第6話 -再会5-
第6話 -再会5-
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それから暫くして、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。
「あっ、お父さんよ」
台所の母がそう言ったと同時に玄関から声が聞こえた。
「ただいま」
父は、家に上がった後、1階にある書斎へ向かったようだ。
荷物を置いて、着替えるためだろう。
5分ほど経った後、廊下を歩く音が近づいてきてリビングの扉が開かれた。
「お帰りなさい」
台所から母が父に挨拶をする。
「おかえり」
僕も挨拶した。
「ゆっ、雄一!?」
「父さん、ごめん。心配かけて」
「無事だったんだな。良かった……」
「お父さん、雄一はね。異世界に行ってたらしいのよ」
「母さん、あまりペラペラ話さないでよ?
僕は母に釘をさした。
「お父さんにはいいでしょ?」
「まぁ……。でも、他の人には言わないでよ」
「分かってるわ」
父が僕の背後に立つフェリアを見る。
「それで、こちらの方は?」
「フェリアと言って、僕の命の恩人だよ」
「初めまして、フェリアと申します」
「これはどうも、雄一の父です」
「
「ど、奴隷って……?」
「まぁ、気にしないで……」
父の隆雄は、僕よりも少し背が高い。確か172センチメートルだったと思う。母の優美は、162センチメートルと言っていたのを前に聞いたことがある。
妹の優子は、166センチメートルと僕よりほんの少しだけ低い。中三の終わり頃は、160センチメートルくらいだったのに高一の一年で5センチも伸びたのだ。同じ高校で僕が三年生の時に一年生だったので、僕が卒業する前は妹に身長が抜かれないかが僕の密かな悩みだった。同じ学校だと廊下で会うことがあるので、妹よりも背が低かったら格好悪いと思ったのだ。
――ダッダッダッダッダッ……
優子が階段を駆け下りて来た。
廊下を走ってリビングに飛び込んで来る。
「こら、優子! 家の中で走ったら危ないだろ」
父が優子に注意した。
「あ、お父さん、お帰り」
優子は意に介していないようだ。
「お兄ちゃん、涼子さんからメールが来たんだけど、近々会いたいそうよ」
「なんで?」
「そりゃ、お兄ちゃんが行方不明だったからに決まってるでしょ。何時がいい?」
「月曜に会社に辞表を出しに行こうと思ってるけど……」
「じゃあ、そう返信しておくね」
「ああ……」
少しほろ苦い水谷との思い出が僕の中で再生された。
――何の用だろう?
5年以上会ってもいない異性のクラスメイトが失踪したからといって会いたいものだろうか?
「雄一。お母さんは、これから唐揚げを揚げて持って行くから、先に料理を出しておいて」
台所から母が僕に言った。
「分かった」
「どういうこと?」
「今日の料理は僕が作るよ。魔法でね」
「え? そんな便利な魔法があるの?」
「まぁな」
『コーンクリームスープ』『コーンクリームスープ』『コーンクリームスープ』『コーンクリームスープ』
テーブルにスープを出した。
「うわっ」
「おお、凄いな」
父も驚いている。
「スープでも飲みながら、唐揚げができるのを待っていよう。フェリアも食べて」
「いえ、私は結構ですが……」
「でも、母さんの分としたら冷めちゃうし、ここに座って」
そう言って僕は立ち上がる。
「分かりました」
僕は、父の隣の席に移動した。いつもなら母が座る場所だ。
「いただきまーすっ!」
優子が食べ始める。
「父さんも食べて」
「ああ、じゃあいただくよ」
そう言って食べ始めた。
「いただきます」
僕もスープを一口飲んだ。
――チャッチャラッチャラ♪
「あ、涼子さんからかも」
優子が携帯電話を取り出してメールをチェックする。
優子は、スマホではなくガラケー派だった。というよりも学生時代に親に買って貰った機種をずっと使っている。単に機種変するのが面倒くさいのだろう。
電話とメールとSNSくらいはガラケーでもできるので、特に問題はないはずだ。
僕のように最新ゲームをしない人は、ガラケーで十分だと思う。
「一緒に昼食を食べようって。喫茶店も指定してあるわよ」
「分かった。そのメールを僕のスマホに転送しておいて」
「いいわよ」
台所からは、唐揚げを揚げる音が聞こえてくる。
僕は、改めてスープをゆっくりと飲み始めた――。
