私の記憶になぜか違和感があります。

「ああ!もう!!」


最悪だ。まさかまだあの辺に機能しているトラップがあったなんて。


三層といえば攻略されてから数十年、いや数百年経った場所である。そこに存在するモンスターの生息域はもちろん、トラップの類は全て処理されたものとばかり思っていた。というか誰しもそう思ってしまう筈だ。


(そのトラップ自体に殺傷力がなかったのは幸いだったけど)


トラップの機能は床の消失。一歩間違えれば高所からの落下で死亡も有り得たが、幸いな事に下は急流となっていた。そのまま流された。


しかし、困った事態を引き起こしてくれたのは事実だった。今私は自分がどの層にいるのかわからなくなっている。結構な距離を移動したのだ。他の階層に移っていてもおかしくはない。


しかもその際、腰にあった道具袋が流されてしまう運の無さ。ホント運に見放されてない私?


「……カティぃ」


そんな泣き言を聞き届けてくれた存在。それがホワイトファングだった。


カティ、アンタといると飽きないよ。あ、今は居ないか!あはははは!!


「笑うしかない!笑うしかないよ私ィ!!そんでもって、この状況を、どうにか、しないとォ……!!」


心臓は最早早鐘を通り越して爆発寸前。息も体力も底が見え始めている。ああもう!胸キッツい!帰ったらカティに新しいメイル買わせてやる!!


闇雲にダンジョン内を駆け巡る。できるだけ直進を避ける。後ろは振り返らない!!


本来ホワイトファング一頭なら私でも腰にある大振りのナイフで対応できる。いつもなら単独のホワイトファングを狙って奇襲を仕掛ける。


けれども現在少なくとも四頭のワンちゃんが私を追跡中デッス!!あー、恐怖と好奇心に負けて振り返りましたよ、ハイ!


「あ」


地面から目を離したのが不味かった。地面に足を取られて走った勢いそのまま、盛大に転がる。


痛かったが、その直後に来るであろう噛み付きを思うとそんなに痛みを辛いと思わなかった。思えなかった。


ガァッ!!


あー、先頭のホワイトファングが飛びかかってきた。ギラリと揃った、肉を引き裂く事しか考えていない獰猛な牙が迫っている。動かせない身体を置いてけぼりにして、意識だけが加速する世界。


あれは、痛そうだな。


それだけしか考えられなかった。冒険者失格である。それに、もっと考えるものがあるのではないか。近しい人たちとか、まあ、カティとか。


これでお終い。そうなる筈だった。


ゴヅン……ッ!!


唐突に、目の前のホワイトファングが消えた。


代わりに目の前に現れたのは、巨大な壁。


キャイン、キャイン!


何処か遠くに感じるホワイトファングの鳴き声。


というかそんな事はどうでもいい。


どうでもいい状況になってしまった。


「これ、ご、ゴーレムの腕、だよね……?」


無意識のうちに言葉を零していた。


ゴーレム。それはダンジョンで遭遇するモンスターの中でも比較的安全な存在である。


なぜならばゴーレムはダンジョン内での守護者であるから。階層の主が住む部屋の入り口や宝物のある部屋にしかおらず、近寄らなければ戦闘にならずに済むからである。


一度戦闘になってしまうとその強固な装甲を駆使した難敵となるが。触らぬ神に祟りなし、ということだ。


それが、その一部が目の前に飛んで来たのだ。横合いから。


しかも、改めて見るとかなりのサイズだ。当然、の持ち主はそれ相応の体躯であるということになる。


そんなモノを飛ばして来る怪物が横にいる。震えが止まらない。


『大丈夫ですか?』


声が聞こえた。


グリっと首だけ動かす。正直身体が動かないのだ。首の上だけでも動かすの!


男が立っている。


……マッパ、裸、裸身像。


コレが私の最後の記憶となった。なったのでした。

疲れてんのよ、察しろ運命の神様。

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