異世界で始める禁酒生活

ダイモン

プロローグ

プロローグ お酒を飲むと死亡率が上がります

「今日もいっぱい飲んだなぁ~~。はっはー!!また明日なぁ!!いやぁ飲んだ飲んだ!!」


 やはり酒というものは最高だ。俺をこんなに気持ちよくしてくれる。三度の飯より酒のほうが大事なんて言うまでもない。生活費を削り、大学での青春を棒に振った。それだけの価値が酒にはある。そして今日も会社帰りに浴びるほど酒を飲んだ。アルコールの摂取はもはや日課だ。だれも俺を止められないだろう。寿命なんて知らん。


「ちょっと先輩!!飲みすぎです!!足がおぼついてませんよ!!顔も赤いし…大丈夫ですか?」


 俺の肩を担ぐ後輩のメガネ君が迷惑そうに尋ねかける。


「大丈夫だ~~~って!!!俺はこの状態でも走れちゃうよん。見てろ見てろ~~。あそこの信号まで走るからなぁ~~?よ~い…ドン!!」


 そういって俺は、後輩の手を振り払い、深夜の都会を駆けだした。足は確かにおぼつかないが額の汗が風に当たり気持ちいい。酒に火照った顔には最高だ。だが目の前の赤信号が俺を阻んだ。


「先輩!!!危ない!!」


「はえ?」


 さすがに赤信号を走って渡ってしまうほど俺は馬鹿じゃない。酔う酔わない以前の問題だ。だがここで問題だったのは俺の足がふらついていたことにある。


 走っている状態から急に止まる。それは通常時でも慣性のせいでなかなかに難しい。ましてや俺は酔っていた。走っている勢いで、止まる際、前のめりに倒れこんでしまったのだ。


 周囲から聞こえる悲鳴。それが俺に向けられていると気づいた時には——俺は大型トラックに跳ね飛ばされていた。


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「ぬおっ!!」


 起きた。俺は起きた。起きたということは。意識があるということだ。俺は俺のことを確認する。名前…仙道 裕二、職業…保険会社の係長、好きなもの…酒、ビール、日本酒。よし大丈夫だ。


 次いで、俺は昨日起きたであろうことを確認してみる。俺は確かトラックに轢かれて…普通、泥酔した後は記憶がなくなったりするものだが、なんで覚えているのだろう。そんでもってなんで俺は傷一つないんだ?というかここはどこだ?


 俺が起きたのは自宅でもなく病院でもない、見知らぬ部屋の椅子の上だ。壁と床は一様に白くその中心に黒い机と、椅子が対面に二個置かれている、ただそれだけの部屋だ。かなり寂しい感じがする。どうやら机に突っ伏して寝ていたらしい。


 そして俺はまた、疑問を抱く。この部屋には扉が無かった。勿論、窓もないし通気口もない。俺はいったいどうやってこの部屋に入ったんだ?


「あら、起きたのね?」


「うおっ!?」


 誰もいないはずの背後から急に艶やかな女性の声がした。振り返ると、そこには白いTシャツにGパンを履いた、綺麗な長い髪の女性が立っていた。どうやって入ってきたんだ?


 その女は飄々とした様子で当然のように俺の対面の椅子に座った。


「あんた誰だ?」


「あら、月並みな言葉ね。嫌いじゃないけど、もうちょっと個性的な反応が見たかったわ。あなたみたいなとーっても面白い死に方をした人は特に」


 死んだ?誰が?俺がか?なるほど、それならこの異常な事態も納得できる。とするとここは天国か?それにしては殺風景すぎる。というか死に方に面白いもクソもあるか。


「ふーん。案外冷静なのねぇ。もっと取り乱すかと思ったのに 」


「俺は素面の時は、人一倍ドライなんだよ。もう一度聞くが、お前は誰なんだ?」


「私は女神。死後の世界を司るものよ」


「女神ぃ?それにしてはラフな格好してるじゃねぇか」


「だってこっちのほうが楽なんだも~ん」


 大人びた様子に似合わない立ち振る舞いだ。だけど女神なんて案外こんなもんなのかもしれない。ここまでくると逆に信憑性が上がる。


「コホン、さて、ここで本題ですが、あなたはなんと死んでしまいました」


「それは、さっき聞いた」


「あれ?言ったっけ?まぁいいわ。本題はここから、好きなほうを選んでね?地獄に行くのと、人生をやり直すの、どっちがいい?」


「は?」


「ほら早く選んで!!あと10分以内に選ばないと強制的に地獄行きね~」


「ちょ、ちょっと待て!!急に言われても困る!!ってか、俺は天国にはいけないのか!?」


「行けないわよ~?あなた何かいいことしたかしら?後輩にすっごく迷惑かけてたでしょう?お見通しよ?まぁ見通したのも決めたのも閻魔さんの方だけど」


 ……なんてこった。こんなことならもっと良いことをすべきだった。天国に行けば酒が飲み放題って聞いてたんだけどなぁ。


「ちなみにあなたの寿命はどんなことをしても昨日で終わってました。お酒を飲んでも飲んでなくてもね。まさに避けられない運命ってやつね~~。お酒だけに」


「上手くねーんだよ!!」


 女神はケラケラと笑っている。結構大事っぽいことを冗談めかして伝えてきやがるな、この女神は。


「んで、人生をやり直すってのはどういうことだ?」


「ふふっ。本当はあなた地獄行きだったんだけど、とっても面白い死に方を見せてくれたから、今回は特別に人生をやり直すチャンスを与えるわ!!具体的には異世界に転生させてあげる。もちろん記憶も引き継いでね。転生するのは18歳の勇者ってことにしてあげるわ」


「あぁ?そいつは有り難いが、なんで18歳の勇者なんだ?普通、転生って0歳からじゃ——」


「私の趣味!!」


「そうかい…、じゃあそれにするわ」


「決まりね!!」


 そう言うと女神は瞳を閉じ、集中の儀っぽいものを始めた。すると部屋の床が徐々に消えていく。どうやら俺はここから落ちていくらしい。ちょっと…いや、かなり怖い。


「あ、言い忘れたけど転生後にお酒を一ミリでも飲んだら、即死亡&一番苦しい地獄行き確定だからね~~」


「は!?ちょっと待て聞いてな——」


 すべて言い終わる前に、一瞬の宙に浮かぶような感覚の後、俺の体は自由落下していった。


 そして意識を失う前、俺はこう思った。


《酒が飲めないなんて。地獄より辛いだろ…》

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