第一章 -再会-
第2話 -再会1-
第2話 -再会1-
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今日は、12月24日。クリスマスイブだ。
その日、
秀雄とは、10月にあったコンパで知り合った。今日は、付き合い始めて最初のクリスマスイブだ。
同じ内閣府の庁舎で仕事をしているが、二人が仕事中に会うことはまずない。あのコンパで出逢わなければ、今も見ず知らずの他人だったに違いない。
涼子は、料理をしながら、そんなここ数ヶ月の回想をする――。
涼子は、9月に失踪した同級生の伊藤雄一のことで落ち込んでいた。
雄一とは、恋人だったわけではないし、単なるクラスメイトという関係でもなかった。友達以上、恋人未満と言えば格好いいが、そんな洒落た関係でもなかった。雄一のことは嫌いじゃなかったし、告白されていれば付き合っていたと思う。
しかし、恋人とは思えなかっただろう。雄一は童顔で同い年とは思えない頼りない印象の男の子だったので、恋人というよりは弟みたいだった。雄一という弟に自分が世話を焼かないといけないと思わせるような存在だった。
しかし、涼子が関西の大学を志望したことで、雄一のほうも遠慮したのだろう、遂に告白はされずに中途半端な関係のまま高校を卒業してしまった。
大学に入ってからもメールのやり取りはたまにしていたが、二回生のときに同じ大学の先輩から告白されて、その先輩と付き合うことにした。そのことを報告したメールを最後にメールのやり取りもしなくなった。彼の性格から、あのメールを送ったときに完全に縁が切れることは分かっていた。
涼子は、雄一と付き合っていたわけではないが、何となく振ったような形になったことに少し罪悪感を抱いていたのだ。
そして、雄一が失踪したと高校の同級生から聞かされた時には、何故か凄いショックを受けた。
涼子が大学を卒業して東京で就職したため、関西で就職していた先輩とは5月頃に別れていた。9月下旬に雄一の失踪を知った涼子は、雄一の妹の優子に連絡を取った。丁度、次の休日に雄一の持ち物を取りに行くと優子に知らされたので、涼子は雄一が失踪した宮城県のビジネスホテルまで同行した。
その後、地元の警察で話を聞いたが、二十代の男性が失踪したときの警察の対応は冷めたものだった。
その日は、特に手がかりを得られずに優子と地元に帰った。
涼子は、それからもインターネットを使って情報を収集したが、田んぼにミステリーサークルがあっただの、夜中にその辺りが凄く光っていたなど、都市伝説好きの涼子向けのネタは集まったが、雄一の失踪についての手がかりにはならなかった。
そんなとき、同僚に誘われて気分転換にコンパへ出かけたのだ。
正直、コンパという気分ではなかったが、隣に座った秀雄は、同郷ということもあり、すぐに意気投合した。
コンパの後、ホテルに直行したくらいだ。
料理が完成する。
クリスマスだからというわけでもないが、今日は、鶏モモ肉の唐揚げにした。
レタスや他の揚げ物と一緒に盛り付けた大皿をテーブルに運ぶ。テーブルと言ってもワンルームなので、手軽に移動可能な座卓だ。
テーブルの上には、小さなホールのケーキが載っている。
大皿をケーキの隣に置く。
「出来たわよ」
「おおっ、もう腹が減って死にそうだ」
秀雄が唐揚げをつまみ食いしようと手を伸ばしたのでピシッと叩く。
「あいたっ」
大して痛くもないだろうに大げさに秀雄が呟いた。
「そういえば、1時間くらい前にメールの着信音がしてたよ」
半世紀前に比べると迷惑メールというものは無くなっていた。
重要な要件かもしれないので、念のためにチェックしておくことにする。
「じゃあ、ちょっとメールの確認だけしておくわね」
どうせ、同僚からの冷やかしのメールかなんかだろう。
涼子は、バッグのポケットに入れてあったスマートフォンを取りだして、指紋認証で起動する。
そして、メールクライアントを起動してみると、メールは雄一の妹の優子からだった。
先ほど、料理を作りながら雄一のことを考えていたのでドキリとする。
件名には、「お兄ちゃんが帰ってきた!」とあった。
