第5話 彼女の告白はかなりシリアス

 放課後の帰り道。

 僕は西渡に誘われて、学校近くにある公園にいた。

 滑り台や砂場がある中、僕と西渡は、そばにあるベンチに座り込んだ。

「成瀬くんは」

「はい」

「何で、わたしのことなんか、好きになったの?」

 朝にあった質問を再び、僕に尋ねてきた。

「それは、朝と同じ答えをしても?」

「朝の答え以外の内容がいい」

「それはその、難しいかな……」

「わたしは、誰かから好きに思われるほどの女なのか、正直、疑問に思う」

 口にした西渡は、足元の方を見つめていた。

「西渡さん?」

「わたしが中学時代、いじめられてたことは知ってるでしょ?」

「その、梶原から聞きました……」

「別に悪くないから」

「でも、昼休みでは、西渡さんは『気にしてない』って……」

「あれは、無理をしたの」

 淡々と答える西渡。

 僕はただ、彼女の姿をじっと目にするだけだった。

「わたしがフった梶原くん。終始、ぎこちなかった」

「そう、ですね……」

「あれは、わたしのこと、嫌ってんだろうなって思う」

「そんなこと、梶原はただ、フラれた子に対して、どう接しようかどうか戸惑っていただけで……」

「戸惑っていただけ……。何だかおかしいわね。わたしはただ、声をかけただけなのに」

「もしかして、気にしてるの?」

「わたしは周りのみんなから、どう思われてるのか、すごい気にしてる」

「僕のことも?」

「もちろん」

 首を縦に振る西渡。

「だから、『お試し期間』で、僕が本当に西渡さんのことが好きか、確かめてるってこと?」

「頭いいのね、成瀬くんって」

「別に、頭がいいわけじゃないよ。察しがいいだけ」

 僕が口にすると、西渡は鼻で笑った。

「朝、成瀬くんはわたしのこと、『かっこいい』とか、『大人びてる』とか、褒めてたよね」

「うん。まあ、西渡さんから、嫌そうな反応されたけど」

「実際、そういうところを褒められるの、気味が悪かった」

「ごめん」

「謝らないで」

 西渡は僕と目を合わせてきた。

「わたしのことを好きで言ってくれたんだから、そこは素直に受け止めないといけないから」

「それって、僕のこと、褒めてくれてる?」

「そうかもしれない」

 曖昧な西渡の返事に、僕はどう反応すればいいか、戸惑った。

「わたし、母親と二人暮らしなの」

「そう、なんだ」

「父親はわたしが小学校の時に家を出ていった」

 西渡は言うなり、そよ風でなびこうとした黒髪を手で押さえた。

 一方で僕は、ただ、黙っていることしかできなかった。

「男って、信じられない」

「その、お父さんのこと?」

「お父さんだけじゃない。その後、母親に近づいてきた男すべて」

 唐突に西渡は立ち上がった。

「みんな、はじめは母親やわたしにいい顔をするのに、他の女ができたら、コロッとそっちに乗り換える。男はそういうもんだって、わたし思った」

「それは、その……」

「あっ、今のは、その、別に、成瀬くんもそうだと思ってるわけじゃないから」

 僕の方へ顔を向け、手を横に振る西渡。

 僕は怖くなってきた。

「その、『お試し期間』っていうのは、そういうわけとかじゃないよね?」

「そういうわけ?」

 問い返してくる西渡の語気には、棘があった。

「わたしは、母親みたいに過ちを犯さない」

「過ち?」

「ロクな男に引っかからないということ」

「それだから、『お試し期間』を設けてるってこと?」

「そう。それの何が悪いの?」

 西渡は強い眼差しを僕の方へ向けてくる。当然といった感じの振る舞いだ。

 一方で僕は、場から逃げ出したい気持ちになってきていた。

「僕は別に、悪いとか言ってないけど……」

「わたしにはわかる。成瀬くん、わたしのこと、今、距離を取ろうとしてる気がする」

「そんなわけ、ないよ」

「ウソ」

 西渡は言うと、急に僕の正面へ迫ってきた。お互いの鼻が触れそうなぐらいまでに。

「に、西渡さん」

「わたしは、成瀬くんを見極める。『お試し期間』を使って」

「そんなこと、何というか、改めて言われても、僕はその、戸惑うだけだから……」

「じゃあ、何? 成瀬くんは、あっさりとわたしにフラれた方が気楽?」

「それはそれで、悲しいけど……」

「だったら、頑張ることね」

 西渡は距離を取ると、ベンチから立ち上がった。

「西渡さん?」

「帰るわね」

「帰るって、ひとりで?」

「そう。成瀬くんはよく考えて。本当にわたしと付き合いたいかどうか」

 肩まで伸びた黒髪をいじりつつ、真っ直ぐな瞳を移してくる。

 僕は西渡の真剣そうな雰囲気に、背筋を伸ばして、「う、うん」とうなずいていた。

「わたしも、成瀬くんと付き合った方がいいのかどうか、よく考えるから」

 西渡は口にすると、背を向けて、公園から立ち去っていった。

 僕はベンチの背もたれに寄りかかると、ため息をついた。

「何だか、西渡さん、怖かったな……」

 僕はおもむろに、空の方を眺める。

 雲が立ち込めてきていて、天気がいずれ悪くなりそうだ。

「嫌な感じだな……」

 僕は言いつつ、立ち上がり、ベンチから離れた。

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