第3話 -再会2-


 第3話 -再会2-


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 僕の部屋は、二階の廊下の突き当たりの左側だ。

 引き戸を開けて部屋に入る。


 部屋の真ん中に出張用に使っていたバッグが無造作に置いてあった。

 中を開けるとスマートフォンや未使用のタオルなどが入っている。

 当然のことながら、スマホの電池は切れていた。

 会社のガラケーと僕のスマホの充電器もバッグに入っていたので、それらを取り出して、充電器にセットした。


『フェリス召喚』『ルート・ドライアード召喚』


「ご主人サマ? ここは?」

主殿あるじどの

「僕の部屋だよ」


 全員を召喚すると部屋が狭いので、フェリスとルート・ドライアードだけ召喚した。

 二人には、異世界に戻れるかどうか確認してもらおう。そして、戻れたらついでにトロール討伐をしてもらうつもりだ。


『密談部屋3』


 部屋の壁際にルート・ドライアードの持つ裏口に通じる『密談部屋』の扉を召喚する。


「これから、2人でトロール退治をしてきて。まずは、向こうの世界に戻れるかどうかを試してほしい。フェリスの『密談部屋』の裏口をその扉の隣に召喚して」

「分かりましたわ」


 フェリスは、僕が召喚した『密談部屋3』の隣に『密談部屋2・裏口』の扉を召喚した。


「フェリス、中に入って」

「ええ」


 フェリスが『密談部屋2・裏口』の扉から中に『密談部屋2』へ入る。


『密談部屋2』


 部屋の真ん中に『密談部屋2』の扉を召喚して扉を開く。

 中にはフェリスが居る。

 僕は、『密談部屋2』へ入った。


「フェリス、扉を帰還させて」

「はい、ご主人サマ」


『密談部屋2・裏口』の扉が消え去る。


「じゃあ、出よう」


 フェリス一緒に『密談部屋2』から出る。

 僕は扉を閉めて、『密談部屋2』の扉を『アイテムストレージ』へ戻した。

 これで、僕がミスってもフェリスの『密談部屋2』からこの部屋の中に戻って来ることができるだろう。


「二人は、トロールの洞窟前で使い魔を召喚してから戦って」

「分かりましたわ」

「御意!」


 二人は、『密談部屋3』の扉に入って行った。

 扉は出しっぱなしにしておく。扉には【インビジブル】がかかっているので、普通の人間には見えないだろう。

 開いた扉から部屋の奥を眺めていると、ルート・ドライアードが裏口の扉を召喚して扉を開いた。

 扉の向こうは、向こうの世界に通じているようだ。


 ――どうして、気圧差で風が吹かないのだろう?


 今この瞬間は、こちらの世界と向こうの世界が繋がっているはず。

 もしかすると、『密談部屋』のようなアイテムに秘密があるのかもしれない。

 そういえば、この手の建物は扉を開けても風が吹き込まない。【エアプロテクション】のような効果が内部にあるのかもしれない。『夢魔の館』の入口に【エアプロテクション】を設置したのは無駄だっただろうか。


 そんなことを考えているうちに二人が出て行き、扉が閉められた。

『密談部屋3』の扉を閉めた。


【エアプロテクション】


【テレフォン】→『フェリス』


「フェリス、聞こえる?」


 僕は、声が外に漏れないように【エアプロテクション】を掛けてから、フェリスにメッセージを送った。


「はい、聞こえますわ。ご主人サマ」

「どう、トロールの洞窟に着いた?」

「ええ、今エルフたちを召喚しているところです。これからトロールの討伐を開始いたしますわ」

「じゃあ、よろしく」

「はいですわ」

「通信終わり」


【テレフォン】と【エアプロテクション】をオフにした。

 冬なので部屋の中は寒い。本来なら【エアプロテクション】を掛けておきたいところだが、母に呼ばれる可能性もあるので切っておくことにしたのだ。


 部屋の中を眺める。

 僕の部屋は殺風景だ。何故なら、デスクトップパソコンとノートパソコン、ゲーム機やよく読む本などを全て東京のアパートに持って行ってしまったからだ。そのため、スマホの充電が終わらないとインターネットも利用することができない。


