第5話 -再会4-


 第5話 -再会4-


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「ただいまー」


 玄関の鍵と扉を開ける音が聞こえた直後に玄関のほうから声がした。

 妹の優子が帰って来たようだ。

 玄関から歩いてきて、リビングの扉を開けて中に入ってくる。


 ――ガチャ


「えっ!? お兄ちゃん?」

「よっ」

「何やってたのよー!?」


 僕が軽い挨拶をすると、妹の優子が怒った声で言った。


「おかえり、優子」

「お母さん!?」


 優子は、母を見て驚いている。

 若返っているからだろう。


「ええっ!? お兄ちゃんが帰ってきた途端に疲れが吹き飛んじゃったの?」

「なにが?」

「なにがって、滅茶苦茶若く見えるよ!?」

「ああ、それはお兄ちゃんがくれた栄養剤のおかげよ」

「なにそれ?」

「お兄ちゃん、異世界に行ってたんだって」

「もう、そんなことあるわけないでしょ!」

「本当よ? お兄ちゃん魔法が使えるようになってるんだから」


 優子は僕のほうを見た。


「それホント?」

「まぁな。でも誰にも言うなよ?」

「分かった。言わないから何かやってみせてよ」


 優子は疑っているようだ。それは当然だろう。

 異世界とか魔法とか言われても、にわかには信じがたい話だからだ。


【インビジブル】


「きっ、消えたっ!? ねぇ? お兄ちゃん、何処行ったの?」


 優子が泣きそうな顔をして僕を呼ぶ。

 よく見ると涙ぐんでいるようだ。


【インビジブル】をオフにする。


「これは、姿を隠す魔法だよ。別に消えるわけじゃない。見えなくなるだけだし」

「もう、脅かさないでよ。また居なくなっちゃったかと思ったわ」


 優子が目元をぬぐった。


「他にはどんなことができるの?」

「空を飛んだりもできるぞ」


【フライ】


 椅子を少し引いて空中に浮かぶ。


「凄い……ホントに魔法が使えるんだ……」

「ねぇ、あたしにも使えるようになる?」

「それは無理」

「えー! 何でよ!?」

「魔法を使うためには、異世界で刻印というものを体に刻んでもらう必要があるんだよ」

「お兄ちゃんは、その刻印を刻んでもらったのね?」

「まぁな」

「ずーるーいー!」

「子供か……」

「どっちがよ!? お兄ちゃんのが子供っぽいじゃない!」

「どこがだよ?」

「涼子さんなんかお兄ちゃんのこと子供みたいに思ってるわよ」

「何で水谷の話が出てくるんだよ!」


 母が会話に割り込んできた。


「ねぇねぇ、涼子ちゃんってお兄ちゃんの彼女にいいと思わない?」

「無理無理。っていうか、涼子さん彼氏が出来たのよ。知らなかったの?」

「ええー、ショック!?」

「彼氏いなくても無理だって。お兄ちゃんのこと弟みたいだって言ってたし」


 水谷に弟扱いされていたというのは、ちょっとだけショックだった。


「それより、お前はクリスマスに家で過ごすのか?」

「べっ、別にいいじゃない!? 何か文句ある? 本来は家族と過ごす日なんだよ!」

「22にもなって、彼氏居ないとか……」

「なっ!? お兄ちゃんこそ、あたしより年上で彼女いない癖に何言ってるのよ!?」

「フッ……」

「何よ、その憎たらしい笑い!? ま、まさか……!?」


 母が優子に言う。


「それが、お兄ちゃん。異世界で彼女が出来たみたいよ」

「なんですってー!?」

「ねぇねぇ、雄一。いつ紹介してくれるの?」

「いや、彼女ってわけでもないし、別に紹介する必要はないじゃん」

「はっはーん、お母さん。見栄張ってるだけだから、深く追求しちゃ可哀想よ」

「そう思いたいならそう思ってくれていいけどな」

「脳内彼女なんでしょ?」

「だから、彼女じゃないよ」

「だったら、何? 憧れてる片思いの人とか?」

「うーん、そういうわけでもないかな」

「もーっ、ハッキリしなさいよ! そういうのイライラするんだから!?」


 優子は、顔もスタイルも悪くないが、こういう性格が問題なんじゃないだろうか?

