第20話 空虚な。

 2本沢を越え谷へ入る頃、朝陽が森を照らし始めると、ベールのようにかかっていたもやが溶け出すように薄くなってゆく。


 全身を隙の無いアンテナに変え先を進み続ける。

そろそろ、この間入って来た赤ギツネたち、若造どもの気配を感じていい頃だがそれが無い。

 谷を抜け次の山へ続くけもの道へ足を踏み入れると、朝に感じた死臭が強くなってきた。


 居た――。


罠に足を取られた赤ギツネが変わり果てた姿でそこにいた。


濃厚な血の匂いが満ちている。

他に仕掛けられている罠がないか一通り確認して近付く、いつは確かリーダー格だった奴だ。


肩に胸に腹に腰に、無残にも銃弾が撃ち込まれている。

なぜだ?

この罠は猟師のものだ、だがは猟師はこんな殺り方はしない。毛皮に傷がつけば金にならないからだ。


嫌な予感が当たってしまったことに総毛立つ。


これは、殺すためだけの殺しだ。

銃弾が撃ち込まれた周囲の毛がどれも焦げている。相当な至近距離か銃口を体に押し付けられて撃たれたか。

右目の少し上にある深い裂傷は、動けないよう固いもので殴りつけられた跡だろう。流れ出た血を吸った、もとは柔らかな毛は光沢を失い固まりつつある。


むろん俺たちも殺す。

そうして生きている。

必要だからそうする。


だが。

無駄な殺しはしない。

それは生きていく上での、ルールブックには載っていないルールだと父親がいつか口にしていた。

当時は意味がわからなかったが、今はわかる。痛いほどに。


生きるため、森を切り火と道具を使い丈夫な住み家を持ち、何かを金に変える人間。

いつかの夜、俺を罠から救ってくれたのも人間だ。


生きるためではないのに、殺す人間がいる。

生きるためではないのに、救う人間がいる。


なぜだ?

俺にはわからない。

ただひとつわかっていることは、赤ギツネを殺した人間はカンナと子供たちにとって、危険極まりない存在だということだ。


あの夜。

「痛かったでしょう、ごめんね」

小さな声でそう言ったとび色の瞳をした少女、その姿を脳裏に思い起こすと冷え切った心がほんの少しだけ温まる気がした。


息絶えた赤ギツネに黙祷すると、危険な存在の所在を確かめるべく鼻のセンサーを全開にして、その歩を進め先を急ぐ。
















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