第三部
「......ん、むぅ......」
「――おい君! どうしたんだ、君!?」
......なんだ......?
騒がしいな......僕は今寝ているんだ......辛くて悲しい、狂った世界のことなんて忘れて、優しくて温かい、ふつうの世界の夢を見ているんだ......
そんな世界を夢見て......そんな世界に、夢見て......
そして、僕は......
「君!」
「うわあああああああああ!!」
唐突に、意識が覚醒する。
相当深い眠りだったようで、どんな夢を見ていたのか......すっかり思い出せない。
僕は......?
「まったく、公園なんかで寝て......君、ご両親は?」
「え、あ?」
周りを見ると、何と既に太陽が落ちかけているところだった。
そういえば、昨日の記憶がまったくない。
僕は一体どうしてしまったのだろうか。
それ以前の記憶ならばあるのだが......
僕はどうして公園のベンチなんかで眠ってたんだ?
......とにかく、帰らないと。
僕は、僕を心配して起こしてくれた親切な
「あー、ご心配おかけしてすみません。どうやら遊び疲れて、このまま寝てしまってたみたいです......」
「......そうか。ならいいんだが。気を付けて帰れよ。なんでも最近、ここら辺に住んでる、君と同じくらいの子が発狂した、なんて話もあるみたいだからな」
「へぇ......それは怖いですね」
ふぅん。発狂ね。
何か恐ろしく怖いものでも見たのかな。
まぁ僕には関係のない話だけれど。
「よっと......ん?」
立ち上がろうとした際に、僕の体の上に乗っていた本が、バサリと地面に落ちた。
「あぁ、その本。近くに落ちてたんだよ。随分汚れてるけど......君の?」
「え、あぁ、はい」
僕は頷きつつ、その本を手に取った。
タイトルは、『へいわなにちじょう』。
どうしてこんな本がここに?
特に思い入れもない、普通の本のはずなのに......僕は昨日、どうしてこの本を持って公園なんかで寝ていたんだ?
分からない、分からないけれど......何だろう。
悲しい、という感情が、訳もわからずに飛び出してきた。
原因は分からない。ただ、この本を見た瞬間に......僕は悲しいと感じたんだ。
既に液体でぐちゃぐちゃだった本の上に、更に僕の涙が一滴落ちる。
「君......どうしたんだ? 泣いてるのか?」
「なんで、なんででしょう......すごく悲しいんです。心のなかに、いつの間にか大穴を空けられたような......そんな悲しさが、ずっと僕の中を支配するんです」
二滴、三滴と、徐々に落ちる涙の数は増えていく。
それと同時に、僕の悲しみもなくなって......いや、癒えていくように感じた。
「......辛いことが、あったんだな」
「......はい。今は泣かせて下さい......いずれ、こんな気持ちも忘れられるから......」
僕は涙ながらに、ページをめくる。
『へいわなにちじょう』
『きょうもまた、へいわなにちじょうだった。そんなにちじょうに、あこがれていた』
『たいようはきょうも、おはようとあいさつをしにきた。たったそれだけのことに、あこがれた』
『ぼくも「おはよう」とあいさつをした。それがたまらなくうれしかった』
『「いただきます」といって、ごはんをたべた。ごちそうさまでした。もうにくだけのりょうりなんて、こりごりだった』
『きょうはきらいなにんじんも、のこさなかったよ。ひたすらやさいが、たべたかったから』
『がっこうでべんきょうをした。むずかしいところはともだちにおしえてもらった。ともだちはほかにもたくさんいた。へいわだ』
『ふとそとをみると、あめがふっていたので、きょうはかさをもってきてないなぁと、ゆううつなきもちになった。もうすぐよるがくることも、すこしこわかった』
『よるになると、みんなはうごきだす。ばけものになって』
『ぼくも、ばけものになる』
『でも、これでもまえよりはましになったんだ』
『まえは、いちにちじゅうずっとばけものだった』
『でもいまでは、いちにちのはんぶんをにんげんでいられる』
『たいようがあるあいだは、ばけものになることなく、へいわにいきていける』
『それはとてもとても、へいわなにちじょうだった』
......
......僕、は。
これ以上に......もっと平和な、世界......を?
夢......見て?
いたんだ......よな。昨日......いや、それ以前から?
でもダメだ。
思い出せない......僕は昨日、何があって......どうして......変わっていないんだ?
「なぁ君、もう夜だし、さっさと帰った方がいいんじゃないのか」
僕に話しかける......全身トゲだらけの男。
夜が来たんだ。
みんなはバケモノと化す。
いや、バケモノだと、普通は認識しないのかな。
この姿になることはおかしなことではないから。
ただ普通で、ありふれたことなのだから。
だからこそ、僕はこれ以上の世界に......憧れ、夢見たのかもしれない。
「......あぁ、あなたはそうなんですね。あまり見ないタイプです」
「そういう君は、ろくろ首か。メジャーだな」
「まぁ、そうですね」
僕たちはそのまましばらく、しげしげと互いの体を見つめあった。
変わってしまった体。バケモノの体を。
涙はいつの間にか、止まっていた。
「......そろそろ、帰ります」
「おう。気を付けてな」
......さて、もう泣くだけ......泣いた。
もうこれ以上、出す涙はのこっていない。
絞り出す記憶も......感情も。
僕は全てを元通りにして......再び、歩き始めるんだ。
バケモノたちの、夜の時間を......
バケモノナイトを......
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