第7話 -再会6-


 第7話 -再会6-


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 食事を終えて部屋に戻った僕は、部屋の明かりを点けてベッドに腰を掛けた。

 上着の内ポケットからスマートフォンを取り出す。

 電源ボタンを長押しして電源を入れて起動するとメールが着信した。

 優子が転送した水谷からのメールだろう。


 メールクライアントを起動してメールを開くと、メールには丸の内にある喫茶店が指定されていた。

 予約しておくので、店員に名前を言えば席に案内してくれるといった内容が書かれている。


「丸の内の喫茶店か……」


 僕には少し敷居が高い場所だった。

 就職してからは、東京で生活していたが、週に数日は出張で東北方面へ行っていたし、休日に出かけるとしても秋葉原にゲームソフトや本を買いに行く程度だった。

 そのため、都心についてあまり詳しくなく、丸の内のようなオフィス街ともあまり縁がなかった。東京駅の周辺をブラついたことくらいはあったが。


 僕は、地図アプリを起動して喫茶店の場所を確認した。

 丸の内といっても、東京駅より有楽町駅に近い場所だった。

 ビル内の店舗なので近くに行けばすぐ分かるだろう。


 僕はスマホの電源を切った。

 電話などが掛かってくることを嫌ったのだ。

 正直、僕の失踪について好奇心から詮索されるのは嫌だった。

 おそらく、水谷も好奇心からいろいろ聞きたいのだろう。彼女には、そういうところがあった。

 映画好きだったのも好奇心を満たすための行為だったのかもしれない。


 スマホを机の上に置いて、上着をハンガーに掛けてクローゼットに仕舞う。

 タイピンを外してネクタイを解いた。そして椅子に掛ける。

 次にベルトを外してスラックス脱いだ。ネクタイと一緒に椅子に掛けておく。

 靴下を脱いで、椅子の上に置いた。

 これで、僕の身に着けている装備は『綿シャツ』と『魔布のトランクス+10』、『回復の指輪+10』だけとなった。


『ハーレム』に移動して使い魔たちと一緒に入浴でもしようかと思ったが、家族が居る家でそんな気分にはなれないので、就寝するには早い時間だが寝てしまうことにした。

 そして、僕は布団に入る。

 枕元に置いてあった照明のリモコンで部屋の明かりを消した。


 ――これからどうしよう?


 目を閉じて今後の予定を考えておくことにした。


 まず、明日は、辞表を書いて東京のアパートに戻る準備をする。準備といっても出張用に使っていたバッグに荷物を詰める程度だ。

 明後日の月曜日は、東京へ行って会社に辞表を提出する。

 そして、昼に水谷と待ち合わせている喫茶店に行く。

 昼食を食べたあと、アパートに帰って、今後のことを決める。


 今後のことというのは、この現実世界で何をして生活の糧を得るのかを考えるということだ。

 何処かの会社の正社員になるというのは無理だろう。

 会社員には、健康診断が義務づけられているので、人間じゃないことがバレてしまう。

 となると、フリーターや日雇いの仕事をするしかない。

 それでも長時間、他人と接していると人間じゃないことがバレてしまうかもしれない。

 誰とも接しない仕事というのがベストだろう。


 僕は食費がかからないし、光熱費も最低限でいいので、主な出費は家賃と通信費だろう。

 僕が住むワンルームの家賃は、月6万円弱だった。通信費は、携帯電話とテラビット光ファイバーの回線で1万円弱というところだろう。電気料金は、月3千円程度で済むと思われる。食費はゼロだ。

