第9話 -再会8-


 第9話 -再会8-


―――――――――――――――――――――――――――――


 眠ったと思った瞬間に目が覚めた。

 この時間移動したような感覚には、いつまで経っても慣れない。

 まだ、外は暗かった。この季節は、7時前にならないと陽が昇らないみたいだ。


 早めに起きた方がいいだろうか。僕は、すぐにでも出られるのだが、優子は準備に時間がかかるだろう。


『リビングの暖房を入れておいてやろう』


 そう思って、僕は布団から出た。


『装備5換装』


 スーツに着替える。

 靴を脱いで部屋の隅に置いた。


 部屋の入り口の引き戸を開けて外に出た。

 廊下の明かりを点ける。

 妹の部屋から足音が聞こえてきた。


 ガラッ――


 妹の部屋の引き戸が開かれた。

 パジャマ姿の優子が部屋から出てきた。


「お兄ちゃん、おはよう」

「ああ、おはよう。もう起きるのか?」

「うん、あのね。あのお風呂使わせてもらっていい?」

「いいぞ。リビングで扉を出すか?」

「うん」


 僕たちは、階段を降りた。

 そしてリビングに入った。


 まず、最初に部屋の明かりとエアコンを点けた。


『ロッジ』


 そして、部屋の隅に『ロッジ』の扉を召喚した。


「じゃあ、入ってこいよ」

「昨日みたいに一緒に入らない?」

「いい歳した兄妹が一緒に風呂はないわ」

「昨日は、一緒に入ったじゃない」

「あれは、事故みたいなもんだろ。お前も怒ってたじゃないか」

「お兄ちゃんがあたしの裸を見るからでしょ!?」

「見たくて見たんじゃないし。お前が何か喋ってるから見ただけで……」

「ふーん、そういうこと言うんだ……」

「早くしないと時間なくなるぞ」

「まだ、大丈夫よ。さぁ、行きましょ」


 優子が『ロッジ』の扉を開けた。

 仕方なく妹に付き合うことにした。僕も優子に続いて中に入る。

 扉を閉めて、『アイテムストレージ』へ戻した。両親には、妹と風呂に入っているところを見られたくはない。別にやましい気持ちはないのだが……。


「優子、トイレに行ってこいよ。僕は、先に風呂に入ってるから」

「分かった」

「使い方は分かるか?」

「普通の洋式トイレとは違うの?」

「流す機能がないから」

「え!? それじゃどうするのよ?」

「個室の鍵の開閉時に綺麗になる魔法がかかるから、中をどんなに汚しても鍵を掛けたり開けたりすれば綺麗になるよ」

「そんなに汚さないわよ!?」

「じゃあ、僕は先に風呂に入ってるから」

「うん」


【フライ】


 僕は、『ハーレム』の扉を開けて中に入り、大浴場に移動した。

 大浴場の引き戸を開けて、中に入る。


『装備8換装』


 裸になって湯船まで移動する。

 湯船に降りて【フライ】をオフにした。

 湯船に腰を下ろす。


「ふぅーっ」


 風呂に入る予定はなかったのだが、風呂はいつ入っても気持ちが良い。

 目を閉じてお湯を楽しむ。

 5分くらい経った頃に大浴場の引き戸が開かれた。

 見ると裸の優子が入り口に立っていた。


「こっち見ないで!」

「何で裸なんだよ……」

「服が濡れちゃうと困るでしょ」


 どうやら、『ロッジ』で服を脱いできたようだ。

 僕は視線を戻して目を閉じた。


