第12話 -起業3-


 第12話 -起業3-


―――――――――――――――――――――――――――――


 ――ガチャ


 3分ほどで『トイレ』の扉が開かれた。


「焦ったわ……」

「何が?」

「このトイレ、流す機能とか付いてないじゃない?」

「まぁね」

「しかも、紙がないし……」

「大丈夫だった?」

「ええ、太ももに垂れてきたときにはどうしようかと思ったけど、鍵を開けて掛け直したら消えたわ」


 水谷は、魔法に興奮して自分が凄いことを言っているのに気付いていないようだ……。


「あっ、想像しちゃ駄目よ?」


 それに気付いたのか、赤くなって、冗談っぽくそう言った。


「僕たちは、排泄しなくてもいいんだよね」

「え? でも食事を摂ってるじゃない?」

「うん。おそらく、胃にあたる器官で消滅させているんじゃないかと……」

「それって、食べる意味がないじゃない」

「まぁ、食事自体が嗜好品みたいな感覚ではあるね。僕が刻印を刻んだ後、半月くらい飲まず食わずだったし」


『母乳は飲んでたけどね……』


 心の中でそう付け加えた。


「お腹は空かないの?」

「うん」

「じゃあ、刻印を刻んでいる人は、あまり食事をしないの?」

「そうでもないと思うけどね。逆に多くの人が普通に食事をしてるんじゃないかな」

「どうして?」

「普通の人間だった頃の習慣かな? 詳しくは知らないけど、冒険者なんかは毎日のように酒場とかに行ってるみたいだったよ」

「伊藤君は行かなかったの?」

「何度か行ったけど、あまり街では生活していなかったからね」


 水谷が自動清掃機能について質問をしてくる。


「トイレの機能だけど、あれって下着とかも綺麗になるのかしら?」

「なるよ」

「へぇ……。じゃあ、お洗濯しなくてもいいってこと?」

「それどころか、お風呂に入らなくても大丈夫だよ」

「そっか、全身が綺麗になるのね」

「おそらく、雑菌なんかも全て消滅すると思う」

「それじゃ、皮膚病なんかも治るのかしら?」

「多分、効果があると思うよ」

「凄いじゃない!」

「そうだね。便利な機能だとは思う」

「その機能は、トイレ限定なの?」

「いや、この部屋の中も扉を戻したときに発動するよ」

「ホントに? やって見せてよ」


【ウォーター】


 僕は、テーブルの上に【ウォーター】で水を少しこぼした。


「その水を見ていて」

「ええ」


『ロッジ』


『ロッジ』の扉を召喚したあと、すぐに帰還させた。

 テーブルの上の水が消え去った。


「消えた!?」

「風呂上がりで体が濡れてても一瞬で乾くから便利だよ」

「お風呂もあるの? ひょっとして、そっちのドア?」

「うん、その奥にお風呂と寝室があるんだ」

「見てもいい?」

「……いいけど」

「なぁに? 今の間は? やましいことでもあるの?」

「いや、そうじゃないけど……」

「じゃ、見せてもらうわね」


 そう言って水谷は、立ち上がって『ハーレム』の扉へ向かった。

 僕も立ち上がって、後に続いた。


「あたしも行くわ」


 フェアリーが僕の肩にしがみついた。

 フェリアとフェリスも続く。


 水谷が扉を開けて中に入った。


「長い廊下ね……もしかして、凄く大きなお風呂なの?」

「うん、大浴場だから」

「へぇー……」


 水谷が廊下を歩いていく。

 両側に引き戸がある廊下の真ん中に着いた。


「どっちがお風呂?」

「右だよ」


 水谷は、右側の引き戸をスライドして開いた。


「うわぁーっ、何て広いの!?」


 そう言って水谷は、洗い場に降りて、湯船の方へ向かった。

 僕たちも後に続く。


「ここは、トイレやさっきの部屋みたいな機能は無いのよね?」

「あるよ」

「えっ? このお湯は消えないの?」

「うん、湯船に張ってあるお湯は消えない」

「こっちの床に水滴があったら?」

「消えるよ」

「どうなってるのかしら?」

「食べ物なんかだと、食べている途中の料理なんかは消えないけど、食べ残しは消えるんだよね。だから、優秀なAIのようなものが消してもいいかどうか判断して消してるんじゃないかと思う」

