第5話 それはさすがに分からない
「遺伝?」
「そう、遺伝」
ローブを脱いですっかり汗も引いたウーナが、ゆっくりと語った。
「私の住む村には、私の他に三人、この呪印が身体に現れている人間がいる。私の母親と、そして私の友人。もう一人は、友人の母親」
「つまり二つの家庭の母と娘ってことか」
「そう」
ウーナはこくりと頷く。
「私の住む村は、『エルフの魔術を受け継ぐ一族』が住んでいる」
「受け継ぐ? それはどういう」
僕が追及しようとすると、ウーナは人差し指をピッと立てて、僕の言葉を制止した。
「言葉そのままの意味。一般的には使われていない複雑な魔術の行使の仕方や、高度な
「それを、エルフから受け継いだと?」
「……事実は分からない。ただ、そういうふうに先祖代々、言い伝えられている」
ウーナはそこまで言って黙りこんでしまった。
ちらりとこちらに視線を寄越してくる。
ああ……。
僕は理解して、口を開いた。
「別に、疑ってないぞ」
「そう」
僕の言葉にウーナは安心したように小さく息を吐いた。
「じゃあさ、その身体の模様もエルフからの遺伝ってこと?」
本棚に寄りかかって黙って話を聞いていたエルシィが口を開く。
「……そうだと、言われてる」
ウーナは自信なさげに頷いた。
エルシィは表情をパッと明るくして、「へぇ~」と声を漏らす。
「ほんとに、エルフっていたんだねぇ」
「本当はいなかったとでも思ってたのか?」
「いやそういうわけじゃないけどさ。でも、今いないものを『昔はいたんだよ』って言われてもあんまりピンと来なくない?」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
僕は本で過去の知識を得ていたし、そこに疑いを持つことは基本的にしないけれど、実際に実物やその痕跡を見てみないことには伝説の実在を本当の意味で認識することは難しい。
僕とエルシィの会話を黙って聞いていたウーナが、視線だけをエルシィに向けた。
「ん、なに?」
視線に気付いたエルシィが首を傾げると、ウーナはスッと視線を逸らして、小さな声で言った。
「あなたは、私が気持ち悪くないの」
「気持ち悪い? なんで?」
エルシィの返答に、僕は小さく失笑した。
僕と完全に同じ反応だったからだ。
そう、そう。こいつも、こういうやつなのだ。
「だって、こんな、人間じゃないみたいな」
「いやぁ、だって生まれたときからあるんでしょ? あたし、腰のあたりに三つホクロがあるんだけど、それと同じ感じじゃない?」
「ホクロ……」
ウーナは困惑したように視線をうろうろさせて、そして俯いた。
「変な本屋」
「おい、突然うちの本屋を馬鹿にするのはやめろ」
僕の指摘を無視して、ウーナはくすりと笑った。
その様子に、僕も少し胸のつかえがとれたような気分になった。
ここに来てから、ウーナは一度も笑顔を見せていなかった。
自分よりも年下の子供が、ずっと無表情でいるのは見ていてどこかつらかったのだ。
「まあ、みんながみんな、ウーナのことを拒絶するわけじゃないってことだ」
僕が言うと、ウーナは少し照れたように頬を染めて、小さく頷いた。
「それで、話を戻すけど」
ウーナが顔を上げる。
確認したいことが、数個あるのだ。
「その呪印だけど、生まれたときからあるって話だったよね」
「そうだけど」
ウーナの言うことが正しいのだとすれば。
エドリズナ時代よりも後に、人間と呪いを持ったエルフが交配をしたということだ。
それは愛し合った結果なのかもしれないし、そうではない不本意な出来事な結果なのかもしれない。それはさておくとして、とにかくそういうことがあった、ということだ。
そしてその後は人間同士の交配が続き、どんどんとエルフの血は薄れ、身体は完全に人間の子だが、呪いだけが残る形になった、ということになるのだろうか。