 ――ザバッ


 優子が湯船に降りた。昨日と違ってすぐ隣で降りたようだ。


「もういいわよ」


 目を開けると隣に優子が座っていた。


「気持ちいいわね」

「ああ、風呂はいつ入ってもいいものだ」

「お兄ちゃん、それは年寄り臭いよ」

「歳は取らないけどな」

「もう、ずるい! あたしが歳を取らない方法を考えてよ?」

「『女神の秘薬』を10年ごとに飲めば、見かけ上は不老長寿が実現すると思うがな」

「じゃあ、10年後に頂戴!」

「駄目!」

「何でよ!? ケチ!」

「10年後には、お前も結婚して子供が居るだろうし、お母さんが急に若返ったら変だろ?」

「結婚しなければいいのね?」

「そういう問題じゃないから」

「じゃあ、どういう問題なのよ?」

「いつまでも若い女が居たら大事になるだろ」

「お兄ちゃんだって、ずっと若いままなんでしょ?」

「僕は、歳を取ったら世間とは関わらないつもりだし」

「じゃあ、あたしも一緒に匿ってよ!」

「歳を取らなくても、そんな生活楽しいか?」

「う……。でも、あたしが行き遅れたら頼むわよ」

「お前、もしかして男嫌いなのか?」

「……そうかも。男の人は、あまり好きになれないのよね……」

「レズか……」

「ちっ、違うわよ!? もう! お兄ちゃんってば、信じられない! どうして、そういう方向に話を持っていくのよ!?」

「ハイハイ……」


 優子が爆発した。正直、煩い。


「あたしは、レズじゃないからね!?」

「でも、男が嫌いなんだろ? じゃあ、女が好きなんじゃないのか?」

「違うわよ! そういう対象として男の人は好きになれないってだけ」

「恋愛対象ってことか?」

「そうよ」

「じゃあ、ショタか?」

「なっ、ななななな何言ってるのよ!?」

「図星か……」

「ちっ、違うわよ!? 勝手に決めつけないで!」


 妹の特殊な性癖を知ってしまった……。


「警察沙汰にはなるなよ?」

「違うって、言ってるでしょ!?」

「じゃあ、十代半ばくらいの可愛い男の子は嫌いなのか?」

「そりゃ、男臭い男の人に比べたらいいけど、別に恋愛対象ってわけじゃないわよ?」

「性欲の対象なんだろ?」

「なっ!? もう! お兄ちゃんの馬鹿! 知らない!!」


 優子は真っ赤な顔をして向こうを向いた。


「可愛い男の子は用意できないけど、美女なら貸してやるぞ?」

「……フェリアさんでもいいの?」

「フェリアが気に入ったのか?」

「そっ、そうじゃないわよ。話が聞きたいなって思ったのよ」

「欲求不満になったら、東京のアパートを訪ねて来いよ」

「なっ、何よそれ!?」

「異世界では、みんな普通にレズ行為をしてたからな。特に刻印を刻んだ者たちの間では普通の行為らしい」

「そうなの?」

「正確には男女問わずという感じかな。刻印を刻むと子供ができないし」

「異世界は乱れてるわね」

「こっちの人間の感覚とは、やっぱりちょっと違ったよ」

「お兄ちゃんもそれに染まっちゃったんだ……」

「多少、流されてしまった感はあるかな」

「そう……。あたし先に上がるね」

「分かった」

「こっち見ないでよ?」

「ハイハイ」


 ――ザバッ


 優子が湯船から出て、入り口に向かったようだ。


『ハーレム』


