9.カードにはカードを

「向こうにカードを切らせるには、こちらにもカードが必要だ」


 とアリスが言った。


「われわれは自力で元の世界に帰ることができない。どうあっても連中の協力が必要になる」

「厄介ですね。対立する相手から協力を引き出さねばならないとは」


 千草が言う。


「それでも、あの場でいいなりになることはできませんでした」

「わかっているさ、莉奈。あの場での莉奈の判断は正しかった。それに、ゴーを出したのはわたしだ」


 莉奈の言葉に、アリスがそう答える。

 莉奈が言う。


「どのようなカードが有効でしょうか?」

「そうだな……連中の急所を握り、それと引き換えにわれわれの無事な帰還を保証させる。そのような交渉材料がほしい。連中をホールドアップさせられる何かということだ」


 今度は千草が言う。


「人質、というのが妥当ですね」

「……だろうな。気は進まないが」

「しかし、誰を人質にしますか? 王であれば申し分ないとは思いますが……」

「王自身が強いからな。身柄を拘束するのは難しいだろう」


 考え込むアリスに、莉奈が言う。


「それだったら、うってつけの人物がいますよ」


 俺たちは顔を見合わせた。




「貴様ら! ここがどこだと思って――ぐわあっ!」


 アリスが突風の魔法で兵をまとめて吹き飛ばす。


 そこに、金色の鎌を構えた千草が斬り込む。


「邪魔です!」


「がっ!」

「ぐぁっ!」


 鎌の先や石突が、兵の側頭部に、首に、みぞおちに叩き込まれる。

 崩れ落ちる兵たち。

 一応、致命傷は与えないように加減している。


「鈴彦! ぼさっとしてないで莉奈を守ってください!」

「っと! そうだった!」


 莉奈に向かって剣を振りかぶって襲いかかってきた兵の前に割り込む。


 がぎぃん!


 と音を立てて金属同士が激突する。

 俺がパイルバンカー(鈍器)で剣を受け止めたのだ。


「らあああっ!」


 俺は気合一閃、パイルバンカーをひねって剣を弾く。

 兵の上体が流れたところに、


「batik!」

「ぐわっ!」


 莉奈の放った雷撃が突き刺さる。

 初級の雷撃魔法に即死するほどの威力はないが、喰らえば感電して動けなくなる。


「千草!」


 アリスが叫ぶ。


「わかっています!」


 千草が叫び返し、目の前にあった豪華な扉を蹴りつける。

 自己強化魔法のかかった千草の蹴りで、扉は弾けるように開いた。

 バン!←蹴り

 バン!←扉が開いて壁にぶつかる

 バゴ!←壁にぶつかった扉が衝撃で壊れる

 という現象が一瞬のうちに終わっていた。


「な、何事です!」


 いともたやすく行われた粗暴行為の後に、最初に声を上げたのは部屋の主だ。

 豪華な扉の内側はやはり豪華だった。錦と金箔で飾られた壁や天井。天蓋付きの大きなベッド。成金趣味ではあるが、全体的には女性的な雰囲気の溢れる部屋である。

 叫び声を上げたのは、ベッドのそばのソファから飛び上がった人物だ。


「あなたたちは、何者ですか!」


 俺たちを気丈に睨みつけてそう言ってきたのは、端的に言えばお姫様である。

 レースや宝石で全身を飾った、俺たちよりちょっと年下、中学生くらいに見える女の子だ。

 肌は白く、髪はブロンド。瞳は碧。エジプト風のプレデスシェネクにあってはかなり目立つ北欧系の容姿をしている。

 父親に似ず、かなりの美少女だ。父親に似なかったことを、彼女のために神に感謝してやりたい気持ちになった。


 そう――父親。

 彼女はプレデスシェネク王であるファラオの一人娘だった。


「おお、これは当たりですね」


 莉奈が言う。


「あのファラ王の娘というからどんなゴリラが出てくるかと思ってましたが、ここまで正統派のお姫様とは。人質にしがいがあります。鈴彦も、お姫様が美少女でよかったですね?」