まあ、それはおそらくウーナに質問をしたところで真相は分からない。今は置いておこう。
「その呪印。どんな悪影響があるんだ?」
これは、おそらくその呪いを背負っている本人が一番理解していることのはずだ。
ウーナは頷いて、口を開く。
「まず、一切の魔術が行使できなくなる」
僕は頷いた。
これは、本で読んだ通りのことだ。
「私の住む村の人間は『エルフから魔術を受け継いだ』と言っているだけあって、魔術適正の高い人間がほとんど。でも、この呪印が発現した数人は、一切魔術が行使できない」
「その他には? 他に何か制約はないのか?」
僕が訊くと、ウーナは少し頬を赤くしてうつむいた。
え、なぜそこで頬を赤くするんだ。
恥ずかしいようなことは一切訊いていないと思うのだが。
ウーナは下唇をくっと噛み、決心がついたというように首を振った。
「成長が」
そこで一旦言葉を切り、彼女は唾をこくりと飲み込んだ。
「成長が、他人に比べてものすごく遅くなる」
「うん? 成長っていうのは?」
僕は訊きながら、ついついウーナの胸元に視線を向けてしまう。
むしろそこは一般的な女性以上に育ってると思うんですけど……。
僕の視線を遮るように、ウーナは両の腕で胸を隠した。
「そ、そこじゃなくて……身長や顔つきの話」
「ああ、身長……」
合点がいって、うんうんと頷く。
「お母さんは、大体他人の『8年分』くらい成長が遅れる、と言っていた」
「うん? 8年?」
「そう。私は23年をかけて、ようやく15歳程度まで身体が成長した」
うん?
23年?
僕の脳内で『23』という数字がぐるぐると回った。
「え、つまりウーナは23歳ってことか?」
「そう」
冷や汗が出る。
完全に、自分よりもだいぶ年下だと思って接してしまっていた。
むしろ二つも上ではないか。
気まずそうに視線をウロウロさせる僕をじっと見て、ウーナが言った。
「だから、子供じゃないって言った」
「すみませんでした」
僕は素直に頭を下げた。
いや、でもこれはしょうがないと思わないか?
どう見ても子供じゃないか。さすがにこれは分からない。
僕は心中で言い訳をしながら目線を上げる。
そして、またウーナの胸に目が吸い寄せられた。
うん。
そこだけはしっかり23歳だ。
「でもさぁ」
エルシィが口を開いた。
僕とウーナの視線が一気にエルシィに集まった。
「おっぱいはしっかり23歳だよね」
エルシィがあっけらかんと言い放った。
馬鹿! 俺が言わなかったことを!
ウーナは顔を真っ赤にして胸を両腕で隠した。
「へんたい……」
「え、いいじゃん。大きいの、いいと思うよ」
エルシィがにこにこと笑いながら言った。
前から思ってはいたが、彼女は歯に衣を着せなすぎる。
この空気をどうしたものかと思っていたら、再び本屋の扉が開かれた。
なんだ、今日はやけに客の来る日だな。
「いらっしゃい」
椅子から立ち上がって扉の方を見ると、そこにはまたもや、みたことのある冒険者が立っていた。
「よう、邪魔するぜ」
大剣を担いだ大男、ラッセル・ノイマンであった。
「ラッセル! どしたの」
エルシィが目を丸くしてラッセルに声をかけた。
「お! お前もいたのか。ちょうどいい」
ラッセルはずんずんとカウンター前まで歩いてくる。
「ちょっと、お前の力が借りたいんだ。アシタ」
「え」
屈託ない笑顔を向けてくるラッセル。
嫌な、予感がする。
「どういったご用件で」
苦笑を浮かべて訊くと、ラッセルは頷いて、はっきりと言い放った。
「一緒に山登りしようぜ」
「断る」
今までにないほどの反応速度で僕は首を横に振った。
古代エルフ文化史書を読み終えるまでは、絶対にこの本屋を出ないぞ。
絶対にだ。
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