追記10 識字率
今後考えるための材料を列挙しただけで、全く建設的な内容でないことを先にお断りしておく。
■余談24
マリーが住んでいるのは異世界なので、地球と同じ歴史を辿る必要はもちろんない。しかし、どのような条件が揃えば識字率が高く(低く)なり得るか、どのような立場の者なら字を書けるのか、を考える際に、実際の歴史は参考になるのではなかろうか。
ただし、私は歴史に疎い……。
一時期「趣味ジャンヌ・ダルク」だった関係で、唯一、英仏百年戦争末期のフランスだけは少々馴染みがある。必ずしも中世ヨーロッパ風異世界を書きたいわけではないが、まずは、蔵書の範囲で調べてみる。
ジャンヌ・ダルクは1412年頃、フランス東部の村ドンレミで農夫の娘として生まれた。彼女は字を読み書きできなかったが、仏軍とともに戦うようになってから「ジャンヌ」という綴りの書き方は習ったので、直筆署名の入った書簡が現存している。
英軍に捕らえられ裁判にかけられたとき、本当に自分が証言したとおりに記録されているか、字を読めない彼女は確認することができなかった。
比較的裕福な家とはいえ、この時代の農家の娘には恐らく、字を習う機会はなかったと思われる。
ジャンヌの戦友に、のちに少年大量殺人犯として処刑される貴族ジル・ド・レがいる。
■余談24-1
ジョルジュ・バタイユ『ジル・ド・レ論―悪の論理―』(二見書房、1969年)
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富んだ家に生まれたおかげでジルは二人の聖職者の家庭教師をつけられており、彼らから読み書きを教えられたものであったであろう。事実は彼はラテン語を知っており、それを喋ることさえできたに違いない。しかし彼がほんとうの教養を身につけていたかどうかは疑問である。彼は相当数の写本を持っていたが――大部分は相続財産の一部であったのだ――それはなにも彼がその読破に生涯の一部を捧げたということにはならない(4)。(p.45)
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訳注(4) この当時にあってはもちろん印刷された本はまだ存在しておらず、従って書物は大変な貴重品であり、大貴族の世襲財産の一部をなしていたのであるが、彼らは往々にして文盲であった。(p.47)
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「領主」という言葉で、詳細にイメージを思い浮かべられるモデルがジル一択、というのは我ながら問題だと思う。そんな血みどろ領主を書きたいわけではないんだ……。
ジル自身は、文字を解する。しかし、十一歳で両親を亡くし、彼と弟は教育に無関心な母方祖父に引き取られた。そのため、弟は読み書きできなかったらしい。
■余談24-2
阿部謹也『ヨーロッパ中世の宇宙観』(講談社学術文庫、1991年)
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コンスタンツ中世史研究会の「プロトコル」二四五号(一九八一年四月七日~十日)は『中世中・後期における社会的変動のなかの学校と学芸』と題するシンポジウムをのせており、冒頭でヴェンデホルスト教授が「中世で読み書きできたのは誰か」という短い公演を行っている。ヴェンデホルスト教授は、(一)支配者、(二)聖職者、(三)騎士、(四)ユダヤ人、(五)商人について展望し、支配者についてはメロヴィング朝からカロリング朝にかけての支配者の大多数は文盲であり、読み書きができたルードヴィッヒ経験王、オットー三世、ハインリッヒ二世、四世、五世の他数ヵ国語をあやつったカール五世までの間に連続性はみられないとのべている。聖職者にも十四世紀中葉まで書く能力はほとんどなく、騎士層にいたっては中世以後も読み書き能力はほとんど評価されず、いわゆる騎士文学と称するものの多くも文字とかかわらぬものであり、作者の多くも後代においてすら読み書きができなかった。こうしたなかでユダヤ人のばあいはごく普通の人でもヘブライ語の読み書きができた点で注目に値する。また商人も早くから商人学校をつくり、かなり読み書きができるようになっていた。全体としてひとつの都市の人口の一〇~三〇パーセントが読み書きできたとみている。(pp.76-77)
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識字率の高い社会ではない場合。
領主は、家庭教師に教育を受けたことにすれば良いとして。
マリーに関しては、一番読み書きできる可能性が高いのは〝都市の商人の娘〟だろうか? しかし「マリーの村」、牧歌的な農村のイメージしかないのよね。どうしよう。
■余談24-3
池上俊一『魔女と聖女 ヨーロッパ中・近世の女たち』(講談社現代新書、1992年)