「俺に同意を求めるな」


 俺と莉奈のやりとりに、目の前の北欧系美少女が怯えた顔をする。

 が、次の瞬間には立ち直って、きっとアリスを睨みつける。

 どうやら、俺たちのリーダーが誰かを一瞬で見て取ったらしい。

 なりはかわいくても王族ということか。


「……どういうことでしょう。あなたたちは一体誰なのです? いえ、誰の差し金です? マクゴニガルの手の者ですか、それともキエットでしょうか」


 アリスが答える。


「どちらでもありませんよ、姫殿下。あなたの父親が、異世界から勇者を召喚したことはご存知でしょう?」

「え、ええ……まさか、あなたたちが?」

「その通り。あなたの父親の都合で異世界から強制的に召喚され、軍役に就くよう強いられた者です」

「し、強いられ……あなたがたは勇者なのでしょう?」

「それがどうかしたのでしょうか。王の与える名誉になど、われわれは微塵の興味もありません。神になりたいなどという妄念のためとなればなおさらです」

「し、失礼極まります! 父は、プレデスシェネクを今より繁栄させるために――」

「だから、それがわれわれには関係がないと言っているのですよ。しかし、今は問答は無用です。あなたには人質になってもらいます」

「……わたしを人質に、父と交渉すると言うのですか。無駄ですよ。父はその程度で考えを改めるような人物ではありません」

「改めざるをえないようにすればよいだけです。鈴彦、姫を捕らえろ」


 アリスが、俺に首をしゃくって言う。

 横柄な口調なのはわざとだろう。


「え、俺ですか」

「千草の手を塞ぐのは避けたい」


 それはそうか。

 最大の近接戦戦力である千草に姫を押さえさせては、いざという時の対応に問題が生じる。

 俺は気が進まないながらも姫に向かって進み出る。

 姫がびくっとして、見るからに怯えた様子で後じさる。


「うう……傷つくなぁ」

「何を言ってるんです。白陽学園生徒会の歩く破廉恥と言われた鈴彦が、今さらJCを不法に拘束する程度のことでひるまないでください」

「誰が破廉恥だ!」


 莉奈にそうつっこむと、声の大きさに姫がさらにびくついた。


「あー……怖がるなってのは無理か。まあそんなひどいことはしないから」

「エロ同人みたいに!」

「莉奈は黙っててくれませんかね!」


 莉奈とかけあいをやりながら緊張感なく姫に近づく。

 しかし、


「……拘束するって、どうやれば?」

「両手を後ろに回して掴むとかあるじゃないですか。相手が美少女だから触るのに気おくれしてるとかですか? これだから童貞は……」

「う、うるさい!」


 図星をさされてキレながら、言われた通り姫を後ろ手に拘束する。

 姫は抵抗しなかったが、暴漢を睨むような目できつく睨まれてしまった。


「そんな目で見ても、ドMの鈴彦にとってはご褒美ですよね?」

「誰がドMだ!」

「……おまえたちはもう少し緊張感を持てないのか?」


 アリスが呆れたように言ってくる。


「まあいい。姫、あなたの父親が大人しく要求を呑むようなら無理はしない」

「……そのようなこと、ありえません」

「かわいい一人娘なのだろう?」

「父に肉親への情などありませぬ」

「肉親に情のない者などそうはいないさ。いないとは言わないが。姫は、あなたの父親に情があることを祈ることだな」

「祈る? 何にです? 神にですか。父が手に入れたがっている神に?」

「……? 王が手に入れたがっている神だと?」


 アリスが首を傾げる。

 俺もまったく同感だ。

 王は神になりたいのではなかったのか?


