第23話 接近へ。

 ガシャン!

 玄関前の石畳の上に、砕けたガラス片が派手に散った。

男に、酒瓶を間違って落とし割ってしまったと小声で伝えると、ノータの髪を掴み小突きながら大声で罵る男に、何度も謝り頭を下げ、新しい瓶を用意してくれるよう頼んだ。

 男が倉庫から小ぶりのガラス瓶を持ち出してくると、受け取り急いで行ってくることを告げ通りへ走り出す。


 間違っては、嘘だった。

何度もローズへ足を運ぶため、事前に、倉庫に小ぶりの瓶しかないことを確かめわざと落としたのだ。


 一晩のうち何度も通い、集まる酔客の話に耳を傾ける。

男たちの会話から、アリオがこの町へ来る日が近いことを知った。

アリオの名前が出る度、胸に嫌なざわめきの波が立ち、握りしめた両の手にはじわりと汗が滲む。


 何度目かの夜。

ぎぃ、と相変わらず重い扉を押し開けると、カウンターから離れた壁際のテーブルに初めて見る顔があった。

 ドクン、と心臓が跳ね上がる。


 いつものようにカウンターへ行きマスターへ瓶を手渡すと、いつもの窓際ではなく見知らぬ男がついているテーブルから、少し離れた壁際の椅子に座った。

 

 黒く背の高い帽子をかぶり、色白で細面の男は、体にピタリと張り付くような白いシャツを身にまとい、首元から金時計長い鎖を伸ばしぶら下がっている。

 帽子と同じ黒いコートは椅子に、とそこまで観察して男の向こう側に座っている女の子に気がついた。


 くしが通されておらず絡まり放題のくすんだブラウンの髪、着ているベージュ色のワンピースは全体が薄汚れ、袖口がほころびている。そして靴を履いていない。裸足の足先を、固まりかけた泥で汚しているのはノータよりも小さな女の子だった。


男の子供だろうか。

そこでハッとする。

女の子だ。


 帽子の男は、琥珀色の液体が入ったグラスを持ち上げ、音を立ててその口に流し込むと赤く長い舌を出しぺろりと唇を舐める。

飲んだり食べたりしているのは男だけで、女の子の前には何も無い。


 とそこへ、長い顔のマスターが湯気が出る皿を2枚テーブルへ置いた。

「幼い子供にはきちんと食べさせるようにと前にも言ったろう、アリオ」

「マスターさんよ、頼んでねえものに払う金はねえ」

「おれのおごりだ」

マスターは、長い顔を女の子に近付けると、その瞳をのぞき込み、優しく「さあお食べ」と促した。


 ガタン!

ハッと顔を上げると猟師の1人が、カウンターの椅子を倒し立ち上がったところだ。









 


 

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