第14話 -起業5-


 第14話 -起業5-


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 12月27日の昼休み。

 秀雄は、涼子との待ち合わせ場所に向かっていた。


 昨夜、涼子の携帯に送ったメールの返信が来なかったのが気がかりだった。

 彼女は、それほど筆忠実ふでまめではないが、それでも数時間後には必ず返信をくれていたからだ。


 涼子は、昨晩、雄一の部屋に行った。


『何かあったのだろうか?』


 雄一とは、幼馴染みだが小学校を卒業してから会っていない。しかし、秀雄は、雄一が信頼できる人間だと思っているし、再会してみてその印象は強くなったため、特に心配はしていなかった。

 むしろ、涼子の心変わりのほうが心配だ。

 彼女は、雄一のことを弟みたいだと一笑に付していたが、雄一への拘りは異常だと感じていた。

 高校の同級生というだけで、そこまでしないだろうと思うようなことまでしていた。

 例えば、失踪した現地に出向いたりといったことだ。

 勿論、謎の失踪というのが都市伝説好きの涼子の琴線に触れたということもあるだろう。

 案外、雄一の話に夢中になっていてメールのチェックをしていなかったというオチではないだろうか。


 秀雄たちは、内閣府庁舎の1階の隅で待ち合わせをしていた。

 所属部署の関係で涼子のほうがいつも早く到着している。


 今日も涼子が先に到着していた。

 彼女が待っていたのを見て、秀雄はひとまずホッとする。

 涼子は、心ここにあらずといった表情でボーッと遠くを見ている。

 秀雄が今までに見たことがない表情だった。


「涼子」

「んっ、あっ、秀雄?」

「どうしたんだよ、ボーッとして」

「ちょっと、寝不足で眠いのよ」

「ユウちゃんの話に興奮して寝られなかったのか?」

「ちょっと違うけど、昨日はユーイチの部屋に泊めて貰ったから……」

「――――!?」


 雄一に対する呼び方が変わっていた。以前は、「伊藤君」と呼んでいたはずだが、何があったのだろう?


「ああ、メールに返信できなくてごめんね。朝まで気付かなかったのよ」

「二人で何してたのさ?」

「……気になる?」

「ま、まぁ……」

「とりあえず、移動しましょ」

「ああ……」


 二人は、行きつけの洋食店へ移動を開始した――。


 ◇ ◇ ◇


 昨日、行った喫茶店は、土日に利用することが多い。

 電車に乗って移動しないといけないので、平日の昼食にあそこは利用していなかった。

 二人は、週に1~2度、国会議事堂の近くにある洋食店でランチを取るのだ。

 利用する日は涼子が店に予約を入れてくれていた。


 洋食店に入って、いつもの席に案内される。

 二人とも日替わりランチを注文することが多い。

 今日も例に漏れず日替わりランチだ。今日の日替わりランチは、ロースカツ定食だった。


「さて、何から話そうかしら……」


 ウェイトレスが注文を取り終えて帰って行くと涼子がそう言った。


「まずは、秀雄が一番気になってる、あたしとユーイチの関係からね」


 確かにそれは、秀雄が一番気になっていることだ。ここまでの道中、気が気ではなかったくらいだ。


「昨日、ユーイチに告白したの……」

「――――っ!?」

「あたしがユーイチのことを本当の弟のように思っていることをね」

「おっ、弟?」

「ええ、そうよ。それで、本当の弟として扱うことにしたの。だから、ユーイチって呼んでるのよ。ユーイチはあたしのことを涼子姉ぇって呼ぶわ」


 秀雄が想像していたよりも、ほのぼのとした話だった。


「そうなんだ。何だか安心したよ」

「そう? 秀雄にはよく考えて欲しいの。あたしは、あなたとユーイチのどちらを優先するかと聞かれたらユーイチを優先するわ。それでも秀雄はいいの?」

「まぁ、他人のオレより、肉親のほうが優先順位が高くて当然だろ」

「あたしとユーイチの仲に嫉妬するかもしれないわよ? もし、そんな風に感じるのなら、今のうちに別れてくれていいのよ?」

「オレにとってもユウちゃんは他人とは思えないし、たぶん気にならないよ」

「でも、あたしは昨日、ユーイチに抱いてって迫ったのよ?」

「え……? 弟なんじゃ……?」

「血は繋がっていないもの……。あたしはユーイチに抱かれたいの……」

「ど、どうして? やっぱり好きなの?」

「あたしが大学のときに一つ年上の先輩と付き合ってたって話は知ってるわよね?」

「ま、まぁね」


 涼子から聞かされたことはないが、周囲の人間からそういう噂話は聞いていた。


「彼と付き合うことになったときに、そのことをユーイチにメールで報告したのよ。ユーイチとの関係が切れることが分かっていたのに……」

「でも、それは仕方がないんじゃ?」

「ええ。でも、あたしはずっと心の中で後悔していたんだと思う」

「どうして、その先輩とは別れたの?」

「遠距離恋愛になったから……」

「そうなんだ……」

「というのは建前よ。本当は、別れる理由をずっと探してた。ユーイチに会って謝りたかった……」

「その先輩のことが嫌いになったの?」

「どうかしら? 最初は凄く好きだったのよ。ハンサムで女慣れした感じの人で、何も知らなかったあたしは、彼にいろいろと仕込まれたわ……。他人に言えないようなこともいろいろとされたし……」


