第18話 -起業9-
第18話 -起業9-
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秀雄は、恋人の水谷涼子と一緒に幼馴染みの伊藤雄一の部屋に遊びに来ていた。
雄一の背後には、メイド服を着た女性が立っている。
秀雄がこれまでの人生で見たことがないくらい美しい女性だ。
メイド服を着ているが、その女性は無表情で周囲を警戒しているように見える。
まるで雄一を守護する騎士のようだった。
秀雄が見ていたからか、女性が無機質な瞳で秀雄を見た。
ゾクリとして秀雄は視線を逸らす。
彼女は信じられないくらいに美しいが、同時に恐ろしいと感じた。
これは、圧倒的強者を前に感じる本能的な恐怖だ。
まるで猛獣の檻の中に入れられたかのような恐怖を感じて秀雄は体を震わせた。
「僕たちは『組合』に向かったんだ……」
雄一は、秀雄と涼子に異世界での体験談を語っている。少し聞き逃してしまった。
「『組合』ってどんな組織なの?」
涼子は、異世界の話に釘付けだった。膝の上に「長靴をはいた猫」のような妖精ケット・シーを抱いている。
彼女は、雄一に異常な執着を見せているが、もし、雄一が異世界から帰還したことを話さなかったり、別の理由で失踪していたとしたら、こんなことにはならなかっただろう。
食事をした後に別れて、たまに連絡を取り合う程度だったのではないだろうか。
義姉という立場に強引になったのも好奇心を満たしてくれる雄一を手放したくないためだろう。
魔法など雄一が異世界で得た能力により、何らかの利益を得る算段もあるのではないかと思う。
彼女は決して打算的な女性ではないが、自分の欲望に対してはストレートなところがあるように見える。
「ふーん、ゲームの冒険者ギルドって言われても、あたしにはピンと来ないけどね」
「涼子姉ぇは、ゲームとかあまりしなさそうだからね。ヒデちゃんなら分かるでしょ?」
「え? ああ、冒険者ギルドならイメージできるよ……」
突然、話を振られて秀雄は焦った。
「涼子姉ぇも今度RPGをやってみなよ。馬鹿にできない面白さがあるよ」
「ユーイチがそう言うなら試してみようかな? それで、その『組合』ってところで仕事の斡旋とかしてることは分かったけど、ユーイチはどんな仕事を引き受けたの?」
「オークに囚われた女性を救出する仕事があったから、それを受けたんだ」
「うわぁ……また、凄い仕事を引き受けたものね……」
「張り出されている依頼の中で、一番、難易度が高い依頼だったからね。報酬は安かったんだけど……」
「オークは、やっぱり強いの?」
秀雄も学生時代は、少しはゲームをしていたので、RPGに出てくるモンスターの知識は、それなりにあった。
オークは、ドラゴンのようなモンスターに比べたら雑魚だが、現実に存在すると仮定すれば、人間よりも力があって一対一で戦うなら、かなり強敵なのではないだろうか。
「そうだね。普通の冒険者からすれば、かなり強敵だと思うよ。体の厚みとか凄いし、力は人間よりも強いからね」
「その口ぶりからすると、ユウちゃんの敵ではなさそうだね」
「まぁ、フェリアのおかげでね」
「ユーイチは、フェリアさんのおっぱいを吸って強くなったのよねぇ……?」
涼子が呆れた様子でそう言った。
おっぱいを吸って強くなるとか、言ってる意味が分からない……。
「どういうこと?」
「ユーイチたちのような刻印を刻んだ人は、母乳を飲むと強くなるんだって」
「フェリアが僕に比べて凄く強かったからだよ」
「いいえ、ご主人様の素質があってこそですわ」
「へぇー? ユーイチって素質あるんだ……?」
「はい、ご主人様ほどの素質を持つ者は稀だと思われます」
「マレビトだからかもね」
「じゃあ、あたしが向こうに行って刻印を刻んで貰ったら同じように素質が高いってこと?」
「サンプルが少なすぎてなんとも……」
「ていうか、そもそもその素質って何なの?」
「簡単に言えば、成長の早さかな。同じような戦闘を繰り返しても素質が高いと強くなるのが早いんだよ」
「だから、おっぱい吸っただけで強くなったのね」
「その話はもういいだろ。それよりここで止めとく?」
雄一は、話題を変えた。
「駄目よ。続きを話して」
「おい、涼子。オークに攫われた女性の話なんて聞かないほうが……」
「正直、グロい体験もしたよ」
「ダーメ! ここで止めたら余計にモヤモヤするじゃない!」
「ちょっと待った。その前にトイレに行きたいんだけど……」
「奥のドアを開けたら左にあるよ」
「ありがと」
秀雄は、そう言って席を立った。
奥の扉を開けて中に入る。
左の方に洋式の便器があった。
蓋を開けると、中の水が殆ど残っていなかった。
何ヶ月も放置されていたようだ。
先日、涼子が泊まったときに涼子はトイレを利用しなかったのだろうか?
