僕は現実世界で使い魔を召喚する

久我島謙治

第零章 -帰還-

第1話 -帰還-


 第1話 -帰還-


―――――――――――――――――――――――――――――


 僕は、暫くの間、日本のどこにでもあるような田舎の冬景色を見ながら涙を流していた。

 ふと我に返る。


 いくつかの心配事が頭に浮かんだ。

 一つは、フェリアたち使い魔を元の世界でも召喚することができるのだろうかという点。

 もう一つは、異世界に残してきたレイコたち使い魔とは、もう会うことができないのだろうかという点だ。

 他にもこの世界で僕のような刻印を刻んだ存在に居場所があるのかということも心配と言えば心配だ。


 とりあえず、すぐに確認できることは確認しておこうと、僕は少し雪の積もった近くの山の斜面へ移動した。

 人がまず来ないような場所を探す。


『ロッジ』


 急斜面の近くにある人目につかない木の近くで『ロッジ』の扉を召喚した。

 扉を開けて中に入り、扉を閉めてから帰還させる。


【サモン1】


 召喚魔法の【魔術刻印】を起動してみると召喚場所を確認するガイドが表示された。


 ――よかった……。


 僕は、ホッとする。ガイドが表示されたことで、フェリアを召喚できることがほぼ確定したからだ。

 壁際を指定して召喚魔法を発動させる。


『フェリア召喚』


 白い光に包まれてフェリアが召喚された。


「ご主人様……?」

「ごめんね。勝手なことをして」

「何を謝られる必要があるのですか。ご主人様は、ご自分のやりたいことをなさればよろしいのです」


 僕は、続けてフェリス、ルート・ドライアード、ルート・ニンフも召喚する。


『フェリス召喚』『ルート・ドライアード召喚』『ルート・ニンフ召喚』


 3人がフェリアの並びに召喚された。


「ご主人サマ」

主殿あるじどの

「旦那さま……」


 僕は、4人の使い魔に向かって事情を説明する。


「ここは、僕の生まれた世界なんだ。たぶんだけどね」

「そうなのですか?」

「うん。僕がフェリアに助けられる前に吸い込まれた穴と同じものを見つけたから、飛び込んでみたんだけど、町並みを見る限りでは、元の世界で間違いないと思う。もしかしたら、無数にある並行世界の一つなのかもしれないけど……」

「並行世界……ですか……?」

「量子力学という学問には、多世界解釈という並行世界の存在を肯定するような解釈もあるそうだけど、基本的には物語の世界の話だね。そういった物語の中には、隣り合う世界が無数に存在するという考えがあるんだよ。例えば、僕は光る穴を見つけたときに飛び込むかどうか迷ったけど、飛び込まずに『闇夜に閉ざされた国』の探索を続けるという選択をしたかもしれない」


 僕は、一呼吸置いてから話を続ける。


「その場合、2つの世界に分岐したことになる。僕が光る穴に飛び込んだ世界と飛び込まなかった世界だ。こういったあらゆる可能性の世界が無数に存在しているという考え方だよ」

「ご主人様、それはあり得ないと思います」

「どうして?」

「先ほど、ご主人様は光る穴に飛び込んだ世界と飛び込まなかった世界の2つの世界を提示されましたが、世界にはご主人様だけではなく、多くの人間が日々そういった選択をしておりますので、そのような全ての可能性を分岐させた世界が無数にあるというのは、あり得ないのではないでしょうか?」

「僕もそう思うよ。もしかしたら、常識では考えられないとんでもないスケールの世界が広がっているのかもしれないけど、可能性としてはあり得ないくらい低いと思う。ただ、僕が2つの世界を行き来したのは、紛れもない事実なので、少なくとも2つの宇宙が存在する可能性は高いと言えるんだよね」


 量子力学の世界では、コペンハーゲン解釈という、いくつかの異なる状態が重なり合っていると解釈する考え方が一般的なようだ。有名な「シュレディンガーの猫」もこの解釈に対して異論を唱えるために出された例え話だ。

