8.無限湧き狩り

 その後、俺たちが各自が習得している魔法について情報共有していると、莉奈が不意に言った。


「マミーが無限湧きするポイントを発見しました。ここから近いです」


 莉奈の言葉に、アリスが言う。


「そうか。危険だな。避けて通ろう」


 そう答えたアリスに、莉奈がかみつく。


「何言ってるんです、アリス。星を稼ぐチャンスじゃないですか!」

「星を稼ぐ? あれはそう簡単に稼げるものじゃないのだろう?」

「それは、単に戦う機会が少ないからです。年に数回、数に任せて一方的に魔物を狩るだけでは、たいした経験にはならないじゃないですか。まして、プレデスシェネクがダンジョン化したのは増築が始まってからのこと。案外、ここの住人は戦い慣れていないんですよ」

「そういうことか」


 アリスが納得する。


「それに、鈴彦のギフトのことがあります」

「凡事徹底だな。なるほど、鈴彦だけは短期間で実力を上げられる可能性がある」

「莉奈たちが習得している魔法も、ひととおり試して、効果を正確に把握しておくべきです。いえ、莉奈は把握していますが、みなさんが自分自身の感覚としてつかんでおくことも大事かと」

「それはその通りですね。せっかくよい武器を持っていても、使い方がわからないのでは困ります。なまじ強力な分、使い方を誤れば自分や味方を傷つけてしまいかねません」


 千草ちぐさのセリフには実感がこもっていた。

 多種の武道を身につけたという千草の言うことだ、当てにしてもいいだろう。


「俺の成長だけじゃなく、アリスと千草のギフトについても検証が必要ですし、各自リングの扱いに慣れておく必要もありますね」


 というわけで、白陽はくよう学園生徒会執行部、次の行動方針はマミー狩りとなりました。




「こっちです」


 と言って莉奈が示したのは、黒いブロックの崩落した部分だった。

 他は整然と積まれたブロックだが、この場所だけはなぜか道を塞ぐように山積みにされている。


「バリケード、ですか」


 千草が言う。


「マミーが湧いたからブロックで封鎖していたわけか」

「そのようですね。もっとも、その封鎖も破れてしまっていますが」


 アリスの言葉に、莉奈が答えた。


「マミーは逃げ出さなかったのか?」

「近くを通りかかる人がいなかったのでしょう。魔物が食事をしている形跡はありません。捕食のために外に出る必要はないのだと思います」

「たしか、魔物は人を介さずに自然発動した魔法だと、あの隊長は言っていたな」

「莉奈たちの知っている動物の生態からはかなり外れた存在なのでしょうね」


 俺たちは(というより主に自己強化魔法で瞬発力を強化した千草が)ブロックのいくつかを脇に除け、封鎖の先へと進む。

 道は下りながら左右と上下に広がっていく。

 左右の広がりは俺たちが並んで立てるくらいの幅までだが、上下の方はもっと極端に広がっている。奥の方は、実に三階建てのビルくらいの高さがあった。

 その道の先に、マミーたちがいる。

 いる、というか、詰まっている、という感じだ。


「満員電車のようですね」


 千草がつぶやく。


「ああ、すし詰めになってるな」

「通路の幅が広くないので、交替で前に立てばひとりひとり訓練ができます」

「お、奴ら気づいたみたいだぞ」


 マミーの先頭集団がこちらに気づいた。

 オオオオ、と声ならぬ声を発しながらこっちに向かってくる。


 アリスが、落ち着き払って言う。


「誰から行く?」


 マミー狩りが始まった。




「ぜぇ、ぜぇ……きっつ!」


 俺は息を荒らげながら、マミーの攻撃を右腕のパイルバンカー(という名の鈍器)で受け流す。

 千草の指導のおかげもあって、なんとか様になってきた。


「やはり習得が早いようですね。普通、ここまで形になるのに数ヶ月はかかるはずなのですが」


 千草が感心している。

 褒められて悪い気はしないが、これは俺の力ではなくギフトの力だ。


「鈴彦の星は増えているか、莉奈?」


 アリスが莉奈に聞いている。


「ひとつだけですが、増えました」

「ほう。鈴彦が最初に所有していた星は三つだったな。四つあれば何か魔法を取れないか?」

「鈴彦のビルドについては莉奈に考えがあります。ですが、今は星を貯めつつ戦いのいろはを覚えてもらうのが先決かと」

「仕事は一度にひとつずつ、だな」


 アリスと莉奈が話しているが、俺の方には余裕はない。

 マミー。マミー。マミー。

 右、左、しゃがむ。

 バックステップ。

 安全を確保して――殴る。

 パイルバンカー(鈍器)がマミーの頭を揺らした。


(チャンス!)


