第21話 -起業12-
第21話 -起業12-
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以前、チハヤと一緒に秋葉原まで飛行して移動したことがあるが、今回は、あのときとは真逆の方角へ飛行することになる。
都心とは逆方向なので、大きなビルが少なく見通しは良い。
基本的に高度をあまり上げずに線路の上を飛んでいく。
何が起きるか分からないので、速度はあまり出していない。
眼下に見える線路は、常磐線だ。この線路を辿れば、僕の実家の近くまで行くことができる。
【戦闘モード】
僕は、【戦闘モード】を起動して加速した。
電車と同じくらいの速度では、1時間以上掛かってしまうと思ったのだ。
別に急ぐ必要はないが、『ロッジ』の中で待たせている秀雄たちにも悪いし、時間は有限なので、移動時間などは削減できるなら、できるだけ削減したほうがいいだろう。
【戦闘モード】を起動したのは、不測の事態が起きたときのためだ。
この状態なら、飛行機が近くに落ちて来ても対処できるだろう。
【グレーターダメージスキン】【グレート・リアクティブヒール】
念のため自分自身に回復系のバフを掛け直した。
フェリアが定期的に掛けてくれているのだが、今回はフェリアが僕にバフを掛ける前に帰還させてしまったため、移動中に切れてしまう可能性があると考えたのだ。
バフを掛けていない状態でコンクリートの壁に激突したとしても死ぬことはないと思うので、そこまで慎重になる必要はないのだが……。
【ハイ・マニューバ】
僕は、セルフバフを掛けた後、【ハイ・マニューバ】に切り替えて更に加速した――。
◇ ◇ ◇
葛飾区のアパートを出た後、10分ちょっとで実家の近くに着いた。
【レーダー】で人気のない場所を探す。
丁度、実家近くの神社にある鎮守の森が見えたので、道路から死角になっている場所に降り立った。
『ロッジ』
僕は、【ハイ・マニューバ】と【エアプロテクション】と【インビジブル】を解除してから、『ロッジ』の扉を召喚した。
――ガチャ
僕は、『ロッジ』の扉を開けて中に入る。
「ユーイチ?」
「着いたよ」
「えぇ!? もう?」
「もう、着いたの?」
「とりあえず、外に出て。扉を見られるとマズいから」
「分かったわ」
「ああ」
水谷と秀雄が『ロッジ』の中から荷物を持って出る。
僕は、外に出て『ロッジ』の扉を閉めてから『アイテムストレージ』へ戻した。
「ここは、神社か……」
「うん。小学生の頃、よくここで遊んだよね」
「ああ、懐かしいな……」
「この辺りは、昔とあまり変わってないよ」
僕と秀雄が思い出に浸っていると、急かすように水谷が聞いてくる。
「で、どっち?」
「こっちだよ」
僕は、二人を実家のある方へ案内した――。
◇ ◇ ◇
家の前に到着したので、僕は玄関のチャイムを押した。
優子には、メールで今日の午後に出発すると伝えておいたが、秀雄と水谷のことは伝えていなかった。
ちょっと上がってお茶を飲んでもらうだけなので、知らせなくても問題ないだろうと思ったのだ。
それに優子や母を驚かせるためのサプライズにもなると考えていた。
「はーい」
インターフォンからそんな声が聞こえてきた後、玄関扉が開かれた。
「雄一、早かったわね」
「ただいま。ちょっと早めに出たんだよ」
空を飛んできたというと心配するかもしれないので、そう言って誤魔化した。
「おばさま、こんにちは」
「あら? 涼子ちゃん」
「お久しぶりです」
「……どちらさま?」
「昔、近所に住んでたヒデちゃんだよ」
