7.生徒会役員のトリレンマ

「ま、まあ、俺のことは置いておいて」


 重くなった空気を、カラ元気でどうにか流す。


「一網打尽、一騎当千、神算鬼謀。魔法、戦闘、戦略できれいに分かれたな」

「そうですね。そう言えないこともないです」


 なぜか歯切れ悪く、風祭が言う。


「会長は敵が多ければ多いほど強い魔法が使えるし、火堂先輩は敵を倒せば倒すほど強くなる。もちろん、風祭が戦略を立てる」


 理想的なパーティじゃないか。


「すげぇ! 俺たちが力を合わせれば無敵だな!」


 思わずテンションを上げて叫んだ俺に。


 なぜか、他の三人が冷たい目を向けてくる。


「本当にそう思うか?」


 会長が言った。


「え、ええ……そうじゃないですか」


 戸惑う俺に、会長がため息をついてから言った。


「時系列で追ってみよう。

 まず、大量に敵が湧く。

 この時点でわたしのギフト『一網打尽』が発動する」

「敵が多ければ多いほど、会長は一時的にツリーが伸びるんでしたね」

「ああ。どの程度伸びるかは実験してみる必要があるが、謁見の間では中級攻撃魔法が使えた。敵がもっと多ければ上級が使えてもおかしくない」

「この世界で上級魔法を使えるのは数えるほどしかいません。その状態にまで持ち込めれば、魔法戦で負けることはまずないでしょう」


 と、風祭が補足する。


「ん? ちょっと待って。じゃあ少ないながらも上級魔法を使える奴もいるってことか?」

「謁見の間では、莉奈たちにレクチャーをしてくれたローブの男がそうです。彼は上級防御魔法が使えます。莉奈たちが逃げた時は、不意を打てたので動けなかったようですが。

 それより、会長の話が途中です」

「ああ、そうだった。すみません、会長」

「構わない。わからないことがあったら聞いてくれ。知りませんでしたが通じる状況ではないからな」


 会長が肩をすくめる。


「敵がたくさん湧き、一網打尽が発動する。わたしは中級魔法や上級魔法を使って敵を倒す」

「まさに一網打尽にするわけですね」

「ああ。だが、強力な魔法で敵を減らしてしまうと、一網打尽の効果が弱くなっていく。しかも、わたしが魔法で敵を倒すということは、千草ちぐさから一騎当千を発動する機会を奪うことになる」

「あっ……そうか。敵が多ければ一網打尽が発動するけど、会長が敵を倒してはいけないのか」


 それは厄介だな。

 せっかく強力な魔法が使えるようになるというのに、敵を減らすと魔法が弱くなってしまう。

 もちろん、敵が減ればその分戦況がよくなるので、強力な魔法の必要性は薄くなる。その意味では、理にかなった制限ではある。


 会長がうなずく。


「正確には、敵の数を減らしてはならないということだな。敵の数を減らさずに敵のリーダーに火力を集中して頭から叩くという戦略はある」

「でも、その場合、火堂先輩が一騎当千を発動するために雑魚を倒してしまうと、会長は高位の魔法が使えなくなってしまいます」

「つまり、千草が一騎当千を使って攻撃力を高めていくと、わたしの一網打尽は効果を弱めてしまうのだ」

「じ、じゃあ……会長の一網打尽と火堂先輩の一騎当千は同時には使えないってことですか!?」

「それは条件によります。火堂先輩が雑魚を狩っても会長の一網打尽に支障がないほど大量に敵がいれば、両方の能力を同時に発動することは可能です」


 火堂先輩が口を開く。


「いや……そんな状況、考えたくもないんですが」

「さらにいえば、わたしの神算鬼謀はギフトを解析することができません。会長の一網打尽や火堂先輩の一騎当千が強く発動していると、わたしの戦略演算に支障が出ることになります」

「おいおい……」


 俺にもようやく飲み込めてきた。


「つまり、こういうことか?