 追い打ちをかけようとした俺に、


「下がりなさい! すべての敵に意識を配分するのです!」


 千草の叱責。

 俺は慌てて下がる。

 見れば、べつのマミーが俺に組み付こうとしているところだった。


 そのマミーを、千草がデスサイズの石突で突く。

 マミーが砕け散る。

 ミイラな中身がバラバラになって宙を舞う。

 まるで至近距離でショットガンを食らったゾンビのような有様だ。


 千草が、自分の腕を見下ろしながらつぶやいた。


「また強くなりましたね」


 千草は既に一騎当千を発動している。

 今ので十数体目のはずだ。

 千草の全身はオーロラ色のオーラに包まれている。

 オーラは、敵を倒すごとにその輝きを増していく。


「しかし、これでは目立ってしょうがないですね」


 千草が苦笑する。

 たしかに、戦場でこんなにピカピカしていたら目立ってしょうがない。

 一騎当千を使って無双してる時点で目立つには違いないから、光ってるくらいなんだという話かもしれないが。


 千草は、初期状態で初級の自己強化魔法と、初級防御魔法を習得していたという。

 自己強化魔法は、瞬発力を強化するためのものと、持久力を強化するためのもの。

 初級防御魔法は、自分の身体に薄い防御障壁を張るものらしい。

 障壁を張って敵の攻撃を防ぎつつ、強化した筋力で敵を叩く。

 自己強化や一騎当千で力が上がれば、当然その反作用も大きくなる。それをフォローするために防御魔法を使う。

 まるであつらえたようなビルドである。

 なお、千草が最初に保有していた星は14個だという。俺なんか3つなのに!


