第4話 フラれた彼女に会うとなると、どこか気まずい。

 教室前の廊下に着くと、梶原は近くの窓際へ寄りかかった。

「見えるか?」

「見える」

 うなずく僕が向ける視線の先には、西渡がいる。数えるほどしかいない教室内で、彼女は席に座り、文庫本を読んでいた。確か、前はドストエフスキーの「罪と罰」だった気がする。表紙にそう書かれていたので、後でネットで調べてみた上でのことだ。

「とりあえず、成瀬。西渡に謝れ」

「謝っても、無視されるだけだと思うけど」

「何回も謝れ。後、『西渡さんのこと、全然わかっていなくて、ごめんなさい』と言え」

「つまりは、そもそも、何が気に障るようなことをしたのか、わかっていなかったこと自体を謝るってこと?」

「そうだ。それでダメなら、そうだな。『何でもします』とか言え」

「それはちょっと……。というより、西渡さん、ドン引きすると思うよ」

「いや、西渡だから、『そうね。そしたら……』とかの展開になる気がするけどな」

「そうかな……」

「俺を信じろ」

「西渡さんにフラれた人から、信じろと言われても……」

「おい!」

「ごめんごめん。とりあえず、何とかやってみるよ」

「俺は遠目で見守ってる」

「それは、どうも」

「二人揃って何の話?」

 不意に割り込んできた第三者の聞き慣れた声に、僕と梶原は同じ方へ目を移した。

 見れば、先ほどまで席にいたはずの西渡が真ん前に現れていた。

「よ、よお、西渡」

「話をするのは久しぶりね」

「そ、そうだな」

 返事する梶原の額からは汗がにじみ出ていた。過去にフラれた子と話すことに慣れていないのだろうか。

「そ、そういえばさ、こいつ、告ったんだろ?」

「知ってるのね」

「ま、まあ、俺と成瀬は仲いいからな。な?」

 ぎこちない口調の梶原は、慣れない手つきで僕の肩を叩く。何なんだ、これは。梶原はよほど、フラれた相手、西渡が苦手なのか。まるで、僕に助けてくれと言いたいみたいだ。僕としては、むしろ、逆だというのに。

「成瀬くん」

「は、はい」

「さっきは、その、わたしの方が悪かったから」

「えっ? でも、僕の方こそ、その、西渡さんのことをわかってなくて……」

「気にしすぎ」

 西渡は言うと、僕の方へ人差し指を向けてきた。

「わたしが自分の方が悪いって言ってるんだから、それでいいの」

「でも、西渡さん。過去に色々……」

「おい、それは話すなって」

「梶原くんから聞いたのね。中学時代のわたしのこと」

 西渡は声をこぼすと、なぜか、表情を綻ばした。

「あんなの、過去の話だから」

「その言い方だと、今は気にしてないってこと?」

「気にしてない気にしてない。今はそんなことより、高校の勉強に追いつくのに必死だから」

「でも、さっきは小説を読んでたっぽいけど?」

「あれは息抜き。別に、高校の勉強が大変だからって、いつでもどこでも、勉強に勤しむわけじゃないから」

 西渡の口調は滑らかだった。気にするところなど、なかったんじゃないかというぐらいだ。

「そういえば、『お試し期間』は……」

「わたしはまだ続いてるつもりだったけど、成瀬くんの方から終わりにする?」

「それは、大丈夫です」

「それなら、これからもよろしくね」

 西渡は言い終えるなり、僕とハイタッチをした。

 一方で、梶原は割り込もうとせず、ただ、黙って聞いていた。

「何だか、元気いいな」

「そう、だね」

「拍子抜けするぐらいだな」

「うん」

 僕は背を向けて遠ざかっていく西渡を見つめた。

 元気というより、変にテンションが一時高かったように感じた。

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