第3話 作戦はもっと綿密に練ってほしい
「と、いうわけで。今回はパーティーを組むことにした」
洞窟ダンジョンの前。
具体的に言うと、僕の家から数歩歩いたくらいの場所で、エルシィが言った。
そして、その隣には二人の冒険者が立っている。
片方は大剣を背中にかついだ大男、もう片方は白いローブに身をつつんだ女性だった。
え、なに、聞いてないんですけど……。
「これが昨日教えたアシタね。本が大好きで知識がすごい奴。はい二人とも自己紹介して、自己紹介」
エルシィは最初から段取りを立てていたというようにテキパキと二人に僕を紹介した。
テキパキ紹介するのは良いのだが、あまりにも紹介が適当すぎないかと思う。
エルシィの催促で、まず大男が僕のほうへ一歩足を踏み出してきた。
「俺はラッセル・ノイマン。剣士をやってる。よろしくな」
ああ、分かる。剣士やってそうな顔してる。
というか後ろに剣見えてるしな。
もう少し言われなきゃ分からない情報を開示してくれてもいいと思う。
ラッセルと名乗った男は、袖のないぴっちりとした素材の衣服を上半身にまとい、下は膝くらいまでしかない頑丈な素材のズボンをはいていた。そして、その上から金属製の胸当て、小手、脛当てを装備している。
どこからどう見ても剣士。お手本のような剣士が目の前にいた。
ラッセルがごつごつした手を差し出してきたので、僕もそれに応える。
ラッセルの手をぎゅっと握り、熱い握手を交わ痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!
強く握りすぎだ馬鹿!
指がへし折れるかと思った。
しかしこの間僕は真顔である。鋼の精神で、痛さが表情に出るのを堪えきった。
握手ごときで痛がる貧弱な男だと思われては困る。僕にだってプライドがあるのだ。
握手を終えると、次に後ろでおろおろとしていた女性が前に出てくる。
「あ、あの……アルマ・ナカジマです。プリーストです。よろしくお願いします」
冒険者界隈では、名前と職業だけの自己紹介が主流なのだろうか。
何度も言うが職業は格好を見れば一目瞭然なのである。言うならもっと別のことの方が良いのでは……。
と、小言のような思いが脳内をよぎったが、ある一点が気になり、脳内を塗り替えた。
「もしかして極東地方の出身か?」
「えっ……どうして分かるんですか?」
「ナカジマっていう響きはこっちの地方ではあまり聞かないからな。極東地域の特定の島の言語でそういった響きがあったのを思い出しただけだ。合ってたか?」
「すごいです! その通りです!」
先ほどまでオロオロとしていたアルマは表情を明るくして、少しはしゃいだような様子だった。
自信なさげにうつむいていた時はあまり気にならなかったが、こうして微笑んでいると、ものすごく可愛い女の子だ。
綺麗な黒髪が肩甲骨の下あたりまですとんと落ちている。
少し切れ長の目に、丸いちょんとした鼻、そして小さめながらみずみずしい唇。
目の下あたりにあるホクロも相まって、大人びた雰囲気と可愛さの同居した、『可憐』な雰囲気が彼女からは漂っていた。
そして、そういった容姿の雰囲気とは相反して、表情は子供らしくコロコロと変わり、そのギャップもまた可愛らしい。
こうして少し過剰なほどにアルマを観察している間も、僕は真顔である。
鋼の精神で、ちょっと可愛いプリーストに対して表情筋が緩んでしまうのを堪えた。
女の子にすぐデレデレする男だと思われては困る。僕にだってプライドがあるのだ。
「私の故郷のことを話しても、ほとんどの人が理解してくれなくて……話してもいないのに気づいてくれる人なんて初めてです!」
アルマは頬を赤くしながら興奮気味にそう言った。
可愛い。
「でも、実際に極東に行った事があるわけではないからな。今度くわしく極東の話を聞かせてくれよ」
「はい! 是非!」
嬉しそうに笑って、アルマはぶんぶんと首を立てに振った。
可愛い。
「自己紹介、そんなもんでいい?」
待ちくたびれたというようにエルシィがぴしゃりと言う。
「そろそろ作戦考えよう」
言ってすぐにエルシィはその場にしゃがみ込んで、短い木の枝を使って地面にサッサと何かの図を描き始めた。
「目的地はダンジョン第六層の、一番奥」
エルシィは地面に描いた大きな四角形を六つの区画に分けて、一番下の区画に星印をつけた。
「4層くらいまでは大した魔物は出ないから、基本的にあたしとラッセルで処理する形で進んでいくよ」
上から四つの区画にバツ印をつけるエルシィ。
おいおい、そんなアバウトな事で良いのか。
ラッセルも「おう、わかったぜ」なんて言っている。本当に分かっているのか。脳みそにも筋肉が詰まっていそうな顔をしているが。
「それで、5層から下は、何か不都合が起こると、誰かが怪我する展開になるかもしれない。そうなったらアルマの出番ね」
「は、はい! 任せて下さい……」
アルマもアルマで、本当に任せていいのか不安になるほど尻下がりの声のトーンで返事をした。
基本的に自信がない性格なのだろう。可愛い。
「今回の探索で最も重要なのは、アシタを無傷で六層まで連れて行く事。そして、六層にある前時代の遺物の正体を特定すること」
エルシィが地面に何やら顔のようなものを描いて、上に『あんぜん』と付け加えた。
え、なにそれもしかして僕? その顔みたいなの僕?