急いで中を開いてみると、今日の昼前に帰ってきたという内容が書かれていた。
「涼子……?」
秀雄が涼子を呼んだ。
「えっ?」
「泣いてるのか?」
涼子は、自分が涙を流していることに指摘されてから気がついた。
慌てて涙を拭く。
「何かあったのか?」
「前に言ってた同級生が無事だったんだって」
「そうか!? それは良かった……。そろそろ、その同級生の名前を教えてくれてもいいんじゃないか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてない。オレには関係ないと思ったから、こっちからは聞かなかったし……」
「伊藤君よ。伊藤雄一君」
「え……?」
「どうしたの?」
「いや、オレの幼馴染みにも同じ名前の奴が居たからさ……」
「へぇ、でも秀雄は茨城でも東京寄りでしょ? だから同姓同名だと思うわ」
「実は、中学に上がるときに両親が離婚して引っ越したんだよ」
「え? そうだったの?」
もしかすると、同一人物かもしれない。
「じゃあ、今度二人で会ってみましょうか?」
涼子は、秀雄にそう提案した――。
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僕が家に着いたのは、午前10時前だったようだ。
玄関の扉を開けた母は、僕の顔を見て酷く驚いた顔をした。
次に泣き出して、僕に抱きついた。
「雄一っ!?」
「母さん、ただいま。心配かけてごめん……」
僕の母親は、
「さぁ、家に入って」
僕は母に促されて家の中に入った。
そして、リビングに移動してテーブルに座った。昔、僕がいつも座っていた席だ。
「お腹空かない? 何か作りましょうか?」
「いや、お腹は空いてないよ」
「じゃあ、お茶を淹れましょう」
昔から母は、世話焼きだった。特に僕に対しては、あれこれと世話を焼くから、いつも妹にからかわれていたのだ。
母にとって僕は、いつまでも小さな子供なのかもしれない。
僕が童顔で頼りなさげということもあるだろう。
母がお茶を淹れて向かいの席に座った。
何だか疲れているようだ。最後に会ったときとかなり印象が違う。
もしかすると、僕の事で憔悴させてしまったのだろうか。
『女神の秘薬』
僕は、『女神の秘薬』を1本取り出して母に渡した。
「母さん、これ飲んで」
「これ、なぁに?」
「凄くよく効く栄養剤だよ。1本しかないから大事に飲んでね」
「ありがとう、いただくわ」
そう言って、母は『女神の秘薬』を飲んだ。
「あら? 美味しいわね」
「その栄養剤のことは秘密にしておいて」
「どうして?」
「凄く貴重なものだから」
「そんなものを飲んじゃっても良かったの?」
「うん」
「ありがと」
そう言って母は僕の頭をテーブル越しに撫でた。
正直、子供扱いはしないで欲しかったが、久しぶりに会ったので好きにさせた。
僕はお茶を啜った。
純粋な緑茶を飲むのは久しぶりだ。
『ユミコの酒場』で飲んだお茶は、ほうじ茶だったし。
「それで……どうしてたの?」
「うん。言っても信じて貰えないだろうから言わない」
「お母さんが信じられない?」
「そういう問題じゃないよ」
「じゃあ、信じるから言ってみて」
「……異世界に行ってた」
「もしかして、さっきの栄養剤も?」
「うん。『女神の秘薬』っていう魔法のポーション。少し若返るよ」
「へぇ、それは嬉しいわ」
「でも、凄く貴重なものだから。向こうの世界では、あのポーションの為に身売りする人が続出しているくらい」
「そんな貴重なものなら、お母さんなんかより雄一に飲んで欲しかったわ」
「僕は、前に一度飲んだからいいよ」
「それで若返った?」
「いや、元々若い人は若返らないみたい」
「そうなの? でも、何だか雄一は若返ったように見えるわよ」
よく見ると刻印を刻んだ体は、普通の人間の体とは違う。
シミやホクロが全くないのだ。産毛もない。近づいてよく見れば人間じゃないことがバレてしまうかもしれない。
とはいえ、作り物のように綺麗な肌というだけで、人間以外の何に見えるのかという話だが。
だから、警戒しないといけないのは近親者だろう。
