第二章 -起業-

第10話 -起業1-


 第10話 -起業1-


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 僕は、最寄りの地下鉄・千代田線の駅まで歩き、地下鉄に乗った。

 そこから、30分弱で僕の住むアパートの近くの駅に到着した。


 駅からは、10分ほど歩いてアパートに着いた。

 僕の部屋は1階だ。ワンルームの賃貸で築30年以上経っているため相場より家賃が安かった。人口減少で地価が下がっていることもあるだろう。


 鍵を開けて部屋に入る。

 郵便受けにかなりの郵便物が溜まっていた。

 殆どは、ダイレクトメールなど不要なものばかりだ。


 出張用に使っていたバッグを置いて部屋の中を見ると部屋は散らかっていた。

 水谷と秀雄が来る前に片付けないといけない。


 その前にメールをしておこう。

 僕は、内ポケットからスマホを取りだして、メールにこの部屋の住所を書いて水谷の携帯へ送った。


 この部屋は、小さなキッチンの付いたワンルームで奥にバスルームへの扉がある。

 家具等は、デスクトップパソコン用の平机と椅子、上着などを掛けるためのハンガーラック、衣類の収納ボックス、テレビ台とテレビ、本棚、小さな冷蔵庫がある。

 ベッドではなく、フローリングの床に直接布団を敷いていた。

 ベッドは邪魔になると思ったからだ。


 まずは、冷蔵庫の中の物を全て捨てよう。

 大したものは入っていなかったと思うが3ヶ月以上放置していたのだ。


『ゴミは、『ロッジ』の自動清掃機能で消滅させたらどうだろう?』


 冷蔵庫ごと『ロッジ』に入れて自動清掃機能を発動させてみようか。

 今の僕なら冷蔵庫を軽々と運べるはずだ。

 冷蔵庫のコンセントを抜いた。


『ロッジ』


 先に『ロッジ』の扉を開けておく。

 冷蔵庫を持って扉の中に入った。

 扉を閉めて、一瞬だけ扉を帰還させる。


 冷蔵庫を開けてみた。

 缶ビールが3本入っているだけで、他の食材は綺麗に消滅していた。

 玉子なんかが入っていたはずなのに無かった。

 冷凍庫のほうは、霜も消え去っている。

 こちらには、何も入っていなかったはずだ。

 普段も買ってきたアイスを少しの間だけ冷やすくらいにしか使っていない。


 ――冷蔵庫は必要だろうか?