 秀雄の胸に複雑な感情が沸き起こる。終わったことだとはいえ釈然としない。秀雄は、今すぐにでも涼子を抱きたくなった。


「でも、時間が経つにつれユーイチの事は、忘れるどころか会いたいって気持ちが強くなっていったわ。でも、あたしのほうから別れのメールを送っておきながら、会いに行けるわけがないし……。だから、ユーイチが失踪したって聞いたときに物凄いショックを受けたの……」

「それは、やっぱりユウちゃんのことが好きなんじゃ?」

「そりゃ、好きよ。大事な弟だもの」

「でも、抱かれたいんでしょ?」

「あたしは、ユーイチに負い目があるの。だから、それを消すために滅茶苦茶に犯されたいのよ。弟のように思ってるユーイチに抱かれたらどうなっちゃうんだろうって好奇心もあるけどね」


 これが涼子の本当の姿なのだろう。

 今まで秀雄に見せていた、将来、良妻賢母になりそうな優等生的言動は、付き合い始めたばかりの恋人に対して猫を被っていただけなのだ。

 勿論、今までの涼子が嘘を吐いていたというわけではない。人は、様々な仮面を被って生きているのだから。


「それで、どうなったの?」

「ユーイチは、ヒデちゃんに悪いからって断ったわ」


 秀雄は、雄一が信頼できる人間で良かったと胸をなで下ろした。

 流石に涼子が雄一と肉体関係を持ったと知ったら平静ではいられなかっただろう。


「ユウちゃんは流石だね。よくそんな誘惑をはね除けられたものだ……」

「ユーイチはね、異世界でハーレムを作ったらしいのよ」

「え? それホント?」

「何人か、ハーレムの女性を見せて貰ったわ。エルフとか妖精まで居たんだから」

「それは……凄いね……」


 秀雄には、現実の話とは思えなかった。

 しかし、事実なのだろう。先日、見せて貰った魔法も種や仕掛けがあるとは思えなかったし、雄一や涼子が嘘を吐く人間だとは思えない。


「ホントにビックリすることばかりだったわ」


 涼子は満足げだ。


「涼子、今日はうちに来ない?」

「……いいわよ」

「今度、ユウちゃんの部屋に行くときは、オレも連れて行ってくれよ」

「そうね。ユーイチは、大晦日に実家に帰ると言ってたわ」

「じゃあ、それまでに一度、二人で行こうか。28日が仕事納めだけど、夜は忘年会が入ってるから……29日か30日でどうかな?」

「30日にしましょ。そのまま泊まって31日に一緒に茨城に帰ればいいわ」

「そうだね」

「ユーイチは、空を飛んで帰るらしいから、便乗させてもらう予定なの」

「空を飛ぶって、危なくない?」

「ユーイチに任せておけば、大丈夫よ」


 涼子は雄一に絶対の信頼を置いているようだ。確かにこういうところをずっと見せ続けられたら、雄一に嫉妬してしまうかもしれない。

 雄一が涼子をハーレムの一員にしようと思えば、涼子は喜んでハーレム要員になりそうな気がする……。


『肉体関係を容認する姉弟って何だよ……』


 秀雄は、またしても釈然としない気分になった。

 雄一に全くその気がなさそうなのが救いだ。


 その後、秀雄たちは注文した日替わりランチを食べて、内閣府の庁舎に戻った――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 水谷が帰った後、僕は、部屋の明かりを消してから、優子にメールを返信しておいた。

 そして、デスクトップパソコンの電源を入れる。

 昨日の続きで、サイトを巡ったり、SNSをチェックしたり、とりとめもなく時間を潰した。


『このぐうたらな感じ、最高だな……』


 ――次は、ゲームでもしようかな?


