20.妹に追求される生徒会
「おや?」
千草が、道場の隅に置いた自分のカバンを見る。
「どうしました?」
「すみません、お嬢様から連絡があったようです」
千草はカバンからスマホを取り出す。
「『シャワーを浴びてからでいいからこっちに来てくれ』……ですか」
「じゃあ俺は帰りますね」
「いえ、鈴彦も連れてくるようにとのことです」
「俺も?」
何の用だろう。
急ぎでないなら明日の学校でもいいはずだ。
用件は想像がつかなかったが、アリスが意味のないことをするはずがない。
俺と千草は、道場の隣りにあるシャワー棟でそれぞれシャワーを浴びる。
俺は制服に戻り、千草は私服に着替えていた。レースのついた高価そうなブラウスとチェックのフレアスカート。大人っぽい装いだ。
「な、何を見ているのです」
「あ、すいません。似合ってたもので」
「そ、そうですか」
照れてそっぽを向く千草とともに、氷室邸を目指す。
氷室家と火堂家は隣接していて、直通の渡り廊下もある。
ほどなく、俺たちは氷室家の応接室に到着した。
千草が扉をノックする。
「お嬢様、参りました」
「入ってくれ」
アリスの声。
千草がドアを開く。
応接室の中にいたのは――
「えっ……
「あ、兄貴!」
そう。応接室にいたのは、俺の妹の鐘那だった。
正確には、アリスと鐘那の他に、もうひとり中学生くらいの女の子がいる。
(見覚えがあるな)
ああ、鐘那がたまにうちに連れてくる友達だ。名前までは知らない。眼鏡の下からのぞくくりくりした好奇心の強そうな目が印象に残っている。
「どうして鐘那がここにいるんだ?」
「う゛……そ、それは……」
「うちの前をうろちょろしていたのでな。警備の者が不審に思って問いただしたのだ」
言葉に詰まった鐘那に代わり、アリスがそう説明した。
「……鐘那。そうなのか?」
「……うう」
「鐘那!」
「そ、そうです……」
「一体どうして」
「っと、待つんだ、鈴彦。彼女の話を聞こうじゃないか」
思わず鐘那を問い詰める俺を、アリスが制する。
「もっとも、わたしは既に話を聞いたのだが。鐘那さん、わたしから説明するのと、自分で説明するの、どちらがいい?」
「……じ、自分で説明します」
鐘那はそう言うとがっくりとうなだれる。
「ま、待ってください。わたしが説明します」
鐘那をかばうように、鐘那の友達が前に出た。
「君は……ええと、うちに遊びに来てたのは覚えてるけど」
「稲垣智実といいます。鐘那ちゃんにはいつもよくしてもらってます」
そう言って、友達――稲垣さんがぺこりと頭を下げる。
「いや、それはこちらこそ」
「今日こうして氷室さんにご迷惑をおかけしているのは、わたしのせいなんです」
「そ、そんなことないよ、智実! わたしのせいじゃん」
「ううん、言い出しっぺはわたしだもん」
「譲り合いは結構だが、話はどうなったんだ?」
アリスが呆れて言った。
そのままだと「どうぞどうぞ」と言い出しかねない流れだったからな。
「とにかく、座るといい」
アリスが二人に席をすすめる。
千草はいつのまに取りに行ったのか、隣室からティーポットを持って現れた。
俺、アリス、千草、鐘那、稲垣さんが応接用のソファに座り、千草の淹れた紅茶を飲む。
落ち着いたところで、稲垣さんが言った。
「そもそもの発端はお兄さんなんです」
「俺?」
「ええ。最近お兄さんが変わったような気がする……と、鐘那ちゃんから相談を受けまして」
「俺が……変わった?」
稲垣さんがうなずく。
「最近急に男らしくなったって言うんです。それも、聞いてみれば文化祭の準備で遅く帰った日があったとか」
稲垣さんの言葉に、俺、アリス、千草がぎくりとした。
「その日以来、お兄さんは以前にも増してしっかりしだしたと言いますか……鐘那ちゃん流にいえば『かっこよくなった』と」
「ちょ、智実ちゃん!?」
「とにかく、お兄さんが変わったようで気になるということですので、わたしがお兄さんをつけてみようと提案したんです」
「えっ」
俺をつけてた?