僕も自分の顔に自信があるわけじゃないけどそこまでひどい顔はしていないと思う。
「アルマは、5層以降は常にアシタの援護に回って。あたしとラッセルの怪我は多少なら治癒しなくてもいいから」
「え、でも」
「いいから」
エルシィは少しきつめにはっきりと言い切る。
アルマは少しびくりと肩をふるわせてから、首を縦に振った。
「わかりました……」
アルマの悲しそうな表情を見て少し僕の胸が痛む。
すまない。僕が貧弱なばかりに。
「まあ、作戦はこんなもんかな」
地面に図を描き終えたエルシィが木の枝を放り投げて、けろっとした様子で言った。
「……え、終わり?」
思わず声を出してしまう。
「え、他に何決めるの」
「いやもっと具体的にこう……いろいろあるだろ!」
「いろいろって?」
エルシィは心底不思議そうに僕を見てくる。
ま、まじかよ……これが冒険者の作戦会議か。
作戦とも呼べないような作戦を立てて終了してしまうのか。
しかし、僕も冒険のプロというわけではないから、これ以外に具体的にどんなことを決めれば良いのかは提示する事が出来ない。
「まあ、大丈夫ならいいんだけど……」
なんとも頼りない言葉を吐いて僕は引き下がる。
「あ、作戦名決めてなかったや!」
急にポンとエルシィが手を叩いて言った。
え、そこ?
「ああ、そういえばそうだな!」
ラッセルも妙に嬉しそうにうんうんと首を縦に振った。
そこそんなに重要なんですかね。
「アシタさん防衛作戦……なんてどうでしょうか」
アルマもおどおどとしながらも妙に乗り気でそう言った。可愛い。
「お、いいねそれ! それで行こう!」
いいのか。
エルシィは満足げに頷いて、投げ捨てた木の枝をもう一度拾って、図の上に大きく『アシタ防衛作戦』と書き加えた。おい、『さん』が消えたぞ。
「よし、じゃあ決める事決めたし、ダンジョン行こうか」
エルシィがそう言って他の三人を先導するように歩き始める。
本当にこれで出発してしまうのか……。
意識の差というか、文化の差というか、冒険者と自分の考え方の差異を改めて思い知らされつつ、僕はダンジョンの入り口へと向かった。
「二度と来ないつもりだったのにな……」
小さな声で呟いて、憎き、ダンジョンの入り口を睨みつけた。
「さ、早く行くよー」
僕の心境などまったく気にも留めていない様子で、エルシィがさっさと歩みを進める。
アルマもその後にオロオロとついていった。
僕は未だに足を進められずに、まごまごとしていると、隣にラッセルがぬっと現れた。
「まあ、大船に乗ったつもりでどっしり構えとけや!」
そう言って、彼は僕の背中をバシッと力強く叩いた。
きっと僕を元気づけようとしてくれたのだろう。それは分かる。
しかし、僕の背中がバシッと音を立てるのと、僕の背骨がグキッと言うのは、おそらくほぼ同時だったと思う。
「アェッ……」
おかしな声が漏れ、僕はその場に崩れ落ちた。
やばい。おそらくだが、背骨にヒビが入った。
背骨の噛み合わせがおかしなずれ方をしてしまったようで、上手く呼吸ができない。
息を吸えるのに、吐けない、というような状態に陥ってしまい、僕の喉はヒューヒューと音を立て始める。
なすすべなく、僕は地面の上で横向きに倒れ、絶命寸前の虫のように痙攣を始めた。
「お、おいどうした……大丈夫か」
背中を叩いた張本人のラッセルも、僕の挙動に異常を感じたようで、うずくまる僕に慌てて寄ってきた。
全然大丈夫ではない。息が出来ない。