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後期中世には、修道女の読み書き能力が著しく低下した反面、俗人の女性が相当数書物を所有し、それを自ら読み、また息子や娘の初等教育にもちいたことが徐々に明らかになりつつある。
たしかにいまだ貴族や上流市民の女性に限られているとはいえ、彼女たちは十四世紀には相当数の書物をもつようになっていた。そして十五世紀になると、一気にめざましい書物所有の高潮が訪れる。(中略)それになにより、家の教育係りは母親であったから、女性のほうが文字を読む能力を要求されたのである。(p.215)
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彼女たちの読書習慣を援助した技術的要因もあったといわれている。それは一四世紀前半に一般家庭の暖炉と煙突が発展して、煙を屋外に排出しつつ部屋内部を安全にあたためることができるようになったことが第一。
暖炉は、それ以前のおおきな共同区域(土間)の中央に陣取っていた囲炉裏にかわってあらわれた。それは個々の部屋に付属させることができるため、個人用の小さい部屋がつくられるようになった。
また第二に、窓硝子がほぼ同時期にあらわれたことも、平和で快適な室内読書を、プライヴァシーの確保とともに可能にすることになった。
第三に、十三世紀までに眼鏡が登場し、最初は老眼用のみだったが十五世紀半ばには近視用の凹レンズも誕生したことも大切である。
第四に、十四・十五世紀にはより安価な写本製作が可能になり、さらに十五世紀末までには、小さな本の印刷技術が改善された。かくて、この時期までには本は下層市民の女性にも手のとどく値段になっていたようである。(pp.218-219)
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……ジャンヌって、十五世紀だよな。
同時代のフランス貴族に文盲が多いのに、この〈彼女たち〉ってどこの人だろう。
暖炉や窓硝子の出現が読書習慣を援助した、というのは面白い。
家庭内で、親から子供への文字教育なら、学校なさそうな村でも、家庭の方針でいかようにも設定できるか?
■余談24-4
ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎(下)』(草思社文庫、2012年)
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初期の頃、文字は用途が制限されていたので、曖昧性を減少させる方向に積極的に向かう必要もなかった。古代シュメールの王族や僧侶は、書記に文字を使わせて、税として取り立てた羊の数を記録させていた。彼らは、大衆が文字を使って詩や物語を書くとは考えてもいなかった。古代の文字は、人類学者クロード・レヴィ=ストロースが指摘しているように、「他の人間を隷属化させるために」おもに使われていた。文字の読み書きが専門ではない、いわゆる一般の人びとが文字を使いはじめたのは、後世になって、文字が単純化されるとともに表現力が豊かになってからのことである。(pp.49-50)
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シュメール、メキシコ、中国、エジプトといった、独自に文字を作り出したと思われる社会も、クレタ、イラン、トルコ、インダス渓谷、マヤ地方のように、文字を早いうちに取り入れた社会も、複雑で集権化された社会であり、階層的な分化の進んだ社会であった(食料生産と社会体系との関連性については、別の章で考察する)。納税の記録を示したり、国王の布告を表した初期の文字は、そうした社会体系のもとで必要とされた。これらの文字を読み書きしていたのは、余剰食料によって支えられた官吏たちだった。狩猟採集民の社会では、文字が発達しなかった。よその社会から借用されることもなかった。食料生産をおこなわない狩猟採集民たちは、農耕民たちのように余剰食料というものを持たず、文字の読み書きを専門とする書記を養うゆとりが社会的になかったからである。(pp.51-52)
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マリーの世界は、ここまで古代寄りではないと思うが。
読み書き専門職(書記)以外にも文字が使用可能な段階に入っていないと、領主とマリーの間で私信のやりとりなどできないよなぁ。
ところで、ジャンヌ以外の私の趣味は「縄文~古墳時代」「インカ文明」である。
……自分の手持ち資料の範囲では、どう頑張っても識字率が高い社会にならない、ということを悟った。
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