 量子力学のミクロの世界では、常識では考えられない現象が起きることが知られている。

 例えば、ヤングの実験や二重スリット実験などは、その最たるものだろう。光や電子は、粒子であり波でもあるという証拠とされている。しかし、この実験が示唆しているものは、量子レベルでは並行世界が存在する可能性があるということだと唱える学者も居るようだ。


 あの世界が過去や未来の地球だったという可能性もゼロではないが、時空転移よりは重なり合った影の宇宙だと考えたほうが現実味があるのではないだろうか。

 こちらの世界から見れば向こうの世界は裏だが、向こうの世界から見るとこちらの世界が裏になるということだ。そんな表裏一体の世界が重なり合っているとしたらどうだろう? 量子力学の担当するミクロの世界では、常日頃から二つの世界は干渉しあっているとする。超ひも理論の超対称性粒子やダークマターなどの説明もできるのではないだろうか? 裏の宇宙に存在するから観測ができないのだ。


 ――なーんてね。


 学者でもない僕が適当に理由付けしても説得力に欠けるただの妄想にしかならないだろう。


 とりあえずは、この世界が僕が生まれ育った元の世界かどうかを確認する必要がある。

 少しでも記憶と違うところがあったら、別世界ということなのでパラレルワールドに来てしまったことになる。

 その場合、もしかすると僕が居ない世界ということも考えられる。

 両親が結婚していなかったり、していたとしても僕が流産しているか、そもそも受胎していなくて、妹の優子しか生まれていなかったりといった可能性だ。


 ――その前にレイコに連絡を取ってみよう。


【テレフォン】→『レイコ』


「もしもし、レイコ?」

「はぁああーん。んっ……あっ、ぬっ、主様ぬしさま? んんっ、駄目ぇ……」


 レイコの喘ぎ声が聞こえてきた。

 それはともかく、向こうの世界とも【テレフォン】で通信できることが判明した。これは重要なポイントだろう。おそらく、『夢魔の館・裏口』から向こうの世界へ行くことも可能かもしれない。ただ、これは慎重に行うべきだろう。

『ロッジ』の扉をうっかりと向こうの世界で召喚してしまったら、こちらの世界に戻れなくなってしまうからだ。


「いっ、今、仕事中でして……ちょっと待ってぇ……はぁーんっ、ぬしさまに聞かれてしまうぅーっ」

「……ごめん、後で掛け直すね。通信終わり」


【テレフォン】をオフにした。


「んんっ、ああぁん。ぬしさまぁ……もっとぉ……」


 レイコは、【テレフォン】を切るのを忘れているようだ。

 レイコが他の男に抱かれていると思うと興奮してしまう。


【戦闘モード】


 僕は、【戦闘モード】を起動して興奮を抑える。


【テレフォン】の魔術は、周囲の物音は一切入らずに術者の声のみ伝わる。声帯マイクのように雑音の多いところでも機能するのだ。

 しかも、音質が凄くクリアだった。本当に耳元で話しているように聞こえるので、喘ぎ声を【テレフォン】で送られると耳元で直接、囁かれているような感じになるのだ。

 こちらから【テレフォン】をオフにするよう命令しても良かったのだが、レイコの喘ぎ声はセクシーだし、全く不快ではないのでそのままにしておいた。おそらく、レイコは意図的に切り忘れて僕に嬌声を聞かせているのだろう。


 レイコの喘ぎ声をBGMに今後の方針を考えよう。

 やはり、まず最初に実家に帰るべきだろう。この数ヶ月の間、失踪していて、失踪理由が他人に理解されないだろうと思うと気が重いが、こちらの世界で生きていくには戸籍が必要だ。失踪扱いのまま7年経って、死亡扱いにでもなってしまっては困る。