 僕は、『ハーレム』の扉を一瞬だけ戻して自動清掃機能を発動させた。


「あっ」


 優子は、少し驚いた後、大浴場の入り口の引き戸を開けて廊下へ出て行った。


 ◇ ◇ ◇


 僕は、5分くらい待って、湯船から立ち上がる。


【フライ】


 洗い場に出る。


【エアプロテクション】『装備5換装』


 服を着て、入り口の引き戸を開けて、廊下に出た。

 そのまま、廊下を飛行して『ハーレム』の入り口の扉から『ロッジ』へ出る。


「あっ、お兄ちゃん」


『ロッジ』の中には、パジャマ姿の優子が待っていた。


『ロッジ』


 入り口の扉を召喚する。


「リビングに戻るぞ」

「うん」


 ――ガチャ


 扉を開けて、リビングに戻った。


「あら? 二人とも何してたの?」

「優子が寒いと言うから、部屋が暖まるまで向こうに居てた」

「その扉の中は暖かいの?」

「うん。常に適温だよ」

「へぇ、いいわね」


 優子が出たのを確認して扉を『アイテムストレージ』へ戻す。


「お母さん、おはよ」

「おはよう。雄一も」

「おはよう」

「ねぇ、お兄ちゃん。朝は昨日のお昼に食べたサンドイッチがいい」

「分かった。僕と優子はサンドイッチにするよ」


 僕は母に朝食は要らないと言った。


「分かったわ」


『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』


 僕と優子の席に『サンドイッチセット』を出した。


「わあっ」


 コーヒーの香りがリビングに漂う。


「いただきまーすっ」


 優子が『サンドイッチセット』を食べ始めた。

 僕は、コーヒーを一口啜った。

 濃いコーヒーのほろ苦い味が口の中に広がる。


 そして、サンドイッチを食べ始めた――。


 ◇ ◇ ◇


 朝食の後、部屋に戻って充電してあったスマホを上着の内ポケットに仕舞い、出張用に使っていたバッグに充電器を入れた。

 そして、バッグを持って一階に降り、優子の支度が終わるのを待ってから玄関で装備を換装し直して靴を履いた。


「じゃあ、行ってくる」

「雄一、これを」


 玄関で出発の挨拶をしたら、母が封筒を手渡してきた。

 中を見るとお金が入っていた。


「どうして?」

「持って行きなさい」

「分かった。ありがとう」


 僕は、有り難く受け取った。そして、バッグの中に仕舞う。


「雄一、正月には帰って来いよ」

「うん」

「お兄ちゃん、早く」

「ああ。いってきます!」


 僕は玄関を出た。


 ◇ ◇ ◇


 優子の運転する小さな電気自動車EVの助手席で駅までの道のりを過ごす。


「東京かぁ……いいなぁ……」


 優子は東京に憧れがあるようだ。気持ちは分からなくもない。僕も就職するまではそういう気持ちを抱いていたわけだし。


「実際には、そんなにいいところでもないけどな」

「お兄ちゃん、東京に住んでそんなに経ってないのに東京人のつもりなの?」

「いや、そういうわけじゃないけど。正直、あまり東京に詳しくもないし」

「でしょ? 出張ばっかりだし、東京を語る資格はないわね」


 優子は、上から目線でそう言った。


『お前は何様だよ……』


「東京に行って何をしたいんだよ?」

「いろいろあるわよ。まず、美味しいスイーツの店を巡りたいわね」