「今日も、放課後生徒会室から出てきたのを見計らって後をつけさせてもらいました。氷室さんのお宅に入ってしまって、どうしようかと思ってたところを見つかった、というわけです」
「は、はあ……」
俺は困惑するしかない。
妹に後をつけられた。
どう反応すればいいのか。
「鈴彦はずいぶん妹に好かれているのだな」
とアリスが言う。
「普通だと思いますけどね」
「「いや、全然普通ではないですよ」」
ハモったのは千草と稲垣さんのセリフだ。
そうなのかな。
俺はアリスに向き直る。
「アリス、すみません。妹がご迷惑をおかけしました」
「いや、べつに構わない。敷地内に立ち入ったわけでもないのに声をかけた警備も少し行き過ぎている。本人からはもう謝られてしまっているしな」
アリスの言葉に鐘那を見ると、恥ずかしそうにうなずいた。
「まあいいではないか。たしかにここのところ鈴彦は一皮むけたような印象がある。文化祭の準備を通じて得るものがあったのだろう」
そう言って、アリスは俺に目配せする。
なるほど、その線で誤魔化せということか。
「あ、ああ。アリスたちと文化祭の準備をやる中で、しっかりしなきゃと思ったんだ」
「今日氷室さんの家に来たのは?」
「アリスじゃなく、千草の家だよ。千草の道場で稽古をつけてもらってるんだ」
「は、初耳だよ!」
「わざわざ言うことでもないだろ」
世の歳の近い兄妹がどんな関係なのかはわからないが、この歳になってやることを逐一報告し合うこともないはずだ。妹を持つ男友達の中には、最近妹が口を利いてくれないと言ってる奴もいた。難しい年頃なのである。
鐘那と俺とは、そんななかではまずまずうまくやれている方なんじゃないか。
誤魔化せたか。
そう思って胸をなでおろした俺に、
「――でも、じゃあなんで氷室さんや火堂さんのことを下の名前で呼んでるんです?」
稲垣さんが、強烈なブローを打ち込んできた。
「ぐっ、げっほげっほ」
思わず紅茶にむせる俺。
「そ、それは……」
アリスも「しまった」という顔で言葉を探している。
最近、役員同士での会話が多すぎて、名前呼びがナチュラルになってたからな。
俺だけじゃなくアリスも、この部屋に入った時から俺のことを鈴彦と呼んでたし。
「それは?」
稲垣さんが、眼鏡を輝かせて追求する。
どうも、稲垣さんはこの手のゴシップが好物らしい。
妹は、と見てみると、稲垣さんの追求を黙って見ている構えだった。
(この野郎! オムレツ作らんぞ)
妹への経済制裁のを検討していると、いきなり、応接室の床が光りだした。
見覚えのある、幾何的な模様の光の円。
「えっ……」
背筋が一気に寒くなる。
アリスと千草は一瞬の狼狽のあと、すぐさま行動に移っていた。
アリスと千草は、それぞれ反対側の壁に手をかけ、壁を思い切り引き倒す。
隠し収納の扉が開く。
二人は収納の中からパンパンにものの詰まったリュックサックを二つずつ取り出す。
その間に、俺も動く。
「鐘那! 稲垣さん!」
「ち、ちょっと何!?」
「な、なんですか!? 今いいところで――」
俺は鐘那と稲垣さんの腕を掴み、むりやり立ち上がらせる。
そして、応接室の扉に向かって連れていき、二人を手荒く廊下に放り出す。
扉を閉め、内側から鍵をかける。
ドンドン!
「ちょ、どうしたの、お兄ちゃん! ひょっとして怒ってる!?」
扉の向こうから妹の声。
「鐘那! よく聞け! 前回は一日で済んだが、今回もそううまく行くとは限らない! ひょっとしたら長いこと留守になるかもしれないけど、俺は絶対帰ってくるから!」
「えっ! ちょっと、お兄ちゃん、何言ってるかわからない!」
そりゃそうだ。
床の光をあらためて確認する。
思いっきり見覚えのある魔法陣が、応接室の床に広がっている。
輝きが徐々に強くなる。
「鈴彦! これを持っておけ!」
アリスがリュックサックの一つを俺に渡す。
リュックサックには各種物資が満載されている他、大型機動兵器のビームサーベルのように、二本の刀が差してある。
アリスは机に向かい、備え付けのメモ用紙にあれこれと書き置きしている。
床の光が強くなる。
「来るぞ! 備えろ!」
アリスの言葉とほとんど同時に、俺の視界は真っ白になった。
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