老潜機鋼ヘルダイバー/鉄機 装撃郎


※ネタバレ全開で行くのでそれでも構わない人のみ進んでください※




【序文】

カクヨムロボ作品のなかでも文庫本一冊で収まっていてなおかつ綺麗に完結している作品であり、

科学的な考証をしたうえでロボットものとして成り立たせている。


さすがは鉄機氏というと内輪向けなので言い換えると、文章力は高い。

おかしな表現もほとんど見当たらなかったし、科学的な考証もしっかりとしている。


戦争に意味を見出せず奪うばかりだった幾ばくもない老人が、ある日自身の任されていた船の制御AIに意識が宿っていることに気がつく。

木星の金属海の果てを目指そうとするAIのために、戦友とともに最期のミッションに身を投じるのだった。

果たして老人は立ちふさがる謎の機体ガイストを打倒してAI『アイ』を送り出すことができるのだろうか?


読んで決して損はさせない作品である。

読了感すっきりとした良作SFである。



【物語の流れ】

起 主人公ブルの追憶 余命幾ばくもない。金属種に殺されるだろう。木星とヘルダイバーについて。世界観説明。

承 アイの挙動がおかしくなり相棒チャックの手により意識が宿っていることが判明 願いをかなえるべく木星の金属海へ

転 ガイストとの死闘の末に勝利する

結 アイが去っていく。ブルは眠りについた。


といったところだろうか?


【良点】

・完結している

 解説講座はともかく7万文字程度で綺麗に物語を完結している。

 完結せず投げっぱなしにされる作品が多いネット上において、とてもすばらしいことだと思う。

・科学的考証の正確さ

 曰く電卓を叩きながら計算した(と聞いてます)作中のブラックホール兵器や、ロボットの機構などは違和感なく世界観に投入されている。

 科学的描写に強い鉄機氏の面目躍如である。

・金属海という未知に挑んでいくロマン

 木星という極限の環境に挑んでいくダイバーを主軸に据えたストーリーであり、ロボットものというより潜水艦による海底探査を想像するとわかりやすい。

 ロマンに溢れているので読んでいてわくわくする。

・滅びの美学

 老人が命をかけて戦うというものであり、作者のフェチズムがこれでもか! と詰め込まれている。

 某痩せ馬がビームラム展開しながら突撃していくシーンに胸打たれた人にはブラックホール級の威力がある。

・ラストシーン

 『おやすみなさい』。

 ここまで読んできてよかったと思わせる。


【悪い点】

・寿命のつけ方の悪さ

 金属種で寿命のリミットがついているという点。普通になんらかの病を患っているという風にするべきだったような気がしないでもない。

 意図的に脳に聴覚を視覚として読み取るインターフェースを移植しているといった風にすればよかったのではないか

 あるいは普通に寿命が来て死に掛けているとか

・ほいほいと見つかるブラックホールウェポン

 たまたまサルベージしたのかはどうかはわからないがあっさりと回収されすぎである。集中運用すれば基地を破壊できる爆弾をたまたま回収はどうなのか?

・何も解決していない

 アイが木星に潜って行ったのはいいし、ブルが目的を達成したのはいい。

 だが結局何が起こっているのか。アイはどうしたかったのか。ガイストはなぜ攻撃してきたのか。木星の音とは。木星の最深部に何があるのか。

 など数々の謎がほったらかしで終了してしまうので、一見綺麗に終わっているように思えて煮えきれない感情を抱いてしまう人もいるだろう。

・アイのキャラクター性の薄さ

 最初から最後までほぼしゃべらない、意思表示も薄いせいか、キャラクターというよりガジェット程度の薄い存在となっている。

 人間くさいやり取りを求めているわけではないが、連絡船の道具や計器を使ってそれなりに意思表示をして欲しかった。

 船が航路を超深海に向ける、だけではさすがに厳しい。

 唯一普通のやり取りが「はい」だったと記憶している。少なすぎてブルはともかく、アイに感情移入どころではない。


全体

場面切り替えでもないのに


・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・


・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・


と切れている。何か意図があるのかどうかはわからないが正直いらないと思う。


【終わりに】

本作は熟成したワインのような芳醇な香りのするSF作品である。

最後のシーンのためだけにあるといっても過言ではないストーリーだと思うし、そう意図して書いていると思う。

続編はいらないし、あったとしても続編しようがない。少なくともブルでは。

どれもハイレベルにまとまっているので一度読んでみることをお勧めする。





以下、自身が作品を読むにあたって感じた点を書いたメモである。

読んでいて思ったいたことや突っ込みや誤字脱字や表現について記入してある。



Above sea level 1「青年期の終わり」

・素朴な疑問だが共感覚で音が図形に見えるのか? 逆は聞いたことがあるし自分も文字に色が見えることがあるのでわかる。

・夥しい →ルビ必要

・煩い →ルビ

・短距離音波通信 →ばれそう。大丈夫なのか?

