第6章 森と町と

第16話 静けさ。

昼間、男は狩りへ行き、母さんは畑へ行く。


ノータはパピを連れ、森へ行く。

ここは、15分も歩けば町の外れへ抜け出せるような、今まで知っていた森とは違っていた。

木々の1本1本が太く、その背は高く枝葉を広げ、下から見上げるとまるで、背高のっぽの巨人が両の手を広げているようだった。

沢に近付くにつれ、数を増してゆく苔むした岩々は柔らかな緑の絨毯をまとっているようでため息が出るほど美しい。


下草が密集しているところで耳を澄ますと、カサカサと小さな生き物たちの存在が聞こえ、パピの楽しそうな探索はいつまでも続く。

途中で見つけた大きな木の根元にある洞は、腰を落ち着けるのにちょうど良く、そこへすっぽり体を沈めていると、柔らかな春の陽射しが差し込む森の息使いを全身で感じられる。

ここに入ってパピを膝に抱いていれば、狩りへ出かけてゆく男達に気付かれることもない。唯一安らげるひと時だった。


毎晩、男は銃の手入れをする。

分厚い手で磨かれ鈍い光を放つそれが、恐ろしくて仕方がなかった。酒が切れると機嫌が悪くなる男のため酒場へ足を運ぶ。

男が道具を手入れする様子を見ているうちに使い方を覚え、罠にかかったキツネを逃がしたことを最初に見付かった時は、頬と頭を嫌と言うほど殴られた。母さんが守ってくれなかったら、あの時殺されていたかもしれない。


去年の冬、仕掛けにかかっていた銀ギツネを逃がした時は慎重に、罠に油を塗り直し丁寧に埋め戻しておいた。

あの時のキツネは、やせ細り今にも死んでしまいそうだったけれど、罠を外す手元を見つめる瞳はとても静かで、ノータの言葉を聞き入っているようにもみえた。

あの子はどうしただろう。


町の子供達は明るく、いつも気さくに話しかけてくれる。

ありがとう、ごめんね、としか返さないノータに、新しい友達を受け入れようとして落胆の色を隠さない彼らはきっといい人だと感じる。

それでも、おりのように降り積もり層をなす悲しみは、誰にも分け合えないものだと思うノーターは、ピタリと心の扉を閉じたままでいた。










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