◇ ◇ ◇
スープを飲み終わった後、食器を片付けた。
「おまたせーっ」
そう言って、母が唐揚げの載った大皿を持ってきた。
テーブルの真ん中に置く。
レタスやキャベツ、ニンジンを刻んだ野菜の上に唐揚げが載っている。
レモンと小皿に入ったタルタルソースも大皿の真ん中に載っていた。
「優美、お前……」
父が母の顔見て驚いている。
「あっ、そうか。若返ったでしょ? 雄一に貰った異世界の栄養剤のおかげなのよ。それにしてもそんなに変わったのかしら?」
「お母さん、鏡見てないの?」
「ええ」
「三十代でも通るわよ」
「ホントに?」
僕も口を挟んだ。
「母さん、病気だったんじゃない? あのやつれ方はおかしいよ」
「確かにここのところずっと体調は悪かったけど……」
「でも、心配ないよ。あの栄養剤は、若返るだけじゃなくて、様々な病気や怪我を治療してくれる効果もあるから」
「なにそれ、あたしにも頂戴よ」
「貴重なものだから駄目」
「何よ! ケチ!」
「凄く高いんだよ。それにお前はまだ若いんだから、飲んだところで若返ったりはしないし」
「高いってどれくらいよ?」
「こちらの貨幣価値に換算したら1千万円くらいだと思う」
「え……? そんな高いの……?」
「ああ。だから、異世界では、その薬のために娼館へ身売りする女性が多かったよ」
優子が絶句しているのを見て、僕は立ち上がった。
「母さんは、ここに座って。椅子を取ってくる」
僕はそう言って、リビングを出る。
フェリアが僕の後に付いてきた。
こんな状態でも、まだ護衛のつもりなのだろう。
階段の下にある収納に折りたたみの椅子が何脚か入っているはずだ。
収納の扉を開けて、中を見たら、折りたたみの椅子が見つかった。
一つを取って、リビングへ戻る。
僕はテーブルの端に折りたたみの椅子をセットして座った。
フェリアが僕の後に立ったままなので、フェリアには元の席に座るように言う。
「フェリア、席に戻って」
「ハッ!」
「軍人さんみたい」
優子が感想を漏らした。
『コーンクリームスープ』『野菜サラダ』『野菜サラダ』『野菜サラダ』『野菜サラダ』『野菜サラダ』
母の分の『コーンクリームスープ』と全員分の『野菜サラダ』を出した。
「凄いわね……」
「便利だけど、実は異世界では普通に料理するよりお金がかかるんだよね」
「そうなの?」
「うん。でも、僕にとっては大した出費じゃないから」
「へぇ、異世界ではお金持ちだったの?」
「まぁね」
優子が話に割り込んできた。
「じゃあ、お兄ちゃん、何か買ってよ」
「何かって何をだ? 異世界にはお前が欲しがるようなものはないと思うぞ」
「お兄ちゃんがしてる、その指輪と同じものでいいよ」
「これは、装備品だから無理だけど、似たデザインのものなら作れるから、それでいいか?」
「うん」
僕は、唐揚げを摘みながら『野菜サラダ』を食べた。
母の作る唐揚げは、鶏モモ肉を酒と醤油にニンニクと生姜のスライスを入れたタレに一晩漬け込んで、それを米粉の衣で揚げたものだ。衣が米粉なので普通の唐揚げに比べカリッとした食感になっているのが特徴だ。
タルタルソースをつけて食べるとチキン南蛮風でご飯が進むのだが、今はご飯がないのが少し残念だった。
◇ ◇ ◇
全員が『野菜サラダ』を食べ終えたようなので、食器を『アイテムストレージ』に戻した。
『牛ヒレ肉のステーキ』『牛ヒレ肉のステーキ』『牛ヒレ肉のステーキ』『牛ヒレ肉のステーキ』『牛ヒレ肉のステーキ』
「うわぁーっ」
優子が感嘆の声を上げた。
「凄い贅沢。お兄ちゃん、もしかしてこんなものを毎日食べてたの?」
「いや、正直言って、この体は食べなくても問題ないから、あまり食事を摂ってなかったよ」
「そうなんだ……」
「食事の楽しみが無くなるわけじゃないぞ?」
「へぇ……それより、食べていい?」
「どうぞ」
優子はトレイに備え付けのナイフとフォークを取って食べ始めた。
「なにこれ、うまーっ!」
「あら、ホント。美味しいわ」
「これは、美味いな」
僕も久しぶりの『牛ヒレ肉のステーキ』を食べ始めた――。
◇ ◇ ◇
その後、『いちごのショートケーキ』と『エスプレッソコーヒー』を振る舞った。
コーヒーを飲みながら、僕は優子と両親から質問攻めにあった。
異世界で何をしていたのかなど、いろいろと聞かれた。
「兄が風俗店を経営してるとか、嫌過ぎるんですけど!?」