・音響兵器ということは音と同時に到達するはず。どう回避している?

 地震のように初期に到達する音波と本命の音波があり、

 それを聞いているといった風にするといいのではないか

 ただし、このあたりにくどくど文章量を裂くとテンポが悪くなる

・潮汐力 →ルビ


下でも書くがブルが入隊を決意した理由とか、経緯とか、ここでは書かないにしてもどこかでそれとなく匂わせるといいと思う。

よくあるのが入隊前の写真立てを見るシーンとか


Above sea level 2「内なる金属海(うみ)」

・攪乱 →ルビ

・強力な音波 アクティブソナー?


Above sea level 3「潜航妖精・アイ」

・タイトルネタ元の引用方法が若干寒い。何かうまい表現に切り替えるか別の元ネタを使うか

・ブルを始めとするダイバーのパイロットには、必ず体内に金属の種・が埋め込まれている

潜水艦乗りだってそんなことしないのに、ダイバーだけがこの処置を行う必要性は?

寿命が残り少ないことを強調するためのガジェットなのだろうが、正直いらない設定ではないか

再生医療が確立されているといった記述もあるのでなおさら危険性が高すぎるように思える。

後述する音響兵器のメカニズムが音波波長を特定領域で重ねることで物理的破壊力をもたらすシステムで、そこまで音響関係の性能が上がっているならばなおさら


Above sea level 4「老人は電気巨神の夢を見るか」

・追憶が弱い おしいと思ったのはブルの過去が弱いことかもしれない。

 過去へのやりきれない気持ちがあるのはわかるけど、過去描写が弱い。

 せめて最後に一花咲かせてやろうぜなのは面白いと思う。

・数百年前 ○○世紀とかで言い換えたほうがいい。21世紀初頭とか

・些か →ルビ

アイが深層に行きたがってるからというのはわかるが、見方によっては狂ったAIの自殺につき合わされているようにも見える。

そこも含めてらしいと言えばらしい。


Above sea level 5「終わり行く戦い」

あえて省いたのだとは思うけどアイが某戦闘妖精雪風みたいに解析ソフトでも使って間接的になんらかの形でコミュニケーションを取ってほしかった。自然言語でぺらぺらしゃべると興ざめするかもしれないが喋るのはみたかった。

とはいえラストの場面がそれだけ際立つので、あえてしゃべらせていないのか


Above sea level6「アイに花束を」

・高熱 圧力を遅延場で致命的な数字にならないように制御して、通常空間に出た時に圧電素子かなにかで熱に変換して徐々に排熱している?

・大規模整備(オーバーホール) というより分解再組立ではないか

・縮退炭素結晶弾頭 引き揚げてこれるとか修羅の星すぎる。若干ご都合を感じなくもない


Above sea level7「たった一つのバカげたやり方」

・超深海層への侵入がこれほど制限されているということは、何か隠されているか見られたくないものでもあるのか?


Above sea level 8「木星(ほし)を継ぐ者」(前編)

・ボタンを押し込んだ途端、瞬く間に周波数を上げていく圧電素子の振動 →途端を使った直後に体言止めはちと違和感がある

・まともに音波を食らえば繊細な聴覚には混乱が生じてしまう →フィルタリングとか一定の閾値を超えた音をセンサーで遮断する機能くらいはあっていいのではないか


Above sea level 8「木星(ほし)を継ぐ者」(後編)

・圧潰 →ルビ


Above sea level 9「老人と金属海(うみ)」

・発振寸前の高周波により、海刃を収めていた密閉空間の何もかもが砕かれていく

 発振してないのに砕かれているには少々表現がおかしいか? 余波や予備運転によるものと表現してあげるべきか

・神速の判断で回避機動を見極めると、ガイストの両腕は力強く羽ばたいた・・・・・

 →は ではなく が ではないか。


 あくまで推測の域を出ないがアイのような固体がほかにもいてヘルダイバーに搭載されたものもあったのではないかと思ったらあたっていた。

AIが何を思って深海にいこうとするのか。なんとなくだが音を聞いて潜るために開発されたからこそ木星の電磁波などが発する音に引きよせられるのではないか

もしくは2001年宇宙の旅のように木星に何かがあるのか?


老兵最期のあがき。燃える。


・まるで鏡合わせに描かれたかのような弾道は、中央で僅かに交わり合っている。二つの縮退炭素結晶弾が互いを掠めていった結果として、着弾地点は僅かにぶれていた。

 →弾丸の一瞬の交錯が見えるようだ……


おやすみなさい。

この言葉が締めくくりにふさわしい。

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