「太るぞ……」

「ちょっとくらい大丈夫よ」

「それから?」

「ショッピング。いろんなものを買いたいわ」

「お金が勿体ない……」

「もう、お兄ちゃんってば、ケチくさい男は嫌われるわよ」

「別に好かれなくてもいいし」

「ちょっと、異世界でモテたからって調子に乗りすぎよ」

「いや、別にモテたわけじゃないから……」

「何言ってるのよ。何百人も女の人を侍らせてたんでしょ?」

「それは、成り行きで……」


 そんな話をしている間に駅に着いた。


「涼子さんによろしくね」

「ああ」

「今度、東京に遊びに行くって言っておいて」

「分かった。サンキューな」


 僕は、優子の車から降りた。


 ◇ ◇ ◇


 それから僕は、各駅停車の電車で東京まで移動した。

 電車に乗っていた時間は、正味1時間40分くらいだった。

 窓の外の景色にも飽きた頃、電車内で1時間ほど睡眠を取った。

 こういう時には、この睡眠は便利だった。

 一瞬で時間が進むからだ。


 東京に着いた僕は、地下鉄に乗り換えて会社に向かった――。


 会社では、上司や同僚たちに驚かれた。

 僕は、課長に辞表と借りていた携帯電話を渡して、無断欠勤したことを謝った。

 失踪理由を聞かれたが、話せるわけがないので話さなかった。その後、形だけ引き留められたが、断ると明らかにホッとした表情をされた。

 同僚たちからも質問されたり、昼食に誘われたが、先約があると断って会社を出た。


 そして、また地下鉄で東京駅の近くまで戻り、そこから歩いて待ち合わせの喫茶店へ移動する。

 喫茶店は、どちらかと言えば有楽町駅に近い場所だったが、電車に乗って移動するほどの距離ではない。


 目的地の喫茶店の入ったビルを見つけた。

 内ポケットからスマホを取りだして電源を入れて起動する。

 時刻は、【11:48】だった。

 待ち合わせの時刻は、12時10分だったので20分以上も早い。


 都心の喫茶店の席を無駄に占有するのは心苦しいので、僕は付近を一回りして時間を潰すことにした――。


 ◇ ◇ ◇


「いらっしゃいませー」

「伊藤と言います。こちらで水谷さんと待ち合わせをしているのですが?」

「はい、伺っております。お席にご案内いたします」


 僕は、店員に案内されて席へ移動した。

 水谷は、まだ来ていなかった。12時を1~2分過ぎたところなので、当然と言えば当然だろう。

 おそらく、水谷は昼休みを利用してここに来るのだろう。この辺りのオフィスに勤めているのかもしれない。

 もしかしたら、丸の内OLという奴だろうか?


 ――水谷らしいような、そうでもないような……?


 僕は、お冷やを飲みながら水谷を待った。

 12時10分になったが水谷は現れなかった。


 それから、2~3分が経過した頃、店員に案内されて水谷と背の高い男性がやってきた。

 二人はスーツ姿だ。水谷はグレーのタイトスカートのスーツで、背の高い男性は黒っぽい色のスーツだった。


「お待たせ。お久しぶりね」


 水谷は、凄く大人っぽくなっていた。ショートカットで活発そうな雰囲気は、高校の頃と同じだ。

 僕は、立ち上がった。


「久しぶり、こちらは?」


 優子が言っていた彼氏だろうか?