 ベッドに腰を掛ける。

 室温は、おそらく摂氏10度を下回っているだろう。刻印を刻んだ体でも少し寒いと感じるが、気にしなければどうということはない。この体なら吹雪の中でも死ぬことはないだろう。HPが減るかどうかは分からないが。

【ブリザード】という攻撃呪文があるが、あれは寒さではなく魔力の籠もった氷の刃で攻撃をしているようだ。

 勿論、冷却の度合いにもよるだろう。絶対零度近くまで冷却されるとダメージを受けるかもしれない。


 ――トントントントン……


 階段を登る足音が聞こえてきた。

 母がこの部屋に来るようだ。


 ――コンコン


「どうぞ」

「うわっ、寒っ。何でエアコンを点けてないのよ!?」

「異世界で魔法を使えるようになったから、これくらいの気温ならなんてことはないんだよね」

「ホントに? 電気代を気にして点けていないなら、心配いらないわよ」

「いや、さすがにそこまで遠慮しないよ」

「でしょうね。それで魔法ってホントなの? 何かやってみせてよ」


【ライター】


 僕は人差し指を立てて、その先に火を灯した。


「凄い。ホントに魔法が使えるんだ」

「手品師として食っていこうかな」

「ああいうのは、演技力が必要なのよ。雄一にできるかなぁ?」

「確かに……。それで、何?」


 何の用で部屋に来たのか聞いてみる。


「そうそう、シーツと毛布を替えといたほうがいいと思って」

「じゃあ、取ってくるよ」


 僕は立ち上がって、廊下に出た。

 そのまま、押し入れのある部屋に行き、引き戸を開けて中に入る。

 押し入れの引き戸を開けて、中からシーツと毛布を取り出した。

 それらを持って廊下に戻る。

 部屋に戻ると、母が僕のベッドからシーツと毛布を取り外していた。


「貸して頂戴」


 僕は、取ってきたシーツと毛布を渡した。

 母が僕のベッドにシーツを敷いた。次に毛布を掛け。最後に布団を被せた。


「夕方までゆっくり休んでなさい」


 そう言って、母は交換したシーツと毛布を持って、部屋から出て行った。


『特にすることもないし、夕方まで寝るかな?』


 僕は、上着をハンガーに掛けてクローゼットに仕舞い、布団にもぐり込んだ。


『5時間睡眠』


 そして僕は、眠りについた――。


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「じゃあ、今度二人で会ってみましょうか?」


 涼子が秀雄にそう言った。


「ああ、そうしよう」

「そうそう、伊藤君には妹が居るんだけど、あなたの幼馴染みにも居た?」

「ああ、優子ちゃんか」

「どうやら、間違いないみたいね」


 涼子の同級生は、秀雄の幼馴染みと同一人物のようだ。


 そう、伊藤雄一は、秀雄の幼馴染みだ――。


 家が近所で、家の近くには、他に同年代の男の子供が居なかったこともあって、幼稚園から小学校を卒業する頃まで、毎日のようにお互いの家を行き来した仲だった。

 しかし、秀雄が小学校を卒業するタイミングで両親が離婚した。以前から、二人でそう決めていたようだ。秀雄が中学に上がるときに引っ越すことができるからだろう。

 その年の春休みは慌ただしかった記憶がある。突然、知らされた両親の離婚に見知らぬ土地への引っ越し。秀雄は、泣いて両親をなじったが、子供にはどうすることもできなかった。

