第4話 晴掬少年

2124年?月?日 ???


「ねぇねぇ!君、名前なんて言うの?」


少女が目を輝かせて聞いてきた。


自分に名前などあっただろうか。そう思い、少年は記憶を探る。


しかし物心ついた時からここにいたため、名前についての記憶は一切なかった。


もしかしたら自分に名前があるかもしれないのでひとまず


「しらない」


と答えた。


すると少女は不思議そうな顔をしてい言った。


「キオクソーシツってやつかなぁ?だったらあたしが名前を付けてあげるよ!」


少女は少し思案している様子を見せるといきなり明るい顔になって


「ハルト!今日からあなたはハルトって名前よ!」




「ハルトのハルは晴れるって意味の晴で、トはひしゃくって意味の斗。ひしゃくって水をすくう道具なんだって!だからハルト君は晴れをすくう人なんだよ!最近雨続きだったけど今日は晴れてたの!」


その明るい性格に対し知ってることが多い少女に少年は戸惑っていたが何とか「晴斗」という単語は覚えた。


その日から少年はハルト…もとい晴斗として生きるのだった。


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2134年10月8日 橘家


「夢…か…」


少年の目が覚める。


「あれから…もう十年経つのか…」


少年の名は橘晴斗。彼こそが少女に名をつけられて晴斗として生きていくことになった少年である。


今は施設を抜け橘家に養子として迎えられたため橘の姓を名乗っている。


幸いこの家では優しく、時に厳しく育てられまるで血のつながった家族のように生活できた。


学校にも中央区のグリトニル…ではないものの、近所の中学に入ることができた。


そんな生活を送る中で表情が増えてきたことに気付いたのは最近のことだった。


そんな晴斗もついに明日が15歳の誕生日。


…と言っても盛大にパーティをするわけでもなく、ケーキを食べるだけのつもりだったのだが、ある人物から声を掛けられる。


「おっはよー!晴斗!」


望月冬香。彼女はクラスのマドンナ的存在であり、晴斗の名付け親である。彼女もまた施設から出た後養子として迎えられたため望月姓をもらっていた。


そんな彼女の登校後の二言目が


「明日誕生日でしょ?だったらさ新しくできたショッピングモールでプレゼント買うから一緒にいこ?」


だった。まぎれもなくデートの誘いだったが"鈍感"な晴斗は二つ返事でオーケーした。


もちろん人気者が声をかけたことでクラスは驚きの声であふれた。


二つ返事でオーケーしたものの晴斗は内心驚いていた。小学校の中学年あたりまでは仲良しって感じだったが高学年に上がり会話が減って、中学に入ってからは全く会話をしなかったため少し緊張していた。


「てか、いきなりどうしたんだよ、今回の誕生日に限って…」


「ほら、来年は別々の高校行くかもでしょ?だったら昔からの長い付き合いの晴斗と思いで作ろーかなーってね!」


「なんだよ…ソレ」


「フフフ…久しぶりに話せた気がするよ!じゃ明日東区駅の南口で、9時に待ち合わせね」


「オイ」


結局その後、二人は話すことは無かったが冬香は終始満面の笑みだった。休み時間や下校中も鋭い視線を感じてはいたものの、それをことごとくスルー。もし冬香が声を掛けたのが美少年だったら皆も諦めるのだが、顔もせいぜい中の上という中途半端な位置、ずば抜けて良い成績があるわけでもなく強いて挙げるなら仲間を作りやすい性格である事ぐらいだ。


ただその仲間すらも敵意の目を向けているが…


その視線は家に着くまで続いていた。




「ただいま~」


「お帰り~…ってどうしたの?そんな疲れた顔して」


迎えて来たのは義母の橘律りつだった。


「実はかくかくしかじかで…」


「あ~なるほど…ってわかるわけ無いでしょ?」


彼女は意外とノリが良い。


「あ、ハイ、実は」


晴斗は今日の事をすべて話した。


「えぇ!冬香ちゃんとデート!?」


「え!デート!?」


あの話をデートとして捉えていなかったため晴斗は盛大に驚いた。


「なんであんたが驚いてんのよ…まぁいいわ、明日はそれ相応の服で行きなよ。お母さん応援してるからね~」


「あ、うん」


と言い部屋に行き明日の服を選ぶ。


(それ相応の服装って言ったって母さんや…俺そんなに服持って無いぞ……ジャケット羽織るだけで良い…か?)


と考えているうちに冬香と出会った時の事を思い出す。


それは晴斗にとって…いや、彼らにとって良い思い出ではなかった。




それは10年前に遡さかのる。


晴斗は物心着いたときからソコにいた。表向きは児童保護施設、しかし実態は人体をつかっての実験を行う施設だった。当時五歳だった晴斗には研究内容を把出来なかったが「なんとか症」と言っていたことは覚えていたので何らかの病の研究らしい事は理解していた。


そこでは延々と続く暴行、狭い檻の中での生活だった。


そんな中ちょうど子供が消えた向かいの檻に入って来たのが施設の所長の娘である冬香だった。彼女も被験者の一人として入ってきたらしい。


所長の娘だからと言って優遇される訳でもなくあくまで「被験者」なので晴斗や他の子供と同じような扱いを受けた。それでも彼女は、たった一人 、笑顔を崩さずにいた。


彼女と出会ってから約半年、脱出のチャンスが来る。


月に一度、新しい子供を所長が連れてくる。

その中の一人、少年が逃がしてやると言ってきたのだ。


なぜ彼が晴斗を逃がそうと思ったのか、今はまだ誰も知らない。


「どうするの?」


鍵のかけられた檻から出るには鍵が必要のはずだ


「こうやるんだ」


そう言って鍵穴に手を当てた少年の目が金に輝く、その直後


ガチャ


と鍵が外れた音がした


晴斗は目の前で起きた事を信じられずにいた


「さぁ早く!大人に見つかんないように!」


とせかす少年に晴斗は


「あの!」と声を掛ける。


「もう一人…もう一人助けて!」


と冬香のいる檻を指差した。


もう一人だけなら、と少年は冬香の檻の鍵を開ける。


冬香がそこから出たのと同時に


「何をしている!お前達!」


と、研究員が気付いてしまう。


「早く逃げるんだ!あっちに!止まらずにまっすぐ!」


そう言われ二人は彼が指を指す方向へ走り出す。


その先には壁あったため ぶつかる!


そう思っていた二人だったがぶつかる直前に壁がえぐれた…


二人はその後も走り続け研究員から逃げ切る事に成功。


そして本物の孤児院に入り、それぞれが橘、望月の養子として迎えられた。


運良く二人の家が近かったためバラバラになることは無かった。


そんな過去を経た二人は十年来の友人でありお互いによき理解者である。




「ヤなモン思い出しちまったな…明日は誕生日だってのに…」


そうぼやいていると携帯にメッセージが届いていることに気付く。見るとつい一分前に冬香から届いたものだった。


『約束すっぽかしたらみんなに言いふらしてやる!』


冬香らしい内容で思わず吹いてしまう。


「変わんねぇよな…あいつは」


そうこうしているうちに服を選び終えた(とは言うものの普段着を適当にチョイスしたため、何か特別目立つような服ではないが)晴斗は明日に備え寝るのであった。

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