「オレのこと憶えてない? ユウちゃん」


 その呼び名は、僕が小学生の頃のものだ。


「もしかして、ヒデちゃん?」

「正解!」


 水谷と一緒に来た背の高い男性は、小学校を卒業する頃まで近所に住んでいた武田秀雄だった。

 家が近所だったので、毎日のように遊んだ記憶がある。


「え? どうしたの?」

「実は、涼子とは同じ職場で、最近付き合い始めたんだ」

「そうだったんだ」


 ◇ ◇ ◇


 僕たちは、とりあえず昼食を注文することにした。

 僕は、オムライスを注文した。秀雄は、ボロネーゼというパスタを、水谷は、エビピラフを注文していた。

 注文を取った店員が去ると水谷は早速質問してきた。


「で? 伊藤君は、何処に行ってたの?」

「う……言っても信じてもらえないから黙秘で……」

「なにっ? 何か凄いところに行ってたの?」


 凄い食いつきだった。異世界の話とかしたら、何時間も話をさせられそうだ。


「いや、まぁその自分探しの旅に出てただけだから……」

「嘘ね。伊藤君がそんなタイプじゃないのは分かってるんだから。ねぇ、信じるから白状しなさいよ」

「実は、異世界に行ってたんだ……」

「「…………」」


 僕たちの間に沈黙が流れた。


「……証拠は?」

「じゃあ、そのコップを見ていて」


【ウォーター】


 僕は、自分のコップに水を注いだ。


「凄い」

「ユウちゃん、それって魔法?」

「まぁ、簡単な魔法だね」

「今のは手品じゃないわよね」

「ああ、種も仕掛けもなさそうだ」


 コップを手に取って、水を飲み干す。

 そして、コップをテーブルに置いた。


【ウォーター】


 もう一度、コップに水を注いだ。


「海外旅行に行ったときに便利そうな魔法ね」


 日本に比べ海外では水が貴重なようだ。

 国によっては、好きなだけ水を出せる【ウォーター】の魔術は確かに便利かもしれない。


「それで、どういうことか詳しく説明してよ」

「涼子、その聞き方はないだろ」


 秀雄が水谷をたしなめた。


「そんなことはどうでもいいの! さぁ、伊藤君、洗いざらい話すのよ」

「あの日、出張先のホテルから外へ出て夜の散歩をしたんだ。そしたら、田んぼの中に突然光の穴が空いて、そこに凄い勢いで吸い込まれた」

「ほらっ! 田んぼのミステリーサークルも謎の光も本当だったのよ!」


 水谷が勝ち誇ったように言った。


「それで、どうしたの?」


 秀雄が続きを促した。


「吸い込まれた先には、青空が広がっていて、僕は地面に激突して死にかけた」

「誰かに助けて貰ったの?」

「うん。偶然通りかかった女性に助けられた」

「魔法で?」

「ポーションだけどね」

「ねぇ、伊藤君。怪我の具合は、どれくらいだったの?」


 水谷が心配そうに聞いてきた。


「たぶん、こっちの世界じゃ助からなかったかも。吐血したし、体も動かせなかったから。助かったとしても半身不随だったと思う」

「そんなに?」

「背中から地面に叩きつけられたからね。でも、僕は運が良かったよ。固い地面だったら、即死だったと思うし」


 そのとき、店員が僕たちの昼食を運んできた。


 僕の前にオムライスが置かれた。

 デミグラスソースの掛かったタイプだ。個人的にはケチャップのほうが好きなのだが、それは家でも作れるから、外食のときはこのタイプのほうがいいかもしれない。

 秀雄が注文したボロネーゼというパスタは、俗に言うミートソーススパゲッティのようだ。

 そして、水谷の前にエビピラフの皿とナプキンに包まれたスプーンが置かれる。

 料理を運んできた店員は伝票を置き、型どおりの挨拶をして戻っていった。


「それで、どうしたの?」


 店員が去った後、水谷が話を続きを促した。


「涼子、先に食事にしないか?」

「時間が勿体ないじゃない、食べながら話して」


 水谷は、食事よりも異世界の話に興味津々のようだ。


「そういえば、二人は何処に勤めてるの?」

「オレたちは、内調だよ。だから内閣府の勤務だね」

「内調って情報機関の?」

「うん。だから、異世界の話には仕事としても興味があるよ……」

「ちょっと! 今はそんな話、どうでもいいでしょ!?」

「まぁ、とりあえずは食べよう。いただきます」


 僕はそう言ってスプーンを取った。


「いただきます」

「いただきます」


 二人も食べ始めた。


 僕も一口オムライスを食べる。オムライスなら無難な味だろうと思って注文したのだが、喫茶店の料理ということでナメていたかもしれない。かなり美味しかった。


「さぁ、続きを話してよ」

「んー、まぁ……それで、その人の世話になって過ごしたんだよ」

「ふーん、恋人だったの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「伊藤君らしいわね」

「どういう意味さ?」