 パソコンの電源を切ってから、テレビを点けて、外部入力に切り替える。

 VRゲームがやりたかったのだが、長く放置していたので内蔵バッテリーが切れているだろう。

 僕は、フルフェイスヘルメット型のHMDを箱から出して、充電器のケーブルを接続した。コンセントに差し込んで充電を開始する。


 据え置き型ゲーム機にソフトをセットして電源を入れた――。


 選んだソフトは、難易度の高いアクションゲームで、買ってはみたものの、かなりやり込まないとクリアできそうになかったので、積んでいたものだ。

 プレイしてみると、【戦闘モード】を起動していない状態でも人間だった頃とは動体視力などが段違いでサクッとクリアできてしまった。しかも、何度プレイしても飽きない。

 夢中でプレイしていて、気がついたら3時間くらい経っていた。


 次にHMDから充電器のケーブルを取り外して、ソフトをVRに対応したものに交換する。

 ソフトは、一人でプレイできるオープンワールド系と呼ばれるジャンルのRPGを選んだ。ネットゲームは、いろいろと問題があるかもしれないと思ったのだ。

 テレビの電源を消してフルフェイスヘルメット型のHMDを被る。

 そして、ゲーム機とHMDの電源を入れた。


 セーブデータからゲームを開始すると、目の前にファンタジックな世界が広がる。

 コントローラーを操作して、初心者向けのゾーンへ移動する。

 そして、ゴブリンが棲息しているところへ向かった。


 ゲーム内のキャラは、レベルがカンストしているので、ゴブリンなど相手にはならないのだが、僕が異世界で見たゴブリンとの違いを見てみようと思ったのだ。

 見た目では、肌の色が少し違った。異世界で見たゴブリンは、もう少し青みがかっていた。

 ゲームのゴブリンは、全体的にチープさを感じる。

 あの異世界でのゴブリンとの戦いを経験してしまうと、ゲーム内でのゴブリンとの戦いは嘘っぽく感じてしまうようだ。

 異世界のゴブリンは、実在のリアリティがあるのだ。ただ、モンスターも刻印を刻んだ存在と同じなので、作り物めいたところはあった。息遣いなどリアルではあったが、剣で斬っても血が出たりするわけではない。倒すと白い光に包まれて消滅してしまうし、そういう点ではゲームっぽいとも言えた。


 僕は、1時間ほどそのRPGをプレイした。

 先ほどプレイしたアクションゲームに比べると、VRゲームのほうが全体的に違和感を感じてしまいあまり楽しめなかった。


 ――こういうのも不気味の谷現象の一つなのだろうか?


 本物を経験したことでハードルが上がってしまったように感じる。


 ――チャラン♪ ユーガッメール


 携帯にメールが着信した。

 内ポケットからスマホを取りだして指紋認証で起動する。

 メールは、水谷からのものだった。

 30日の昼に秀雄と一緒にこの部屋に来てもいいかという内容だ。

 了承する内容のメールを返信する。


 僕は、HMDを箱に仕舞ってから、パソコンの電源を入れて椅子に座る。


 ――仕事を考えないといけないな……。


 当面の問題は、これから僕がどんな仕事をするのかということだ。

 フリーターでもいいが、その場合、あまり職場を固定しないほうがいい。

 日雇いで、毎日、働くところが変わるような働き方のほうがいいのだが、ちょっと外聞が悪いのが難点だ。

 まぁ、同窓会などに行くと馬鹿にされる程度のことなので、そういうものに参加しなければいいだろう。

 友達づきあいも極力控えたほうがいい。

 異世界に行っていたことを知られると、思いもよらぬ事が起きるかも知れないので、これ以上は広めないほうがいいだろう。

 僕を利用しようとする人間が現れないとも限らない。


 それに僕の力を知られるのも問題だ。

 その気になれば国家を転覆させられるような存在がいると分かれば警戒されてしまうだろう。

 そうなれば、公安などの国家機関から監視を付けられると思う。


 逆にこの能力を利用して、国家機関に雇われるという手もあるかもしれないが、どうやって自分を売り込むかが分からない。

 姿を消してVIPに近づいた後、突然、目の前に現れて、こちらの力を見せてから交渉するという方法を考えてみたが、そうした場合、何が起きるか予想できないし、力の押し売りに近いやり方なので相手に警戒されてしまうだろう。

 それに、国家に雇われた場合、敵性国家の元首の暗殺などをやらされるかもしれない。

 実際、使い魔に命じれば簡単にできてしまうのだが、そのような力の行使は、後にどんな問題が起きるか分からないため避けた方がいいと思われる。


 また、そのような権謀術数が渦巻く世界に入るのは、面倒臭いだろう。

 使い魔たちに密かに関係者の周囲を監視させて情報収集したり、家族などを護衛したりしないといけなくなると思う。

 いつ、僕たちを排除しようとする動きが起きるか分からないためだ。

 ただ、富は得られるだろう。『女神の秘薬』にしても効果が認められれば1本を億単位の金で欲しがる人が出てくると思う。『女神の秘薬』は、権力者の後ろ盾を得てからVIP限定で発売するのが一番効率が良いだろう。