「えっ? 嘘っ!? ヒデちゃんなの? まぁまぁ……大きくなって……」
「おばさんもお変わりなく……」
「とりあえず、上がって」
僕たちは、家の中に入った――。
◇ ◇ ◇
「ユウちゃん家に入るのは久し振りだけど、ホント懐かしいな」
「この家は、僕が生まれた頃に建てられたみたいだからね」
僕たちは、リビングで母が淹れてくれたお茶を飲んでいた。
「あの頃は、毎日二人で遊んでたわね」
「へぇー、そうなんだ……何して遊んでたの?」
「テレビゲームをすることが多かったよね」
「ユウちゃんは、何をやらせても強かったな」
「昔からゲームオタクだったのね」
「ゲーマーと言ってくれ。そういえば、優子は?」
「今、お買い物に行ってもらってるの。そろそろ帰ってくるはずよ」
優子は、買い物に出かけているが、すぐに帰ってくるだろうとのことだ。
それから、暫くして玄関の鍵を開ける音がした後、玄関の扉が開かれる音が聞こえてきた。
「ただいまーっ」
どうやら優子が帰ってきたようだ。
買い物袋を下げた優子がリビングの扉を開けた。
「あっ、お兄ちゃん」
「お帰り」
「優子ちゃん、久しぶり」
「あっ、涼子さん!」
「久しぶりって言っても分からないだろうな……」
「誰?」
「ヒデちゃんだよ」
「えっ? 嘘っ!?」
母と同じ反応をする優子を見て『
「お茶を淹れるから、優子も座りなさい」
母はそう言って、優子から買い物袋を受け取った。
「うん」
優子が僕の隣に座った。
「そういえば、父さんは?」
「今日は、午後から忘年会に行ってるわ」
父は、交代勤務なので、昼間に飲みに行くこともあったが、普段の日だと夜のほうが多かった。
今日は大晦日で忘年会だからだろう。
「優子、後でヒデちゃんたちを駅まで送ってくれるか?」
「ええ、いいわよ」
「ごめんなさいね」
「ううん、全然。気にしないで」
優子は、秀雄と水谷を交互に見比べた。
「もしかして、涼子さんの新しい彼氏って……?」
「ええ、そうよ。秀雄なの」
「うわーっ、すっごい偶然!?」
「ホントね。あたしも秀雄がユー……伊藤君の幼馴染みだったと聞いて驚いたわ」
水谷は、ユーイチと呼びそうになって言い直した。
僕の家族の前では、節度を守るつもりなのだろう。
しかし、優子は言い直したことに違和感を覚えたようだ。
「涼子さん。もしかして、お兄ちゃんのことを雄一って呼んでるの?」
「んー、まぁね。雄一じゃなくてユーイチだけど」
「どうして?」
「伊藤君は、あたしにとって弟みたいなものだから」
「ふーん……。じゃあ、あたしは妹になるの?」
「ふふっ、そうね。あたしは一人っ子だから、兄弟が欲しかったのかも……」
母が台所から戻ってきて、お茶を置いた。
「お代わりどう?」
「頂戴」
「オレは、いいです」
「あたしもいいです。それより、おばさまこそ座ってくださいな」
「ごめんなさいね。これからおせち料理を作らないといけないの……優子も手伝って」
「えー、面倒臭い……」
「あっ、あたしがお手伝いしますよ」
「そんな、お客様には頼めないわ」
「お気になさらず」
「そぉ?」
「涼子さんが手伝うなら、あたしも手伝うね」
水谷と優子は、母と一緒に台所へ行った。
僕は、秀雄と二人になる。
「ヒデちゃんたちは、いつから仕事始めなの?」
「4日からだよ」
「じゃあ、3日には帰るのか。早いね」
「仕方ないよ。公務員だしね」
「緊急の呼び出しとかもあるの?」
「絶対に無いとは言い切れないけど、まずないと思う」
「もしも、大事件が起きたりしたら呼び出される?」
「うん。事件が起きる前の情報を掴んだ時点で呼び出されると思う」
「大変だね」