 男勝りでキツい性格なのだ。水谷とは気が合いそうだが、向こうはもう少し女性らしいところもあって、男子には人気があった。


 僕は、優子を無視してお茶を啜った。


「キーッ! ハ・ラ・タ・ツッ!?」

「優子、着替えてきなさいよ」

「分かった」


 そう言って、優子はリビングを出て行った。


 ――トントントントン……


 階段を登って自分の部屋に向かったようだ。


「よかった。優子も元気になったみたい」

「元気なかったの?」

「ええ。灯が消えたみたいだったわ」

「あの優子がねぇ……」

「ああ見えて、お兄ちゃんっ子だったから」

「いや、それはないっしょ」


 ここ数年は、離れて暮らしていたが、寂しがっているような様子は全くなかった。

 母のほうは、子離れできていない感じではあったが、優子は僕にべったりというわけではなかったし。


 ――トントントントン……


 ――ガチャ


 部屋着に着替えた優子がリビングに入ってきた。


「さぁ、お兄ちゃん。さっきの話の続きよ。その女の人のことを教えて」

「まだ、諦めてないのかよ……」

「だって、こんな中途半端だとモヤモヤするじゃん」

「あの日、寝る前に散歩でもしようとホテルを出たんだ。そしたら、田んぼの中に光が現れて、その光の穴に吸い込まれたんだよ」

「それで?」

「地面に激突して死にかけた。そこに通りかかった女性に助けられたんだよ」

「その人が?」

「まぁな」

「なにそれ、命の恩人だから好きになったってこと? その人には恋人とか居なかったの?」

「まぁな」

「ふーん、その人にかいがいしく介抱されて惚れちゃったんだ……?」

「いや、魔法の薬を飲ませてもらって、添い寝してもらっただけで全快したから、そういうのは無かったかな」

「ふ、ふーん、添い寝してもらったんだ?」

「別にいいだろ」

「その人は、異世界に居るの?」

「いや」

「こっちに連れてきたの?」

「まぁそうだな」

「なっ、どうするのよ?」

「なにが?」

「結婚とか、そのっ……いろいろよ!?」


 優子が口ごもった。


「どうもしない。結婚もしないし、つか戸籍が無いからできないし」

「じゃ、じゃあ、子供はどうするの?」

「作らない」

「どうして?」

「うーん、ホントのこと言うと刻印を刻むと子供が作れなくなるんだ」

「えっ!? ホントに?」

「その代わり歳も取らないけど」

「うそっ、ずるい! あたしも刻印を刻みたい!」

「オイオイ、お前が刻印を刻んだら、ウチの子孫はいなくなっちゃうぞ」

「ずっと歳を取らないほうがいいじゃん」

「母さんたちに孫の顔を見せてやれよ。僕にはもう無理だから……」


 優子が吹き出した。


「ぷーっ、僕だって! おっかしーっ!」

「別に良いだろ」

「確かにお兄ちゃんは僕のほうが似合ってるかもねー、ボクちゃん」

「これは、成り行き上仕方なくだな……。オレなんて横柄な言葉使いじゃ、助けて貰えないかもしれなかったからだよ」

「でも、ホント。大学のときからでしょ? お兄ちゃんがオレなんて言い出したの。正直、違和感あったわよ」

「そうか?」

「うん、その顔でオレはないわ。それより、その人に会わせてよ」

「なんでだよ?」

「こっちの世界に連れてきてるんでしょ?」

「別にいいだろ」

「みーたーいー!」

「お母さんもみーたーいー!」


 母までダダをこねだした。


『ロッジ』


「わあっ! ドアがいきなりっ!」


 驚く優子を尻目に僕は『ロッジ』の扉を開けて中に入った。

 扉を閉じた。


『フェリア召喚』


 白い光に包まれてフェリアが召喚された。


「ご主人様」

「ちょっと、母と妹に君を紹介したいから付き合って」

「畏まりました」


『フェリア装備6換装』


 フェリアが光に包まれてメイド服姿となった。

 フェリアの装備を操作して、ブーツを外す。


「じゃあ、こっちに来て。あ、バフはトゥルーサイト以外切っておいて」

「ハッ!」


 ――この言葉遣いはマズいかも・・・?


