21.またかよ!

 シュン! という感覚とともに、俺は見覚えのある場所にいた。

 篝火で照らされた玉座のある空間だ。

 プレデスシェネクの謁見の間に違いない。


 俺の両隣には、アリスと千草がいた。

 後ろも確かめる。


(よかった。巻き込まれてないな)


 鐘那と稲垣さんがこの場にいないことを確認し、俺はそっと胸を撫で下ろす。


 俺たちの前には、若きファラオが立っていた。

 ファラオは俺たちを認めると、玉座を下り、ゆっくりと地面に膝をつく。

 そして、


「助けてくださぁい!」


 まるで世界の中心で愛を叫ぶかのように、背中を丸め、若きファラオが声を上げた。


 ファラオと言っても、以前の大胸筋魔道王のことではない。

 メメンから聞かされていた通り、メメンの化けていた姫の親衛隊をやっていたジュリオが、ファラオな格好をしているのだ。


 若きファラオと化したジュリオが……なぜか、いきなり俺たちに土下座している。


 ……うん、わけがわからない。


「とりあえず顔を上げてくれ」


 アリスが言う。

 若きファラオが顔を上げる。

 同時に、後方で破壊音がした。

 振り返る俺たちに向かって、何かが飛んで来る。


「batik!」


 アリスが雷を放つ。

 雷は飛んでくる何かに激突し――後方に逸れた。


「何っ!?」

「お嬢様!」


 千草がデスサイズを生み出し、飛んでくるモノの前に立ちはだかる。


 ガギン!