「そうでもないよ。今のところのんびりした仕事が多いし」
「平和なときはそんな感じなのか」
「そうだね」
秀雄が湯呑みを置いてから、真剣な表情で語りかけてきた。
「ユウちゃんの家族は、異世界のことを知ってるの?」
「うん。誤魔化しきれなくて話したよ」
「じゃあ、ここにいる5人と親父さんの合計6人だけが知ってるってこと?」
「そうなるね」
「優子ちゃんたちが、誰かに話したということはない?」
「一応、口止めはしてあるよ」
「そりゃ、そうだよな……」
「どうしたの?」
「いや。ユウちゃんなら分かるだろうけど、これ以上は、異世界のことを広めないほうがいいと思って」
「それはそうだね。僕もまだ友達には連絡してないんだ。何で失踪したのかと根掘り葉掘り聞かれるのが分かってるから……」
「何か巧く誤魔化す方法を考えたほうがいいかも?」
「と言ってもなぁ……」
自分が失踪したことについての巧い言い訳が思いつかない。
自分探しの旅に出た? 僕のことをよく知る人間なら、そんな話は信じないだろう。現に水谷も信じなかった。
事故に遭って記憶喪失になっていたとか? それだとすぐに発見されないとおかしいだろう。医療機関などが身元不明の患者が居たら警察に照会するはずだ。
仕事で嫌なことがあって逃げ出したというのはどうだろう? これは会社に迷惑がかかりそうだ。ネット社会では、噂レベルから風評被害が起きることもあるからだ。
「やっぱり、友達とは連絡を取らないほうがいいかもね……」
「いいの?」
「まぁ、そこまで仲の良い友達は居なかったし……」
学生時代の友人たちとは、就職してからは少し疎遠になっていた。
出張の多い仕事だったこともあるし、営業という仕事柄、土日に休めないことも多かったのだ。
「そうだ。ヒデちゃんの携帯番号とメアドを教えてくれる?」
「勿論、いいよ。オレのほうも何かあったら相談させてもらいたいし」
僕たちは、スマートフォンの通信機能を使い携帯電話の番号とメールアドレスの交換を行った。
「異世界関連の事件が起きると思ってる?」
「可能性は低くても実際にこの数ヶ月に2回もその『ゲート』というものが開いたんだよね?」
「過去にどれくらいの頻度で開いているのか分からないけど、確かにここ数カ月に2回というのは、結構な頻度だね」
「また、近いうちに開かないとも限らないし、いつまでもこちらから向こうへ吸い込まれるとは限らない……」
「『ゲート』の開いている時間は短いから、仮にこちら側に吸い込んだとしてもモンスターが吸い込まれてくる可能性は極めて低いと思うけどね」
「ゾンビは、ユウちゃんたちが退治してくれたから大丈夫なんだよね?」
「少なくとも日本国内にゾンビが吸い込まれてくることはないと思うよ」
「他の国は?」
「それは分からない。外国でも『ゲート』が開くのかどうか知らないし、ゾンビが居るのかどうかも知らない。まぁ、『ゲート』が開くのは日本だけというのもおかしな話だから、世界中で開くと考えたほうが合理的だけど……。それにゾンビも……」
ゾンビは、西日本に広く分布していた。
日本発祥のモンスター――感染症?――なのだろうか?
異世界で僕は、外国を探索しなかった。
だから、外国にゾンビが棲息しているかどうかは分からない。
ゾンビ自体、普通のモンスターではなく、元は人間なので、人間が住んでいた地域には発生している可能性もある。
――誰が最初のゾンビを作ったのだろう?
マッドサイエンティストが【調剤】のスキルでゾンビ化するポーションを作って、注射器のようなもので最初のゾンビとなった被験者に注射したのだろうか?