 会長の一網打尽と火堂先輩の一騎当千、風祭の神算鬼謀は、同時に使用すると互いの足を引っ張り合う……と」

「そういうことです」

「なんつージレンマだ……」

「ジレンマではありません。トリレンマです」

「どっちでもいいよ!」


 ……もう一度整理しておこう。

 まず、敵がたくさん湧く。少なければとくに問題はないのでそれは考えなくていい。

 敵の数が多いことで会長の一網打尽が発動する。会長の火力が爆上げされる。しかしまだ敵を倒していない火堂先輩には一騎当千の効果が乗っていない。同時に一網打尽が発動していることで風祭の神算鬼謀にも不確定要素が入り込む。

 会長は火力を維持するために雑魚を倒さず敵のボスを狙い撃つ。同時に火堂先輩は雑魚を倒していって一騎当千の発動を狙う。火堂先輩の火力が上がる。しかし敵が減ったことで会長の火力が下がる。一網打尽は弱くなるが一騎当千が強くなるので神算鬼謀はまたも不確定要素を抱え込む。


 図にすればこうなるだろう。


     序盤→中盤→終盤

氷室アリス ○→△→✕ (残っている敵が多いほど強化される)

火堂千草  ✕→△→○ (敵を倒した数が多いほど強化される)

風祭莉奈  △→○→△ (他のギフトの効果が強いほどノイズが発生する)


「普通、こういう時は力を合わせるもんだろ……互いが互いを補い合って1+1+1が3以上になるみたいにさぁ!」

「多人数で協力すると相手に期待して無意識に手抜きをすることになるので、1+1+1は必ず3以下にしかなりません。これを心理学では社会的手抜きと言います」

「だからそういうのはどうでもいいってば……」


 個々人は優秀なのに方向性が違いすぎて噛み合わない。

 それが、現白陽はくよう学園生徒会執行部の唯一にして最大の弱点だ。

 まさかその弱点が異世界に来てまで変わらないとは……。


「ひとつ、皆さんに提案があります」

「なんだ?」

「名前で呼び合いませんか?」

「ああ、緊急時だから『先輩』だの『君』だの『さん』だのを省いてはどうかということだな?」

「はい。わたしのことは莉奈でいいです。いざという時に風祭では長すぎますので」


 風祭がちらりと俺を見た。


「じゃあ俺のことも鈴彦でいいよ」


 俺が言うと、


「先輩は名字の方が短いじゃないですか。規久地と呼びます」

「呼び捨てかよ!」


 下級生に名字呼び捨てにされるとか、すっげー蔑まれてる感じがする。

 ていうか名前で呼ぶって言ったのおまえだろ!