 凄まじい音とともに、飛んできたモノが跳ね返され、千草は後方に弾かれる。


「千草!」

「大丈夫です! それよりあっちを!」


 千草は飛んできたモノをデスサイズで防いだようだ。

 一方、飛んできたモノは、空中をきりもみし、謁見の間を照らす燭台のひとつに激突した。

 それでも勢いが止まらず、黒い石の敷き詰められた床をバウンドしながら転がっていく。


「ferma!」


 アリスが火炎を放つ。

 飛んできたモノは起き上がれないまま炎に呑まれる。

 そのまま、飛んできたモノは動きを止めた。


「仕留めた……か?」


 近づこうとするアリスを制し、千草が慎重に近づいていく。


「これは……特殊な甲冑でしょうか?」

「危険はないのか?」

「はい、死んでいます」


 その言葉に、俺とアリスは飛んできたモノに近づく。

 その後から、若きファラオもついてくる。


 飛んできたモノは、茶色い甲殻に包まれていた。

 有機的なフォルムの甲殻で、背中にはいまだ痙攣している透明な羽根が六枚ついている。

 そのデザインはまるで――


「なんだ、このゴキブリみたいなものは」


 アリスが言った。


「ゴキブリって。カブトムシじゃないですかね」


 女子からすれば、カブトムシもゴキブリも似たようなものなのかもしれないが。

 俺は幼虫から育てたこともあるから知っている。

 というか、頭についた巨大な角を見れば明らかだろう。

 こいつは巨大なカブトムシだ。


 しかし、千草が首を振る。


「アリス、鈴彦。これはただのカブトムシではありません。中に、人間が入っています」

「なっ……」


 千草が、デスサイズの先で、角の付け根を示す。

 たしかに、そのあたりにはスリットがある。その形状は、カブトムシというより西洋の甲冑のようだ。

 そしてそのスリットの奥に――焼け焦げた人間の死体。


「うっ」


 覚悟はしていたが、やはり現物を見るとキツイな。


 俺たちの背後で、若きファラオ――ジュリオが言う。


「そいつらだ。そいつらが、突然雲の下から現れて、プレデスシェネクを襲っている。既にピラミッドの大半がやつらに占拠されてしまった」

「それでわたしたちを召喚したのか?」

「すまないとは思っている。前王のしたことを許せなどと言えるはずもない。だが、褒美も受け取らずに霞のように消え去った貴殿らの高潔さが、われら最後の望みだったのだ」


 俺たちは天使メメンサーラを脅して元の世界に帰ったのだが、プレデスシェネクではそんな風に受け止められていたらしい。


 それより、気になっていることがある。


「莉奈はどうしたんです? 召喚から外れたんでしょうか」

「わからないな。離れた場所にいたから、別の場所に現れたのかもしれない。だが、ピラミッドがそんな状況だとしたら、莉奈だけでは危な――」


 アリスが言いかけた言葉を呑み込み、謁見の間の入り口に向かって構える。

 千草もデスサイズを構えている。


 俺は入り口を振り返る。


 そこにいたのは、


「またカブトムシか!」


 それも、今度は三体だ。

 さっきとは違い、いきなり突っ込んでは来ず、羽根を震わせてホバリングしている。

 よく見ると甲殻からは鎖帷子に覆われた腕が突き出ていて、そこには槍が握られていた。ちゃんと足もついている。


「ビートル兵、とでも呼ぶべきかな」


 アリスの言葉と同時に、カブトムシ――ビートル兵が突っ込んでくる。


『帝国に栄光あれ!』

「し、しゃべった!」


 驚いてしまったが、中に人が入ってるんだから当然だ。

 ビートル兵たちはかけ声とともに飛んでくる。

 ぎゅん、と風を切る音がした。


「一人一体!」


 千草がそう言って、そばにいたジュリオを蹴り飛ばす。


「了解! fermes!」

「わかりました!」


 アリスは早速一体を火炎の魔法で叩き落としている。


 俺は、背負ったリュックサックから刀を抜く。

 鞘は払わない。

 こんな高速で突っ込んでくるものに刃を立てたら間違いなく折れるからだ。


 俺に向かってきたビートル兵は、直前で急上昇し、急下降しながら槍を突いてくる。

 俺はそれをステップしてかわし、


「らああっ!」


 刀でビートル兵の頭を思い切り殴る。

 ビートル兵がよろめいた隙に、懐に飛び込みながらリングを起動。

 現れたパイルバンカーの先端を、ビートル兵の胸に突きつける。


「batik!」


 俺は初級雷撃魔法をパイルバンカーに撃ち込む。

 強烈な反動とともに杭が飛び出す。


「がはっ!」


 ビートル兵の甲殻に大穴が空き、顔のスリットから血が噴き出した。


「っと」


 俺はバックステップして倒れ込んでくるビートル兵をかわす。

 ビートル兵はそのまま床に倒れ、動かなくなる。


 アリスはもうノルマの一体を片付けてしまったし、千草も俺より手早く受け持ちの一体を倒している。


「援護が必要かと思ったが、いらなかったな」


 アリスが言う。


「これでも成長してますからね」


 俺は、前回のファラオ戦で獲得していた星を使って、初級雷撃魔法batikを習得していた。

 もちろん、俺のリングである電磁パイルバンカーを使えるようにするためだ。

 戦う機会など二度と来ないだろうと思いながらも準備だけはしていたのだが、早速役立ってしまって複雑だ。


「これは、プレデスシェネクの一般兵には荷が重いですね」

「莉奈も心配です」

「しかたあるまい。われわれでビートル兵を掃討しよう」

「や、やってくれるのか!」


 ジュリオが、千草に蹴り転ばされたままの姿勢で目を輝かせる。


「しかし王様をここに放置するわけにもいかないな」

「人探しなら莉奈がいればすぐですけど、その莉奈がいませんからね」

「無事であるならば、莉奈はここを目指してくるはずだ。下手に動かないほうがいいのか……?」


 俺たち三人がつかの間、考え込む。


 そこに、ブーンと独特の羽音が聞こえてきた。


(またか!)


