第4話

 昼餉も食べおわり、昼寝をしていたナゴミがぱちっと目を覚ました。ぼんやりとまだ眠気にとろけた瞳で天井を見つめること数分。いつもは目を覚ました途端にしゃべりかけて愛でてくるどころか寝顔すら見ているハイリッヒがいないことに気付く。


 首はまわせないから正確な位置はわからないがどこかで物音はするし、ハイリッヒ自身がこの部屋から出られないと言っていたのだからいないことはないだろう。しかし、どこからか聞こえてくる音以外は静寂なこの部屋のどこにもハイリッヒは見つけられなくて。


 こんなにハイリッヒの気配が色濃く残っているというのに、とナゴミはとろけかけた目をわずかな涙で潤わせた。


「はいりっひ・・・はいりっひ」


 もれる吐息と同じくらいの声量で、必死にハイリッヒを呼ぶナゴミ。目だけは動かない身体のかわりにきょろきょろとさまよわせながらのその叫びに。


「おぉ、いい湯じゃった。ん、和よ目を覚ましたのか?」


 華やかな明るい金髪の毛先を少し湿らせたハイリッヒが、風呂のある白木の扉を開いて出てきた。そのまま後ろ手に扉を閉めると、ひたひたと畳の上を歩きながらナゴミに近づいてくる。風呂上りにもかかわらずぴっしりとスーツでしめているところが完璧主義のハイリッヒらしかった。


 やっとハイリッヒを見つけたことに安堵したナゴミは、ナゴミが寝ている布団の前にかがみ込んで。謝罪のつもりなのか、顔にちゅっちゅとキスの雨を降らせて来るハイリッヒのスーツの裾をくんくんっとひかえめに引いた。


「寂しい思いをさせてすまんかったのぅ。風呂に入っとったんじゃ」

「さびしい」

「そうかそうか、すまんかったなぁ。詫びにハルカが先持ってきたみたらし団子があるんじゃが。一緒に食べようかのぅ」

「ん!」


 寂しい思いをさせたと謝るわりにはほけほけと・・・いや、でれでれと顔を崩しているハイリッヒ。自分がいないことでナゴミが寂しい思いをしたことが嬉しいらしい。だんだん自分頼りになってきているナゴミにしめしめと思っているかどうかは別にして。


 さっそく床の間に置いてあった中皿に団子が4本、水分が飛ばないようにとラップがかかっているそれをナゴミのもとまで持ってくると。ナゴミの身体を布団から出す。自分は正座し、その上にナゴミ身体を持ってくる。つまり何が言いたいかというと、小さな子が大人にしてもらうように膝の上に乗せたわけである。


 片手でナゴミがずり落ちないように支え、もう片方の手でラップを開け団子を取り出す。たれが落ちないように茶色に輝くそれを白い皿の縁で少し落としてから、ナゴミの口元に運ぶ。


「和や、口を開けい」

「んー・・・」


 あーと小さく口を開けたナゴミの中に入れると、ぱくんと口が閉じる。そのまま串を引き抜けば、んぐんぐと咀嚼する音が聞こえた。ナゴミも食べている間に自分も1つ口に含む。


 甘辛いたれが舌に絡みつき、団子の本来の甘さが口の中に広がる。2つが互いを補うようになっていて味わい深かった。


 皿の端を使って、次に食べやすいように団子を串の先端に運んだところで。こきゅんとナゴミの喉が鳴ったのが見えて、また団子をナゴミの口もとへと運んだ。


「美味いか?」


 耳元で吐息を吹き込むように囁いて告げるハイリッヒに、一瞬びくっと肩を揺らしたナゴミだったが、すぐにその問いに答えた。


「ん!」

「そうか、それはよかったのぅ。ほれ、爺の分も食べるといい」


 朗らかに笑ってそういうハイリッヒをナゴミがとろんとした灰色の目でじっと見つめる。いいの? と問いかけてくる視線に、団子の串を置いて。ぷにっとナゴミのまろい頬を突っつく。


「爺は少食なんじゃ。1つ味わえば十分よ」

「はいりっひ」

「ん?」

「ありがと」


 頭をすりすりとすり寄らせて、甘えるみたいに礼を言うナゴミに。ふぅとため息をついたハイリッヒは。両手でぎゅうっとナゴミを抱きしめた。可愛い可愛いすぎる。なんだこの生き物は、あ、自分の嫁だった。アホな思考に振り回されながら、ハイリッヒはナゴミがてしてしと腕を叩くまで。次の団子の催促をするまで、ひたすらにナゴミを抱きしめていた。




「おや、和や。口元にたれがついとるぞ」

「ん・・・んー?」


 4本目の団子を食べ終わったとき、ハイリッヒが可愛い悪戯を指摘するように優しく笑った。それを聞いたナゴミが紅い唇から赤い舌をだして、ぺろぺろと口の周りをなめるのをにこにこしながら見守っていた。口をなめてもたれの味がしなかったのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返すナゴミを見て、いつの間にか苦笑に変えていたが。


 そしておもむろにナゴミの顎を掴み、くいっと持ち上げるとハイリッヒは。


「そこではないぞ、こっちじゃ」


 ぺろんとナゴミの舌では届かなかった部分をなめる。一度で取れたはずなのに、その後もぺろぺろと執拗に舐める。ナゴミが顔を背けるまで、それは続いた。


「ん。・・・てぃっしゅ」


 ティシュを使えばいいんじゃないかと単語でナゴミが問えば、こともなげにハイリッヒは言った。


「和がうまそうでついな、すまんのぅ」

「にぎ、うまそう、ちがう」

「おや、わしにとってはこれ以上の美味はないがなぁ」


 ほのぼのと笑うハイリッヒに、ナゴミは小さく首を傾げたのだった。

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