「規久地、焼きそばパン買ってきて」

「パシリかよ! わかっててやってるだろ……り、莉奈」

「つっかえないでください。意識しすぎでキモいです」

「ぐ……」

「念のため言っておきますが……ツンデレとかではなく本気でキモいと思ってますので。勘違いしないでくださいね?」

「わかっとるわ!」


 俺と風祭のやりとりに、会長が苦笑する。


「それなら、わたしのこともアリスと呼んでくれ。規久地のことは規久地と呼ぶが」

「でしたら、わたしのことも千草で結構です。規久地のことは規久地と呼びますが」

「だからなんで俺だけ名字なの!?」

「規久地、肩を揉め」

「規久地、床に這いつくばって足置きになれ」

「ひどい!」


 叫ぶ俺を見て、アリスが笑う。

 それにつられ、千草が噴き出す。

 莉奈も噴き出しそうな顔で目をそらす。


「なんか嬉しそうですね、会……アリス」


 俺が言うと、


「憧れていたんだ。友と名前で呼び合う、ということに。うちはなにせ金持ちだから、わたしも幼少時からそれなりの振る舞いを求められてきた」


 腕を組み、うなずきながらアリスが答える。


「出た、会長の金持ち自虐」

「茶化すな、鈴彦。本気で言ってるんだから。あと、アリスと呼べ」

「そうだった。アリス、よろしくお願いします」

「敬語でなくてもいいんだぞ?」

「さすがにそこまでは……いざって時はそうしますが」


 所詮は哀しき日本人、わかっていても骨身に染みついた長幼の序からは逃れられないのだ。

 と、思っていたら、


「アリスは友達が少ないんですね」


 風祭――いや、莉奈がいきなりぶっこんできた。

 会長は少し照れたような顔を見せ、


「し、しかたないだろう。わたしときたら、金持ちの生まれで――」

「ハイハイ」

「だ、だいたい、カリスマと親しみやすさは別物なのだ! 親しまれては畏れられん。それではまとまらないことだって世の中にはある」

「お嬢様は帝王学を仕込まれていますから、普通の高校には馴染みにくいのです」

「帝王学……実在していたのか」


 フィクションの存在だと思ってたよ。


「莉奈は……当然ぼっちとして」

「なんで当然なんですか。まあ、実際ぼっちですけど。とくに不自由はありません。莉奈の周りは静かで落ち着きます」

「それ、いたたまれないの間違いだろ」

「いたたまれないのは周囲の人なので、莉奈に実害はないです」

「とことんまで自分中心だな!」


 ちょっと口が悪いなと以前から思ってはいたが、これほどとは。

 よくこれだけの黒さをこれまで隠し通してきたものだ。

 風祭莉奈……恐ろしい子!


「規久地先ぱ……じゃなかった、鈴彦も友達はあまりいませんよね。生徒会であれだけ活動してるのに不思議です。何か性格に問題があるんじゃないですか?」

「ねえよ! 平々凡々で温厚篤実だよ!」


 他の生徒からは生徒会唯一の常識人と言われてるからな。

 いい意味でも悪い意味でも。


 会長――アリスが言う。


「しかし実際不思議だな。鈴彦は人見知りするタイプでもなさそうだが」

「いや、生徒会ってだけで壁を感じる人もいるみたいで……」

「そうなのか? わたしは感じたことがないが」

「わたしもですね」

「莉奈もありません」

「あんたらは他の壁が高すぎるからな」


 俺のセリフに、揃って首を傾げる執行部役員御一行様。

 自覚なしか!

 スペック高いくせに自覚してないとか、それいちばん嫌われるからな。


(まあ、こいつらはスペック高すぎて、比較しようって気にならないかもしれないが)


 アリスにせよ千草にせよ莉奈にせよ、比較するのが馬鹿らしいほどのハイスペックなので、嫉妬するよりはいっそ崇拝したくなるほどだ。

 事実、アリスや千草にはファンが多い。莉奈の奴も、本性を隠していたこともあって、一部男子生徒にファンがいる。


 もっとも、そのせいで、生徒会唯一の男子にして凡人である俺への風当たりは強い。


「ぶっちゃけて言うと、俺以外美人ぞろいじゃないですか。けっこうやっかまれるんですよ。いくら苦労してるって言っても聞いてもらえないし」

「ほう」

「ふふん、そうですか」

「そうでしょう、そうでしょう」

「こ、こいつら……」


 そこは自覚アリなのか。面倒くさい連中だ。


 最後に、千草が胸を張って言う。


「学内に顔の広いわたしが勝ち組ということでいいですか?」

「なんでこいつに友達が多いんだろう……」


 と、思わず敬語を忘れてつっこんだ。


 運動神経のいい千草は、運動部のヘルプとしても活躍している。

 この通りのお嬢様厨で、一般生徒への対応はつっけんどんもいいところだが、そこが逆にかっこいいと言われるのだからたまらない。


「わたしたちに友達はいないが、わたしたち抜きでは学校行事が回らない。文化祭までには帰りたいところだな」


 しめくくるように、会長が言った。

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