 他にも会社を辞めることで、年金や健康保険、住民税などを個別に払わないといけなくなるだろうが、多少余裕を見て月に10万円くらい稼げれば生活していけると思う。

 仮に時給1000円でフリーターをするなら月に100時間ほど働けばいい計算だ。

 しかし、他人と接しない仕事で月に10万円を稼ぐのは、なかなか難しいかもしれない。

 また、動画配信者なども危険だろう。魔法や異世界の美女をネタにすることで話題になることはできるだろうが、有名になることは避けるべきだからだ。


 それについては、東京で考えればいいと考え、僕は寝ることにした。


『8時間睡眠』


 僕は眠りに就いた――。


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 眠ったと思った瞬間に目が覚めた。

 まるで、時間移動したかのようだ。


 部屋の時計を見ると朝の6時前だった。

 まだ、外は暗く、起きるには少し早い時間だ。

 僕は、家族を起こさないようにそっとベッドを出た。

 部屋の壁際に設置してあった『密談部屋3』の扉を帰還させた。


『ロッジ』


 同じ場所に『ロッジ』の扉を召喚する。

 そして、中に入った。


【フライ】


 そのまま突き当たりに設置してある『ハーレム』の扉を開き、長い廊下の途中にある大浴場へ通じる引き戸まで移動する。

 引き戸を開いて中に入る。


『装備8換装』


 裸になり、湯船の上まで飛んで湯船に着地した。

【フライ】をオフにして湯船に腰を下ろす。


「ふぅーっ」


 僕は、湯船の中で目を閉じて息を吐いた。

 一人で入浴するのは久しぶりだ。その久しぶりの開放感を味わう。


『でも、少し物足りないかも……』


 使い魔たちに囲まれて入浴するのが普通になっていたので、一人寂しく入浴するのは物足りなく感じるのだろう。

 無い物ねだりというやつだ。


 そんなことを考えながら、ゆっくりとお湯を楽しむ。

 それから、30分くらいが過ぎた頃だろうか。


「お兄ちゃん……」


 廊下から優子に呼ばれる声がした。


 ――まさか!?