「……話しすぎましたね」


 姫がしまったという顔をする。


 アリスが質問を重ねようとする。


 そこで、背後から人のやってくる気配がした。


「近衛兵……といえばいいのでしょうか。比較的星の高い兵の一団がやってきます」


 莉奈が言う。


「星が高いだと? どのくらいだ?」

「平均して3.5、もっとも高い者で5です。兵の総数は11」

「脅威ではないな」


 アリスの言葉に、姫がぎょっとする。


「脅威ではない? プレデスシェネクの誇る近衛兵団が?」


 ふふん、と胸を張り、莉奈が言う。


「その程度なら、鈴彦ひとりで大丈夫ですよね?」

「いや、さすがに俺じゃ無理だから。二、三人が限界かな? 千草なら余裕だろうし、アリスも生死不問でいいなら一掃できるだろうけど」

「や、やめてください! お願いします!」


 姫が、急に顔を青くして言った。


「おや、姫は近衛兵団を傷つけられたくないのか?」

「くっ……わたしを守ってくださる方々を傷つけられたいとは思いません」

「立派な心がけではないか。姫の爪の垢を煎じて王に飲ませてやりたいな」

「つ、爪の垢を……? それは呪術かなにかですか?」


 そんな会話をする間に、近衛兵団が到着する。

 鎧をがちゃつかせながら、兵団から一人の兵が歩み出る。

 二十代くらいのなかなかのイケメンだ。


「ジュリオ!」

「姫さま! おのれ、貴様! 彼女を放せ!」


 姫がイケメン兵に呼びかけ、イケメン兵は姫を捕まえる俺を睨む。


「残念でしたね、鈴彦。お姫様にはもうお相手がいたようです。それとも寝取る方が興奮しますか?」

「しねーよ! 彼氏いてもいなくてもどっちでもいいよ!」

「どっちでも食っちゃうんですか。鈴彦はとんだケダモノですね」


 俺と莉奈のやりとりに、イケメン兵(ジュリオ?)が顔を赤くする。


「異世界からの勇者と聞いたからどんな連中かと思えば……所詮は蛮人だったということか!」

「あんたもそいつの言うことは真に受けないでくれよ!」


 誰も俺の話なんて聞いちゃいなかった。


「くっ! 姫さまが人質に……!? これでは戦うことができない!」


 ジュリオが手にした剣を握りしめる。

 アリスが言う。


「ふむ……対人戦の経験も積んでおくべきではあるな」

「そうですね。☆3から5なら相手としても手頃かと」

「お、おい……まさか」


 アリスと千草の会話に嫌な予感がする。


「鈴彦。姫は預かりますから、あなたは彼らとひと当てしてみなさい」

「やっぱりぃ!?」


 千草が俺から姫の手を奪う。


「なるほど、マミーではわからないこともありますね」


 と、莉奈まで同意している。


「な、なんだと……どういうつもりだ?」


 困惑しきった顔で言うジュリオにアリスが答える。


「人質にはしないから安心してかかってこい。こっちはこの男が相手をする」

「は? ひ、姫さまを人質にするのではなかったのか?」

「王への人質にはするが、おまえたち相手に人質などいてもいなくても同じことだ」

「き、貴様……われら近衛兵団を侮辱するか!」


 ジュリオがいきりたつ。

 ジュリオの背後から、40前後くらいの兵が出て、ジュリオの肩をつかむ。


「そう言っておいて、いざとなれば人質にするのだろう?」

「そ、そうだ! 何が目的かは知らないが、姫を放してから言ってもらおう!」


 年かさの兵の言葉に、ジュリオが言う。


 アリスは、その言葉には取り合わない。


「かかってこないなら姫さまには少しばかり不快な思いをしてもらおう」

「な、なんだと!?」


 ジュリオが再びいきりたつ。


「待て、こけおどしだ。こんな女子どもに何ができる」


 年かさの兵が言う。


 アリスが、にやりと笑って言った。


「さいわい、こちらには一人男がいる。思春期の性欲を持て余した、飢えた狼のような変態男がな」


 ……おい。


「何っ! 貴様、姫さまを!?」


 兵が俺を睨んでくる。


「い、いや、俺はべつに……」

「そうだ! 見ればわかるだろう? 我々は男一人に女三人。その間柄は……」

「まさか……なんといううらやまけしからん奴だ! 許せん! 俺が成敗してくれる!」

「いや俺が!」

「いやいや俺が!」


「「どうぞどうぞ」」


「ダ○ョウ倶楽部か!」


 俺のつっこみをよそに、殺気立った男たちが襲いかかってくる。

 姫がどうのより、俺がハーレムを形成してることの方が許せなかったらしい。


「うおおおおっ!」


 凄まじい勢いでラッシュをかけてくるジュリオ。


「俺だって、まだ、手にすら触ってないんだぞ!」

「そ、そりゃ悪かったな……」

「余裕をかましやがって! ぶっ殺してやる!」


 ジュリオ、人格が変わってるぞ。


 が、憤怒で真っ赤な顔のわりに、動きは大したことがなかった。

 いや、これまでに見た兵よりはだいぶいい動きをしているはずなのだが、俺の方が成長しているのだ。凡事徹底、おそるべし。


「ジュリオ、俺たちも加勢するぞ!」

「ちょ、そっちもかよ!」


 近衛兵たちが側面から俺に迫る。

 囲まれて思わず焦ってしまうが、ギリギリでなんとか回避できた。


「もっと本気で戦え! その男は放っておくと姫に何をするかわからんぞ!」


 アリスが煽る。

 プレデスシェネク人は単純なのか、顔を赤くし、我を忘れて襲いかかってくる。

 脅威ではないが……これは怖いな。自分を害する意図を持った相手が武器を持って襲ってくる。その状況自体に萎縮する。


 一方、


「……ほう。思った以上に様になっていますね」

「こうしてみると、星以外の、単純な熟練というのも馬鹿にできませんね」

「対人戦をやっておくことにしたのは正解だったな」


 俺以外の役員たちはすっかり観戦を決め込んでいた。


 俺と近衛兵の受難の時間は、その後長いこと続いたのだった。

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