『夢魔の館』の話をすると、優子はそう言った。
「仕方ないだろ。可哀想な女性を救済するために作ったんだから」
「そんなこと言って、女の人を侍らせたかっただけなんでしょ!?」
「うーん、そういう気持ちがゼロだったとは言い切れないけどな」
「もう、お兄ちゃん! 最低よ!!」
母が質問をしてくる。
「その娼館の女性たちは、放っておいてもいいの?」
「僕が居なくても回るように作ってあるから大丈夫だよ」
「売上はどうするの?」
「ああ、それは娼婦たちがそれぞれ自分が働いた分だけ客から受け取って終わりだから」
「雄一は、店を作っただけで収入はないの?」
「そうだよ。別にそんな小銭いらないし」
「やるわね……」
壁に掛けてある時計を見ると9時前だった。そろそろ部屋に戻ったほうがいいかもしれない。
「月曜には、東京のアパートに帰るね」
「えっ? もう少しゆっくりできないの?」
「うん、仕事を探さないといけないし」
「家から通ったら? 家賃も掛かるし」
父が口添えする。
「優美、雄一はもう子供じゃないんだ。我が儘を言うんじゃない」
「でも……久しぶりに会えたのに……」
「正月には帰るよ」
「そうね。もうすぐお正月だったわね。明日はどうするの?」
「家に居るよ。辞表を書かないといけないから、コンビニに行って便箋と封筒を買ってくるつもりだけど、それ以外は出る予定はないよ」
「そう……」
母はホッとした表情をした。
僕は立ち上がった。フェリアも立ち上がる。
『フェリア帰還』
フェリアが白い光に包まれて消え去った。
「消えた!?」
「帰還させたんだよ」
「使い魔だから?」
「そうだよ」
「そんな簡単に出したり、消したりできるの?」
「ああ」
「魔法、便利すぎでしょ?」
「まぁな」
「ねぇ? ホントにあたしには魔法使えないの?」
「異世界に行って刻印を刻めば使えると言っただろ。でも、それは物凄く大変なんだよ。僕はホントに運が良かった。向こうに飛ばされた時に死ななかったことだけでも奇跡的なんだ。それに刻印を刻むには10万ゴールドが必要だから。こっちの貨幣価値だと10億円くらいだと思う」
「そ、そんなにかかるの? お兄ちゃん、よくそんなお金を貯められたわね」
「フェリアのおかげだよ」
「フェリアさんがお金出してくれたの?」
「まぁそういうこと」
「なにそれ、ずるい!」
「お金は返したよ」
「ねぇ? 異世界にはもう行けないの?」
「ゲートがいつ開くか分からないし……帰ってくるときもたまたま見つけて飛び込んだから帰ってこれたんだよ。そうじゃなかったら、何年、いや何十年も帰ってこれなかったかもしれない」
「ゲートってお兄ちゃんが吸い込まれた光の穴のことでしょ?」
「勝手にそう言ってるだけだけどな。それがどんなタイミングで開くかなんて誰にも分からないんだよ。それに吸い込まれたら、僕みたいな幸運に恵まれない限り、まず死ぬし」
本当は、異世界に行く方法があるのだが、このことは秘密にしておいたほうがいいだろう。
優子はしょんぼりしている。
「そうだ。さっき言ってた指輪を作ってやろうか?」
「うん」
「サイズは?」
「知らない」
【工房】→『アイテム作成』
『プラチナリング』と念じる。
僕は優子の左手を取った。
「ちょ、お兄ちゃん……」
左手の中指を見る。
この指のサイズに合うように念じて[作成]した。
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・プラチナリング【アイテム】・・・15.80ゴールド
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マジックアイテムでもないのに意外と高かった。
『アイテムストレージ』から、『プラチナリング』を実体化させる。
そのシンプルなデザインの指輪を優子の左手の上に置いた。
「ほい。意外と高かったから大事にしろよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「じゃあ、おやすみ」
「雄一、お風呂は?」
「今日はいいよ。この体は汚れないから」
「そう、おやみなさい」
「おやすみ、雄一」
「お兄ちゃん、おやすみなさい」
そして、僕はリビングから出て階段を上がった――。
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