第20話 マナミの伴侶

二人は駅に着きホームに向かおうとした。


「おい、駅に着いたが切符はいくらする?」


「切符?そんなの必要ないよ。どこまで行く気なの?」


「近場でいい。二駅ほどじゃ」


マナミは不思議そうな顔でワシを見つめた。

「おじいちゃん、大丈夫?お金は東京とか大阪に行く時にいるだけで、県内なら全て無料だよ」


「ほう、便利になったもんじゃのお。ワシは長いこと海外にいたからな」


「へええ。そうなんだ。ところで、どんな人に抱きついたらいい?」

マナミは意外にも楽しんでいるようだった。


「そうじゃなあ。狙うなら、金の持ってそうな少し太り気味の男を狙え」


「ええ。やだよ。どうせなら、かっこいい人がいいなあ」


「まあ、社会人を狙え。学生だと金はとれん」


マナミは辺りを見渡した。


「あの人なんかどう?」

マナミが指をさした男は中肉中背で顔は、そこそこの冴えないサラリーマンのようだった。


「お前はあんなのでええんか。あんな幸の薄い陰気臭いもん、金持っとるんか?」


「いいよ。他の人は全員、脂ぎってるし、なんかあの人清潔感あるし」


「まあ、ええ。ヘマするなよ。腕を掴んで叫ぶ。ただそれだけじゃ」


マナミは胸に手を当て深呼吸した。


「思ったより緊張するね。叫んだら、おじいちゃん、すぐに来てよ」

そう言うとマナミは少しずつ、男との距離を詰めていった。

ワシとマナミとの距離はすぐそこ。

いつでも駆けつけられると楽観しながら見ていた。

マナミは男の腕を掴んだ。


すると男は呟いた。


「君も僕と同じ人間か?」


そう言うと男はマナミを抱き抱え、駅のホームに転落した。


周囲は助けろ、早くしろ、死ぬぞとわめき散らした。


マナミはあまりの出来事に腰を抜かし、声を出すことすらできない。


男はマナミを抱きしめ続け


「僕はもう限界だ。真面目に生きて働いているのに、母も父も死んだ。僕はもう死にたい。君も同じ考えだったんだろ。嬉しいよ。死ぬ前に女の子と二人で逝けるなんて。あの世でまた会おう。」


そう言うと男はマナミを抱きついたまま膝まずいた。


ワシは叫んだ。「マナミ。きっと誰かが助けてくれるからな」


だが、周りざわつくだけで動こうとしない。ゆっくりと確実に電車が音を立てて二人の元へ近づいてきた。


マナミは精一杯の声を振り絞った。「おじいちゃん。たすけて」


「その男をふりほどけ」


そう言っている間に駅のホームのアナウンスが流れた。

「危険ですので絶対にホームの中に入らないでください。至急、職員が救出に向かいます」


だが、間に合わなかった。辺りは一般客の絶叫に包まれ、人々は雪崩のように後ろへ後ずさった。電車は急ブレーキを踏んだが男とマナミは各方面バラバラに飛び散った。


マナミの頭部が売店の下にころがりこんだので、ワシは頭部を探し、拾った。

マナミの顔は不安げな顔そのままで、なんだかかわいそうにも思えたが、ここは虚構の世界。なんともない。


でも、ワシの心に初めて罪悪感が生じた瞬間でもあった。


ワシは咄嗟にマナミのピアスを引きちぎり、ポケットにいれた。そして頭はそこらへんに転がしておいた。ワシはホームから立ち去って家路を急いだ。

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