだろう。


「日本語で書かれてるな……」

「向こうの言語は、日本語だったからね」

「ふむ。興味深い……」

「よかったら、その本はあげるよ」

「そうか? じゃあ、後で読ませてもらおう……この人形は?」

「フィギュアだよ」

「買ったのか?」

「ううん、僕が作ったんだ」

「よくできているな」

「よかったら、そのフィギュアもあげるよ」

「では、書斎に飾っておこう」


 そう言って、父は3冊の書籍とフィーネのフィギュアを持ってリビングから出て行った。

 書斎に置いてくるつもりだろう。


「夕飯はどうするの?」


 僕は母に尋ねた。


「優子がお兄ちゃんのご飯が食べたいって言ってるから、また魔法で出してくれる?」

「いいよ」

「じゃあ、おせち料理がまだ途中だから……」

「あたしも手伝う」


 母と優子は、台所へ移動した。


 その後、僕は家族に先日と同じコース料理を振る舞った――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ゴーン……


 除夜の鐘が鳴り出した――。


「お兄ちゃん、初詣に行かない?」

「その格好でか?」


 優子は、青っぽいパジャマ姿だった。


「着替えるに決まってるじゃない」

「そこの神社にか?」

「うん」

「いや、止めておくよ」

「どうして?」

「知り合いに会いそうだからな。そしたら、何で失踪したのかと聞かれるだろうし……」

「あー、それはあるかもね」

「お前も聞かれるんじゃないのか?」

「ううん。みんな気を遣って聞いてこないよ」


『お兄さんがあんなことになって可哀想に……』とか気を遣われているのだろうか……?

 だとしたら複雑な気分になるな……。


「じゃあ、僕はそろそろ寝るよ」


 僕はそう言って、立ち上がった。


「雄一、おやすみ」

「おやすみなさい、雄一」

「おやすみ」

「あっ、あたしもそろそろ寝るわね。夜更かしは美容に悪いし」


 そう言って優子も立ち上がった。


「そうか、優子もおやすみ」

「おやすみなさいね」

「うん、おやすみー」


 僕は、リビングの扉を開けて廊下に出る。

 優子も僕の後についてリビングを出た。


 一緒に階段を上った後、二階の廊下で優子に就寝の挨拶をする。


「じゃあな、おやすみ」

「待って、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「この間みたいに一緒にお風呂に入らない?」

「風呂には、さっき入っただろ」


 優子は、夕飯の後に風呂に入っていた。

 僕は、入浴する必要がないので入らなかったが。


「お兄ちゃんは、入ってないじゃない」

「僕は、風呂に入らなくても大丈夫だから」

「いいから、寒いしあの部屋に入れてよ」

「夜更かしは、美容に悪いんじゃなかったのか?」

「正月くらい大丈夫よ」


 仕方がないので、僕は自分の部屋の引き戸を開けて、壁際に『ロッジ』の扉を召喚する。


『ロッジ』


「入っていいぞ」

「うん」


 優子は、僕の部屋に入ってから、『ロッジ』の扉を押し開けて中に入っていく。

 僕は、部屋の引き戸を閉めてから、『ロッジ』の中に入った。

 扉を閉めてから、『アイテムストレージ』へ戻す。

『ロッジ』の中で、優子はパジャマを脱ぎ始めていた。


「おい、こんなとこで脱ぐなよ」

「どうして? こないだもここで脱いだわよ」


 パジャマを脱いで下着姿となった優子がそう言った。


「恥ずかしくないのかよ」

「お兄ちゃんには、もう見られちゃってるから、平気よ」

「じゃあ、先に行ってるから」

「うん」


【フライ】


 僕は、【フライ】を起動して、『ハーレム』の扉を開けて中に入り、長い廊下を移動する。

 大浴場の引き戸を開いて、中に入る。


『装備8換装』


 湯船の上まで飛行してから、湯船の中に降りる。


 僕は、湯船で腰を下ろした――。


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