とりあえず帰還

「……ッ!?」


私の意識が覚醒する。と同時に私は急ぎ周囲の確認を行う。いつの間に気を失った!?


見慣れた光景。そこは冒険者ギルドの待合室だった。長椅子に横になっていたらしい。丁寧に毛布が掛けられている。待合室の隣から広間の喧騒が聞こえてくる。いつもは騒がしいギルドも扉一枚隔てると雰囲気がガラリと変わる。目覚める側としては、回らない頭で現状を理解して安堵できる空間は正直助かった。



……良かった。帰ってこれたのか。


(いやいやいやいや、良くないヨクナイよくなくなくない!?)


私はさっきまでダンジョンで遭難していた筈だ。あれは夢だったとかそんなの信じられるわけがないだろう。ホワイトファングに追い立てられるあんなリアルな夢とか!


帰って来た記憶がないとこれだけ不安になれるのか。いや、それはどうでも良くて!


混乱している私の元に、コンコンと控えめなノックが届く。


「あ、目が覚めたんですね!良かった〜!」


入って来たのはギルドの受付嬢のカーナ。私と同年代で優しい雰囲気の女の子だ。亜麻色の長い髪を編んで肩から流した彼女は私の対面へと腰を下ろした。背筋が真っ直ぐだ。流石人気受付嬢。


「どこか具合の悪いところはありませんか?」


「う、うん、平気。ここに来た経緯が不明って点を除けば快調だよ」


あれ?転んだ時に膝とか擦りむいた筈なのに……。


「そうですか。なら不安になってる部分を取り除ければいいんですね?……と言っても私が知っているのはマーニャさんがギルドの前でスヤスヤ寝ていたってことしかないんですけどね」


「え゛」


「あー、それと。マーニャさん宛に一通手紙が来てましたね」


「ちょ、ちょっと待って!え、嘘でしょ?私あんな往来で寝てたって言うの?無防備な格好で?ヤだ私、暴漢に何かされてないわよね!?」


「……あー、その点は心配ないと思いますよ?」


「へ?……あ、まあそうか。こんな冒険稼業してるちんちくりん男女、相手にする男なんていないよね」


「いや、そうじゃなくて。というかそれ本気で言ってたら大半の女性敵に回しますよ……」


何を訳のわからないことを。カーナの方が私よりスタイルいいし、整った顔立ちにパッチリとした大きな瞳で愛嬌もある。近頃彼女のファンクラブもとい親衛隊ができつつあるとカティがほざいてた。うん、カーナを筆頭に受付嬢は男どもの癒しだからな。


いいなぁ、そのスタイル。13歳から伸び悩んでいる身長はわりと精神的に辛いものがあるのだ。


そうじゃなくて!ともう一度念を押したカーナは私に待ったをかけつつ部屋をそそくさと出て行く。


ものの数分で戻って来ると私に一通の便箋を寄越した。


差出人は『サラ=クルーエル』。


この名前には見覚えがある。というかこの名前、知らない人はこの街の住民じゃないと断定できる。


「これ、私に?」


「マーニャさんに、です」


「嘘でしょ?」「本当です」


「「……」」


サラ=クルーエル。彼女はこの街の外れにある小高い丘に屋敷を構えている研究者だ。


一言で言えば変人、らしい。会ったことはない。


というのも、彼女は滅多に姿を現さないのだ。この街にはダンジョンからの資源を求めて冒険者なり商人なりが集まりそれはもう活気付いている。そんな街だからか、暗い噂も絶えない。そのうちの一つに彼女の存在があるのだ。


街の外れの屋敷で夜な夜な人体実験をしているだの怪しい薬を作って流してるだの根も葉もない噂が絶えない。


しかし、彼女は研究者としては天才であるらしく、この国直属の研究機関に所属しているとかなんとか。わりとお偉い立場らしい。詳しいことは何もわかりません、ハイ……。


そんな怪しい人物が私に何の用があるというのか。正直に言うね。怖いんだけど。


「……」


私は封を切り、中身を確認する。


『こんにちは、マーニャさん。


私はサラ=クルーエルです。


唐突な手紙に困惑しているでしょう。目覚めたばかりで申し訳ありません。しかし、この手紙は今日中にあなたの目に届く筈です。ダンジョンでの経緯は私の方でも把握しているので。


要件は一つ。是非とも私の屋敷に来てもらいたいのです。


早急に。今日中に。出来るだけ早く。


待っていますよ?』


……。


「カーナ?この手紙はいつ届いたの?」


「んー。それが、いつの間にか郵送箱に届いてたんですよね」


怖いんですけど!?


すると、今度は広間の方からやけに大きな喧騒が聞こえて来た。


「?なにかあったみたいです。私は戻りますね!」


「あ、私も行くよ!」


カーナを追って大広間に行ってみると、誰かがしきりに他の受付嬢に詰め寄っているらしかった。


「だから!三層で俺の連れがトラップに引っかかったんだよ!マーニャだ!早く捜索隊を寄越してくれ!!でないと、あいつに何かあったら俺は……ッ!!」


「で、ですから落ち着いてください!今クエストを貼りますので……!」


ボロボロのヨレヨレになったカティだった。憔悴しきった様子が後ろ姿からでも見て取れた。


「すまんマーニャ、俺が不甲斐ないばっかりに……ッ!無事でいてくれよ、頼むから……」


「……マーニャさん?まさかとは思いますが」


ごめん、忘れてた……。


///


この後カティと合流した私は久し振りに泣き付かれた。というか抱きつかれた。その後尻を触ってきたので関節技に持ち込んだ。いつも通りすぎて安心したのは秘密だ。

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