 今後の生活では必要とは思えないので、電気代を節約するためにも冷蔵庫は処分したほうがいいかもしれない。

 そして【工房】で同じような機能のマジックアイテムを作ったらどうだろう。

 どうしても必要なときだけ『アイテムストレージ』から出して使うのだ。


 とりあえず、今日のところは元の場所に戻しておくことにした。

『ロッジ』の扉を開けて、冷蔵庫を運び出す。

 元の場所に設置した。コンセントは抜いたままでいいだろう。冬だし。


 次に洗濯機の中に洗濯物が放置してあったのを思い出した。

 部屋の奥にあるバスルームの扉を開けて中に入った。


 バスルームの中には、ユニットバスとトイレと洗濯機がある。

 洗濯機は小型の洗濯乾燥ができるタイプのものだ。


 ここで洗うのは、基本的にタオルや下着だけだ。

 スーツやワイシャツ、ネクタイは、クリーニングに出していた。

 ジーンズなどの私服は滅多に着ないので洗ったことがない。

 ここでは、干すのが大変なので、実家に帰った時に洗う程度だ。


 洗濯機を開けるとバスタオルやTシャツ、トランクス、靴下などが入っていた。


 洗濯物を洗濯籠に出す。

 ちなみに乾燥までされているので臭くはなかった。


『ロッジ』


 そして、『ロッジ』の扉を召喚して中に持っていく。

 洗濯籠は、そのまま『ロッジ』の中に置いて、僕は部屋に戻った。

『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』へ戻す。


 次は、部屋の掃除だ――。


 ◇ ◇ ◇


 部屋の掃除は、1時間もかからずに終わった。


 一旦、『ロッジ』の中に運べるものは、全て運んでから掃除をしたのだ。

 布団やハンガーラックに掛かった衣類なども『ロッジ』の自動清掃機能で綺麗になった。

 もう、洗濯機も必要ないかもしれない。


 本棚も中の本を取り出して全て『ロッジ』に運んだ後に『ロッジ』の中に運び込んで本を戻した。

 部屋に置いておくと邪魔になるので、『ロッジ』の中を書庫代わりにしようか。

 いや、ちゃんとした書庫を【工房】で造ったほうがいいだろう。


 衣類の収納ボックスも『ロッジ』に運び込んだ。

 秀雄と水谷が来たら部屋が狭いからだ。

 同様の理由で布団も布団乾燥機と一緒に『ロッジ』の中に入れたままにしてある。


 散らかっていた部屋は、今ではガランとしている。

 テレビとテレビ台、ゲーム機、パソコン用に使っている平机と椅子があるだけだ。

 ミドルタワーのデスクトップパソコン本体は、机の右下に置いてある。

 机の上には、8K24インチのモニタとキーボード、マウス、それからノートパソコンが机の隅に置いてあった。

 ノートパソコンは、ゲーム中に調べ物をするときなどに使っていたのだ。

 そして、それらの電源は、一つのスイッチでオンオフできる電源タップに繋がっている。

 光回線のONUや無線LANルータの電源もその電源タップに接続されている。


 久しぶりにパソコンを起動してみようと、僕は椅子に座った。

 左下にある電源タップのスイッチを入れる。

 すぐ側に置いてあるONUと無線LANルータの電源ランプが点いて起動し始める。

 右下に置いてあるデスクトップパソコンの電源ボタンを押した。

 ファンの音が聞こえてパソコンが起動し、30秒ほど待つとモニタにデスクトップが表示される。


 電子メールクライアントを起動すると、大量のメールが着信した。

 タイトルを読むのも面倒なくらいだ。


 次にインターネットのウェブブラウザやSNSを起動する。


 僕は、久しぶりにインターネットに興じた――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ピリリリリリ、ピリリリリリ……


 内ポケットに入れてあるスマホに電話が着信した。


『水谷かな?』


 取り出して着信表示を見ると、思った通り水谷からだった。


「はい、もしもし」

「あっ、あたし。涼子よ」

「ああ、お昼はごちそうさま」

「ええ、これからそっちに向かうわね」

「うん、気をつけてね」

「それで、御夕飯なんだけど、何か作ろうと思うんだけど、何がいい?」

「ああ、別にいいよ」

「そんなわけにはいかないわよ。あたしも食べたいし」

「良かったら僕が魔法で作るけど?」

「え? そんなこともできるの?」

「うん、妹には大好評だったよ」

「へぇ、じゃあ、お願いしようかしら」

「任せといて」

「ええ、そのほうが時間の節約にもなるし」

「うん」

「じゃあ、30分くらいで着くと思うわ」

「分かった」


 僕は、携帯の通話を切った。

 スマホのデスクトップに表示されている時間を見ると5時を少し過ぎていた。

 部屋の中はすっかり暗くなっている。


 僕は、部屋の明かりを点けた――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ピンポーン


 水谷からの電話があってから、30分ちょっと経った頃にチャイムが鳴った。


「はーい」


 僕は、玄関の扉を開けた。

 外には水谷が一人で立っていた。


「ヒデちゃんは?」

「秀雄は来ないわよ」

「え? どうして?」

「秀雄のところは、朝が早いのよ。朝のニュースや朝刊をチェックしないといけないから」

「そうなんだ……」


 しかし、彼女一人というのは、いろいろマズいのではないだろうか。


「寒いから早く入れてよ」

「じゃあ、どうぞ」


 水谷を中に入れて玄関の鍵を掛けた。


「中も寒いじゃない。どうしてエアコンを入れてないのよ?」

「ああ、ごめん」


 僕は、それほど寒いと感じていなかったので、エアコンの電源を入れていなかった。


「そうだ」


『ロッジ』


「わっ!? 扉がっ!?」


 僕は『ロッジ』の扉を召喚して、扉を開けた。


「ここに入ってよ」

「なに? これも魔法なの?」

「うん」


 水谷が『ロッジ』の中に入った。


「伊藤君らしくないシンプルな部屋だと思ったら、ここに部屋の中の物を移動したのね」


 バレバレだった。


「掃除するときにね。適当な席に座って」


 水谷は、僕がいつも座る席の反対側に座った。

 僕は、『ロッジ』の扉を『アイテムストレージ』へ戻してから、水谷の反対側の席に座る。


『エスプレッソコーヒー』『エスプレッソコーヒー』


「わっ!? これも魔法?」

「うん。良かったらどうぞ」

「ええ、いただくわね」


 そう言って、水谷はコーヒーを飲んだ。


「美味しいわね」

「僕好みの味にしてあるから、ちょっと濃いかも」

「あたしもこれくらいのほうが好きよ」


 水谷とは、こういった嗜好がよく合うのだ。映画なんかもそうだった。甘ったるい恋愛映画などは、僕も水谷も苦手だった。怪獣映画やアクション映画なんかは、お互いに好きだった。他にもマニアックなB級映画とかも一緒によく観に行ったものだ。