 そういえば、『ロッジ』の扉を帰還させていなかった。


 僕が大浴場の入り口を見ると入り口の引き戸がスーッと開かれた。


「お兄ちゃん!?」

「勝手に入ってくるなよ」

「ここ何処?」

「僕が作った建物」

「何でこんなの大きなお風呂があるのよ!?」

「それは、みんなで入れるようにだな……」

「ふーん、何百人もの女の人と一緒に入ってたんだ?」


 妹の優子がジト目で僕を見る。


「まぁな。それより、もうちょっとで上がるから先に戻ってくれ」

「あたしも入るわ」

「な、何言ってるんだよ」

「別にいいでしょ。こっち見ないでよね」


 そう言って、優子は少し離れた洗い場に移動して服を脱ぎ始めた。


 僕は『ハーレム』の扉を一瞬帰還させて自動清掃機能を発動させる。

 そして、優子に聞こえるように少し大きな声で話し掛ける。


「掛け湯はしなくてもいいぞ!」

「どうしてー?」

「自動的に綺麗にする機能を発動したから」

「分かった」


 裸の優子が湯船に入って腰を下ろした。


「ふぅー、ちょっと温いけど、気持ちいいわね」


 優子は江戸っ子のように熱い風呂のほうが好きらしい。

 個人的には、この温度で丁度良いのだが。


「あーっ!」


 優子が声を上げた。


「なんだ!?」

「タオルがないけど、どうしよう? お兄ちゃん取ってきてくれる?」


 風呂に入ることばかり考えて、出たときのことを考えていなかったようだ。


「お前が上がったら、さっき言ってた自動的に綺麗になる機能を発動するから大丈夫だよ」

「どうして?」

「体に付いた水滴も消え去るから」

「ホント、魔法って便利よね」


 ――ザバーッ、ザバーッ……


 優子が湯船を泳いで僕の近くまで来た。


「見えちゃうぞ」

「そう思うなら、向こうを向いていてよ」

「何で近づいて来るんだよ」

「大きな声を出さないといけないからでしょ」


 僕は洗い場の端に背もたれて湯船の方向を向いて座っている。

 優子は、僕の右側の湯船の中で僕の方を向いて横座りをしていた。

 乳房はお湯の中に隠れていたが、胸の谷間はお湯から出ている。

 それに綺麗なお湯なのでお湯の中に隠れた部分もぼんやりと見える。

 しかし、全くエロスは感じなかった。やはり妹だからだろう。


「それで? 何しに来たんだ?」


 僕は目を閉じて優子に質問をした。


「何って、声が聞こえにくいからって言ってるでしょ」

「そうじゃなくて、こんな朝早くから僕の部屋に来たことだよ」

「用が無いと来ちゃ駄目なの?」

「別にいいけど、寝てるとは思わなかったのか?」

「昨日、寝るのが早かったじゃない。あたしも朝早くから起きちゃって。お兄ちゃんも起きてるんじゃないかなって」

「寝ようと思えばいくらでも寝られるんだけどな」

「そうなの?」

「この体は、睡眠自体が必要ないんだけど、最大24時間まで寝ることができる。本人は一瞬で時間が過ぎる感じなんだけど」

「ふーん」

「微睡みを楽しむようなことはできないな」

「寝ぼけないなら、そっちのほうがいいじゃない」

「まぁ、メリットがあればデメリットもあるってことだ。子供が作れないというのもそうだけど」

「それって、その……できなくなるの……?」


 優子がゴニョゴニョと質問した。


「セックスはできるぞ」

「――――っ!? もう! 恥ずかしいこと言わないでよ!?」

「お前が聞いてきたんじゃないか」

「でも、どうして子供ができないの?」

「たぶん、精液が普通の人間とは違う成分なんだろ」

「もう! また!?」

「お前が聞いたんだろ。嫌なら質問するなよ」

「女の人も?」

「生理も無いみたいだし、卵子を作ることができないんじゃないかな」

「それは、羨ましいかも……」

「どうして?」

「男の人には生理の辛さが分からないのよ」


 確かに月に数日でも、そんな状態になるのは気が滅入りそうだ。


「ねぇ、お兄ちゃん? 明日何時頃に家を出るの?」


 優子が話題を変えた。


「11時には会社に着きたいから、余裕を見て8時過ぎくらいかな」


 最寄り駅から東京駅までは、2時間弱といったところだ。

 そこから地下鉄に乗り換えて10分ほどで会社の近くの駅に着く。

 最寄り駅までは、車で20分くらいなので、家から会社までは2時間30分見ておけばいいだろう。


「じゃあ、あたしが駅まで送ってあげようか?」

「大丈夫なのか?」

「仕事は9時始まりだし、8時くらいに家を出れば、お兄ちゃんを駅まで送っても間に合うわよ」

「じゃあ、頼もうかな」


 最寄り駅までの移動は、姿を消して飛行したほうが早いのだが、ここは妹の好意に甘えることにしよう。


「分かった。あのね。この指輪って何で出来てるの?」


 目を開けて優子の方を見ると優子が左手をお湯の上でかざしていた。

 中指に指輪が嵌められている。


「たぶん、プラチナだと思うけど」

「たぶんって、知らないの?」

「魔法で作ったアイテムの指輪だからな」

「魔法って何でも作れるの?」

「何でもは無理だけど、見た目だけでいいなら何でも作れるかもな」


 ――【工房】で何かを作ってネットで販売するというのはどうだろう?


「じゃあ、今度はネックレスを作ってよ」

「まぁ、いいけど。何か見本があったほうが作りやすいかも」

「宝石も作れる?」

「本物かどうかは分からないけど、見た目だけ宝石に見えるものなら作れるだろうな」

「本物は作れないの?」

「分からない。魔法で作ったものを鑑定してもらったことなんてないし」


 宝石を作って売ったらどうだろう?