「そうやって、女性に世話をされるところがよ」

「僕って、そんなキャラ?」

「小学生の頃からそうだったよ」


 秀雄にもそう突っ込まれた。

 そうだっただろうか? 子供の頃の記憶なので曖昧だ。


「そうそう、女の子に世話を焼かれるキャラよ」


 水谷のような世話焼きからすればそんな風に見えるのかもしれない。


「ちょっとショックかも……?」

「それより、どうやって帰ってきたの?」

「それは、吸い込まれたときと同じような穴を見つけたから飛び込んだんだよ」

「時折、その二つの世界を繋ぐ穴が空くってことかしら?」

「僕は、ゲートって呼んでる」

「向こうの世界は、こっちとはどう違ったの?」

「魔法はあったけど、概ね中世という感じだったよ」

「地球以外の惑星だった?」

「いや、あそこは地球だった」

「どうしてそう思うの?」

「地図を作ったんだ。そしたら日本列島だった」

「地図って、そんなものをどうやって?」

「地図を作る魔法でね。最初は、富士山を見つけて、富士山によく似た山なのかどうか分からなかったんだ」

「それで地図を作ってみたの?」

「まぁ、そうやっていろいろな事実を集めて行ったら、間違いなく日本列島だったというわけ」

「言葉は?」

「日本語が通じたよ」

「どうして?」

「それは、よく分からない」

「タイムトラベルじゃないのよね?」

「時間を跳躍するのは無理だと思うよ」

「どうして?」

「仮に一秒先や一秒前の世界に転移したとしたら、そこは宇宙空間だし」


 秀雄が話に割り込む。


「地球は常に動いているから、ユウちゃんの言う通りだと思うよ」

「じゃあ、その世界は何だと思うの?」

「僕は、裏の世界じゃないかと思う」

「どういうこと?」

「オレも興味あるな」

「この宇宙に表裏一体の宇宙が重なるように存在しているとしたらどうだろう?」

「証拠は?」

「超ひも理論の超対称性やダークマターも量子レベルで裏の世界と干渉していると仮定すれば説明できるんじゃないかな?」

「この宇宙のエネルギーが裏の宇宙に流れ込んだり、その逆もあるってこと?」

「もしかすると、ブラックホールとホワイトホールとかもね」

「でも、ホワイトホールがあるのならとっくに観測されているはずだよね?」

「クエーサーがホワイトホールだという説もあったみたいだけど、ブラックホール内に存在するという説が有力みたいよ」

「うん。だから、ブラックホール内で二つの宇宙が繋がっているんじゃないかな」

「そうだとしても、確かめる術はないわね」

「ただ、僕が二つの世界を行き来したというのは事実だから」

「それで、ユウちゃん。その世界に危険はないの?」

「吸い込まれたら、まず死ぬよ。実際、マレビトと呼ばれるこの世界の人間たちが向こうで死体で発見されることが稀にあるらしい」

「伊藤君のようなケースは奇跡的ってわけね」

「うん。でも、助かったのは僕だけってわけじゃなくて、江戸時代くらいにも複数の人が向こうに吸い込まれたらしい」

「記録が残ってるの?」

「うん。『エドの街』っていう街があったし」

「じゃあ、その人たちが日本語を広めたのかしら?」

「その可能性もあるけど、それだと説明できないこともあったんだよね」

「どんな?」

「江戸時代の人が知らないような単語も使われてたから」

「伊藤君のような、もっと新しい時代に転移した人が居たんじゃないかしら?」

「それなら、何か噂くらい聞いても良さそうだったんだけどな……」

「三ヶ月ちょっとじゃ、そこまで情報収集できないでしょ?」

「まぁね」

「涼子、もうあまり時間がないぞ」

「あっ、そうね。急いで食べちゃいましょ」


 僕たちは、急いで料理を平らげた。


「伊藤君は、実家に帰るの?」

「いや、東京のアパートに戻るよ。実家には正月に帰るけど」

「何処に住んでるの?」

「葛飾区のほうだけど?」

「じゃあ、あたしの携帯に住所をメールしておいて……今のアドレスは分かる?」

「分かるよ。優子に転送してもらったメールに書いてたから」

「そう……。じゃあ、今日の帰りに寄るわね」

「月曜から大丈夫なの? 次の休みに二人でゆっくりと来れば?」

「そんなに待てないわ」


 そもそも、あと数日で正月休みだろうに。

 僕たちは、レジに向かった。


「あっ、伊藤君の分はあたしが払うわ」

「そんな、悪いよ」

「いいえ、あたしが呼び出したのだから当然でしょ」


 これは、情報提供料も含まれているということだろう。


「分かった。ごちそうさま」

「はい、素直でよろしい」

「じゃあ、ユウちゃん。またね」

「うん。またね」

「じゃあ、伊藤君、6時くらいには行けると思うわ」

「分かった」


 僕は、二人と別れてアパートに向かった――。


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