 そして、家に戻るためには、今の魔術師のような服装ではまずい。


「フェリア、前に預けた僕の服を取ってきてくれる?」

「ハッ! 少々お待ちください」


 フェリアが『倉庫』の扉を召喚して中に入っていった。

 すぐに二つの袋を抱えて戻ってきた。


「こちらです」

「ありがとう」


 僕は、フェリアから二つの袋を受け取った。

 片方の袋には、オリジナルの衣類と革靴が入っている。上着には、携帯電話や財布、メモ帳やボールペンなどが入っていた。

 もう、片方の袋には、僕が作成したアイテムの衣類が入っている。

 裸になって着替えようかとも思ったが、いちいち着替えるのは面倒臭いので、装備として作成しなおすことにした。


【工房】


 僕は、目を閉じて装備の作成を始めた――。


 ◇ ◇ ◇


 以下の装備を作成した。


 ・綿シャツ

 ・綿の靴下

 ・魔布のジャケット

 ・魔布のネクタイ

 ・プラチナのタイピン

 ・竜革の靴


『魔布のジャケット』のポケットは、装備を『アイテムストレージ』へ戻したときに中の状態が保たれるように設計した。つまり、携帯電話やメモ帳などを入れておいても装備換装したときに一緒に格納されるのだ。


 装備を設定しておく。


『装備5』


―――――――――――――――――――――――――――――


 首:魔布のネクタイ

 服:綿シャツ

 上着:魔布のジャケット

 脚:魔布のスラックス+10

 足:綿の靴下

 足:竜革の靴

 下着:魔布のトランクス+10

 指輪:回復の指輪+10

 装飾品:プラチナのタイピン


―――――――――――――――――――――――――――――


『装備5換装』


 新しい装備に換装する。

 見た目は、僕が失踪する前とほぼ同じ状態のはずだ。

 携帯電話に電池を入れる。電源ボタンを長押ししてみたが、電源が入らない。当然のことながら、電池は切れているようだ。電池の切れた携帯電話を上着の内ポケットに入れる。

 財布やメモ帳、ハンカチ、ポケットティッシュなども上着の左右のポケットに入れる。水性ボールペンは内ポケットだ。


 何だか現代人に戻ったような気分だった。

 これまでは、常識外れなファンタジー世界の住人だったのだ。


「フェリア、悪いけどこの服を仕舞っておいて」

「ハッ!」


 フェリアに二つの袋を渡す。彼女は、『倉庫』の扉を召喚して中に入っていった。

 そして、すぐに戻ってきた。


「はぁはぁはぁ……」


 レイコの荒い吐息が聞こえる。

 どうやら、客との情事は終わったようだ。


【テレフォン】→『レイコ』


「レイコ、僕は元の世界に戻ったから、暫く帰れない。だから、そっちのことは頼むね」

「な、なんですと!?」

「たまたま、元の世界に戻るためのゲートを見つけて飛び込んだんだ」

「帰って来られるのですよね?」

「【テレフォン】が通じているくらいだから、『夢魔の館』の裏口も使えると思う。ただ、こっちでちゃんと拠点を作って行き来できるようにするつもりだから、それまで待ってて」