 鑑定してもらうのもいいかもしれない。

 いや、足が付く危険があるか。何処で作ったか定かではない宝飾品が出回るのはマズいだろう。


「鑑定してみたら本物だったってこともあるのね?」

「そうだけど、鑑定するつもりはないぞ」

「どうして?」

「何処で作られたものだとか、何処で買ったのかとか詮索されたらマズいだろ」

「そんなの無視すればいいじゃん」

「いや、盗品と間違われたりするのもマズいし、いくらでも宝石を作れる人間が居ることが分かったら大事おおごとになるだろ」

「お兄ちゃん、気にし過ぎ」


 優子は、一笑に付してから言葉を続ける。


「もし、お兄ちゃんが異世界から帰還したってテレビに出ても、殆どの人が信じないと思うわよ」

「UFO番組と同じ扱いというわけか」

「そうそう、だから気にすることないって」

「でも、注目されるのは嫌だし、嘘つき呼ばわりされるのも嫌だしな」

「嘘つき呼ばわりされるのは嫌よね……」


 優子が下を向く。


「そろそろ上がらないか?」


 僕は何時間でも入っていられるが、普通の人間の優子は長湯するとのぼせてしまうかもしれない。


「そうね。あたしが先に上がるから、お兄ちゃんは向こう向いてて」

「ハイハイ」


 そう言って僕は、横を向いた。


 ――ザバッ


 優子が湯船から出て洗い場に上がったようだ。

 僕は、『ハーレム』の扉を一瞬戻して自動清掃機能を発動させた。


「わっ……ホントに水滴が消えた」


 優子が驚いているようだ。


「魔法って本当に便利よね……」


 優子の方を見るとパンツを穿いているところだった。


「ちょっと!? こっち見ないでよ!?」


 怒られたので、視線を戻した。


「もう、スケベなんだから! これだから男は嫌なのよね!」


 優子は男嫌いなのだろうか?

 だとしたら、うちは子孫を残せないかもしれない。

 父は、男3人兄弟の三男で父方の祖父母は既に亡くなっているのだが、伯父たちには、それぞれ孫が居る。そのため、伊藤家が絶滅の危機というわけではない。


【フライ】【エアプロテクション】『装備2換装』


 優子が出て行くのを待たずに着替えてしまおうと、湯船の中で【エアプロテクション】を発動して装備を換装した。

 そして、【フライ】で湯船の上に浮かび上がってから【エアプロテクション】を解除する。


「お兄ちゃん! その格好は何よ!?」


 優子が僕の格好を見て言った。

 優子は、既に服を着ていた。といっても水色のパジャマの上にグレーのカーディガンを羽織っただけの姿だが。


「魔法使い風の装備だよ」

「どうやって着替えたのよ? そっち見てたけど白く光ったと思ったら着替えてたよね?」

「魔法で設定した装備に一瞬で着替えることができるんだ」

「なにそれー、便利過ぎー!?」

「でも、普通の服は無理だぞ。装備として作ったものじゃないとな」


 僕は、そう言って大浴場の入り口へ向かった。

 引き戸を開いて廊下へ出る。優子も僕の後に続いた。

 廊下を移動して突き当たりの扉を開けて『ロッジ』に戻った。

 優子が出たのを確認してから扉を閉める。


「コーヒーでも飲むか?」

「うん」


 僕は、近くのテーブルの上にコーヒーとケーキを出す。


『エスプレッソコーヒー』『エスプレッソコーヒー』『いちごのショートケーキ』『いちごのショートケーキ』


「わぁっ」


 嬉しそうな声を上げて優子が席に座った。


「食べていい?」

「どうぞ」

「いただきまーす!」


 僕も反対側の席に着いてコーヒーを啜った。


「朝からケーキなんて太っちゃいそう」

「寝る前に食うよりはマシだろ」

「それはそうだけどね。でも、太っちゃったら責任取ってよ」

「何でだよ……」

「魔法で痩せることはできないの?」

「それなら、昨日、母さんにあげたポーションには少し痩せる効果もあるな」

「そうなの? でも高いんでしょ?」

「まぁ、お前や父さんが病気になったりしたら、高くても買うよ」

「どんな病気も治るんでしょ? 売ったら凄い儲かるんじゃ?」

「元々高いものだからなぁ……異世界では1000万円くらいの価値があるって言っただろ。それにそんな胡散臭い話を誰が信じるんだよ」

「そうね……誰にも言わないほうがいいのよね……」


 それっきり、優子は静かになった。

 僕は、コーヒーを飲みながらケーキを食べた。


「じゃあ、そろそろ出ようか」

「うん」


 食器を片付ける。


 そして、僕は妹の優子と一緒に『ロッジ』から出た――。


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