 しかし、いまさら付け焼き刃で言葉遣いを変えることはできないだろう。


 僕は、『ロッジ』の扉を開けて家のリビングに戻った。

 フェリアが出たのを確認して扉を閉めて帰還させる。


「ふわぁああーっ、すっごい綺麗!? しかもメイド服って、どんなプレイよ!?」


 僕は、優子の言葉を無視して二人にフェリアを紹介する。


「彼女はフェリア。僕の命の恩人だよ」

「初めまして、ユーイチ様の奴隷のフェリアです」

「ど、奴隷?」

「いや、彼女を金で買ったわけじゃないぞ?」

「じゃあ、何なの?」

「フェリアが勝手にそう言ってるだけだから……そう、自称だよ。自称奴隷」

「自分からお兄ちゃんの奴隷って言ってるの? お兄ちゃん、あの人に何したのよ!?」

「いや、別に……命を助けられて……家に招待されて……」


 あのときのことを思い出して、ゴニョゴニョと口ごもってしまう。


「やーらしっ!」

「まぁまぁ、優子も好きな人ができたらわかるわよ」

「そうだぞ、22にもなったら分かるだろ? 好きな人とお風呂に入って何もないとかあり得ないんだよ。お子様でもない限りな」

「何よ、お子様みたいな顔してるくせに」


 母がフェリアに席を勧める。


「さぁ、フェリアさんだったかしら? ここに座って」

「いえ、わたくしは、ご主人様の奴隷ですから、ご主人様の背後に立たせていただきます」

「お兄ちゃん!? ホントにこの人に何したのよ?」

「いや、だから何もしてないって……」

「何もしてないのに、この態度はあり得ないでしょ!?」

「彼女は、生い立ちが特殊なんだよ。ハーフエルフだから」

「エルフって妖精の?」

「いや、妖精ってわけじゃないよ。人間に近い種族だったから、人間との間に子供ができるんだよ」

「それが何なの?」

「だから、そういう生い立ちだから人間からもエルフからも敬遠されて一人で生きてきたんだよ」

「それで?」

「想像してみろよ100年以上もたった一人で過ごしていたとしたら、どれだけ寂しいか」

「そこに現れたお兄ちゃんに惚れちゃったってわけ? 何それ、誰でもいいってことじゃん」


 実際、優子が言ったことが真実なのだろうと思う。


「それは違います。誰でも良いわけではありません。ご主人様だったからですわ」


 フェリアがフォローを入れてくれた。


「そんなの後づけの理由じゃない? 他にお兄ちゃん以外の男の人と関わったことはないんでしょ?」


 優子が痛いところを突いた。


「初めてご主人様を見た瞬間、運命を感じました」

「なにそれ、フェリアさんって思い込みが激しいんじゃない?」


 何が気に入らないのか絡む優子を止める。


「別にいいだろ。確かにフェリアは思い込みが激しいところがあるけど、結果的にこうなっちゃったんだから、今さらどうしようもないし」

「うわっ、お兄ちゃん無責任よ! こんな綺麗な人を奴隷にしちゃうなんて鬼畜過ぎ!」


 母も優子を諫める。


「優子、それくらいにしておきなさい。お兄ちゃんを取られて悔しいのは分かったから」

「なっ!? なんでそうなるのよ!? 別にこんなお兄ちゃん取られても全っ然、悔しくないんだから!?」


 ――ツンデレかよ。


妹君いもうとぎみ、ご主人様の奴隷は私だけではございませんよ?」


 ピシッ! と音がしたような気がして空気が凍り付いた。


「なっ、ななななな、何ですってー!?」

「ご主人様の奴隷は、現在900名を超えております」

「ちょ、お兄ちゃん!? それ本当なの!?」


 優子がこっちを見て睨んだ。


「フェリアもそうだけど、奴隷というか使い魔だから」

「使い魔って黒猫みたいな動物じゃないの?」

「動物も居るよ。でも、僕が行った異世界では人間も使い魔にできたんだよ」

「そんなの許されないでしょ!? 犯罪じゃん!?」

「向こうには、そんな法律ないし……」

「うわっ、サイテー! 最低よ! お兄ちゃん!」

「お待ち下さい。我々は望んでご主人様の奴隷になったのです」


 フェリアがまたフォローしてくれた。


「もう! 信じられない!?」


 優子はそう言ってリビングから出て行った。


 ――ドンドンドンドン……


 怒った足音で階段を登っていく。


「申し訳ございません。妹君を怒らせてしまいました」

「フェリアが気にすることないよ。妹は感情的なんだ」

「そうそう、気にする必要はないわよ。いつものことだから」

「畏まりました」

「あっ!?」


 突然、母が驚いた声を上げた。


「晩御飯作るのを忘れてたわ!?」

「母さん、良かったら僕が作ろうか?」

「え? でも、下ごしらえしてあるから」

「何を作るつもりだったの?」

「クリスマスだから唐揚げよ」


 本来は七面鳥だと思うのだが、何故か日本では鶏を食べる。

 某ファストフード店もクリスマスは予約で一杯のようだ。


「じゃあ、それはサイドメニューにすればいいよ」

「何を作ってくれるの? そんなに食材ないわよ?」

「魔法で作るから食材は必要ないよ」

「そんな便利な魔法があるの?」

「うん」

「じゃあ、任せるわ」


 そう言って母は、台所の方へ向かった――。


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