「魔法で何でもお料理を作れるの?」

「多分ね」

「多分って、よく知らないの?」

「【料理】っていうスキルがあって、それで脳内で調理するイメージかな」

「ふぅん。じゃあ、自分で作ったことのあるお料理じゃないと作れないのかしら?」

「いや、作ったことはなくてもレシピとかでイメージできればいいよ」

「なるほどね。他にどんなものが作れるの?」

「実は、それほどレパートリーが無いんだよね。向こうではあまり食事をしなかったし」

「そうなの?」

「この体は食べなくても平気だからね」

「この体って?」


 そういえば、水谷には言ってなかった。


「実は、人間の体じゃないんだよ」

「え? そうなの?」

「うん。魔法が使えるのもそのせい」

「じゃあ、魔法は人間には使えないってこと?」

「そうだよ」

「えーっ! 魔法も教えて貰おうと思ってたのにぃ!」

「そもそも、普通の人間に念じただけで水を出したり、出来るわけがないじゃん」

「まぁね。超能力なんかも実際にあるとは思えないしね。じゃあ、伊藤君はどうやって魔法が使えるようになったの?」

「異世界には、普通の人間を魔法が使える人間に変えてしまう魔法があったんだよ。僕はそれで魔法が使える体になったわけ」

「その魔法を掛けて貰う条件は?」

「異世界の街には、『組合』という組織があって、そこで10万ゴールドを払って、その魔法の刻印を刻んで貰うと普通の人間の体からアバターのような体に切り替わるんだ」

「切り替わるの?」

「うん。この体は、見た目は人間に近いけど、よく見ると全然違うよ」

「そう言えば、肌が綺麗ね」

「ホクロもシミも産毛もないから。もっと言うと髭も陰毛も腋毛も無いよ」

「えっ? そうなの?」

「うん」


 水谷が身を乗り出して僕の顔をじっと見つめてきた。


「手を見せて」


 僕は、両手を水谷の方に差し出した。

 水谷は、僕の両手を取って上に向けたり、下に向けたり、興味深げに調べた。


「ホントね。よく見ると人間とは違う。一見、人間の手に見えるけど、産毛が全く見あたらない。剃っても永久脱毛してもこんな風にはならない」

「そうなんだよ。だから、健康診断も受けられない」

「え? どうして?」

「心臓が無いから心音も聞こえないし、血液が流れていないから採血も出来ないしね」

「アンドロイドみたいね」

「実際、機械に近いかも。ルーチンワークが全く苦にならないし」

「へぇー、便利そうね。他にどんな魔法が使えるの?」

「空を飛んだり、姿を隠したり、後は戦闘向けの魔法が多いかな」

「戦闘向けの魔法が多いってことは、異世界では戦いが多いの?」

「戦争じゃなくて、モンスターとの戦いが多いね」

「モンスターが居るんだ……ファンタジー世界みたいね」

「まさにRPGの世界だったよ」


 あの世界は、本格的なファンタジーというより、ゲームのファンタジーRPGのほうが近い印象だった。


「うわぁ……あたしも行ってみたーい……」

「でも、物凄い幸運に恵まれないと死ぬからなぁ……」

「水辺で浮き輪を装備して飛ばされたら大丈夫じゃない?」

「それが、吸い込まれた場所と転移した場所がかなりズレているんだよね」

「そうなの?」

「宮城県で吸い込まれたのに神奈川県の辺りに出たからね。帰りは、宮城県か山形県の辺りで吸い込まれたのに岩手県か青森県の辺りに出たし」

「二つの地球が重なり合っているとしたら、異世界の地球は少し北にズレているということかしら?」

「そうかもね。そもそも向こうは地軸がズレてる感じだったよ」

「どういうこと?」

「日本なのに四季が無かった」

「え? どういうこと?」

「年中、同じような気候だったんだよね。太陽は、南東の方角から昇って、南西の方角に沈んでた」

「じゃあ、ずっと南の方は物凄い灼熱地獄だったのかしら?」

「行ってないから分からない。でも、『闇夜に閉ざされた国』っていう太陽が年中出ない地域はあったよ」

「極夜みたいな?」

「もっと、真っ暗な感じ」

「どの辺りにあったの?」

「日本でも東北地方より北は、全部そんな感じだったよ」

「ポールシフトが起きたのかしら……」

「この地球とは、傾きが全然違ったかな。でも、そんなことあるのかねぇ……」

「隕石の衝突とかで起きる可能性はあるわよ。太陽系の天体でも金星や天王星、冥王星は地軸がかなり傾いているの」

「へぇ、詳しいね」

「あたしは、都市伝説とか好きだから」

「そうなんだ? 高校の頃はあまり言ってなかったよね?」

「あの頃は、そうでもなかったのよね」

「でも、確かに水谷はそういうの好きそうだなって思うよ」

「でしょ?」


 水谷は、僕を見てニヤリと笑った。


「そろそろ、夕飯にしようか?」

「そうね。何を食べさせてくれるの?」


 水谷は、そう言ってテーブルに肘をつき、組んだ両手の上にあごを乗せた――。


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