 っと、そう思ってる間にもマミーが。

 マミーの長い腕を避ける。側面に回り込む。殴る。

 マミーは怪力の持ち主なので捕まったらアウトだ。いかにして腕をかわし、その可動範囲の外から安全に攻撃するか。千草が口を酸っぱくして俺に注意したのはその点だ。


 戦い続ける俺に、莉奈が声をかけてくる。


「疲れたら言ってください」

「休めるのか?」

「いえ、疲労回復魔法をかけます」

「鬼か!」

「鈴彦に休んでいる暇はありません。莉奈たちは交替で休みますが」

「ちくしょう!」


 そう、さっきからマミーの相手をしてるのはもっぱら俺だ。

 ひとりでは危険な場面もあるので、アリスと千草が交替で俺のフォローに回っている。

 アリスは覚えている攻撃魔法を順に試し、千草は一騎当千の効果を検証している。

 莉奈は、俺に支援魔法をかけた後は、今後の行動方針やこのメンバーで戦う時の戦術を検証している……というが、はた目にはただ休んでいるようにしか見えなかった。


「ちょっと増えすぎましたね。アリス、お願いします」

「よしきた! fermes!」


 千草からバトンタッチを受けたアリスが、前に出てマミーを焼き払う。

 ちなみに、今使ったのが火炎の中級攻撃魔法fermes。


 アリスは攻撃魔法を得意としている。

 火炎、突風、電撃、石つぶて、水流を放つ初級の攻撃魔法を、デフォルトで習得していたという。

 ちなみに最初に保有していた星は13個。ずるい。


 その初級攻撃魔法が、一網打尽の効果でランクアップし、今は中級攻撃魔法を使えている。上級にはまだ足りない感触だと言っていた。


「気持ちいい……! 癖になりそうだ!」


 長いプラチナブロンドを炎風になびかせながら、アリスが恍惚として言った。


「焼きすぎないでくださいね」


 莉奈が、アリスに注意する。

 宙をぼんやり見ながら(神算鬼謀で戦略演算をかけながら)、それでも状況は把握しているらしい。

 俺のそばにも莉奈のフェザーがひとつ浮いている。


 デフォルトで覚えていた魔法がもっとも多かったのは莉奈だ。

 初級支援魔法、初級妨害魔法、初級攻撃魔法、初級防御魔法、初級回復魔法、初級魔法陣、初級魔導器作成、初級自己強化魔法。合計13個もの魔法が使える。

 中でも得意なのは支援魔法と妨害魔法。味方を強くし、敵を妨害する。神算鬼謀の戦略演算と組み合わせることで、効果的に戦況をコントロールすることができるらしい。


 そんな莉奈の星の数は、なんと29。ずるいとかいうレベルじゃない。

 星の数は鍛錬によって増えるという。

 この世界に召喚される前の鍛錬もカウントされているのは明らかだ。

 日頃から武道に親しんでいた千草は当然として、帝王学の一環としてさまざまな勉強や習い事をやっていたというアリス。天才と呼ばれていた莉奈も、陰で相当な「鍛錬」をしていたようだ。


 しかし、俺は☆3である。

 俺以外の三人の中で最低値であるアリスでも☆13。俺の4倍以上ある。


「ったく。星にこんなに差があるとへこむぜ」


 これじゃ俺が怠けてきたみたいじゃないか。


 俺のつぶやきを拾ったのか、莉奈が言う。


「そうでもないです。謁見の間にいた兵の多くは、☆0から2の間でした。隊長格の人間で、ようやく☆3から5といったところでしょうか。魔法の習得には星は最低でも3つはほしいところですから、たいていの兵は魔法が使えないか、使えてひとつだけです。そのひとつも、大多数は自己強化でしたね」

「リングと自己強化魔法で戦うのが基本ってわけか」


 おっとマミー。

 かわす。かわす。殴る。


「それもありますが、いちばんの理由はピラミッドじゃないですか。ブロックを運ぶ奴隷たちの多くが、自己強化魔法の瞬発力強化dasserを習得していました」

「それであの重いブロックを運べていたのか。奴隷には、自分の習得したい魔法を選ぶ権利すらないということか」


 アリスが眉をひそめて言いながら、俺が持て余したマミーを焼く。


「地球でも、社会主義国家では自分の意思より国家の都合で進路が決められることはありますよ」


 莉奈がアブナい解説をして肩をすくめる。


「俺の魔法習得も莉奈に決められてるけどな」


 そう。俺がなんの魔法を習得するかは、莉奈に一任することになっていた。

 その方が間違いがないのはたしかだろうが、せっかくの魔法なのに自分で選べないのもちょっと惜しい。


「しょうがないじゃないですか。このメンバーの中で、鈴彦が唯一、戦力として安定してるんですから。敵が多くても少なくても、他のメンバーがギフトを発動していてもいなくても、鈴彦の強さは変わりません。他人のギフトは神算鬼謀でも一定レベルまでしか解析できませんが、鈴彦は常に強さが変わらないので戦略演算を狂わせる要素はあまりないです」

「唯一、副作用がない、ギフト、だよな!」


 マミーをかわしつつ、なんとか答える。


「鈴彦には扇の要になってもらいたいんです。安定して戦えるというのはとても大事なことです。まあ、弱いんですけど」

「だからなんで余計な一言を足す!」


 莉奈は俺のつっこみを意に介さず続ける。


「だから、先輩をレベリングします。レベリングってわかりますよね?」

「あ、ああ。RPGとかでモンスターを狩ってレベルを上げることだろ?」

「じゃあパワーレベルングもわかりますか?」

「ええっと、レベルの高いフレンドがレベルの低いプレイヤーを連れて高レベルモンスターのいるエリアでレベリングすること……だよな」

「さすが先輩。生徒会関連以外で親しい友達がいなくてもちろん彼女もいなくて家にこもってゲームばかりやってるだけはあります」

「おい、おまえこそ妙に詳しいじゃないか!」

「淑女の嗜みです。ネットゲームは嗜む程度にやってます。具体的には週に三回寝落ちする程度です」

「がっつりやりこんでんじゃーか!」


 ほとんど廃人だよ!


「クランに属さない流れの腕利きバッファーとしてその筋では有名です」

「ネトゲでもぼっちなのかよ!」

「莉奈のぼっちはデフォルトです。むしろユニークスキルです」


 胸を張るな。


「莉奈の星が多いのも、ネトゲでの経験が鍛錬としてカウントされたのではないかと思います。あれも戦いですからね……」

「そんなオチかよ!」


 こいつも陰でこっそりがんばってるんだな、などと思ってしまった過去の俺をぶん殴りたい!

