ただ、僕は知らなかったんだ
双葉 淡泊
一日目 天気は雨
雨は嫌いだった
幼い頃、雨の日はいつも嫌な夢を見る。
何か分からない者に追い掛け回される夢だ。
それもワンパターンで、触られると死んでしまう。
触られた瞬間、ショックで目が覚めた。
よく涙目になって、しくしくと泣いていたことを
覚えている。
だけど、高校生になるとそんな夢もみることが
なくなって、忘れてしまっていた。
土砂降りの登校ほど学生を苦しめるものはないだろう。
雨合羽を着て、自転車を走らせる行為にストレスを感じずには
いられなかった。
それにおまけをするように、車の中で快適に登校していく学生が
真横を通り過ぎっていった。
僕は雨に怒りをぶつけるが如く、自転車を全力でこいだ。
駐輪場にゴールインと共に、腕時計を見ると通常なら片道30分かかるところが、10分も短縮して学校に着いていた。
それに無理やり幸福を感じて、感情のマイナスをプラスに変えようと
努力してみたが、汗と脱力感でさらにマイナスになるだけだった。
二階の教室について、もう一度腕時計を確認した。朝の点呼まで仮眠がとれる余裕はあるようだ。
一時的な回復をするために、席に座り、机にうつぶせて目を閉じた。
「カッパの意味がなかったんじゃない? 全身ずぶ濡れみたいだけど」
人の安眠を邪魔するのは誰だろう。
「急いでくる必要もないのに何で汗だぐになってるのか理解に苦しむね」
「逢阪さん、その無駄な努力のせいで僕はとても疲れてるので寝かしてくれませんか?」
「私が暇潰しできないから嫌」
何という理由だ。
僕は顔を上げて、彼女に目を合わす。
「逢阪さんこそ早く来る必要はないのに、なぜ今ここにいるのかな」
「私は早起きしちゃうから暇すぎて学校にきてるだけ。家も近いし」
早起きして暇になるんだったら早起きしなくてもいいんじゃないかと
思ってしまう自分はダメ人間なのだろうか。
「風邪引く前にタオルで拭いたら?」
「運動部でもないので、持ってないです」
「ずぼらだなあ」
ずぶ濡れっていうほどは濡れてない。極端な言い方だ。
数分したら乾くだろう。
やっぱりずぼらなのかもしれない。
そして、少しの沈黙。
「ねえ、最近○○君とあったことある?」
逢阪さんが喋りだした。
次の開口にその話題がくるとは予想できなかった。
何がきても予想なんてできないけど。
「何でそんなこと聞くの?」
「佐々波君って、○○君が不登校になった理由知ってる?」
彼女は僕の質問を飛ばして語り続ける。
まあ、気にしないでおこう。
僕は知っている。だけど、知らないふりをする。
「そんなこと知りたくもないけど」
「○○部の数人が○○君を嫌ってたらしくて、寄ってたかっていやがらせしてたみたい」
「へえ、今だにそんなつまらないことする人達がいるんだね」
凄く苛立ちを感じた。
そういった噂話は好きじゃない。
誰かが実際に被害を受けた話を面白がって広めていく様をみていると
心の中が黒いもやもやに支配されていく。
そして、一番最低だと思うのは、自分にはその場面に当たったとしても助けることはないだろうという意志の弱さに対してだ。
逢阪さんも噂話が好きな一般人なのだろう。
正直、嫌いだ。
「自分の行いを見直さないと返ってくるってことだよ。佐々波君」
なんと、自分の行いを正しなさいと言われてしまうとは。
この人は何様なのだろう。
最低な話とくだらない話を大切な仮眠の時間に費やし、ぞろぞろと生徒が教室に入ってくる時間になってしまった。
逢阪さんも仲の良い友達の方に行ってしまった。
暇つぶしの手伝いをさせられた挙句、放置された僕は
点呼までのあと数分を呆然と待つのみだった。
1,2時間目は汗がべたべたして、立ち漕ぎなんかするんじゃなかったと苦悩と後悔に苛まれて、
3時間目にやっと気にならなくなった。
そんなくだらない過程を経て、現在、4時間目の授業中。
逢阪さんの話していた○○君のことを考えていた。
○○君は右隣の席で、仲は良くなることはなかったけれど、
話ができる数少ない知り合いだった。
見た目が悪いわけでも、性格が捻じ曲がっているわけでもないはずなのに、なぜいじめられる状況に陥るのか。
