第23話 虚構ではない世界

ワシは医学書の書架から脳に関する知識を片っ端から手に入れた。


次に世界中の拷問、世界中の死刑執行に伴う苦痛記録。ワシの世界から約2000年間にわたる人類の人体実験の本に付いて脳みそに叩き込んだ。4.5ギガしかないワシの脳みそは、すぐに容量がいっぱいになりかけたが、ほんの少しだけ空き容量を見出すことができた。


そこで前々から気になっていたワシが時空を超えた日にちの新聞を探すため、図書館を走り回った。受付の男に新聞は二階の別のフロアに収納されていることを教えられ、案内された。


男と一緒に二千年前の新聞を探して20分、それらしい見出しを発見した。


「ノーベル賞受賞者 古谷里穂 夫 古谷孝 失踪」


コレだ!


ワシはすぐに脳に叩き込んだ。そして一文一文を丁寧に読み返していった。



ノーベル賞受賞者 古谷里穂 孝さんが失踪して行方不明。里穂の知り合いや知人は好きなことばかり言っている。うつ病を患っている、精神的にまいっていた。過去に研究者を諦めた過去。新聞というのは名ばかりの低俗な雑誌レベルの記事しかない。



1番腹立たしいのはワシの記述である。将棋仲間の連中はワシがボケていた、同じことを何度もする。犬の糞の後始末をしない。もはや、言いたい放題でワシは死んではいないが、死人に口なしの状態である。



バカな専門家がノーベル賞受賞のプレッシャーでストレスになり無理心中か?二人はお互いの介護で疲れ切っていた等の記述で締められていた。


当てにならない記事は置いておいて、ワシらを2,000年先に送り込んだ肝心の大日本電機工業の名前が一切出てこない。


いくら探しても出てこないので、受付の人に聞くと「さあ、そんな会社聞いたことないですね」


「わからんだと。今すぐ二千年前の全会社のデータの中から大日本電機工業のデータを探してくれぬか?」


受付の男は本棚を本にしまい「いいですよ。コピーした紙のデータを渡しますね」男は黙って一階に降りて、奥の事務室へ入り込んだ。



しばらくして男が3枚ほどの紙を持って私を呼んだ。「これが簡単な概要になります。かなり前の企業ですけど、何かあったんですか?」



ワシは紙を奪い取り、穴をあける勢いで凝視した。大日本電機工業 2054年から2192年 会社設立から倒産までの過程 設立 官営機関 原子核理論研究所を民営化に際し分社化とある。



その後、大量のエンジニアを雇いタイムマシン、地球の地底掘削、深海探査機の生産及び研究。タイムマシン発明以後、様々な会社の波に押され停滞、倒産とある。




そして、肝心のタイムマシンの記述を見ると人類初の時空を超えた人間は佐藤歩とある。


佐藤歩は未帰還。


未帰還の責任問題も世間ではクローズアップされ企業のブランド力の低下とある。


ワシは二つの衝撃を受けた、一つはワシらの時空移動を失踪の形で片付けたこと。もう一つ、ワシらは時空移動を初めてした人ではない、佐藤という人物が未来へ行き未帰還という事である。


従って、わしらは元の世界では殺され、未帰還の人間がいるということは戻れないことを意味している。そして、大日本電機工業はワシらの一連の出来事をもみ消した。


ここで、ワシはこの世界が大日本電機工業の虚構世界でないことを知り、今まで行ってきた行為の野蛮さから脊髄が震えだし、顔から脂汗がところてんのように押し上げてきた。


ワシは同じ地球にいながらも窓もトイレも備品もない四角い部屋に閉じ込められた気がして絶望した。食料の備蓄も残り、9ヶ月で底をつく。ワシはいよいよ現実を知り始める事となった。

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