雄一は、刻印とかいうものを刻んで、食事の必要も無くなったようだから、排泄もしない可能性が高い。
後で聞いてみようと、秀雄は便座を上げて用を足した――。
◇ ◇ ◇
秀雄は、トイレを済ませて席に戻った。
「秀雄も戻ったし、さぁ続きを話して」
「待った。その前にフェリアさんは立ったままでいいの?」
「
「フェリアは、いつもこうだから気にしないで。普通の人間と違って、立ったままでも平気だから」
「そうなんだ。あ、そういえば、今便器を見たんだけど、水が干上がりかけてたよ」
「何ヶ月もほったらかしだったからね」
「こないだ来たときは、あのドアの向こうには行かなかったのよね」
「トイレはどうしたのさ?」
「ユーイチが魔法で作った建物の中で過ごしたのよ。携帯の電波が届かないからあなたからのメールにも気付かなかったってわけ」
「へぇ……」
「そこのトイレは凄いのよ。魔法でみんな消えちゃうんだから」
「そうなんだ……」
涼子が自慢気に話をした。
「じゃ、ユーイチ」
「うん。それでレイコという冒険者のパーティがオークに囚われているという話を聞いて、依頼主の女性のところに向かったんだ。『ユミコの酒場』という酒場で依頼主が待っているという話だったので、話を聞きに行ったら、依頼主の女性は、レイコのパーティメンバーでパーティで一番足が速かったから応援を呼ぶために一人だけ逃がされたそうだ。で、彼女は『エドの街』まで走って逃げてきて、その知らせをレイコの実家に届けたらしい」
「それで?」
「レイコの実家は、大きな
「失敗したのね?」
「連絡が途絶えたから、全滅したと判断されたみたい」
「実際はどうだったの?」
「全滅してたよ」
「見たの?」
「うん。冒険者は死ぬと死体が残るからね」
「ユーイチたちは、その人たちが捕まってから何日後に救出に行ったの?」
「10日くらい経ってたみたい」
「それで、その人たちは救出できたの?」
「うん。レイコのパーティメンバーが5人と村人の女性8人を助けたよ」
「村人の女性たちも刻印を刻んでいたの?」
「いや、普通の人間だった」
「よく生きてたわね」
「それが、オークは普通の人間の女性には、あまり酷いことはしないみたいだった」
「そうなの?」
「たぶん、長く使うためだと思うけど……」
生々しい話だった。女性にとっては死んだ方がマシという状態だろう。
「その女性たちは無事だったのよね?」
「助けた時には、気が触れたような状態だったけど、『女神の秘薬』を飲ませたら回復したよ」
「精神も治療できるんだ……万能ね」
「もっと安かったら良かったんだけどね」
「そんなに高いの?」
「うん。こっちの価値に換算すると一千万円くらいになると思うよ」
「それは、高いわね」
「だから、向こうの世界では、その薬のために身売りする女性が多かったよ」
「酷い話だね」
「向こうの世界には、法律が無いんだよ。だから、人権とかも確立していないし」
「うわぁ……凄い世界だね。治安はどうだったの?」
「それが、そんなに悪く無かったよ。モンスターのせいで人間は小さいエリアで怯えて暮らさないといけないし、『組合』が無法を許さない組織だったから」
「モンスターの被害は、かなりあるのかな?」
「ゾンビの襲撃なんかもモンスターの被害と言えるけど、通常はそれほどでもなさそうだったかな。基本的にモンスターの棲息域とは住み分けているみたいだったし」
「じゃあ、オークに囚われた女性たちは、どうして攫われたのよ?」
涼子がツッコミを入れた。
「村は、人口が増えると人減らしのために新しい開拓村になる場所を探して、そこへ村人の一部を移動させるらしいんだけど、その移民の途中で襲われたらしい。レイコのパーティは、その護衛に雇われていたんだって」
「護衛が女性ばかりのパーティだったの?」
「いや、もう1チーム、男ばかりのパーティが参加していたらしいよ。そっちは、みんな殺されてたけど……」
「冒険者のパーティって、男女で分かれてるの?」
「基本的には、分かれてるっぽかったね。男女混成だとトラブルが起きたり、女性冒険者は、不名誉な噂が立つとか……」
「なるほどねぇ……異世界と言っても人間が生活しているところだと似たようなものなのね」
「よく分からないんだけど、どうして男女混成だとトラブルが起きるんだ?」
「馬鹿ね。パーティ内で女性の取り合いになったりするからに決まってるじゃない。そうよね? ユーイチ」
「うん。あまり詳しくないけど、そういう男女間のトラブルでパーティが解散したりするからと聞いてる」
「ユウちゃんのパーティは、男女混成だったんでしょ?」
「ユーイチのパーティは、ハーレムパーティだから問題ないのよ」
「どうして?」
「そりゃ、全員がユーイチの奴隷だもの」
「奴隷なの?」
「奴隷じゃないです。使い魔です」
雄一がもう慣れたという風に否定する。
「同じようなものでしょ」
「ぐっ……」
反論できないようだ。
確かにフェリアという雄一の後に立っている女性は、雄一のことを「ご主人様」と呼んでいた。
「どうやって奴隷にしたのさ?」
「あら、秀雄はその方法を聞いてどうするのかしら?」
「いや、単なる好奇心で、オレがどうこうするつもりはないよ。ユウちゃんだからできたことだろうし」
「方法とかはないよ。単にフェリアと出会ったことで自動的にそうなっちゃっただけなんだ……」
「どういうこと?」
「フェリアは、ハーフエルフで孤独だったから、僕に全てを捧げてくれたんだ……」
「ご主人様だからですわ。誰でも良かったわけではございません」
「フェリアは、こう言ってるけどね……」
雄一は、信じていないようだ。自分に自信が無いのだろうか?
