第3話 クラスメイトの過去と彼女の過去

「それはまずいな」

「まずいよね……」

 僕はため息をつくと、目の前にあるラーメンへ箸を進めた。

 昼休みの校内にある食堂。

 僕の横に座るクラスメイトの梶原は、購買で買った焼きそばパンを食べていた。

「昨日、アタックさせたのは成功だと思ったんだけどなあ」

「それは感謝してるよ」

「けどさ、お前。お試し期間何だろ? その期間開始一日目に嫌われたっぽいんだろ?」

「うん」

「完全にダメかなあ、これは」

「ちょっと待ってよ」

 僕は箸を止め、梶原に視線を向ける。

「何か挽回策とか、ない?」

「挽回策って言われてもなあ……」

「そういえば、梶原って、西渡さんと中学同じだったんでしょ? 何か、その、解決できそうなこととか」

 僕が問いかけると、梶原の焼きそばパンを食べる手が止まった。

「ま、まあ、中学の時は特にお前に教えるようなことは何もないな」

「そうかあ。そしたら、もう、何も解決策なしか……」

 僕は目の前のラーメンを見るなり、俯くしかなかった。

「なあ、成瀬さ」

「何?」

「今から言うこと、西渡に、梶原から聞いたとか、絶対に言うなよ」

「どうしたの、急に」

「いいからだ」

 梶原の眼差しは真剣味があった。

「わかったけど」

「実は俺、中学の時、西渡に告ったことがある」

「えっ?」

 僕は一瞬、梶原の言葉がどういう意味かわからなかった。

「ごめん。僕には、『西渡に告ったことがある』って聞こえたんだけど」

「そのまんまだ」

「ウソでしょ?」

 僕は思わず立ち上がり、梶原に詰め寄った。

「そんな、梶原はそれを隠して、僕に西渡さんへアタックさせたわけ? 別に、西渡さんへの気持ちは変わらないけど。けど!」

「落ち着け、成瀬。周り、周り」

 梶原の声に、僕はあたりへ顔を動かしてみる。

 食堂内にいる生徒らが皆、僕の方を見ていた。

 途端、恥ずかしくなり、僕は頭を下げ、座り込んだ。

「まあ、それなりには驚くよな」

「当たり前だよ。だいたい、何でそれを今まで隠してたわけ?」

「いや、それを言っても、別にお前にとって、プラスにもならないと思ったからさ」

「で、梶原は西渡さんに告って、どうだったの?」

「どうだったのって、それはまあ、フラれたな、結果的に」

「結果的に?」

「ああ。俺もさ、お前と同じで、『お試し期間』とやらを言われたからな」

 梶原は言うと、手元にあった紙パックのコーヒー牛乳をストローで飲んだ。

 僕は耳にして、自分だけじゃないんだと感じた。

「俺はそれを聞いてさ、『お試し期間』とやらを断った。そしたら、西渡は俺に頭を下げてきた」

「で、フラれたってこと?」

「だからさ、お前が西渡のことが好きと聞いてさ、一度アタックさせたら、また同じようなことが起きるのかと思ってさ。まあ、実際は同じことが起きたけどさ、お前はそれを受け入れたのはちょっと驚いたけどな」

「へえー。そうやって、梶原は僕のことを見ていたんだ」

「勘違いするな。俺はお前の西渡が好きだっていう気持ちを応援するために、アタックさせたんだからな。別に、俺が告った時と西渡は変わってるのかどうかを興味本位で知ってみたかったからとかじゃないからな」

「何となく、どっちも本心っぽいね」

 僕が口にすると、「どうとでも思ってくれ」と投げやりな返事をしてきた。

「けどさ、本当に変わってないんだな。やっぱり、あのことはそれなりにあるんだな」

「あのことって?」

「俺の前にも、西渡に告った奴がいたんだよ」

「そう、なんだ」

「そいつはサッカー部のエースで、女子からもけっこうモテてたみたいだからな。そんな奴が西渡に告ったんだ」

 口にする梶原は、あまり話したくないような表情をしていた。

「それで?」

「西渡はあっさりとフった」

「そうなんだ」

「話はそれで終わりじゃない」

「終わりじゃない?」

「ああ。それを知った女子らが、一斉に西渡に色々としたんだよな。まあ、いわゆるいじめだな」

 梶原は間を取ると、コーヒー牛乳の紙パックを手で潰し、飲み干した。

「中学二年の時だったな」

「梶原は助けようとか思わなかったの?」

「まあ、その頃から、ある程度の好きな気持ちはあったからな。心配にはなったな。けどさ、あの時の女子の、西渡に対する当たりがひどくてさ、俺が西渡の側に入ったら、俺も巻き添えにされるんじゃないかって思うぐらいだったな」

「つまりは、何もできなかったんだね」

「まあ、そうだな」

 梶原は焼きそばパンの残りを食べると、スマホを取り出した。画面を操り、SNSやまとめサイトを見始めた。

「今考えれば、俺はフラれても当然だな」

「でも、西渡さんは『お試し期間』を設けて、梶原と付き合うかどうか、ある程度の時間を設けて、見定めようとしたかも」

「どうかな。『お試し期間』が始まった途端、『悪いけど、もう、いいから』って言われる気がするな」

 梶原は苦笑いを浮かべた。

 僕は残ったラーメンの麺をすすると、「わからないよ」と適当な言葉をこぼしていた。

「俺が知ってる、中学時代の西渡のことはとりあえず、ここまでだ。本人に言うなよ」

「言わないよ。というか、今はそれどころじゃないから」

「だな。というよりさ」

「何?」

「『何か気に障るようなことを言ったのなら、謝るよ』ってさ、自分ではどこが悪いのかわからないって言ってるようなもんだよな」

「そう、だね……」

「その反応は、言ってまずかったっていう自覚があるんだな」

「そうだね」

「まあ、聞く限りさ、西渡は自分のことをネガティブに捉えてる感じがするな」

「梶原もそう思う?」

「お前から聞いた話からな」

 梶原は焼きそばパンが入っていた袋を手で丸めると、おもむろに立ち上がった。

「ラーメン、食べ終わっただろ?」

「まあ」

「出るか、とりあえず」

 梶原に言われ、僕は空になったラーメンの器を手に、腰を上げる。

 僕が返却口へ器を置きに行く時には、梶原は既に外へ出ていた。

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