 僕がネットで胡散臭い健康食品のように売り出しても、高価な値付けでは売れないし、成分表示などの問題で警察沙汰になるかもしれない。


 あとは、怪しい宗教団体を起ち上げるというのも大金を稼ぐにはいいかもしれない。

 動画サイトに胡座をかいた状態で【レビテート】を使って浮遊する動画をアップして注目を集めるのだ。

 そして『女神の秘薬』を難病患者に与えて奇跡を起こし、寄付を集めれば、税金もかからず大金持ちになれる可能性がある。

 この案の利点は、『女神の秘薬』がどんな病気に効くのかデータを集めることができる点と宗教法人なので節税できる点だ。

 『女神の秘薬』については、大学などの研究機関に成分を分析してもらうのもいいかもしれない。個人的には、非常に興味がある。

 それに、多くの患者を救えれば社会貢献にもなる。

 しかし、胡散臭い宗教団体の教祖になるというのは、正直願い下げだし、多くの人と関わることで生じるデメリットもあるだろう。


 同様に異世界帰還者としてテレビ局などに自分を売り込んでタレント活動するという手もあるが、異世界で得た力をそんな風に使うのは間違っている気がするし、タレントのような人気商売が僕に務まるとは思えない。

 本当に魔法が使えることが知られるのもマズいだろう。手品師の一種として誤魔化すという手もあるが、それだと、母が言っていたようにエンターテイナーとしての才能が必要となる。


 また、【工房】で作成したアイテムをネット通販かオークションで売買するという手もある。

 しかし、それもいろいろな問題があるだろう。

 例えば、商品を製造・販売するならば、法人化をしないといけないだろうし、原材料は何かなど帳簿上は問題がないように工作しておかないと後で問題になると思う。

 それに普通の商品では、まず売れないだろう。売るためには、同等品よりもだいぶ安く売るしかない。ブランドもない新興企業では、広告宣伝費をかけないと駄目だろうし。そのような資金的な余裕はない。


 魅力溢れる商品を作って売るという方法もあるが、それこそアイデアが重要になる上に今の世界では作れないようなモノを販売するのも物議を醸すだろう。

 例えば、【レビテート】や【フライ】といった魔法を仕込んだ浮遊するスクーターを販売したとする。

 魔法石を動力にすれば、充電も給油もなしに一日に何時間も移動できる画期的な商品となるだろう。

 しかし、どんな仕組みで動いているのかという問い合わせが殺到すると思う。

 企業秘密という言い訳でどこまで通用するのか分からない。


 そもそも、昭和の時代ではないのだから、個人が発明したものを会社を興して売り出すのは不可能に近いだろう。

 ベンチャー企業を興して、大企業に買ってもらうという方法なら可能だろうが、製造方法や技術を売ることができないので、それも難しいだろう。

 下請けとして部品を供給することはできるかもしれないが、大量生産ができないので、それも無理だろう。

 例えば、【工房】で魔法石を動力源に回転力を生み出すエンジンを作ったとする。

 それをモーターの代わりに自動車に搭載することはできるかもしれない。

 しかし、魔法石は1つが1万ゴールドするので、あっという間に僕の魔法通貨は枯渇してしまうだろう。

 超高級車向けに少量生産するならともかく、大衆車向けのパーツとしては売れない。


 そもそも、大金を稼ぐ必要はないのだ。

 マニア向けの商品を少量づつネットで販売するのがいいかもしれない。


 ――美少女フィギュアとかどうだろう?


 しかし、キャラクターものは版権があるのでハードルが高い。

 ただ、フィギュアなら自作しても怪しまれないだろうし、【工房】で作成すれば物凄く精巧なものが作れると思う。


 僕は、フィギュアには詳しくなかったので、インターネットで美少女フィギュアについて調べてみたが、やはりキャラクターものじゃないと売るのは難しそうだった。


 ――エルフや妖精なら、売れるのではないだろうか?


 僕には、使い魔のエルフや妖精を見ながら【工房】で作成することができるというアドバンテージがある。

 しかし、詳しい友人の話によれば、実物と全く同じでは駄目らしい。例えば実在の美少女をモデルに全く同じ比率で縮小してフィギュアを作っても、売られている美少女フィギュアのようにはならないそうだ。

 美少女フィギュアは、メリハリをつけ細部をデフォルメして、グッとくるポーズにされているとのこと。

 おそらく、フィギュアのように小型化すると遠近感の関係でそうなるのではないかと思う。そのため、実物大なら問題にならないだろう。

 とはいえ、実物大のものを販売するのは、どう考えても大変だ。

 とりあえず、実際にフィギュアを買って研究してみたほうがいいかもしれない。


 僕は、美少女フィギュアを買いに行くことにした――。


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