 周囲に友達が居ない学校に行くのは、最初は嫌だったが次第に慣れていった。

 そして、雄一との縁も切れてしまった。小学生くらいの頃の付き合いは続かないのだ。手軽な連絡手段も無いし、会うこともなくなってしまったからだ。


「ユウちゃんか……懐かしいな……」


 涼子がクスクスと笑った。


「ユウちゃんって、伊藤君のこと?」

「小学生の頃、そう呼んでたんだよ」

「仲良かったんだ」

「家が近所だったから、毎日のように遊んでたよ」

「へぇ……。勉強は教えてあげた?」

「小学生だったし、そういうのは無かったかな。でも、ユウちゃんは頭良かったよ。凄い物知りだったし」

「う~ん……あれはオタクって言うのよ」


 涼子は、バッサリと斬り捨てた。

 確かに雄一は、学校の勉強には興味を示さなかったが、興味のあることにはやたらと詳しかったように思う。

 一日中、図鑑を眺めて過ごしているときもあった。


「高校の頃は、そんなに成績悪かったの?」

「それ以前にやる気が感じられなかったわね」


 涼子は、秀雄が通っていた高校に入るつもりだったらしいが、受験で大ポカをやらかして、滑り止めに受けた公立に行ったらしい。


「意外かも……?」

「どうして?」

「もっと要領が良いタイプだったように思うから」

「要領は良かったわよ。最小限の努力で試験を乗り切ってたし」

「興味のあることにしか情熱を傾けないタイプだね。オタクっていうのは当たってるかも」

「でしょ?」


 涼子が勝ち誇ったように笑う。


「それにしても、どうして失踪なんかしたんだろ?」

「それが、あたしにも分からないのよね……」


 涼子は、途端に歯切れが悪くなった。

 何か心当たりでもあるのだろうか?


「何だよ。何か知ってるなら教えてくれてもいいだろ?」

「そんな訳ないでしょ。高校を卒業してから会ってないのに……」

「そうなの?」

「ええ、あたし達の関係はただのクラスメイト」

「それにしては、熱心だと思うけど……」

「疑ってるの?」

「そういうわけじゃ……」


 もしかすると、涼子は雄一のことが好きだったのかもしれない。

 そうだとしたら、少しジェラシーを感じてしまう。


「もしかして、初恋の人とか?」

「ぷっ! なにそれ? アハッ、アハハハハハッ、ちょっ、真面目な顔して初恋の人だってぇ、ヒーッハハハッ――。ごめーん、凄い受けちゃった……」


 爆笑するほどあり得ないことのようだ。

 秀雄は、少しホッとした。


「彼のことは好きだったわよ。でも何というか、伊藤君は恋人というより弟って感じだったわ」

「そういえば、小学生の頃も女子にあれこれ世話を焼かれるキャラだったかも……」

「そうそう、頼りない感じがして、あたしが世話をしなきゃって思わせるのよね」

「だから心配だったの?」

「そうね。『あたしが側で面倒を見てあげていればっ!』とか思わなくもなかったわ」

「母親みたいだね」

「でも、気にならない? どうして失踪したのか?」

「自分探しの旅とかじゃ?」

「ぷっ! ナイナイ! 彼に限ってそれはないわー」

「オレは、小学生の頃しか知らないからなぁ……」

「そういえば、伊藤君が失踪した近くの田んぼにミステリーサークルが出来ていたって話を知ってる?」


 涼子は、都市伝説マニアだった。海外のサイトまでチェックしているくらいだ。

 映画鑑賞が好きなのも、その延長かもしれない。


「UFOに攫われたとでも言いたいの?」

「そこまでは言わないけど、何か関連があったら面白いなって。あと、夜に凄い光ってたという話もあるのよ」

「なにがさ?」

「近くに住む人が田んぼから強い光が見えたとか何とか」

「その情報の確度ってどれくらいなんだよ?」

「あら? こういう目撃情報は損得が絡まないから割と高いのよ。少なくともそういう光景を見た人が居るはず」

「自動車のサーチライトの可能性もあるよね」

「それはそうだけど……」


 ――ピロン♪


 涼子の携帯電話にメールが着信した。

 すぐに涼子がメールをチェックする。


「26日の月曜に東京に出てくるそうよ」


 どうやら、雄一の妹の優子からメールが届いたようだ。


「昼にいつもの喫茶店で食事でもどうかな?」

「分かったわ。そう伝えておくわね」


 秀雄は、涼子が楽しそうにスマホを操作してメールを送る姿を微笑ましく眺めた――。


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