他人なら、そこまで違いを気にしないため、単に肌の綺麗な人で終わりだろうが、母親なら微妙な違いから僕を偽物と思うかもしれない。
「優子は?」
「今日はクリスマスだから帰って来ないかも」
「今日って、クリスマスなんだ……?」
「そうよ12月24日。知らなかった?」
「向こうとは暦が違うから……」
「そうなの?」
「うん。向こうの世界では5月だった」
「ええっ!? どうして?」
「1ヶ月が30日しかないから、こっちの世界とはどんどんズレていくんだよ」
「季節は?」
「それが、年中同じような気候らしい」
「それは寂しいわね」
「花見はできないかも……?」
「そうなんだ」
「桜の木を見かけなかったし……三ヶ月ほどしか居なかったからよく知らないけど……」
もしかすると桜の木もあったのかもしれないが、あまり植物に詳しくもなく興味もない僕は気付かなかった。
「で、雄一は、異世界で何をしてたの?」
「ある女性に助けて貰って、凄く快適に過ごせたよ」
今から思えば、異世界でやりたい放題だったと思う。
「彼女?」
「そういうわけじゃないけど……」
「何だ。つまんない」
「そういえば、優子が今日帰らないって言ってたけど、彼氏ができたの?」
「さぁ? 今のところ彼氏の気配はないわね。でも、陰でコソコソ付き合ってるかもしれないわよ」
妹の優子は、僕の2歳年下なので、22歳のはずだ。僕は、今月の誕生日が過ぎていたので24歳になった。といっても歳を取らない体になっているけど。
優子は、短大を卒業した後に地元の金融機関に就職した。窓口業務などをやっているらしい。
そのうち、寿退社とかするのだろう。
「そういえば、東京の僕の借りてる部屋は引き払った?」
「まだ、そのままにしてあるわよ」
「そうなの?」
「そのうち戻ってくるかもしれないから、一年くらいは残しておけって、お父さんが」
「そっか……」
「会社はどうするの?」
「迷惑かけたし居られないよ」
「そう……。暫く家でゆっくりしたら?」
「いや、何か仕事は探すよ」
「東京で?」
「うん。部屋が残ってるなら、家賃も払わないといけないし」
「それは、お父さんが1年分前納したからいいのよ」
「ううん。それも返すよ」
「大丈夫なの?」
「たぶん、退職金も少しは出るだろうし」
「2年も勤めていないのに?」
「一応、規定では勤めた月数で計算されるから。少ないだろうけどね」
僕は、テーブルから立ち上がった。
「お昼は食べるでしょ?」
「お腹は空いてないからいいよ」
「そう?」
「夜まで部屋で横になってくる」
「そうそう、優子たちが荷物をホテルから取って来てくれたわよ」
「ああ、そう言えばスマホとかもホテルに起きっぱなしだった」
「涼子ちゃんも一緒に行ってくれたのよ?」
「水谷が……?」
「そうよ。いい
「何言ってるんだよ。水谷には大学で知り合った彼氏が居るんだよ」
「あら? 別れたって言ってたわよ。遠距離恋愛になっちゃったから、別れたんだって」
仮に水谷がフリーだったとしても僕はこの世界の人間と付き合うつもりはない。
もう、人間ではないのだ。普通の生活ができるわけがない。
かといって、交際相手を使い魔にしてしまうのは、人道上問題がある。
異世界には法律が無かったが、この世界では違法行為だ。本人が望んだとしても許されないだろう。
この世界の人間は、人権を保護されているのだ。
「それは、あり得ないから」
「なぁに? さっき言ってた異世界の女性が気になるのね?」
「まぁ、そういうこと」
そういうわけでも無かったが、そう言っておいたほうが納得するだろう。
「でも、結婚とかできるのかしら? その人は何処にいるの?」
「まぁ、そのうち紹介するよ。結婚はしないけどね。戸籍が無いからできないし」
「子供はどうするのよ?」
「……作らないよ」
本当は、「作れない」が正しいのだが……。
「ちょっと、本気!?」
「孫の顔は、優子に見せて貰って……」
僕はそう言って廊下に出た。
そして、階段を上った――。
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