第2話 お試し期間初日の朝はぎこちない会話

 翌日の朝。

「お、おはよう」

「早いのね」

「早いって、西渡さんがこの時間だから」

 僕が答えると、西渡は、「そうね」と口にする。

 通学路になっている住宅街の十字路。

 見かける生徒はちらほらいるだけで、時間には余裕があった。

 僕は西渡と並んで歩き始める。

「ずっと、待ってたの?」

「まあ、うん」

「昨日、わたしのID、聞けばよかったのに」

「その、聞き忘れて……」

「そう。なら、今教えるから」

 西渡は言ってから、スマホを取り出す。僕も自分のを出して、お互いにSNSのIDを交換した。

「これで、大丈夫?」

「あ、ありがとう」

「別に、感謝されるほどのことじゃないから」

 西渡は淡々と声をこぼす。

 僕は横で歩きつつ、西渡が歩くたびに波打つ黒髪を見ていた。

「今日からね」

「そ、そうだね」

「緊張する?」

「緊張する」

「そう。わたしも、少しは緊張する」

「試す側なのに?」

「試す側も、それなりの緊張感を持っておかないと、試される側の成瀬くんに失礼でしょ?」

 話す西渡は、スマホをしまい、手持無沙汰な様子になる。

「何か話して」

「話って、その、西渡さんって、何か趣味でもあるの?」

「趣味は人殺し」

「えっ?」

「冗談」

「そう、だよね」

「今、本当に信じたの?」

「その、一瞬だけ」

「バカみたい」

「バカって、僕は西渡さんの話をちゃんと聞こうと思って」

「そういうところが、バカってことなの」

 西渡は呆れたのか、僕の方から目を逸らす。

「もしかして、もう、お試し期間はやめる感じですか?」

「バカ。そういうの、気にしすぎでしょ。男なら、堂々としてればいいのに」

「と言われても……」

「わたしと付き合いたくないの?」

「つ、付き合いたいです」

「なら、頑張りなさい」

「はい」

「ほら、そういうところがバカ」

「バカバカって、僕はただ、西渡さんのことが好きなだけで」

「成瀬くんは、何で、そういうことをサラッと言えるの?」

 西渡が目を合わせてきた。いつの間にか、学校前の横断歩道に差し掛かっており、信号は赤だった。

 僕は西渡とともに、横断歩道の前で立ち止まった。

「サラッとって、僕はただ、西渡さんに正直なだけで」

「じゃあ、何で、わたしのことなんか、好きになったの?」

 西渡の質問は、語気が尖っていた。特に、「わたしのことなんか」が強い調子だった気がする。

 僕が頭を巡らしてる内に、信号が青になった。

「もしかして、西渡さんって」

「何?」

 僕と西渡は横断歩道を渡っていく。

「自分のこと、嫌い?」

 問いかけた僕に対して。

 西渡はただ、視線を外してくるだけだった。

「答えてない」

「えっ?」

「わたしの質問。何で、わたしのこと、好きになったの?」

 西渡の言葉からは、先ほどの「なんか」が消えていた。

 僕はそれ以上、突っ込むことはせず、どう答えようかと頭を巡らした。

「西渡さんは、その、どこか大人びた感じがあって、かっこいいなあってところがいいなあと思って」

「女の子に対して、普通、「かっこいい」とか言わないと思うけど」

「そうかな……」

「そこがわたしを好きになった理由?」

「そうだね」

「ふーん」

 西渡は僕と揃って横断歩道を渡り終えると、視線を正面の方へ移す。

「わたしは別に、かっこいいとかないから」

「西渡さんって、何でそう、自分を低く見るような感じなの?」

「悪い?」

 西渡は僕の方へ鋭い眼差しを向けてきた。

 僕はどうやら、西渡を不機嫌にさせてしまったらしい。

 学校の正門に差し掛かったところで、僕は足を止めた。

「ご、ごめん。何か気に障るようなことを言ったのなら、謝るよ」

「バカ」

 西渡は言うなり、僕を横切り、さっさと校内へ入っていってしまった。

 まずい。

 僕は確実にフラれる。

 誰だって、同じ立場なら、思うに違いない。

 僕は慌てて、西渡のそばへ駆け寄る。

「あの、西渡さん」

「来ないで」

「でも、ほら、僕と西渡さんは、お試し期間だから……」

「そんなの、知らない」

 西渡は口にすると、歩を速めた。

 一方で僕は、追いかけようとせず、場にとどまった。

「これは、ダメかな……」

 僕は俯き、自分が西渡に接してきたことを振り返った。

 真っ先に思い出したのは、「バカ」と言われ続けたことだった。

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