 俺たちは再び入り口へと向き直るが――



「呼びました?」



「莉奈!」


 謁見の間の入り口に現れたのは、話題に上っていた莉奈だった。

 いや、


「そ、それ……どうしたんだ?」


 俺は、莉奈がぶら下がっているモノを指さして聞く。


「ああ、これですか? 魔獣甲殻兵の装備をひっぺがして、羽根を制御する魔法陣に細工をしたんです」


 莉奈が、甲冑の残骸のようなモノにぶら下がりながら平然と答えた。

 莉奈がぶら下がっているのは、ビートル兵の甲殻の、腹側を外して、羽根と背側の一部を残したような代物だ。

 莉奈は、「ぶーん」と口で言いながら、残骸にぶら下がったまま俺たちの前まで飛んでくる。

 莉奈が、シュタッと着地する。


「生徒会室にいたら、いきなり召喚されたので驚きました。でも、生徒会室に非常用リュックを用意しておいたのは正解でしたね」


 莉奈が背中のリュックを示しながら言った。


「わたしたちは、氷室家の応接室にいた。われわれもリュックを人数分持ち出せたから、莉奈の分がひとつ余ったな」

「足りないよりはいいですよ」


 召喚される時、アリスと千草はそれぞれ二つずつリュックを手にしていた。

 アリスは自分の分と俺の分、千草は千草の分と莉奈の分だ。

 しかし莉奈も生徒会室の物資を持ち出せたので、ひとつ余った計算になる。


「今回は食料や着替え、医薬品などの心配はいらないということだな。すくなくとも当面は」


 アリスが言う。


「ファラオよ。われわれを召喚したのだ。帰りのことは考えてあるのだろうな?」

「も、もちろんです。僕は大叔父さん……先代ファラオとは違います。みなさんを送り返せるだけのマナ重合体があることは確認済みです」

「それならよかった」

「いえ、ただ……マナ重合体の貯蔵庫も謎の兵に襲われている可能性があります。もし連中の狙いが重合体なら……」

「む。持ち出されては困るな」

「むろん、ただで連中を追い払ってくれとは言いません。僕に約束できる報酬ならなんでも差し上げます。何卒、我が国をお救いくださいませ、勇者様方!」


 再び、ジュリオ君土下座である。


「鈴彦が、土下座するなら全裸か鉄板の上だろ、って言いたそうにしてますよ」

「してねえよ! マジに受け取られるからそういうこと言うなって!」


 ジュリオ君、見るからに真面目なんだからさ!


「報酬と言われてもな……正直、この国にあるもので、われわれにとって魅力的なものなどあまりない」

「金銀財宝の類ですかね?」

「それは、この世界の財産だ。異世界に持ち出してしまうのは気が引ける」


 ううむ。助けてあげたいのはやまやまだが、報酬もないのにあの危険なビートル兵と戦うのもお人好しがすぎるだろう。


 しばし考え、アリスが言った。


「ふむ……ひとつ、いや、ふたつ、あるにはあるか」

「な、何でしょうか?」

「まずは、異世界から人を召喚し、送り返す技術。それを教えてもらうことにしよう」

「そ、それは我が王家の秘伝……いやしかし、そのようなことを気にしている場合ではないか」


 ジュリオは少し悩んだが、やがてうなずく。


「わかりました。魔術師たちに必ずや伝授させましょう。何なら、魔術師を連れて帰っていただいても構いません。もうひとつは?」

「交易権だ」

「交易権……?」

「われわれの世界とこちらの世界をまたいで交易する権利を、われわれに独占的に認めること」

「……また大きく出ましたね」


 莉奈がジュリオに聞こえないようにつぶやいた。


「どういうことだ?」

「アリスは世界間交易という巨大利権をどさくさまぎれに持っていくつもりですよ」

「ジュリオはよくわかってないみたいだな」

「このようにしてかせぐのだ」

「おまえ、ネタを挟まないと死んじゃう病気か何かなの?」


 ジュリオはアリスの提案の意味を測りかねているようだった。

 が、


「……結構です。正直、まだ実現もしていない交易の権利にどれだけの価値があるかはわかりませんが」


 ジュリオがうなずく。


(あーあ、呑んじゃった)


 アリスがにやりと笑った。


「よし、それならば手を貸そう。どちらにせよ、ビートル兵を駆逐しなければ帰れないようだしな」


 方針は決まった。

 あとはやるだけだ。

 うちの役員が揃っている以上、何の問題もないだろう。

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