「どれくらいかかるのでしょうか?」

「早ければ数日、遅くとも10日以内には何とかしたいと思ってる」

「ふぅ……驚かせるのは止めてくだされ……」


 レイコは、安堵した声でそう答えた。

 もっと長く逢えなくなると思ったようだ。


「じゃあ、よろしく。通信終わり」

「ハッ!」


 僕は【テレフォン】をオフにした。


『現在時刻』


 時刻を確認してみると、【15:56】だった。

 この時刻は、おそらく異世界の時間だろう。

 先ほど見た感じでは、こちらの世界は早朝のようだった。

 異世界とは、8~10時間くらいの時差があるようだ。

 僕が出張先で光に吸い込まれたときは、夜の11時前くらいだったが、向こうの世界は明るかった。


『ロッジ』


 僕は、『ロッジ』の扉を召喚した。


「【インビジブル】は、忘れずに掛けておいて」

「ハッ!」

「御意!」

「分かりましたわ」

「分かった」


 扉から外に出る。


 フェリア、ルート・ドライアード、フェリス、ルート・ニンフが出たのを確認してから扉を閉めて、『アイテムストレージ』へ戻す。


「これから、僕の実家に帰る。君たちは、玄関先で帰還させるから」

「危険はないのでしょうか?」

「こっちの世界は、モンスターが居ないから、ずっと安全だよ。刻印を施した人間も居ないしね」

「分かりました。何か危険を感じたら、迷わず我々を呼んでください」

「分かった」


 使い魔たちに出発を指示する。


「一気に移動するよ」

「ハッ!」

「御意!」

「分かりましたわ」

「分かった」


【ハイ・マニューバ】


 僕は、【ハイ・マニューバ】を起動して一気に上昇する。

【インビジブル】は、この世界に来てからずっと掛けたままだった。

 現在起動している自己強化型魔術は、【メディテーション】、【トゥルーサイト】、【インビジブル】、【ハイ・マニューバ】、【エアプロテクション】だけだ。


 あれから1時間くらい経っているので、太陽は先ほどよりも少し上に昇っていたが、まだ朝という位置だ。

 太陽の方角から90度右の方角――南――へ向かって飛行する。

 あまり高度を取りすぎると旅客機などの空路に迷い込む可能性があるので、送電線より少し高いくらいの位置を飛行する。

 ずっと冬景色の山地が続いている。もしかすると、奥羽山脈だろうか?

 僕は、栃木県寄りの宮城県でゲートに吸い込まれて、神奈川県の辺りに飛ばされた。今回は、宮城県か山形県の辺りでゲートに飛び込んだ。位置関係が対応しているとしたら、ずっと北の岩手県か青森県の辺りに出た可能性がある。


 ◇ ◇ ◇


 暫く飛行していると、新幹線の線路らしきレールが見えてきた。

 このレールを辿れば、駅で何処にいるのか確認できるはずだ。

 すぐに人口密集地らしき風景になった。平地には雪は積もっていないようだ。

 高度を落としてレールの上を飛行する。青緑色の車両が走っている。僕は鉄道オタクではないので、その車両の型番などは分からないが、それが東北新幹線の車両だということは分かる。出張でよく利用していたからだ。

 二つの新幹線の線路が駅に合流する地点に来た。駅名を確認するまでもない。ここは福島駅だ。

 念のため、速度を落として駅のホームを覗いてみたが、間違いなく福島駅だった。


 このまま、東北新幹線のレール上を進んでも僕の実家とは方向が異なる。しかし、空を飛んで自分の家へ移動したことなどないので、最寄り駅まではこのレール上を進んだほうがいいかもしれない。といっても実家から東北新幹線の最寄り駅までは、かなりの距離があるわけだが。

【ハイ・マニューバ】ならひとっ飛びなので、回り道をしてもそんなに時間はかからないだろう。迷うよりはいいと考えレール上を移動することにした。


 逸る気持ちを抑えて、僕は東北新幹線のレール上を飛行した。

 栃木県にある小山駅おやまえきで東に進路を変更する。

 筑波山などの山々を右手に見ながら山地を越え、少し右にカーブした辺りに僕の住んでいた街があった。


 ――懐かしい。


 ここから少し南に行くと霞ヶ浦がある。国防軍の飛行場もその近くにあったはずだ。

 こうして見ると田んぼが多い。東京までそれなりに距離があるし、割と田舎だ。


 家の近くに来たので、高度と速度を落として移動する。

 見知った場所でも上空から見ると新鮮だ。


 ――あった!


 僕は、生まれ育った家を見つけた。

 玄関先に降り立つ。


 僕の実家は、こぢんまりとした一戸建て住宅だ。

 僕が生まれた頃に建てた家らしいので、築二十数年だろう。

 ごく一般的なハウスメーカー製の住宅だった。


『フェリア帰還』『フェリス帰還』『ルート・ドライアード帰還』『ルート・ニンフ帰還』


 使い魔たちを帰還させた。

【インビジブル】、【ハイ・マニューバ】、【エアプロテクション】をオフにする。


 そして、僕は玄関のチャイムを押した――。


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