いじめに関わった者はこのクラスにはいない。
しかし、噂が広がるにつれて、陰口は増え始めた。
「実は○○とおもっていた」
「昔から○○な性格してると思っていた」
様々な場所で、ぺらぺらと暴言が流れていく。
悪は突如現れる。
悪の心は感染する。
悪は悪を生み、伝染する。
こうも簡単に黒くなれるのか。
直接自分に言われているわけではないのに、
心の蟠りは黒を濃くしていた。
突然、頭痛に襲われた。
視界が薄くなって、ゆっくりと机に落ちていった。
暗転。
だが、意識が戻るのにそう時間は掛からなかった。
両腕にうずくまった姿勢からゆっくりと顔をあげる。
徐々に頭が動き出す。
何が起こったのか整理しよう。
さっきは垂れ幕が下がるみたいに、完全に意識が消えたな。
これが気絶なのだろうか。
おそらくそれに当たる。
少し朦朧するが、ここが何処かは確認できた。
まだ教室にいるようだ。
しかし、周りは誰一人いない。
放課後まで倒れていたのか
立ち上がり、何気なく窓に近づき、外を見る。
太陽は燦々とこの学校照らしている。
それにしても静かだ。
体感で数分、校舎の中庭を眺め続けていた。
いや、ちょっと待て。
おかしい。
今が放課後ならなぜ窓の外は真昼のように明るいんだ?
違和感が体を這いずりまわった。
脳が急速に理解しようと回転を始める。
時間割はどうだ。移動を要する教科はあったか。
いや、今日の5、6時間目はここから出る必要はない。
急な総会があるにはタイミングが良すぎる。
というか、今日は土砂降りだったはずだ!
晴れたとしても、物音一つ無いこの現実とつじつまが合わない。
理屈に沿うなら、部活動が終わる夕方ごろになるはずだ。
ますます、謎が深まる。
ふと、時間が気になり、黒板の上にある時計に目を向けた。
何なんだこれ。
時計の時間は自分が気絶した4時間目の時間内を
指している。
その事実に愕然とした。
「何がどうなって・・・」
時間が正しいのは分かる。だとしたらこの教室の状況が矛盾する。
この状況が正しいのであれば、
そうか、時計が止まっているだけかもしれない。
僅かに安堵する。
そして、また欠点を見つける。
違う。外が明るい説明ができない。
脳内は混乱が収まらない。
夢なのか?こんなにはっきりと覚醒している夢なんてありえるのか?
白昼夢は聞いたことがある。
『目覚めている状態で非現実的な体験をすること』らしいが、
でも、自分は確実に気を失った感覚があった。
納得するには白昼夢が最も合理的ではあるが・・・。
「やあ。佐々波君」
背後から男の声に呼びかけられた。
振り向くと僕の右隣の席に、不登校中の○○君が座っていた。
自分は本格的に頭がおかしくなってしまったのか。
その呼び掛けに答えられずに、唖然としていると
「君は俺がいじめられていることを知っていたよね?」
彼の刃物のような鋭い一言が僕の胸に突き刺さった。
この上なく恐れていた問いかけだった。
そう、僕は知っていた。
なぜなら、その現場を見ていたのだから。
○○君は運動部だった。
グラウンドは図書館の窓から見やすい。
かなりの頻度で図書館に出没する僕は、
行く度に窓越しからグラウンドを傍観していた。
○○君は部員と少し離れたところで練習することが多かった。
誰かと組んで練習するときも陰湿な嫌がらせを受けていた。
遠くからでもそれは分かった。
担任に伝えるべきか何度か悩んだこともあった。
だけれど、そのあと自分に返ってくるしっぺ返しを想像してしまうと
動き出せなかった。
無力だから手は出せなかった。
手を差し伸べろと言われているわけじゃない。
人間として最善となるのか。最悪となるのか。
選択肢は正しいを選ぶべきだろう。
僕が選んだのは結局正しくない方だった。
見て見ぬふりをしたんだ。
心が弱いものこそ真実じゃないか。
人間は臆病なんだ。
僕は人間らしい答えを選んだだけだ。
「そんな理由で、俺を見捨てたんだね」
ただ、僕は知らなかったんだ 双葉 淡泊 @nyamu-room
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