「でも、どうやって消し去っているのかしら?」

「分からない。対消滅とか?」

「対消滅だとエネルギーが発生するわよ」

「確かに……」


 何かで読んだことがあるが、1グラムの反物質が物質と対消滅しただけでも核兵器並の莫大なエネルギーを発生するらしい。

 しかし、1グラムの反物質を生成すること自体が困難なようだ。


「ねぇ? ホントに濡れても乾くのよね?」

「うん」


 ――ザバッ


 何を考えたのか、水谷が服を着たまま湯船に入った。


「ちょ!? 水谷?」

「実験よ」


 そして、湯船に腰を下ろした。


「う……服を着たままだと気持ちが悪いわね……」

「そりゃそうだろ……」


 ――ザバッ


 ずぶ濡れになった水谷が湯船の中で立ち上がった。

 洗い場に上ってくる。


「さぁ、さっきの綺麗になる魔法を使って」


 僕は、『ハーレム』の扉を一瞬だけ戻して再召喚した。


「あ……ホントに乾いたわ」


 そう言って水谷は、スカートのベルトを外して、左の腰にあるファスナーを降ろした。

 そして、スカートの中に手を突っ込んだ。


「……何してるの?」

「下着が乾いてるか調べてるのよ」

「大丈夫だって」

「伊藤君は、同じ事をしたことがあるの?」

「いや、流石に服を着たまま風呂に入ったことはないけどね……」

「じゃあ、分からないじゃない」

「表面しか乾かないかもしれないってこと?」

「そうよ」

「でも、スカートなら、下着も表面に入るんじゃないかな……」

「乾いてるわ」


 そう言って、今度はシャツのボタンを外してブラを触った。


「こっちも大丈夫みたい」

「……じゃあ、戻ろうか」

「ええ」


 フェアリーが僕を引き留める。


「えーっ、ユーイチ様。何もしないで戻っちゃうの?」

「何が?」

「エッチなことしましょうよ」


 フェリスがそれに反応する。


「そうですわ。わたくし、もう我慢できませんわ」

「あとでね」

「そんなぁ……」


『フェリス帰還』


 フェリスが白い光に包まれて消え去った。


「フェリア、フェアリーを帰還させて」

「畏まりました」

「後でしてね」

「ハイハイ」


 フェアリーも白い光に包まれて消える。


「いいの?」


 服装を直した水谷が聞いてきた。


「ああ、フェリア曰く、使い魔は道具だから好きに使っていいんだって」

「そうやって、向こうでは女性を侍らせて好きに使ってたのね?」

「うーん、そこまでは無理だったかな……」

「確かにあたしの知ってる伊藤君ならそうだけど、ハーレム作っちゃうくらいだから、変わっちゃったんでしょう? もう、あたしの知ってる可愛い伊藤君はどこにもいないのね……お姉さん、ちょっと寂しいわっ……」

「子供扱いするなよ……」


 優子が言っていたように、水谷は僕のことを弟のように思っていたのだろうか。


「ふふっ、ごめんなさい。でも、伊藤君、高校の頃とあまり変わってないから」

「成長してないってこと?」

「見た目はね」

「水谷は、大人っぽくなったね」

「プッ、何それ? 口説いてるつもり?」

「いや、そんなつもりは毛頭ないけど……」

「そうねぇ……ブラのカップが1つ上がったからかしら? あと、服装やお化粧もあるでしょうね」

「なるほど……」


 確かに水谷は、高校の頃は小ぶりな胸だったが、今はそれなりにボリュームがありそうだ。


「ねぇ、寝室も見ていい?」

「どうぞ」


 水谷が廊下に出て、寝室の引き戸を開ける。


「こっちの部屋も広いわね。このお布団は、どうしたの?」

「この建物を作ったときにデフォルトで設定したものだよ」

「そんなこともできるんだ……」


 そして、僕たちは『ハーレム』から『ロッジ』に戻った――。


―――――――――――――――――――――――――――――


『ロッジ』に戻ると水谷が僕を真剣な眼差しで見ていた。


「どうしたの?」

「ごめんなさい!」


 水谷は、僕に向かって頭を下げた。


「何が?」

「あたし、ずっと謝りたかったの……」

「何を?」

「大学のとき、あなたにあのメールを送ったことを……」

「どうして?」

「あのメールを送ったら、あなたとの縁が切れることは分かってた。それなのにあたしは……」

「いや、水谷は何も悪くないでしょ。彼氏が出来たのに高校時代の男友達と仲が良かったら、その彼氏にも悪いし」

「あのときは、あたしもそう思った。でも、ずっと後悔してたの。そして、あなたが行方不明になったと聞いたとき、凄いショックだった……」


 水谷は、下げていた頭を戻して、僕のことを強く見つめる。


「それで、あたし自分の気持ちに気づいたの……あたし、あなたのことを……」


 ――ま、まさか告られる……?


