第3話 滅亡編


 軍人らは幾度も続く戦いに疲弊する一方で敵は減る様子もない。

 そんな中。アリスはひとり書庫を読み漁っていた。遥か昔のデューゴスの所業について。《箱庭》の歴史は教養として知っていたが、デューゴスに関することは禁忌であった。


 奥に足を踏み入れると、隠し部屋があることに気がついた。

「これは……」本を手に取り声をあげるアリス。

 それは古ぼけた歴史書のようで、手書きで歴史が書き綴られていた。

「これならデューゴスの歴史が解わかるかもしれないわ」

 彼女は本を読み漁った。









────新日本神話:序────









「ああもう!!元凶出てきなさいよ!!!!」

 ミュラが怒鳴ったとき。

 足音が聞こえた。彼女の近くで立ち止まる。

「うむ。ここに来たのは何年ぶりだったか」

 元凶──デューゴスらには、ミュラたちが眼中に無いのか、城を見て呑気に呟いた。

「あんたがデューゴス?!」

 ミュラの問いかけに、やっと彼は彼女らの存在に気づいた。

「やかましいぞ小娘。貴様らに用はない」

 デューゴスは目配せをし、それを合図に白兵らが武具を構える。


「誰に用があるんですって?」


 凛とした声が後方から響いた。

 兵士たちは道を空け、デューゴスらと対峙する。

「あなた……今回も《箱庭》を壊そうとしているの?」

 静かに、だが怒気のこもった声にミュラらは愕然とし、デューゴスは眉を、バシスは肩をピクリと動かした。

 アリスは続ける。

「随分昔に、あなたはこの世界を壊そうとした。その時は先王に阻止されたみたいだけど。今回も『起動装置』を使って世界を壊そうとしている。そうでしょう?」

 デューゴスは狂ったように笑い始める。

「図星……みたいね」


「…………もう、止まらぬ」


 デューゴスが言い放つ、と同時に地鳴りが響いてきた。

「な、何」動揺するミュラ。

「兵士たち!あなたたちは民たみを守ってなさい!!」咄嗟に命じるアリス。

「デューゴス!起動装置はどこにあるの!!?」ミュラが叫ぶ。

「探してどうする?起動装置を壊しても世界の崩壊は止まらぬ」

「じゃあどうやって止めるのよ!?」

「さあて、どうだったかな?」

「……ッざけるな!!」

「……デューゴス様は本当に知らないぜ」

 ずっと俯いていたバシスが口を開いた。

「え?」

「この崩壊を止められんのは俺だけだ」

 ミュラとロストは声をあげた。









「《箱庭》が壊されるって本当なのか!?」

「バシス殿下も関係あるって聞いたぞ?」

 民は混乱していた。兵士たちが押し止めているが、意味をなしていない。


「皆さん!!!!聞いてください!!!!!!」


 ロストが大声をあげた。人々の視線が集まる。

「アリス女王陛下より伝言を承りました」

 彼はアリスとのやりとりを思い出す。


「今から別世界を創つくって皆を避難させるわ」

「そんなこと、できるんですか!?」

「やってみなくちゃ分からないわ、で、頼みごとなんだけど…………とりあえず、皆に事の次第を全て話してちょうだい」

「え。全てですか?」

「ええ。デューゴスのことも《箱庭》の崩壊のこともそれを救う方法がないことも……バシスのことも」

「……あの、全て話したら皆さん混乱してしまうのではないですか?」

「変に情報を伏せるとまた混乱が起こるでしょう。それなら全て話した方がいいわ」

「かしこまりました」


 ロストが全てを話し終えた。人々は「女王陛下が何とかしてくれるのであれば大丈夫」と落ち着いていた。


 その次の瞬間。城が大きく揺れた。


 世界の崩壊がここまで来た。

 城中が阿鼻叫喚に包まれたとき、


「落ち着きなさい!!!!」アリスの声が響き渡る。


「アリス!終わったんですか?」

 彼女は短時間に大量の魔力を使ったからか、顔色はよくなかったが振る舞いはいつも通りだった。

 アリスは人々に向け叫ぶ。

「今から転移術を使ってあなたたちを別世界方舟に避難させるけど、ここに残りたい人はいる??!!!!」

 残りたい者は、いない。

 今ここにいる臣民らをごっそり転移するのだ。

「……これがこの世界での、最初で最後の仕事よ!!!!」


 アリスはまず、平民らを転移させた。それから軍人を、官吏を、閣僚を、王族を。


 そしてこの世界に残ったのは、自身とミュラ、ロスト、バシス、それから恐おそらくデューゴスだけとなった。


「アリス……、大丈夫ですか?」

 彼女の顔は青を通り越して白くなっていた。

「大丈夫……よ、さあ、あなたも行きなさい」

「……嫌です」

「どうして?」

 ロストはぎゅっと彼女の服を掴つかんだ。

「今、さよならしたら、もう会えない気がするんです……!!」

 目頭が熱くなって、こんな情けない顔を憧れの人に見られたくなくて彼は俯いた。

「……大丈夫。私の肉体は無くなっても、魂は無くならないわ」

「どういうこと、ですか?」

「いつか、本当にいつかだけど、私は皆の前に現れる。今度は、そうね、病弱な人間あたりになりたいわ。それで前世と同じ扱いされたら『私はアリスじゃない』って言っちゃうかも」

「……??」

「えっと要するに……『魂はずっと共にある』のよ。だから──また会いましょう?ね?」

「…………分かりました。アリスはまた会ってくれるんですね?」

「ええ。絶対会いに行くわ」

「はい……また、未来で会いましょう……」

 彼は涙を拭い、手を離した。

 アリスは転移術をかける。


「さようなら」









 もう大半は崩壊した世界で、ミュラは倒れていた。


 肩で息をしても、楽になった気はしない。

 バシスと殺り合っていたが、彼を見失った。


 最悪だ。こうなってしまったら崩壊が止んでも人々は無事では済まないだろうな。

 ああもう、最悪。私は最後までアリスの力になれなかった。

 もう、最悪、だよ……。


「な~にこんな所で寝転がっているのよ」

「…………アリス?」

「それ以外に何に見えるのかしら?」

「……ごめんなさいアリス。私、バシスから『起動装置』のこと、聞き出せなかった…………」

「いいのよ。結局バシスも知らなかったみたいだしね」

「え……じゃあ、私はずっと無駄なことを…………」

「気にしないでってば。実は私、もう別世界に皆を転移させたの」

「!いつの間に……。やっぱりアリスはすごいね!!……じゃあ今からその世界に行けばみんな助かるんだよね?」

「ありがとう……だけど、あなたひとりで行って」

「え…………?」


 冗談だよね、と言えたらよかったのに。

 嘘なんだよね、と笑えたらよかったのに。

 馬鹿なこと言わないで、と叫べたらよかったのに。


 アリスは本気だった。


 王位の証たる杖レガリアをミュラに持たせ、アリスは転移術をかける。

「え……嫌だよ!!アリスも一緒に行こうよ!!!!」

「ミュラッ!」

 厳しい口調で名を呼ばれ、思わず黙った。


「──行きなさい」


 アリスはにっと、良い笑顔で言った。


「いやああああッ!!!!アリスぅぅぅぅ!!!!!!」


 ミュラの絶叫が、崩壊する《箱庭》に響く。









「ア」 「リ」 「ガ」 「ト」 「ウ」


「サ」 「ヨ」 「ナ」 「ラ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新日本神話:序 右日本 @9912

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