僕が苦しんでのたうち回っていると、先にダンジョンに入っていったエルシィとアルマが戻ってきた。
「何してんの、早く行……え、アシタどしたの」
エルシィも慌てて駆け寄ってくる。
僕は息苦しさをなんとかこらえながら、地面に指で文字を書く。
『やばい』
読書で培った大量の語彙も、身体の異常の前ではまったく役に立たない。
パニックに陥りかけている脳内から必死に絞り出した言葉がこれだった。
「アルマ! ヒール! ヒールして!」
「は、はい!」
アルマが僕の身体に手を当てて、あたたかい魔力を注入してくれたのを感じる。
少しずつ、背骨の痛みが引き、息も吐けるようになってきた。
ま……魔法のチカラってすげー!
改めて思い知らされた。
この世界には『魔法』という一種の技のようなものを体得した者たちがいる。
魔法と言ってもひとくくりではなく、源流から派生まですべて書き記すと途方もないので割愛するが、今目の前にいるアルマが行使しているのは、一般的に『聖魔術』と呼ばれているものだ。そして、その『聖魔術』を操る者は、冒険者の間では『
聖魔術というのは、簡単に言ってしまうと『奇跡』を操る魔術だと言われている。
僕は今、ヒビの入った背骨を、アルマの魔術によって『奇跡的に、ヒビは入らなかった』という事象に書き換えてもらっている、というのが一番わかりやすいと思う。
しかしその『奇跡』という概念にも諸説あり、聖魔術が純粋に『奇跡』を操ってこのような回復効果をもたらしているのかどうかは今でも有識者の間で議論が続けられている。
ようやく普通に呼吸ができるようになり、僕は深いため息をついた。
「……死ぬかと思った」
僕がようやく人間らしい音声を発すると、他三人は安堵したようにほっと息をついた。
「来ないからどうしたのかと思って戻ってきたらこれだもん……何したわけ?」
エルシィがぎろりとラッセルを睨む。
ラッセルは慌てて両手をぶんぶんと身体の前で振った。
「な、なんもしてねえよ! ちょっと喝入れてやろうと思って背中を軽く叩いてやっただけで」
「いや馬鹿力のラッセルがそんなことしたらアシタの背骨なんて粉砕しちゃうに決まってるでしょ! 馬鹿なの!」
いや粉砕まではされてねえよ。
「い、いやでもさすがにこんなことになるとは予想できねえって……」
「ちゃんと見て!!」
エルシィは僕を立たせて、肩をがしっと掴む。
そして高らかに言った。
「防具着てても、これだよ!! 転んだだけでも死ぬ奴だと思っといて!!」
なんだろう、ものすごく恥ずかしい。
おそらくエルシィは純粋な気持ちでラッセルに忠告しているのだと思う。
でも、当の僕はものすごく恥ずかしい。
そして、何かラッセルにも申し訳ないことをしている気持ちになってきた。
すまない。貧弱で本当にすまない。
「あ、あのー……」
黙って聞いていたアルマがおずおずと手を上げた。
「なに?」
エルシィが首を傾げると、アルマは視線を少しうろうろとさせた後に、言った。
「思ってたよりもだいぶアシタさんを護衛する難易度が高いと思うので、作戦名はグレードを上げて……『アシタさん介護作戦』にするのはどうでしょうか」
作戦名のグレードは上がったが、僕のグレードは明らかに下がった。
エルシィはパチンと指を鳴らして、アルマをびしと
「いいね、それで行こう」
もう帰りたい。
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