 秀雄のことがあるので、この展開は凄く複雑だった。

 絶句している僕に水谷が気持ちを告げる。


「本当の弟みたいに思ってたんだって」


『……えっ?』


「それって……どういう……?」

「だから、あなたのことを友達じゃなくて家族みたいに思ってるってことよ」

「あ、ありがと……」

「何よ? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい」

「いや、告られるのかと思って、ドキドキしちゃったよ」

「告って欲しかった?」

「今となっては、それはないかな……」

「ふーん。でも、あなたがあたしを抱きたいのなら抱いてくれてもいいわよ?」

「いやいや、家族でそれは駄目でしょ」

「血が繋がってるわけじゃないから別にいいでしょ。あたしは、あなたに負い目を感じているから、一度無茶苦茶に抱いてくれると嬉しいんだけどな……」

「ヒデちゃんに悪いからいいよ……」

「そう……。じゃあ、これからあなたのことはユーイチって呼ぶわね」

「え? 何で?」

「言ったでしょ。あなたのことを弟みたいに思ってるって」


 彼女が他の男の家に訪ねて行った次の日、その男の呼び方が変わっていたら秀雄はどう思うだろう?


「それはマズいよ……」

「どうして?」

「だって、ヒデちゃんに僕のことをユーイチと呼んでることを知られたら誤解されちゃうよ」

「大丈夫。秀雄にはちゃんと話をするから。だから、ユーイチもあたしのことを涼子って呼んでね。あ、お姉ちゃんでもいいわよ」

「え? 僕も呼び方を変えないと駄目なの?」

「だって、『水谷』じゃ他人行儀すぎるもの」


 どうやら、水谷は本気で僕との関係を変えたいらしい。水谷は、一人っ子だから弟が欲しかったのだろうか。

 おそらく、現実の姉弟とは、かけ離れた姉弟像を持っているのだろう。


「高校の頃から、僕のことを弟みたいに思ってたの?」

「そうよ。あの頃は、ハッキリとそう意識していたわけじゃないけど。だから、あなたに告白されていたら付き合っていたと思うわ」

「でも、弟じゃ続かなかったよね……」

「そんなことないわよ。交際していれば、少なくともあたしからあなたを手放すことは無かったと思うわ」

「でも、弟とキスしたり、それ以上の関係になったり、普通はしないよね?」

「本当の姉弟じゃないから嫌悪感はないわよ。そうやって関係を重ねていけば、弟から恋人になったかもしれないし」


 僕は、上着の内ポケットに入れたスマホを取り出して、省電力モードから復帰させる。

 時刻を確認すると、夜の9時を回っていた。


「もう、9時過ぎだけど、そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」

「今日は、ここに泊まって行くわ」

「え? 水谷、それはマズいよ……」

「涼子」

「りょ、涼子……」

「言いにくい?」

「うん」

「じゃあ、お姉ちゃんって呼んでみて」

「お、お姉ちゃん」

「……いいかも」


 水谷は、何故か感動していた。


「分かった。じゃあ、涼子姉ぇって呼ぶことにする」

「ふふっ、いいわよ」

「で、泊まるって本気なの? ヒデちゃんに何て言い訳すればいいんだよ……」

「大丈夫よ。それとも大丈夫じゃないことをお姉ちゃんにするつもりなの?」

「いや、それはないけど……」

「じゃあ、いいじゃない」

「でも、いいの? その服とか化粧とかいろいろと女性は大変でしょ?」

「服は綺麗になったから着替えなくてもいいし、化粧品もハンドバッグに少し入っているから大丈夫よ」

「分かった。明日は何時頃ここを出るの?」

「そうね。仕事は9時からだし、8時に出れば余裕ね」

「じゃあ、6時には起きたほうがいいかな」

「ええ」

「これから、どうする?」

「そうねぇ、今日はお風呂に入って寝ましょうか」

「じゃあ、僕はここで待ってるから、涼子姉ぇは、お風呂に入ってきなよ」

「分かった」


 そう言って、水谷は『ハーレム』の扉を開けて中に入って行った――。


―――――――――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る