――分からない……。
僕は、首を振った。
「どうしたの?」
「いや、ゾンビが何処で発生したのか考えてた」
「異世界の日本以外には居なかったの?」
「それが分からないんだよね。外国へ行かなかったから……」
「なるほど……」
「――――!?」
僕は、唐突に閃いた。
今まで忘れていたが、【商取引】を使えば、ゾンビに関する本を買って調べることができるかもしれないということに。
【商取引】→『アイテム購入』→『書籍』→『ゾンビ』
書籍で「ゾンビ」をキーワードに検索してみた。
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・ゾンビ襲来!【書籍】・・・・・・・・・・・・・・・1.35ゴールド [購入する]
・ゾンビの発生【書籍】・・・・・・・・・・・・・・・1.55ゴールド [購入する]
・ゾンビの倒し方、知らないでしょ?【書籍】・・・・・1.29ゴールド [購入する]
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すると、タイトルに「ゾンビ」の文字が入った3冊の書籍がヒットした。
とりあえず、全部買っておく。
『アイテムストレージ』から、一番関係ありそうな『ゾンビの発生』を実体化する。
「ユウちゃん、その本は?」
「ゾンビに関する書籍だよ」
「へぇ、そんな本をよく持ってたね」
「今、買ったばかりだから……」
「もしかして、魔法で本を買えるの?」
「うん。本以外にも通販みたいにいろいろなものを買えるよ。何か商品を作って売り出すこともできるみたいだけど、試したことはないな」
「その機能を使って魔法の通貨を増やしたら?」
「そうだね。考えておくよ」
そう言って、僕は書籍『ゾンビの発生』を読み始めた――。
◇ ◇ ◇
「なるほどねぇ……」
秀雄が『ゾンビの発生』を読んでそう言った。
僕が流し読みした後、秀雄に渡したのだ。
「つまり、ゾンビというのは、ヴァンパイアの従僕の従僕だったんだ……」
書籍『ゾンビの発生』によれば、ヴァンパイアには、刻印を刻んでいない人間に噛みつきヴァンパイア・サーバントと呼ばれる従僕に変えてしまう能力が備わっているようだ。
そして、そのヴァンパイア・サーバントが人間に噛みつくと人間はゾンビとなると書かれていた。
ちなみに『ゾンビ襲来!』は、『エドの街』をゾンビが襲撃したときのことを記した戦記ものだった。『ゾンビの倒し方、知らないでしょ?』は、お調子者の冒険者がゾンビを倒す方法を書いたハウツー本だ。
「ユウちゃんは、ヴァンパイアを見たことがないんだよね?」
「少なくとも日本には居なかったはず。異世界日本の北の方は探索していないけど、ゾンビが発生していたのはむしろ南の方にある西日本だから」
「ゾンビは、海を越えることができるのかな?」
「どうだろう? 刻印を刻んだ人間と同じ体だから、呼吸の必要はないけど、ゾンビが泳いで海を渡るって話は聞いたことがないな……」
「でも、西日本に近いところにヴァンパイアが住んでいて、人間がゾンビにされたと考えたほうがよくない?」
「ヴァンパイアって、東ヨーロッパに住んでそうなイメージだけどね」
「じゃあ、ユーラシア大陸はゾンビで溢れかえっているとか?」
「僕が聞いた話によると、エルフの初代組合長と呼ばれる人が大陸に渡って『組合』を組織したらしいからね。少なくともユーラシア大陸には、人間が住む街もあるはず。僕の使い魔の中にも中央大陸出身者が居たし……。でも、ゾンビは大陸から渡ってきた可能性が高いかも?」
「どうして?」
「一つは、ヴァンパイアが存在しない日本には、ゾンビが発生したという痕跡が無いということ。もう一つは、西日本からやってきたということ。特に九州地方には多くのゾンビが彷徨っていたみたいだからね」
「朝鮮半島から渡ってきたということ?」
「例えば、対馬の漁師が朝鮮半島南端に行ってゾンビに噛まれたとする。そして対馬に戻ってゾンビになり、対馬が壊滅。同じように九州の人間が対馬に行って噛まれて九州にゾンビの因子を持ち込んだ……という可能性もあるんじゃないかな」
「なるほど……」
水谷が台所から帰ってきた。
「二人とも面白そうな話をしてるじゃない」
目を輝かせている。
僕たちは、今話していた内容を水谷に伝えた――。
◇ ◇ ◇
「涼子、そろそろ……」
「あっ、そうね」
「帰る?」
「うん、暗くならないうちに帰るよ」
時刻は、午後4時を回ったところだった。僕が家に帰ったのが、1時半くらいだったので、約2時間半が経過していた。
「ええっ? もう帰っちゃうの? もうすぐお父さんが帰ってくるのに……お父さんもヒデちゃんに会いたかったと思うわよ?」
「すみません。また、改めてお伺いいたしますので……」
秀雄が母にそう言って、立ち上がる。
「じゃあ、優子。二人を駅まで送ってやって」
「分かった。お兄ちゃんも来るでしょ?」
「そうだな。一緒に見送りに行くよ」
僕は、立ち上がり、玄関へと向かった。
「じゃあ、気をつけてね」
「うん」
「お邪魔しました」
「おばさま、また来ます」
「ええ、待ってるわ」
「行ってきます」
僕たちは、玄関から外へ出た――。
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