 こいつがこの世界に来てから妙にオタクノリなのはそのせいか!


 そんな会話をかわしながら、俺たちはマミーをひたすら狩りまくった。




「ふむ。肉がないな」


 アリスがスープをさじですくいながらつぶやいた。


「動物性タンパク質は貴重なんじゃないですか?」


 と、莉奈が言いつつ、パンをスープに浸している。


「ここでのタンパク源は主に豆のようですね。わたしは好きですよ、この豆」


 千草がさじで豆をすくって食べならが言う。


 マミー狩りが一段落したところで。

 いったん湧き場を離れて、俺たちは食事を取ることにした。

 莉奈が少し離れたところに奴隷のための厨房を発見し、千草がそこに潜入して俺たち全員分の食料をかっぱらってきたのだ。

 メニューはパンとスープ。

 パンは固焼きで、赤ん坊ほどの大きさがある。そのパンを千草が割った。パンがあまりに固かったので、文字通り、一騎当千の効いた手刀で四つに切り分けたのだ。

 そのパンを、スープに浸し、やわらかくして食す。

 スープは薄味ではあったが、具はそこそこ入っていて、未知の香辛料がいいスパイスになっていた。香辛料スパイスだけに。


「なんか鈴彦がしょうのないことを考えてそうな気配がしますけど、それはさておき、お風呂にも入りたいですね」


 莉奈の言葉に、アリス、千草がぴくりと反応した。


「何? 風呂だと?」

「ええ。近場に大浴場がありますよ。さいわい今なら人気もありません」

「いやしかし……」

「ち、ちょっと。ここは敵地ですよ? 俺も汗くさいからそりゃ入りたいけど、そんな場合じゃないでしょう」


 俺が言うと、


「う、うむ……鈴彦の言うとおりではある。しかし、だ。戦場にいれば、知らないうちにとてつもないストレスを抱えているはずだ。来るべき戦いに向けて、心身ともにくつろぐ時間は必要なのではないか?」

「……それ、絶対今考えましたよね?」


 俺はジトリとアリスを睨む。


「状況は莉奈が把握しています。念のため鈴彦に見張りに立ってもらえば十分です」

「……莉奈が本当にそう判断してるんならべつにいいけどよ」


 そんなわけで、生徒会女子役員たちは、俺を見張りに立てての入浴である。

 食後すぐの入浴は……とまで異世界でこだわるつもりはない。

 一体何を話しているのか、風呂からは時々笑い声が漏れてくる。

 そのたびに周囲を警戒している俺はびくっとなるのだが。


 三人も、さすがに風呂は早めに切り上げてきた。

 その後に俺が入ることになる。


「莉奈たちの残り湯だからって飲んだりしないでくださいね? そこまで衛生的なお湯ではないですから」

「言われなくてもしねーよ!」


 身体を流し、五分ほど湯船につかる。

 湯船も例のブロックで作られている。どこへ行ってもこのブロックだ。どうも気持ちが休まらない。

 俺は早めに風呂を出た。


 浴場の外で、三人娘が話している。


「わたしが気になっているのは、元の世界に戻れるとしても、時間はどうなっているのかということだ。召喚された日時に戻るのか、この世界での時間経過分を加味した時点に戻るのか。大きくズレた時点に戻されてしまう可能性も否定はできない」

「そこまでは莉奈にも確たることが言えません。浦島太郎にならないことを祈るしかありませんね」


 浴場から出て、会話にまざる。


「浦島太郎ってなにげにすごいよな。あの時代にSFオチなんだぜ」


 冗談めかして言うと、


「それを言うならかぐや姫なんて宇宙人ですよ」


 莉奈がそう乗ってくる。


「今のわたしたちの状況の方がよほどSFではないですか」


 千草が呆れたように言った。


(なんとか、重い空気は払えたかな)


 俺が意図的にジョークを言ったことに、莉奈は気づいている。

 アリスも千草も気づいていておかしくないが、あえてつっこんではこなかった。


「リフレッシュもできたところで、次の目標について話し合いましょう」


 莉奈の言葉に、俺たちはこくりとうなずいた。

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