確かにいきなりこんな美人に溺愛されたら、その真意を疑いたくもなるだろうが、秀雄は雄一ならそういうこともありそうだと納得してしまう。雄一は、母性本能をくすぐるタイプなのだ。
世話焼きの涼子が弟にしようと考えたのもそういうところがあるからだろう。
「それで、ユーイチはそのオークに囚われていた人たちをどうしたの?」
「……いろいろあって、全員が使い魔になったよ」
「ふーん……」
涼子は、ジト目で雄一を見た。
「そういえば、この間、レイコという名の使い魔が居るって言ってたわね。その人に会わせてよ」
「レイコは、異世界に居るから呼べないんだよね」
「そうなの?」
「まぁ、帰還させてから再召喚すれば呼べるかもしれないけど、向こうで仕事をしてもらってるから、それもできないし」
「仕事って?」
「……実は、娼館の経営をしてもらってるんだ……」
「娼館って、売春させてるの?」
「まぁ……」
「ユーイチ! 異世界で何やってるのよ!?」
秀雄もその話には驚いた。しかし、雄一のことだ、何か理由があるのだろう。
「何かそうしないといけない理由があったんだよね?」
「うん。さっき、向こうの世界には法律が無いって言ったでしょ? だから、娼婦になる人も多いんだけど、歳を取ると捨てられて悲惨な最後を迎える人が多いみたいなんだ……」
「そんな人たちを救うために娼館の経営を始めたのね? でも、他の職業じゃ駄目だったの?」
「娼婦は必要とされているからね。もし、他の仕事をさせたとしても、新しい娼館ができるだけだと思うし」
「なるほどな。売春は最古の職業と言われるくらいだし……」
「ふぅん、じゃあその娼館はどうしたのよ?」
「『
「建物は借りたの?」
「土地だけ借りて、魔法で建てたよ」
「魔法で建物を建てられるんだ。こっちの世界でも建築家としてやっていけそうだね」
「うーん……こっちの世界には建築基準とかあるし、材料を誤魔化したりとか、いろいろ面倒そうだけどね……」
秀雄は、気になっていたことを雄一に聞いてみることにした。
「ユウちゃんは、あのフィギュアを売って生計を立てるつもりなの?」
「まぁ、お金はそんなに稼がなくても大丈夫だし……」
「月にどれくらい稼げばいいのさ?」
「目標は、10万円と考えてるよ。家賃と光熱費や年金、健康保険の保険料を払えればいいし」
食費は不要なのだろう。光熱費もあまりかからなそうだ。
しかし、異世界で得た能力を使えば、別の方法でもっと簡単に稼げるのではないだろうか?
「フィギュアで月10万かぁ……結構、大変じゃない?」
「やってみないと分からないね。このサイズだと2万円くらいで売れるはずなんだけど……」
「え? そんなものが2万円で売れるの? あたしのフィギュアでも?」
「このサイズのフィギュアの相場としてはそうなんだけど、キャラクターものじゃないと、売れない可能性があるからね。最初は安く売るしかないかも……」
「もっと、大きなサイズにすれば?」
「一応、いろんなサイズを作ってみたんだよね。1/1サイズもあるよ。でも、送ったりするのが大変そうだし……」
「絶対、エッチな目的で使われるわよね。自分の使い魔の人形がそんな目に遭ったら嫌でしょ?」
「まぁ、あまりいい気はしないかな。モデルになったフィーネにも悪いし……でも、購入者の立場で考えたら、そういう目的で買っても仕方がないと思うし。そうじゃないと売れないでしょ」
涼子が話を戻す。
「それで、娼館を作った後は、どうしたの?」
「日本列島のゾンビ討伐をしてから『エルフの里』に行ったよ」
「そこで、この人形のモデルのフィーネさんだっけ? も使い魔にしたわけね」
「うん、まぁ……」
「それから、どうしたの?」
「東北地方にあたる地域を探検したんだ。太陽光が届かない『闇夜に閉ざされた国』と呼ばれている地域なんだけど、そこで光る穴『ゲート』を発見して飛び込んだんだよ」
「なるほど、真っ暗なところだから光って分かりやすかったんだね?」
「うん。あのとき、もしこっちの世界が夜だったら、黒い穴が開いたと思うから見落としてたかも」
それから、秀雄は涼子と異世界について雄一に質問したり、雄一から詳しい説明を受けたりした後、雄一が冷蔵庫から出してきた缶ビールを飲みながら暗くなるまで雑談して過ごした――。
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